償いの果てに
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2002/8/25 22:09)
神崎 真


 研究材料をろくな性能アップもさせずに、と。
 あの日ブラックファントムのコックピットで、イワンを抱いたプロフェッサー・ガモは、そう言って儂をなじった。
 それは科学者として、まともな行動ではない。お前は研究対象としての価値ある存在に対し、ふさわしいだけの愛情を注いでいないではないか、と。
 儂はその言葉に対し、そんなものは愛情ではないと返答した。
 儂はもはや、彼らを研究材料として見ることなどできない。
 そうだ。サイボーグとして改造されたことで、悩み、苦しんできた彼らに、どうしてこれ以上の改造を施せるというのか。
 ―― だが、
 一度は否定したにもかかわらず、あの時のガモの言葉は、その後も儂の脳裏に、根深くこびりつき続けていた。


*  *  *


 儂は、ゼロゼロナンバー達を改造することで、重い罪を背負った。
 科学者としての欲望にとらわれ、償いきることなどできない罪を、この手で犯したのだ。
 それ故に儂は、彼らに対してできるだけのことをしなければならなかった。たとえそれがこの命と代えるようなことになったとしても、儂が彼らの為にしてやれることであるのならば、どんなことでもしよう。そう、心に決めていた。
 そうして彼らと共にブラックゴーストの手を逃れ、闘いと逃亡の日々を送り ――
 いつしか彼らは、こんな儂に対しても、愛情のようなものを抱いてくれるようになっていた。それはけして、儂の思いあがりや勘違いなどではないはずだ。
 そして、だからこそいっそうに、儂は己の罪深さを自覚する。
 彼らに対して償いようのない大罪を犯したこの儂が、その罪ゆえに、愛しいとさえ思える存在を得て……幸せとさえ呼べる日々を送っている。
 それが罪でなくて、いったいなんだと表現すれば良いのか。


 ……儂は、彼らにこれ以上の苦しみを与えたはくない。
 そしてまた同時に、これ以上の罪を犯したくもない。
 ガモの言うように、彼らをこれ以上パワーアップさせ、さらなる改造を施すことなど、断じてできるような所行ではなかった。
 しかし……


 それもまた、儂のエゴなのだろうか。


 これ以上の罪を犯したくはない。
 そうやって己の良心を言い訳とすることで、儂は救えるかもしれない生命いのちを、目の前で見殺しにする結果になるのではないか。
 ブラックゴーストの復活が予測され、新たな闘いが始まろうとしている、現在いま ――
 現れる敵は、強大な力を持っていることだろう。
 試作品サイボーグである彼らの能力だけでは、いつかきっと、取り返しのつかない事態が起こるに違いない。
 その時になって、儂は後悔しないと言えるのか?
 この手を持ってすれば新たな力を与えられると判っていて、みすみすかなわぬだろう敵に向かってゆく彼らを、ただ見送ることができるのか?
 おのが罪を重ねることを怖れるばかりに、彼らの命が……かけがえのない命が喪われていくことを、黙って見ていることができるのか?


 科学者である儂のこの手は、ただメスを握ることしかできない。
 儂ができることは、ただ、それだけしかないのだ。


 ―― きみ達は、儂を呪うだろうか。


 この身の内に変わらず存在する、科学者としての欲望。
 新たな機能を設計し、作り上げ、それが実際に動くその様を見たいと渇望する、このあさましい想い。
 儂の選択は、確かにそれらをもまた、原動力としているのだから。


 儂は、怖い。
 再び犯そうとする、その罪が。
 そして惜しむ。
 失うかもしれない、彼らからの信頼を。
 この道を選べば、もはや彼らは二度と、儂に笑いかけてくれぬかもしれぬな。


 だが、それでも儂は……儂、は……


*  *  *


 ―― 怖れるべきは、再びの罪。
 しかし罪とは、果たしてなにをもって、罪と為すのか。


 一度目の罪は、この手で彼らに死をもたらしたこと。
 科学者としての欲望と奢りに瞳をふさがれ、咎なき者達の生を踏みにじり、命を……未来を奪い去ったこと。
 そして二度目に犯そうとしている、その罪は……


 再び彼らを改造し、科学者として新たな研究成果を、現実のものとすることか。
 あるいは自らの手を汚すことを怖れ、彼らに訪れようとしている二度目の死に、気づかぬふりをし続けることか。


 儂は、選ばねばなるまい。
 己が進むべき、その道を。


 たとえどちらの道を選んだとしても、この背に負う、さらなる罪の重さに違いはないとしても ――


(2002/8/25 22:34)


平成版アニメ第44話「バン・ボグート」の前日(?)談です
やるのか? どうなのか!? とかなり話題になっていたピュンマのウロコ話。新たな機能について解説し続けるギルモア博士に、画面を直視できなかった方も数多かったようです(神崎もその内のひとりです)
特にその後のジョーに対する発言。『許してくれるのなら、今すぐにでも君たち全員を改造したい』という言葉は、チャットでもずいぶんと話題になりました。
しかし……私はその発言を、ギルモア博士なりの、とても不器用な思いやりだと感じました。

ギルモア博士は、根っからの科学者で、はっきり言って専門馬鹿だと思います。ものすごく無神経なところとか、人の心に疎いところもあるでしょう。でも、そんな部分を持っているからこそ、あれだけの突出した技術を身に着けることができたのではないでしょうか。
そして、博士はそんな博士なりに一生懸命がんばって、メンバー達と向き合おうとしているのではないかな、と。
時に空回りして、逆効果になっているし、善意でやったことであればすべてが許されるわけでもないでしょうが、それでも博士は、精一杯みなのことを考えてくれていると思います。
少なくとも私は、そんなふうに信じたい。そう、思います。


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