HDDの底から出てきた
2015年04月30日(Thr)
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つらつらと過去の日記ログなど読み返していたら、そういえば……と思い出し、HDDの底をさらったら出てきました。 なにがって、今UPしてある拍手お礼SSの、没になった第一稿、後半部分です。 既にUPしてある部分とあちこち文章が被っているので、今さらUPはできない……けれど、このまま埋もれさすのはなんとなくもったいないので、↓に貼り付けておこうかと。
シチュエーションは、楽園シリーズ本編終了後。偽装婚約を発表したあとに、周囲がどんな反応を見せたのか、間諜くんが拾ってきて報告している場面です。
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執務室で間諜からの報告を聞いていたフェシリアは、思わずといったように鼻先で笑っていた。 「……右も左もわからぬ、世間知らずのお姫さま、か」 どう思う? と見上げた先では、机の端に尻を乗せて片膝を抱え込んだロッドが、くつくつと喉の奥を鳴らしている。 「いやあ、無頓着ってのは怖いねえ」 床に跪いたままの間諜へと、なあと同意を求めた。 目立たない地味な服装をしたその男は、無言でいっそう深く頭を垂れるに留まる。 「使者に立つ兵士も使用人も、店の給仕や出入りの職人だって、みぃんな自分と同じ人間だってえのを、権力を持った奴ほど忘れがちだからな。目も耳も口もある人間の前で、迂闊な話なんざしてようもんなら、いくらだって中身は洩れ放題ってか」 相手を人間として扱い、それなりの忠誠なり信頼関係なりを築いていれば、それでもある程度の機密は保たれるだろう。しかし単なる道具と同等に見做し、意識にも入れないだけならまだしも、適当に粗雑な接し方などしていようものなら、もう危ない。わずかな金でもちらつかされれば、火にかけた二枚貝のように、あっさり口を開かれることだろう。 かくして複数の経路から今回の偽装婚約に対する様々な反応、策略を探り出してきた間諜の報告を、フェシリアとロッド、そして脇に控える侍従文官のラスティアールは聞いているのである。 勿論のこと、現在のこの執務室は、絶対に信頼のおけるもの以外は近付かないよう、扉や窓の外も含めて完全に人払いしてあった。たとえ自身の屋敷の中でさえ、完全に気を許すことのできる場は限られている。昔から義母に命を狙われ続けていたフェシリアにとって、それは心得とすら呼べない当然の日常であった。
「………………お言葉、ですが」
―― と。 間諜が呟くように小さな声を発した。 必要な報告以外めったに無駄口を叩かぬ間諜の言葉に、それぞれ凄みのある笑みを浮かべていたフェシリアとロッドがその視線を戻す。 俯いたままの間諜は、乾いた平坦な声音で先を続けた。 「今回の情報の集まり方は、はっきり申し上げて異常でございます。これを基準に考えられますと、のちのち計算違いを引き起こす結果にもなりかねませぬかと」 情報を収集するには、本来もっと時間も金も手間もかかるものなのだと、フェシリアがもっとも信を置く間諜は淡々とそう告げる。 フェシリアは、片方の眉をわずかに上げた。 「異常と申したな。その理由は判っておるのか」 まさか相手方から、逆に偽情報を掴まされてきたのではあるまいか。それならばあっさりと良からぬ話を入手できたのも納得がいく。 しかし間諜は首を縦に振って、情報が正しいことを保証する。 「今回の情報をもたらした者達には、みな共通点がありました」 「共通点……?」 「はい」 うなずいた間諜は、そうして初めて顔を上げた。 糸のように細い眼 ―― その目蓋の間から、鋭く光る瞳が執務机に腰掛けた姿を見据える。 「ほとんどの者が、先の妖獣の襲来で自分なり親しい人間を、危うい所で救われた者達でございました」 一度言葉を切って、ロッドと視線を合わせる。 「 ―― 貴方様に」 「…………」 しばし二人は無言で見つめ合った。どちらからも合わせた目を外そうとはしない。 「……あん時、もっぱら動いたのはここの兵どもだろ。俺はこぼれたのを始末してっただけだぜ?」 「そもそも、普通の兵士が妖獣相手にいくらかでも戦えたのは、貴方様の采配あってのことだと、町にはそう広まっております」 前線に立つ兵士のほとんどは、一般市民達が兵役によって従軍しているか、あるいは給料をもらって自らの意志で職業としているかのどちらかである。その彼等には当然、家族や親戚がおり、正真正銘の一般市民であるその縁者たちは、あの妖獣の襲来によって多かれ少なかれ被害を受けることとなった。そんな家族たちに現場をその身で経験してきた兵士達は、後日語ったのだろう。自分達と共に、泥まみれになって妖獣への対処方法を考え、事前準備に奔走し、そして力尽きて倒れるまで戦った破邪騎士の存在を。 「残る者も、貴方様を直接見知っていると申しておりました。あるいは下町の酒場で、あるいは使用人達しか出入りせぬはずの、主人の屋敷の裏側で。無体な目に合わされかけた場を、救われたという者も幾人か」 「あー……」 ロッドは天井を見上げながら、ガリガリと頭を掻いた。 どうやら心当たりが無いわけでもないようだ。 「つまり ―― 今回の情報源は、何らかの形でこやつに恩義を感じている者達だと?」 フェシリアの確認に、間諜は再び面を伏せた。 「御意」 たとえ直接ではなく、知人の知人がといった程度でも、助けてもらえたという話を聞けばそれなりに好感を抱く。しかもその相手は噂でしか聞かないような雲上人ではなく、気軽に下町を闊歩しては、自分達と同じ目線の高さで酒を飲み飯を食い、機会があれば馬鹿話にさえ興じてくれる男だ。 そんなふうに親しみを抱いている存在を悪く言っているのを耳にしたならば、それは嫌な気分にもなるし、記憶にも残る。ましてその悪口を言っている相手に、普段からひどい扱いを受けていれば尚の事、気持ちの天秤は親しみを持っている方に傾く。
