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 Metallic Heart (後編)
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
 
神崎 真


 ―― まさか。
 身についた習慣として、ごく当たり前に検討していた事柄が、急速に重さを増してのしかかってきた。
 自分の声が聞こえていて、仲間達が応じないはずはない。それは、確かなことだ。
 だが、もしも通信が聞こえない状態にあったならば……それは彼らが受信のできない場所にいるからなのか、それとも……
『誰か応答しろ。009、003っ?』
 もしも彼らが、既に ―― してしまっていたら。
 脳裏を嫌な言葉がよぎった。
「…………っ」
 降り続く雨が、容赦なくうちつけてくる。
 濡れそぼった髪がよじれ、うっとおしく額へと貼り付いてきた。だが、そんなことは気にも止まらず。いつの間にか彼は、不自由な身体を半ばひきずるようにして、手近の岩へと身をもたせかけていた。
 何度も繰り返し、通信機へ呼びかける。
 もしも仲間達が ―― でいたら。
 そんなことなどあるはずがない。とっさに思い浮かべたそんな言葉が、何故かひどく空々しく感じられる。
 思わず息を詰め、残った左拳を握りしめた。
 胸の奥で、収まったはずの鼓動が再び脈を早くしてゆく。
 身体が小刻みに震え始めたのは、けして雨に体温を奪われたからではなかった。

 ―― 彼女を失ったのも、こんな雨の日だった。

 忘れることのできない光景が、フラッシュバックした。

 ―― そうだ。重傷を負い、身動きも満足にできない自分へと、あの日も冷たい雨が降り注いでいた。

 つい先刻まで見ていた悪夢が、現実にまでぞろりと触手を伸ばしてくる。

 ―― あの雨の日に、自分はひとり生き延びて、そうして彼女は死んでしまった。

 現在いまを確かめるように手元へ落とした目は、破壊され、内部機構をあらわにした造り物の肉体をとらえた。

 ―― この腕の中で、彼女は無情にも冷たくなっていった。どれだけ抱きしめても、その身体はけしてぬくもりを取り戻してなどくれず。

 右手にはマシンガン、左手にはレーザーナイフ、両足にマイクロミサイルを搭載し、体内には原子爆弾。鋼鉄と、ゴムとプラスチックで形作られたこの両腕は、もはや彼女を抱いたそれではなく。そして今はそれさえも吹っ飛んで、グロテスクな内容物をかいま見せている。
 これは、彼女の命と引き替えるようにして与えられた紛い物の身体。
 他者の命を奪うために、そのためだけに設計され、作り上げられた兵器の塊だ。
 けして、望んだそれなどではなかった。
 争いを厭い、自由を求めて旅立とうとした自分達。失敗すれば、死ぬかもしれないと、それぐらいの覚悟はつけていた。二人共にであれば、それもまたいいだろうと、交わした微笑みを今でも覚えている。だが、よもやこんなことになろうとは、予想だにしていなかった。
 あの忌まわしい研究所で目覚めさせられて。己に課せられた運命を訊かされて。
 はたして自分は、幾度死のうと考えただろう。
 実際、失った恋人の元へ逝きたいと、己へ向け引き金を引いたことは、一度ならずあった。
 こんな化け物のような身体にされてまで、どうして生き続けなければならないのか、と。血を吐くような思いであらゆるものを呪った。
 そんな自分が……それでも今まで生きてきた理由は。
 戦いの中に身を置いて、この手を血で染めながら、それでもなお生き続けてきたわけは。
 そうだ。己を狙う銃口から、反射的に身をかわそうとできたその理由は、それは、紛れもなく……
 だが ――
「俺……は……ま、た……?」
 掠れた声で呟く004を、降りしきる雨が濡らしていく ――


 雨の音が、聞こえ続けている。
 004はぼんやりと空を見上げていた。
 降り注ぐ雫が、幾筋も頬を、首筋を伝い落ちてゆく。
 このままこうして転がっていれば、いずれは自分も……?
 そんなことを考えて、小さく口元に笑みを刻んだ。
 と ――


『……ゼ……フォ……』


 耳の奥で、雑音のようなものが響いた。


『ゼロ……フォー……返事……し……』


 はっと004は目を見開く。
「ジョー、ジョーか!?」
『聞こえ……な……のか……ハイ……リ……』
 呼びかけてくる声に変化はない。
 どうやらこちらの言葉は向こうへ届いていないようだった。だが ―― 004はもはやそれに答えようと努力はしなかった。
 そんなことなど、する必要はなかったからだ。
 深く息を吐いて、背後の岩へと体重を預ける。
 どうやら壊れていたのは自分の通信機の方らしい。ならばどれだけ声を届けようとしても、無駄なことだった。
 そうしている間にも、イカレた通信機は、切れ切れに仲間達の声を受信し始めていた。どうも自分以外は、全員が無事でいるらしい。
 彼は、瞳を閉じて全身から力を抜いた。
 胸の奥から、穏やかな笑いがこみ上げてくる。
 もうしばらくすれば、仲間達は自分を見つけてくれるはずだ。自分はただ、こうして待っていればそれで良い。
 この壊れた身体は、ギルモア博士が修理してくれるだろう。そうして自分は、再び戦場に立つことになる。
 彼らと……仲間達と、共に ――

*  *  *

 なあヒルダ。許されないことだと思うかい?
 きみをひとりで死なせ、こんな機械人形みたいな身体で生きながらえてしまったこのぼくが、それでも、と望んでしまうのは。
 この愛しい仲間達と、いましばらく、と。
 そんなふうに、願ってしまうのは……

(2002/1/15 19:41)
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 え〜、今回私の書きたかったもの。

 1.一人称『ぼく』なアルベルト。
 2.人生前向きな4番。
 3.片腕景気良く吹っ飛ばされるハインリヒ。
 4.雨の中、両足投げ出して座っているいい年した男。

 ―― 以上でした(笑)
 例によって、最初と最後の独白をミスコピーの裏に走り書きし、あとからその間を埋めていったのですが、いやはや今回は難産でございました。下書きは早くに書き上がったのですが、どうにも納得がいかなくて。一時は本気でお蔵入りにすることも考えました(その節は森本様、下読みありがとうございました<( _ _ )>)

 苦労した甲斐あって、最終的には結構気に入った話に仕上がりました。某所に投稿した結果も、多くの方から感想を戴けてとても嬉しかったです。
 なお、某所でいただいた返信から発展して、こんなおまけを書いてみました。ライダースナフキン様、楽しいネタをありがとうございました★


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