その花の名は
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2003/07/03 11:30)
神崎 真


 ちょっとした軽食を買いに出かけたコンビニで、なぜかふとそれが目についた。
 思わず足を止め、はなやかな彩りのパッケージを眺める。と、目的のものをあさり終えたらしいジェットが、肩越しにのぞき込んできた。
「なに見てんだ?」
「あ、ああ」
 ほら、とよく見えるように身体を動かしてみせる。
 これからの季節に売れ筋となるのだろうそれは、家庭用の花火セットだった。
「へえ、こんなの売ってんだ」
 途端にジェットは目を輝かせ、自分も並んでぶら下がっているものへと手を伸ばした。ひょいとひっくり返し、説明書きを読み始める。
 飛び散る火花の写真に目を落としながら、ピュンマは以前TVで見たキャンプの様子を思い浮かべていた。子供を含んだ家族連れが、バケツとロウソクを傍らに花火を楽しんでいる光景。それはとても明るく鮮やかに、記憶の中へと焼きついていた。
「きみはやったことあるのかい」
 問いかけたピュンマに、ジェットは手元を見たままでかぶりを振った。
「うんにゃ。俺がNYにいた頃はこんなモンなかったし、買うような金も持ってなかったからな」
 さらりと言って、彼はそれを買い物かごの一番上へと放り込んだ。
「ついでだから買っていこうぜ」
 さらにもう二つばかり追加する。
「ちょ、いくらなんでも多くないかい」
「ンなこたねえって。どうせフランやジョーも、やりたいって言い出すに決まってんだからよ」
 言い残してさっさとレジへ向かう。
 それは確かにその通りかもしれない。名前の出た二人だけに留まらず、物見高いグレートや張大人は無論のこと、なんだかんだ言って好奇心の強いハインリヒも出てくるだろうし、そうなれば他の面々も当然集まってくる。十人がかりでは、この程度の花火などすぐになくなってしまうに違いない。
 くすりと笑いをこぼして、ピュンマはジェットの後を追った。


 呼吸の音すら聞こえるような、緊張感に満ちた静寂があたりを包んでいた。
 雫を垂らし、地面に直接立てられたロウソクの炎。その上で頼りなく揺れていた色紙が、ちり、と焦げ ――
 わっと、一斉に歓声が上がった。
 鮮やかに色づいた光の欠片が、勢いよくあたりに振りまかれる。
「うひょー! すげーッ」
 端を持っていたジェットが、興奮して花火を振りまわした。途端に一同からブーイングが飛ぶ。
「こら! 危ないだろうが!!」
「気にすんなって、そんぐらい」
 もちろんジェットは聞く耳など持っていない。
 買ってきた者の権利として一番手を主張した彼を、次の花火を持ったジョーが押しのけた。ロウソクの前を空け、フランソワーズを手招きする
「ほら、きみもやりなよ」
「ええ」
 期待に目を輝かせながら、フランソワーズがかがみ込んだ。
 まもなくしゅっという音がして次の花が闇を彩る。
「ずいぶん色々な種類があるものだな」
 グレートがパッケージの中身を確認していた。その手元を背伸びした張々湖が懸命にのぞき込んでいる。
「爆竹はないのかネ?」
 ぴょこぴょこと頭が上下するむこうで、ジェロニモが線香花火の束をより分けていた。
 次々と火がつけられ、皆の顔をとりどりの光が照らし出す。


