よしなしことを、日々徒然に……
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 脳内暴走とりあえず終
2006年08月24日(Thr) 
「世話になったのは、こっちも同じだ」

返された言葉に、今度はこちらが困惑した。

「別に、なにもしてやった覚えはないが」

そう返すと、蟲師はかぶりを振る。

「あんたがいなかったら、あんなにあっさりと家に上げてもらえなかっただろうよ」
「それは」
「薬だって素直に受けとってもらえた。あんたの口添えがあったからさ」

流れ者の蟲師の言葉など、そう簡単に信用されるものではない。
なにが入っているかも判らぬと、差し出した薬をふり払われることなど珍しくもないのだと。
そう言って男は肩をすくめる。

―― 確かに。
相手は素性も知れぬ、流れ者だ。
余所者に対する警戒心の強いこのあたりでは、なかなか受け入れてもらえるものではないだろう。まして蟲師というあやしげな職業の上に ―― この見た目では。
このあたりではまず見ることのない洋装に、白い髪、白い肌、深緑の瞳。どれひとつとっても異質に過ぎるそれだ。
弱みを見せれば、どんな無理難題を吹っかけられるやもしれぬ。そんなふうに思われても無理のないところだ。
しかし、この男の治療は適切なものだった。
蟲に対する手当ての術など知るはずもなかったが、それでも先刻の治療が患者をなにひとつとして害さなかったことは断言できる。なにより患者は目に見えて回復している。
自分では、せいぜい容態を悪化させぬ程度のことしかできなかったというのに。
―― 皮肉な話だと、思う。

たまたま顔見知りだったからというだけで、なにをすることもできなかった己が信頼され、
たまたま余所者だったからというだけで、患者を救った蟲師が忌避される。

「あんたはすげえよ」
「皮肉か」

思っていたことを見透かされた気がして、尖った声を返していた。
だが蟲師はゆるく首を振り、取り出した煙草へと火をつける。

「あの家族は、ひとえにあんたを頼りにしていた。それは多分、これまであんたがこの場所で生活して、彼らといっしょに培ってきた『信用』ってやつなんだろう」

吐き出された煙が、風に乗ってふわりと漂う。

「ひとっ所に留まることのない俺には、到底得ることなどできないものだ」

一朝一夕には形作ることなどできない、長い時をかけてひとつひとつ重ねてきたそれ。

「……お前ほどの腕があれば、どこかで開業しても、充分やっていけるんじゃないのか」
「蟲を寄せる体質でね」

煙を吐くその仕草が、どこかため息めいたものに見えたのは、単なる感傷に過ぎなかったのだろうか。

◆  ◇  ◆

あれから何年が過ぎたのか、別に数えていないから覚えてもいない。
ただ数ヶ月か、場合によっては数年に一度。思い出したように蟲師はこの里を訪れる。
蟲にまつわる珍しい品と、珍しい話を携えて。
時には倉の中にある収集品を、見せてくれと乞いに来ることもあった。
あの目立つ風体だ。そんなことが二度、三度と続けば、近在の者もいい加減顔を覚える。
最近では訪れる数刻も前から、その姿を見かけたと、そんな知らせが入ることもあった。

「 ―― 静寂を喰う蟲“阿”に寄生された時できる角か」

こりゃ珍しい。
顔を上げると、ギンコはさらに新たな品を取り出していた。
そうしてこれ見よがしにちらつかせながら、意味ありげな笑みを浮かべてみせる

「ちょっと、協力して欲しいって話なんだが」

人望の篤い化野センセイに、少々口添えしていただきたくてね、と ――

「ほう……? いったい何事だ」
「聞いたことはないか。液状の蟲の、そのなれの果てのことを……」
No.689 (創作)

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 プロフィール
神崎 真(かんざき まこと)
小説とマンガと電子小物をこよなく愛する、昭和生まれのネットジャンキー。
ちなみに当覚え書きでは、
ゼロさん= W-ZERO3(WS004)
スマホ= 003P(Android端末)
シグ3= SigmarionIII です。

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