Reason
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2002/3/29 10:04)
神崎 真


 せわしないサイレンの音は、ずいぶんと遠くなっていた。
 夜空を赤く染めていた炎も、汗ばむほどに夜気を満たしていた熱も、このあたりにまでは届いていないようだ。
 あたりを行く人々は、かすかに伝わってくる喧噪に不安げな顔を見合わせながらも、足をゆるめようとはしない。あれほどの火災も、幾つか通りをへだてれば、もうそれだけで別世界の出来事のようなものだと。そういうことだ。
 踏み出した脚から力が抜けそうになって、身体がたよりなくふらついた。壁に取りすがるようにして、どうにか倒れ込むことは免れる。そんなオレの姿を、通行人達はうさんくさげに眺めていった。おおかた、チンピラがケンカでもしてきたのだと、そんなふうに思っているのだろう。
 実際、四十年前なら、しょっちゅうやっていたことだった。
 しばらく荒い息をついて、再び歩き始める。
 とにかく、人目のないところに行かなければ。それだけを思って、重い足を先へと進める。


 燃えさかるホテルから、キャシーと共に救出されたのは、ついさっきのことだ。
 火花を上げる膝の傷をハンカチで覆い、どうしても隠しきれない金属部分は、義足だと言ってごまかした。そうしてヘリの中での応急処置を、アレルギーがあるから専門の医者にかかる必要があるとつっぱね、着陸してすぐに加速装置を使ってトンズラした。009のものに比べれば旧式な加速装置は、動作にひどく不安定なところがあって滅多に使いもしなかったが、それでもこういう場合にはけっこう重宝する。
 もっともそのおかげで、脚の傷は余計に広がったようだったが。
「……ッ」
 どうにか人気のない路地裏にたどり着いた頃には、既に視界がまわり始めていた。覚えのある感覚に膝へと目をやってみれば、巻いた布の間からじくじくと液体が滲みだしている。
「や……べえ、かも……」
 ずるりと壁にもたれかかるようにして、汚れた地面へと尻をついた。
 このまま放っておけばどうなるかは、いやと言うほどに思い知っている。保ってせいぜい半日、そんなところだ。
「へへ……不死身のサイボーグが、聞いて呆れるぜ……」
 腹の底あたりから、笑いの衝動がこみ上げてくる。そんな場合ではないと判っているが、どうにも止まらない。
 生ゴミが溢れたポリバケツへと寄りかかり、声を殺して忍び笑った。笑いの振動で脚が動き、またも青白い電光がひらめく。表通りの灯りも届かない、薄汚れた路地裏で、そのきらめきは何故か奇妙に美しくて。
 光なら、ついさっきまで視界を灼くほどの炎に囲まれていたというのに。
 気がつくと、オレは声もなく、その火花を眺めていた。
 きらきらと輝く、青白い光。耳をすませば、ジジというかすかな音が聞こえてくる。
 どうしてだろうか。遠くから届くざわめきや消防車のサイレンなどよりもずっと、その響きの方を聞いていたい気持ちになるのは。思うように動かない脚を引き寄せ、そっと顔を近づけてみる。
 目の前が暗くなっているのは、いまが夜で、ここが路地裏だからと言うだけではないのだろう。
 すぐそこのものすらはっきりとは見えない状態で、けれどその輝きだけが、鮮明に目に映る。
 一瞬またたいては、すぐに消え、また形を変えて再び現れる。縮れた糸くずのような、光の筋。