 ピュンマは、はしゃぐ皆の輪から、いつしか距離を置いていた。
 少し離れた場所で壁に寄りかかり、皆の様子を眺める。
「…………」
 自分で自分を抱きしめるように、両手を軽く身体に回した。
「どうかしたのか」
 気が付くと、ジェロニモがすぐ傍らに立っていた。大柄なネイティブアメリカンは、高い位置から見下ろしているのにも係わらず、不思議と威圧感を感じさせない。
「え、ああ」
 はっと顔を上げたピュンマは、とっさにかぶりを振っていた。なんでもないよと呟いて、視線を仲間達の方へと戻す。
 ジェロニモは、取り立てて問いかけるようなことなどしなかった。
 彼はただ無言でピュンマの横へと並び、同じ方向を眺めるだけだ。
 どれぐらいそうしていただろうか。やがて、先に根負けしたのはピュンマの方だった。いや、ジェロニモにしてみれば、特に他意などなかったのだろう。ただピュンマ自身が、誰かに聞いてほしいと、そんなふうに思ってしまっただけだ。
「うん。ちょっと、ね」
 口ごもりながら、彼は複雑そうな笑みを浮かべる。
「驚いたというか……当たり前のことに、改めて感心したっていうか」
「 ―― ?」
 ジェロニモは無言で首をかたむけた。
 確かにこれだけでは、何を言っているのか判らないだろう。実際ピュンマ自身とて、己が何を言いたいのか、はっきりと把握しているわけではないのだ。
 もやついた心の内を表すのに、ふさわしい言葉を探して視線をさまよわせる。
「その、さ。臭いが、懐かしくて」
「臭い?」
「うん。火薬のね」
 こんなふうに、間近で花火を見るのは初めてのことで。だからそれが火薬の塊だということを、自分はまったく意識していなかった。しゅうしゅうと音をたてて燃える時の、独特の臭い。それを嗅いで……そう、少しだけ驚いたのだ。
「火薬の臭いって言ったら、普通思い出すのは、あんまり平穏なことじゃないだろう?」
 問いには重々しいうなずきが返る。
 自分達が思い返す火薬の臭いのする光景といえば、たいていは戦場のそれである。銃弾が飛び交い、あちこちで炎と黒煙が立ちのぼる、あの世界。かなうものなら二度と足を踏み入れたくない、見たくはないと、そう願わずにはいられない、そんな情景ばかりだ。
「特にぼくは、BGに改造される以前から戦場にいたからね。この臭いは、ずっと嗅ぎ慣れたものだったよ」
 自分の故郷では、捨てられた空薬莢や不発弾が、子供の玩具になっていた。火薬の臭いは幼い頃からとても身近な、当たり前のものだった。
「あ、誤解しなくていいよ。別にだからどうだっていうんじゃないんだ。ただ ―― うん、火薬ってこういう使い方もあるんだよなって、改めてそう思ったんだ」
 けしてそれは、武器としてしか存在できないものではなくて。


 鮮やかにきらめく、色とりどりの光。
 そこに浮かび上がる、みなの笑顔。


 ―― もしかしたら、と。
 いまこうして、皆のことを見つめていて、ごく穏やかな気持ちでそう思った。
 この先、火薬の臭いを嗅いで思い出すのは、あの凄惨な戦場の光景などではなくて。
 いまこの時の、この楽しさや、あるいは幼い頃に遊んだ、懐かしい友たちの姿かもしれない、と。


 火薬なんてものが間近であった子供の頃を、肯定するのは少しばかり複雑な気もするけれど……


「 ―― 思い出は、楽しいものの方が良い」
 ジェロニモが、ぽつりと言って、手のひらを差し出した。
 大きなその上で、まるで糸くずか何かのように見えたのは、先ほど彼がほぐしていた線香花火だ。
 ピュンマはくすりと小さく笑った。
「その通りだね」
 そう答えて手を伸ばす。
 一本を取り上げて、そうして心優しい仲間を見上げた。
「さ、やろっか。ぼさぼさしてると無くなっちゃうよ」
 ぽんと大きな身体の背中 ―― というより腰のあたりになってしまったが ―― を叩く。
「ウム」
 ジェロニモも口元をわずかに和らげ、笑みを返してきた。
 そうして足取り軽く戻ってゆくピュンマの後から、彼もゆったりとした足運びで続いてきたのだった。

(2003/07/09 11:09)


ノリと勢いで書いたら、なんだか意味不明なまま終わってしまいました。
最初はもっとシリアスに攻めるつもりだったんですが、なんというか、最近うちのキャラ達は前向き思考に目覚めたらしく、なかなか落ち込んでくれないようです(苦笑)
珍しくジェロさんをちゃんと書いたぞ! と思いきや、良く読み返してみたらちゃんとした文章しゃべってるの、二台詞ぐらいしかなかったりして。


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