この大空に翼をひろげ
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2002/1/24 8:59)
神崎 真


「別に……なんでもねえよ。ほっといてくれ」
 そう言って、毛布を引き寄せ背を向けてしまったジェットに、そのベッドの傍らに立ったグレートは、小さくため息をついた。
 つるりとした頭を撫でながら、しばし次に口にするべき言葉を選ぶ。
「……イワンが、言ってたぜ。お前のおかげだったって」
 その言葉に、ふとジェットが反応を見せる。肩越しに向けられた視線をとらえ、グレートは肩をすくめるようしてみせた。そうして彼は、ベッドの端へと腰を乗せる。その重さに、マットがきしりと音をたて沈んだ。
 斜めにジェットを見下ろすようにして、彼は先を続ける。
「お前がジョーのもとに飛んでいってくれたからこそ、自分もあいつを補足できたんだって。そう、言ってたよ」
 一言一言、確かめるように、言葉を落としてゆく。


*  *  *


 ―― 地下帝国、ヨミの滅亡。
 数カ所に仕掛けられた水爆により消滅したそこから、彼らサイボーグの仲間達は、間一髪で脱出を果たしていた。危ういところで目を覚ました、イワンの超能力によって。
 そして、逃げ出した魔神像もろとも成層圏へと飛び立ち、その爆発で虚空のただ中に放り出されたジョー。それを追い、彼と共に大気圏へ突入して重傷を負ったジェット。
 大気との摩擦で発火し、燃えてゆく身体に意識を失った彼らを、イワンが救った。半死半生の状態で地上に精神移動テレポートされた二人は、ギルモア博士の手術をうけ ―― つい数日前に、ようやく身を起こせるようになったばかりだ。
 一度は、失ったと覚悟した仲間達。
 あのとき、平和のためには犠牲もやむなしという非情な言葉を聞かされて、悲しみにくれたのが嘘のようだった。
 だが……
 順調に回復している二人のうち、ジェットの様子がどこかおかしいと、フランソワーズが言いだした。ギルモア博士の診断では、どこにも異常は見られない。肉体的には、なんら問題などないはずだというのに。
 だが、異常を疑い出せば、心当たりはありすぎるほどにある。あの戦いの中で経てきた様々な事象は、どれひとつとっても尋常ではなく。そのどれかが原因で何かがおかしくなったと言われても、充分うなずけるだけのものがあった。
 心配し、言葉を交わしあう仲間達をよそに、グレートはつと席を立ち、ジェットの休む病室へと足を向けた。
 なぜなら彼には、ジェットが何を想い、らしからぬ雰囲気を漂わせているのか、判るような気がしたからだ。


*  *  *


 舞台で鍛えられたグレートの声は、小さな呟きであっても、はっきりと聞く者の耳に届く。
「 ―― いくらイワンが超能力を持ってるからって、万能な訳じゃぁない。あの時も、俺達をテレポートさせるのが精一杯で、とてもジョーの所在を追ってはいけなかったそうだ」
 視線をはずし、足下の床へと落とす。ジェットは、それでもグレートの横顔を見上げたままでいた。
 あのときイワンは、逃げ出した魔神像へとジョーを送り込み、そうしていまにも爆発しようとする地下帝国から、すかさず仲間達を救い出した。そのためにみなの意識を失わせ、一人一人を把握し、転移先の安全を確認して、座標を固定し ――
 それはわずか一瞬の作業でしかなかったけれど、それでも必要とした集中力は莫大なものだった。だからこそ彼は、無事にみなを転移させ終えたときにはもう、魔神像の姿を完全に見失っていたのだ。
 いくら意識の網を広げてみても、成層圏は遠くまた広く。そうしてイワンは疲れ切っていた。
『ひどい! ひどすぎるわ』
 顔を覆い泣き伏すフランソワーズ。他の仲間達もみな、沈黙の内に哀しみをあらわし。もはやどうすることもできぬ喪失感に、為すすべもなく海上を漂っていた。
 けれど……そんな中でただ一人行動を起こしたジェット。
 仲間の死をだまって見ていられないからと、ロケットへ点火し、成層圏目がけて飛び立っていった彼。
 その背中を、仲間達がどんな思いで見送ったことか。
「お前が飛び立って、あいつの所まで案内していってくれたからこそ、イワンはお前達が意識を失ってすぐに、地上へと移動させることができたんだとさ」
 そう結んで、グレートは目を伏せて笑った。
 手を伸ばし、ふくらんだ毛布を二三度ぽんぽんと叩く。
「 ―― ま、そういうことだ」
 軽く弾みをつけて、立ち上がった。
 そのままもう、振り向きすらせず扉へと向かう。
 その後ろで、小さく身じろぎする気配がした。
「……サンキュ」
 扉を閉める寸前に、かすかに聞こえた言葉。
 グレートは肩越しに軽く手を振って、部屋を出る。


