「大学に、行こうと思うんだ」
唐突に告げたぼくの言葉に、カボレはしばし理解する時間を必要としたようだった。
「……大学?」
「ああ」
うなずいて、持っていた飲み物を一口すする。
冷めかけたそれは、しかしまだわずかにぬくもりを残していて、喉の奥を優しく通り過ぎてゆく。
「誤解しないでほしい。ぼくはなにも、この国を放り出していくつもりはない。むしろ、自分ができることを見つけるために、もっと多くのことを学びたいと、そんなふうに思うんだ」
「できることなら、いくらでもあるだろう。今この国は、ようやく立ち直っていこうとしているんだ。手はいくらあっても足りない。ようやくお前が戻ってきたのに……また、行ってしまうというのか」
カボレの言葉はどこまでも真摯なものだ。
ありがたいと、思う。
彼は、ぼくの身体のことを知っている。あの戦いの中で、ぼくが既にかつての『ピュンマ』では無くなっていることを……彼はその目でまのあたりにしたはずだ。
それでもなお、戻ってこいと言ってくれたカボレ。そして、実際に戻ってきたぼくと、こうして以前と変わらぬ調子で言葉を交わしてくれるそのことは、どれほどぼくにとってありがたかったことだろう。
けれど、たとえ彼が変わらず接してくれたとしても、それでもぼく自身が変わってしまったことは、どうしようもない事実で。
「費用に関しては、援助してくれる人がいるんだ。学力の方も……何とかなると思う」
ギルモア博士とイワンは幾つもの貴重な特許を持っていたし、それらの資金を仲間達のためにこころよく提供してくれた。張大人の中華料理店も軌道に乗っていて、相談したら笑って胸を叩いたものだ。残る問題は、果たしてぼく自身が受験できる能力を持っているかどうかなのだが
―― そんなものは努力次第でどうにでもなった。
少なくとも基本的な学力は、ブラックゴーストの手によって埋め込まれた人工頭脳によって、もたらされている。……皮肉な、ことだが。
「ぼく達は、力によって独立をもぎとることができた。だからこそ、今度はその得たものを、より良く、恒久的に続くものとして立て直していくことが必要だろう」
「ああ、その通りだ。だからこそ、お前にはそれを手伝ってもらいたいと
―― 」
「手伝うさ。当然だろう?」
うなずいてみせると、カボレは安堵したように口元をほころばせた。ぼくもまた、同じような笑みを浮かべてみせる。
「だが、ぼくひとりでできることなどたかが知れている。だからぼくは、この先この国の未来を背負っていける、そんな人材を育てることこそが重要だと考えたんだ」
「だが、一口に教育といっても難しいぞ。みな、今を生きていくことで精一杯だ」
誰もが、日々を生きていくのに懸命な現状。
独立を勝ちとったということは、かつて得られていた援助を失ったと言い換えることができる。けして充分とは言えないものではあったけれど、それでも失ってしまえばその貴重さは身にしみて感じられた。そんななか、人々にとっては学ぶことなどよりも、明日の糧を得ることの方が遙かに重要で。
それは判っている。だが、それでも……
「誰かがやらなければならないことだ。そしてぼくには、それができるチャンスがある。学ぶ機会と資金があるんだ。だから、やってみたい」
もっと多くのことを学び、その知識をこの国へと持ち帰る。持ち帰った知識はみなで分け合うことができるだろう。無知や迷信から来る飢え、病を減らしていくこと。井戸を掘り、畑を
拓き、もっと生活を豊かにしていくことが、きっとできるはずなのだ。
力で手に入れることができるのは、あくまでいっときの平和にすぎない。
それを維持し、生活を豊かなものにしてゆけるのは、そういった日々のたゆまぬ努力に他ならないのだから
――
カボレが小さくため息をついた。
「お前はもう、決めてしまっているんだな」
落とされる言葉には、あきらめの色が濃い。
「……すまない」
もはや口にできるのは、それしかなかった。
うつむいたぼくの肩を、カボレは強い力で掴んだ。
「がんばれよ、ピュンマ」
「カボレ……」
顔を上げたぼくに、カボレはにやりと笑いかけ、掴んだ肩を揺すぶるようにする。
「期待しているからな」
「ああ ―― 待っていてくれ」
きっと、必ず戻ってくるから。
ぼくも手を伸ばし、カボレの肩を抱くようにまわす。
* * *
ぼくがこの国のためにできること。
それはけして、サイボーグの力をもって、敵を
殲滅することなどではなく。
この国を豊かにし、それを維持していくこと。
そのために、ぼくができることは ――
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