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 望み (前編)
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2002/6/25 16:32)
神崎 真


 きっかけは、いつもと変わらない、ごく些細な出来事だった。
 作戦遂行中の、ちょっとしたゆき違い。否、それはある程度予測済みの、予定調和的な行動だったかもしれない。
 黒い幽霊ブラック・ゴーストの基地とおぼしき孤島に上陸し、00ナンバー達は二手に分かれて侵入経路を探っていた。一方は優れた視力聴力をもつ003を中心とし、そしてもう一方は機動性の高さから002が先頭に立つ。ドルフィン号にはギルモア博士と眠っているイワン、そしてその護衛として005が残っていた。
 あくまで偵察行動に過ぎないのにも係わらず、002が突出した行動をとり敵の警戒網へとひっかかる。即座に警報が発せられ、基地内の兵力がそちらへと集中された。
 逆に言えばそのことで他の部分は手薄となり、別働隊の方が有効そうな侵入経路を探しあてた。目的の達成を脳波通信機で伝え合い、いったんの離脱を取り決める。ひとまずここは退き、改めてフルメンバーで突入しよう、と。
 だが ――
『何をやってる! お前も早く帰投しろ』
 004が、仲間達だけに傍受できる周波数で怒鳴りつける。
 薄い色のターゲットアイが空を見上げ、苛立たしげに細められた。
 晴れ渡った青空に、ぽつりと浮かぶ赤い点。周囲に群がる幾つもの黒影の間を縫い、飛びまわっている。それぞれが小さな点か染みぐらいにしか見えないこの遠距離からでも、その素晴らしい機動性がはっきりと見てとれた。基地を防御する飛行機械の群を一人で相手取り、けして負けてなどいない。
 しかしいっこうにドルフィン号へ向かおうとしないその姿に、004を含めた仲間達は、代わる代わる通信機で呼びかけた。
『危険だ、戻れ!』
『002!』
『うるせえ、黙ってろッ』
 思わず耳を押さえたくなるような、口汚い罵りが返ってくる。
『なにを言って ―― 』
 言い返そうとした004の言葉に被さるように、誰かが息を呑む音が受信された。
『ジェット!!』
 叫んだのはいったい誰であったのか。
 はっと見開いた目の先で、爆発音とともに炎が広がる。
 そして、爆炎と煙の中から、重力にとらわれ墜落してゆく、赤い姿 ――


*  *  *


 数時間後、仲間達の手によって救出された002は、さほどひどい損傷を負ったわけでもなく、無事にドルフィン号へと収容されていた。
 墜落した場所がたまたま湿地帯だったため、泥が衝撃をやわらげてくれたらしい。どうやら底なしに近い沼地から這い出ることで、体力を使い果たし、動けなくなっていただけのようだ。
 通じなくなっていた通信機の方も、簡単な調整で元通り働くようになった。両足の噴射口の掃除にはかなりの手間を要したようだったが ―― さすがに仲間達から同情を受けることはなかった。
 ひととおりシャワーを浴びた後、床に座り込んで残った泥を取り除いている002へと、004が冷たい眼差しを向ける。
「……いい加減にしないか」
 肉の薄い唇から、怒りを押し殺した平坦な声が漏らされた。
「貴様が勝手な行動をとって危険な目に遭うのは自業自得だがな、少しは仲間の迷惑も考えろ」
 小さく頭を動かした002は、いまだ濡れた前髪の間から、004を見返す。
「 ―――― 」
 無言で見上げてくる瞳は、暗い。
 むっつりと黙り込んだまま、誰の言葉も聞く気はないと、全身からかたくなな雰囲気を立ちのぼらせている。
 ふぃと顔を反らせた002に、004は小さく吐き捨てた。
「003が倒れたぞ」
 途端に002の肩が揺れた。
 だがそれでも彼は、再び振り返ろうとはしない。
 002達とは別行動を取っていた003らのチームは、あの時既にドルフィン号へと帰還していたが、状況を知ってただちに救出へととって返した。しかし003の存在だけは、002の負傷が予測される状態では、足手まといを増やしてしまうことになるおそれがあった。故に彼女は、005と交代した008と共にドルフィン号へと残り、離れた場所からその能力で捜索することになったのだ。
 優れた超視覚で、聴力で、002の姿を探しながら、同時に仲間達の周囲にも気を配り、敵に遭遇しないよう誘導する。幾つもの場所を同時に見つめ、あらゆる音に耳を傾け。必要とされる集中力と、流れ込んでくる膨大な量の情報を処理し続けることは、003にひどい負担を強いた。
 その結果……全員が無事戻ってくるとほぼ同時に、彼女は激しい頭痛を訴え意識を失い、メディカルルームへと収容されていた。
 致命的ななんらかがあった訳ではなかったが、長時間にわたり精神的な負荷がかかりすぎていたらしい。
 仲間達はみな無理を重ねた彼女を心配していた。そして室内には自然と、その原因となった002に対して、責めるような空気が漂いつつあった。
 だが当の002はというと、救出されてからこちら、ろくに口を利こうともせず、ただ黙々とシャワーを浴び、噴射口の手入れをしているだけで。
 一同を代表するかのように口を開いた004に対しても、まともな反応を返そうとはしない。
 ―― やがて、
「ゼロゼ……」
「別に」
 再び何かを言おうとした004の言葉にかぶせ、ぽつりと呟いた。
「探してくれって、頼んだ訳じゃねえ」
「ッ!」
 一瞬。
 殺気にも似た気配があたりを支配した。
 004だけではない。他のメンバー達もが、剣呑な視線を002へと集中させる。
 非難を一身にうけて、002はゆっくりと立ち上がった。使い終わった工具を抱え、戸口へ向かう。裾をまくり上げたままの素足が床にあたり、こつりと金属質の音を立てた。
 棘ついた雰囲気を残したまま、その姿は自動扉の向こうへと、消える ――