「金や権力にしか興味のない俗物共はともかく、一般の民達はほとんどが、この婚約を歓迎しております。どうかお気に留め下さいますよう」
人から向けられる想いは、大きければ大きいほど柵となる。それが良いものであれ、悪いものであれ。良い方向にも、悪い方向にも。
「……まあ、恩義なんてもなぁ人はすぐ忘れるさ。一年もありゃ落ち着くだろうよ」
せいぜい婚約破棄までに、ろくでなしの悪評でも振りまいとくさ。 そっぽを向いてうそぶくロッドを、三対の視線がそれぞれに見つめる。 苦笑交じりのものがふたつと、あくまで感情の色の見えないものがひとつ。
ともあれ。 偽装婚約期間は、まだ始まったばかりであった……
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No.6798
(創作)
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この記事へのコメント
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paoまま
2015/05/01/12:39:14
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うーん面白いですねぇ。
公開して下さり有難うございます。
この間諜さん・・・気になるなぁ。 もっと登場してきてくれニャいかしらん。
偽装婚約からマジ婚約までのドキドキの一年をラスティさんの視点から描いた物が読みたいザンスぅ。 彼、超絶真面目ですよね? フェシリアはそれなりに肝は据わっていたでしょうが、絶対ラスティアールは 「自分がドジ踏んだらどーしよう、自分が原因で計画がおジャンになったらどうしょう」 と、やせる思いではなかったかと思うのですよん。 間諜の持って来た(衝撃の事実)を書いた紙を握って執務室に飛び込むシーン。 彼はもう死ぬ思いの田舎芝居役者だったろうなぁ。
頑張った彼に報いる為にも、ここは一つラスティアール君バージョンを書いて下さりませ。
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No.6801
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神崎真
2015/05/01/18:26:59
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最初は勢いで書いてみたは良いものの、毎回執務室で顔突き合わせて話し合ってるってのもワンパターンだなあという訳で、実際にUPしたSSはああいった形になりました。 この間諜さんが、どんないきさつでフェシリアと出会い、忠誠を誓う結果となったのかとか、考えだすとそれはそれで楽しいんですけれど。でも誰得っていうか、あまりに本筋から外れすぎるので、実際に書くのはどうかなあとも思ったり。 ……それに違う視点でとはいえ同じエピソードが何度も書かれるのを、嫌う読者さんもいらっしゃるんですよね……(^ー^;;)
お話の世界には、主要キャラ以外にもその他の面々が生きていて、それぞれにそれぞれの思惑を持って過ごしている。同じ場面に同席していても、キャラクターによってそのとき考えてる内容は違うんだろうなあと思うと、さてそのシーンを書く時に、いったい誰の視点を選ぶべきかとかも思案のしどころなのでした。
そういえばラスティアール視点というのは、今まで書いたことないですね……南国で思いっきり生粋の北方人容姿をしている彼は彼で、いろいろ周囲との軋轢とか葛藤とかあるはずなんですが。 実はロッドと並んで立つと、真逆のコントラストになる設定だったりします<白い肌に白金の長髪、琥珀色の瞳の文人肌 間に混血のフェシリアを挟むと、ちょうどバランスが取れる、みたいな。 ……まあ、ロッドはロッドで生粋の南国人ではないし、書類仕事もこなせるんですけどね(苦笑)
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No.6802
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プロフィール |
神崎 真(かんざき まこと)
小説とマンガと電子小物をこよなく愛する、昭和生まれのネットジャンキー。
ちなみに当覚え書きでは、
ゼロさん= W-ZERO3(WS004)
スマホ= 003P(Android端末)
シグ3= SigmarionIII です。
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