 ―― 見ただろ、バチバチッてキレイな火花。

 ついさっき、思わず口にしちまった言葉を思い出した。

 ―― もうダメ、おしまい、壊れましたってことだよ。こんなポンコツほっといて、さっさと逃げな。

 別に、本気で言ったつもりじゃぁなかった。
 ただあの時のオレは、キャシーの反応を待つのが怖かったんだ。
 だって考えてもみろよ。目の前で人間の身体から機械がむき出しになって、派手に火花を散らしてたんだぜ? その前には、廊下をジェットで吹っ飛ばしもしてた。
 オレだったら……もしもブラックゴーストに捕まることなどなく、生身のまま当たり前に日々を過ごしていたオレがそんなものを目にしたりしたら……そう、きっと、言っちゃぁならないことを口にしていただろう。
 キャシーは、オレ達が今までどんな思いをしてきたかなんて知りゃしない。
 望んでこんな身体になったわけでもなけりゃぁ、この身体のせいで、それこそ死ぬほど苦しんでる奴がいるなんてことも、想像さえできないはずだ。
 だから、オレは覚悟してた。疑いさえしなかった。
 ……それでも構わない。それを怖れて、助けられるはずの彼女を見殺しにするぐらいなら……ジミーを悲しませてしまうぐらいならと、そう思って。
 けれどパニックを起こされれば、なだめるのに余計な時間を食う。この脚でそんな彼女をむりやりひっ捕まえていくよりも、あの場所からなら、彼女一人で屋上に向かう方が早いんじゃないか。オレ一人であれば、少しぐらいの炎には耐えられるし、いざとなれば加速装置だってあるんだから、どうとでもなるさ、と。
 ほとんど投げやりな気持ちで言い捨てたオレに、しかし、キャシーが見せた反応は ――


「……これも時代って、やつかね」
 喉の奥で笑う。
 四十年……そう、四十年だ。
 彼女達は、サイボーグだなんて言葉、知りもしなかったオレ達とはまるで違う。
 不死身のヒーロー、サイボーグ戦士。そんな話を、ジミーは目を輝かせて聞いてくれた。自分も002のように強くなるのだと、そんなふうに言ってくれた。それが、どれだけオレの気持ちを救ってくれたことか……


「ゥアチッ!?」
 突然鼻先に衝撃を感じて、オレは思わず声を上げた。
 ―― どうやら火花に顔を近づけすぎたらしい。
「いってぇ……」
 しびれた鼻を押さえながら、目尻ににじんだ涙をジーンズの右膝で拭った。
「もの想いにふけってる場合じゃ、ねえってことかよ」
 ため息をついて、立てた膝の間へと頭を落とし込む。
 尻ポケットを探り、折り畳みナイフを取り出した。
「ええと……どうするんだったっけかな。確かまずは、栄養パイプを……」
 縛っていたハンカチを解いて、膝の傷をのぞき込んだ。むき出しになった部品の隙間に、そろそろとナイフの切っ先をつっこんでみる。
 途端に遠のいていた痛みが襲ってきて、思わず歯を食いしばって身体をこわばらせた。しばらくしてから、詰めた息を少しづつ吐き、刃をさらに奥へと押し込んでいく。こじるようにして、破損個所が見えるよう隙間を広げた。


 ―― たとえば、
 昔から持ち歩くのが習慣になっていたナイフは、四十年前のあの日、この手で人ひとりの命を奪う結果をもたらした。
 けれどいま、同じナイフはオレの脚を治す役に立とうとしている。
 ならば、戦う道具として作られたこの機械の身体が、今晩キャシーの命を救うことができたのも、別に当たり前のことでしかないのだろう。


 道具なんてものは……使う人間次第で、どんな使い方だってできる。
 そういうことだから。


「あいつ……ら……怒る、だろうな……っ」
 ぬるぬるする配線をかき分けながら、途切れ途切れに息をぐ。
 どうせまた、お前は思慮が足りないだの、もうちょっとまわりを見て行動しろだの、うるさいことを言うに決まっている。まったくうっとおしいこと、この上ないってもんだ。
 ……と、これか?
 ようやく目的の部分が見つかった。
 まあ、とりあえずこの液漏れだけなんとかしときゃぁ、それで良いだろう。
 あとは博士に連絡すれば、すぐに修理してくれるしな。


 震える指先は、もう思うように動かなかったけれど。
 それでも不安はなかった。 
 あとはここを、ちょいと塞いで……それから電話を一本。それだけで良い。



 電話番号は、いったい何番だったっけか。
 ええと、確か ――


(2002/4/1 21:02)


……ちょっとスランプ気味かも(汗)
とりあえず今まで色々と気になっていた事柄を、まとめてぶち込んでみたのですが……

あと平成版のお話にも関わらず、ジェットの過去が人殺ししたことになっていますが、どうにもこれだけは譲れないので原作準拠です。目の色についても、平成アニメでは茶色なんですが、彼の目は青! 神崎の中ではそう決めました(握り拳)

タイトルの意味は、我ながら色々重なってしまったので解説不可能。適当に解釈してやって下さい(苦笑)
でも自分的には、今まで気になっていたあれこれの……という意味合いが一番強かったりして……


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