再 生
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2001/12/15 18:15)
神崎 真


 ―― 俺は、やっぱりサイボーグでなくちゃいけねえ。


*  *  *


 麻酔薬を満たした注射器を手に佇むギルモア博士は、この場に及んでもなお、ためらっている様子だった。
「本当に……本当に良いのか、ハインリヒ。後で悔やんだとしても、もう取り返しはつかんのじゃぞ」
「ええ。判っています」
「しかしだな……」
「かまいません。お願いします」
 重ねてうなずいてみせると、博士は小さくため息をついた。そうしてようやく俺の手を取り、注射器の針を上腕へと突き刺す。白く柔らかな皮膚は、細い針をあっさりと受け入れた。
 少しづつ注入される薬液に、意識が混濁してゆくのを感じる。
 俺は目を閉じると長く息を吐いた。
 押し寄せてくる脱力感に身を任せ、深い眠りの淵へと、堕ちてゆく ――


『どうして!』
『あなたが口癖のように言っていた、生身の身体に戻れたのよ!?』
『ハインリヒッ』


 仲間達の声の断片が、とりとめもなく脳裏をよぎった。


『僕は、そんなつもりじゃなかった』
『もしも君が、責任を感じてそんなことを言っているのなら ―― 』


 鮮やかな夕陽に透ける栗色の瞳が、まっすぐにこちらを見つめていた。
 深く、どこまでも澄んだ眼差し。


『ハインリヒ……』


 俺の名を呼ぶその声に、色濃く宿る哀しみの響き ――


 ……わかっているさ。
 心の内でそう呟いた。
 わかっているよ、ジョー。
 誰よりも優しい、俺達のリーダー。


 あのとき ――
 カデッツ要塞星を捨てたゾアを追って、お前はボルテックスのただ中へと、ひとり身を投じたと聞いた。
 そうしてその超エネルギーの中で、俺の復活を願ってくれたのだ、と。
 俺達が出会ったのは、ブラックゴーストに改造されてからだったな。
 だからお前は、生身の俺を知らない。
 お前にとっての俺は、はじめから『死神』、サイボーグ004だった。
 それなのに、
 サイボーグでない俺など、知らないはずのお前が、無意識のうちに作り上げたこの肉体。
 お前がそうあれと祈ったからこそ生み出されたこの身体は、改造の痕などどこにもない、産まれたままの生身のそれだった。


 わかっている。
 お前が望んでくれたのは、他でもない、ただ俺が『生きて』いることだったのだと。
 共に戦う仲間を必要としたからでも、長く共にあった友人を失うことを怖れたからでもなく。
 お前はただ、俺の『生』を……俺が幸せに『在る』ことを、願ってくれた。
 だからこその、生身の身体。
 俺が何よりも欲していた、どれほど求めても得られるはずのなかったそれを、与えてくれた。
 そんなお前の優しさに、俺はちゃんと気が付いていたさ ――


 なあ、ジョー。
 目が覚めて、自分が生きているのだと知ったとき、俺が何を思ったか判るか?
 この肉体が、紛れもなく生身なのだと気がついて、俺が何を感じたと思う?


 自由を願い、壁を越えようとして、すべてを失った。
 恋人を亡くし、故郷へ戻ることも許されず、戦うための道具として改造されて。
 そんな俺が今まで生きてきたのは、仲間達と共にあったからだった。
 共に戦い、共に苦しみ、そして共に笑いあってきた、ゼロゼロナンバーの仲間達。その存在があったからこそ、俺は今まで生きてこられた。
 ―― 皮肉な、話さ。
 何もかも、すべてを無くして、サイボーグだなんて化け物にされちまって。
 それなのに俺は、同じ化け物であるはずのゼロゼロナンバー達と共にあることで、救われてきたんだ。


 もしもブラックゴーストにさらわれなければ、俺はあのままヒルダと一緒に死んでいただろう。
 そうなっていれば良かった。
 あのままヒルダのことだけを想い、ヒルダと共に、ヒルダと同じ場所へと逝くことができたなら、俺はどれだけ幸せだっただろう。
 死神などと呼ばれることもなく、この手を血に汚すこともなく、無力だが善良な若者として死んでゆけたなら……
 しかし、俺は生き延びてしまった。
 サイボーグ004として改造され、そしてブラックゴーストの元から逃げ出し、仲間達と戦いの日々を過ごし ――


 カデッツ要塞星で、自らの体内の原爆を作動させて。
 次に気がついたときには、俺は地球にいた。
 森の中に横たわり、ぼんやりと暮れてゆく夕焼け空を見上げていた。
 そうしてふと、違和感を覚えたのだ。
 マシンガンを仕込まれ、鈍い光を放つ金属に覆われていたはずの右腕。その指先に感じる、湿った土の手触り。
 手のひらを目の前にかざし、脈打つ鼓動と柔らかな皮膚を認め、俺は愕然とした。
 なんだ、これは、と。
 こんな腕では戦えない。
 こんな身体では、みなと共に戦えない、と ――


 それが、どれほどの恐怖だったか……わかるか?