*  *  *


 工具箱をロッカーへと放り込み、002は無造作に扉を閉めた。
 中で何かがひっくり返ったようだったが、気にはとめずに鍵へと手を伸ばす。
 だが乱暴に動かす手の中、鍵はがちゃがちゃと音を立てるばかりで、なかなかかかってくれようとはしない。いっそう苛立ちがつのり、口の中で小さく罵った。
「……shit!」
 握りしめた拳で金属のロッカーを殴りつける。
 そのまま彼は、拳の横へと額を押しつけた。
「なにをやってんだ、オレは……」
 しぼり出すかのような呟きが、うつむいた口元から洩らされた。
 握りしめた手のひらは細かく震え、こめられたサイボーグの腕力に、ロッカーが悲鳴を上げる。


 ―― いつから自分は、こんなに弱くなった?


 自問する。
 覚える苛立ちは、けして仲間達から受ける非難に対してなどではなかった。
 身体が、思うように動かない。
 大切なときに判断を間違える。けして仲間達の足を引っ張ろうなどと考えている訳ではないのに、気がついてみれば、全ての行動が裏目に出ていて。
 こんなはずでは、なかったのに。
 自分は本当に、仲間達を大切に思っている。自分が幸せになりたいと、生き延びたいと思うそれと変わりない強さで、彼らを守りたいと、幸せにしたいとそう願っているのに。
 なのに、最近の自分はどうだ。
 突出し、足を引っ張り、最終的には仲間達みなを危険にさらす。思い返せば判りきったはずの無茶をやり、けれどその時にはそれに気がつきもせず、空回りしては、守ろうとしていたはずの仲間達に助けられて。
 そうして、受けて当たり前の非難の言葉にすら素直に謝りもできず、悪態をついては、同じ事を繰り返す。
「……馬鹿みてえじゃねえか」
 ふらりと身体を起こし、逆に背中からロッカーへと寄りかかった。
 足から力が抜け、床へと腰を落とす。立てた膝に両肘を引っかけ、深くうつむいた。
「馬鹿みてえじゃなくて、本物の馬鹿だな」
 くつくつと喉を鳴らす。


 ―― もしも、ここがかつていたあの基地であったなら。
 先刻の戦いが、実験体として幾度も放り込まれた、あの戦闘訓練であったなら。
 今ごろ自分は、生きてなどいなかっただろう。
 あの戦場に、救いの手などありはしなかった。
 貴重な実験体と言えば聞こえは良かったが、それでも自分の ―― D6号の代わりなど、いくらでも存在していた。
 自分の前にも後ろにも、そうして死んでいった実験体は山ほど存在した。
 自分が生き延びて、002というナンバーで呼ばれるようになるまでには、たった一度の失態すら許されはしなかったのだ。
 そうして、001と出会い、003を迎え。
 後に続く多くの仲間達と出会うまで、自分は生き延びてきた。そう、あの島で生き延びることが、できたのだ。それができるだけの判断力と、戦闘力を、自分は確かに持ち合わせていたはずだった。そうでなくてどうして、廃棄処分とされることもなく、生き続けてこられただろう。


 それなのに……今の自分ときたら……


 自分のミスで、自分が死ぬのは仕方がない。
 それは自業自得だ。
 己を生かすだけの力量が、己に備わっていなかったのだという、厳然たる結果でしかない。
 だが、いま自分にかかっているのは、己の命に対する責任だけではない。
 自分が失策を犯すことは、そのまま仲間達の危地へと繋がる。
 自分が危機に陥れば、彼らはどこまでも手を差し伸べてくれるだろう。自らの命を、危険にさらしてでも。
 それなのに……


「畜生……どうすりゃ良いんだよ……」


 うつむいて、頭を抱え込む。
 苦痛に満ちた呟きに、しかし返る答えはどこからもなく ――


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