 病室を後にしたその足で建物の外へ出ると、心地よい風が吹きわたっていた。
 海のそばに立てられた研究所の周囲には、自然が多く、のんびりと散策するにはもってこいになっている。
 柔らかな下草を踏み、ゆっくりと足を運ぶ。と、少し離れた場所から手を振る影があった。
 手をあげ返し、そちらの方へと足を向ける。
「やるかい?」
 出迎えたハインリヒは、そう言って封の開いた煙草のパッケージをさしだした。
 彼の口元にも、半分ほどの長さになったそれが、くわえられている。
「もらおうか」
 遠慮なく一本抜いたグレートの前で、無造作にライターが鳴らされた。
 しばし、二人は無言で紫煙をくゆらせる。
 黒い幽霊ブラックゴーストを葬り去ったいま、彼らはかつてない平穏の内に日々を過ごしていた。
 この平和な時間がどれだけ続くものかは判らない。もう二度と戦いなどせずにすむのかもしれないし、あるいは明日にでも、再びどこかで何かが起こるのかもしれない。
 だがいまこのとき、この瞬間。彼らはひとりの仲間も欠けることなく、ここにいる。
 その、幸せがあるのは。
 誰一人失うことなく、穏やかな気持ちで過ごすことができている。
 その平穏を、もたらしてくれたのは ――
「……何もできなかったのは……俺達の方なんだよな」
 ぽつりとグレートが落とした言葉を、煙と共に風がさらっていった。
 己は無力だったと。イワンがいなければ何もできなかったのだ、と。そんなことを考えるべきなのは、けしてジェットではなかった。少なくとも、彼は、彼とジョーだけは、そんなことなど思いわずらう必要はなかった。
 ―― いっそ鮮やかなほどに晴れわたった、明るく広大な青空。その中を、まっすぐに飛んでゆくジェットの後ろ姿。
 グレートでは、どれほど大きな鳥に変身したとしても、追いつくことなどできない。そしてそれは、他のどの仲間達も同じことで。
「…………」
 傍らに立つハインリヒは、なにも答えようとはしなかった。彼はただ、薄い色の瞳を空へと向け、煙をたなびかせている。
 そのまま、彼らは互いに何を言うでもなく、肩を並べていた。
 やがて、そんな二人へと呼びかける声が聞こえてくる。
 どうやら、いつの間にか姿を消していた二人を、みなが探していたらしい。
「 ―― いくか」
「ああ」
 それぞれに煙草をもみ消して。
 そうして彼らは、ゆっくりと歩きだした。
 先ほどまで立っていたその場所に、小さな吸い殻だけを、ぽつりと残して ――


(2002/1/26 13:08)


タイトルは学校で習ったあの歌「翼を下さい」から。
……書き始めたときは、ヨミ編でのかの名シーンで、いきなりイワンに良いところを持って行かれてしまった002の救済話のはずだったのに、気がついたら何故か007の話になってました(汗)
言葉にしなければ分からない若者と、なにも言わずとも……そして、たとえ分かりあえてなどいなくとも、ただだまって肩を並べていられる年長組と。そんな対比を狙ってみたのですが……


本を閉じる

Copyright (C) 2002 Makoto.Kanzaki, All rights reserved.