 死ぬことを怖いとは思っていなかった。
 少なくとも、カデッツ要塞星で自爆する瞬間、俺は満足さえ覚えていた。
 これでヒルダの元にゆける。
 悔いも、思い残すこともなく、晴れやかな気持ちで最期を受け入れたのだ。


 けれどこうして、またも生き残って。
 しかも俺はサイボーグではなく、生身の、アルベルト=ハインリヒとして目覚めた。


 国際宇宙研究所を囲む森の中。
 気がついたときにはたった一人で。
 そうして俺には、なにひとつとして残っていなかった。


 恋人も、故郷も、そしてそれらと引き替えに得たはずの、仲間達さえも。


 震えが、止まらなかった。
 世界が足下から崩れ落ちるような、そんな感覚に、叫びだしそうになった。


 004には、仲間がいた。
 戦うために作られた機械人間。おぞましい化け物。
 それでも004が生きてこられたのは、同じ苦しみを分かち合う仲間達がいたからだった。
 だが、ハインリヒには?
 ハインリヒには何がある?
 ヒルダはとうにいない。帰るべき故郷も既にない。
 家族も、友人も、もはやなにひとつとして残ってはいないというのに ――


『ハインリヒ……本当に良いのかい? 君は君の望むように生きれば良いんだ。僕らに引け目を感じることなんて、ないんだよ』


 ―― 引け目を感じているのは、お前の方だろう?
 お前が気に病むことなんて、これっぽっちもありゃしないのに。
 悪いのは、俺なのだから。
 お前の優しさを、思いやりを踏みにじって。まるでなかったことにしちまって。
 それでも俺には、こうすることしかできなくて。


 なぜなら俺は、アルベルト=ハインリヒでは生きてゆけないんだ。
 このままでは、俺は早晩ヒルダの後を追っちまうだろう。いや……身体ばかりが人間に戻ったとしても、浴びてきた血を無かったことにできない以上、俺はヒルダの元になど行けやしない。行き着く先は地獄の一丁目さ。


 ……すまないな、009。
 こいつは俺のエゴなんだ。
 生身の身体に戻りたいと、今の自分はおぞましい機械人間だと、幾度も繰り返してきたこの俺が。
 こうして叶うはずのなかった望みを叶えられたいま、正反対のことを口にしている。
 一人だけ人間に戻れたからという後ろめたさでもなく、仲間達を守れなくなるという義務感からでもなく。
 俺はただ、仲間達と共にいられなくなることを……ひとり置いて行かれることを怖れているのだ。
 ギルモア博士のように優秀な頭脳を持つ訳でも、001のように超能力を持っているわけでもない、ただの平凡なトラック野郎でしかなかったハインリヒでは、お前達と共にいることができないから、と。


 ひでえ話さ。こんなこと、誰にも言えるわけがない。
 サイボーグであることを苦しんでいるみんなには、絶対に言ってはいけないことだ。
 わかっているさ。
 わかっていても……それでも……俺は……


*  *  *


 目蓋を上げると、最初に目に入ったのは白い天井板だった。
 ベッドに横たわっている自分を認識し、小さく息を吐く。そうしていちど目を閉じた。
 どことはなし身体が重いのは、麻酔が効いているからでも、手術痕が塞がりきっていないからでもないのだろう。


『後で悔やんだとしても、もう取り返しは ―― 』


「後悔、なん……て……」
 呟こうとしたが、寝起きの喉はうまく働かなかった。
 と……


 ―― そろそろ目が覚める頃じゃないのかな。
 ―― さっき見たときはまだ寝てたぜ?
 ―― だけどもう一週間よ。いくらなんでも……


 ドアの向こうでささやき交わす声が聞こえてくる。


 ―― 博士の話だと、もういつ起きてもおかしくないってことだったけどね。
 ―― そうよ。だからワイ、いつでも良いように特製おじや用意して待ってるのことよ。一週間も食べてないのやから、さぞかしおなか減ってるはずヨ。
 ―― それにしても遅い。まさか手術に失敗なんてことは……
 ―― エンギデモナイコト言ウモノジャナイヨ、007。ボクダッテ手伝ッタンダカラネ。
 ―― ウム。


 妨げにならぬよう、小さくひそめられたやりとり。
 改造され、強化された耳でもなければ、とても捕らえることはできなかっただろう。


「 ―――― 」


 ―― あら?
 ―― どうしたの、フランソワーズ。
 ―― いま、中で声が……
 ―― ええっ!?


 ドア越しにどよめきが聞こえてくる。
 それから居住まいを正すような気配がして、改めてドアをノックする音。


「起きてるぜ」


 言葉を返すと、待ちかねたように開けられる扉。
 そうして、入ってくるのは ――


(2001/12/15 22:06)


……なにやら暗いお話になってしまいました。
以前から009のファンの方にはお判りになるかもしれませんが、私はどうも映画『超銀河伝説』のラストが釈然としなかったのですよね。
004の、ハインリヒの台詞。『俺はやっぱり……』というあれがです。
彼が……彼であるからこそ、あの言葉が言えたのだ、という解説を読んだことはあります。確かにそうかもしれません。それでも、私にはどうしてもしっくりいかなかったんです。あそこで、彼がそれを言うことが。

今回、平成版のアニメを見て、久しぶりに原作を引っ張り出し、ビデオで超銀河伝説を見返して ―― 改めて考えてみた結果が、こういう形になってしまいました。

誤解のないよう申し上げますが、私は004が好きです。彼の苦悩も、実は意外に図太いところ(笑)も、何もかも★

平成版アニメの004のウェットなところも、実はかなり大好きだったりして……///_ ///


本を閉じる

Copyright (C) 2002 Makoto.Kanzaki, All rights reserved.