解ケナイ答エ
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2002/3/17 17:50)
神崎 真


 死にたくない、と。
 そう思うのは、生き物の本能なのだという。
 生きていたいと。
 自分の存在を継続し続けていきたいと。
 そう考えるのは、人間として当然の想いなのだということだ。
 ならば、ボクはやはり人間なのだろうか。
 少なくとも、その気持ちだけは、
 ボクも確かに持ち合わせていたのだから……


*  *  *


 こんな身体になってまで、どうして自分達は生きているのか。
 言葉にするにせよ、しないにせよ。仲間達の誰もが一度は、そんなふうなことを考えていた。
 人間だった頃の自分を懐かしみ、いまの自分と引き比べ。
 そうして彼らは自らに言い聞かせる。
 たとえ半ば機械のような身体にされたとしても、自分達の心はけして変わりなどしない、と。
 人間ひととしての心を、失いなどするものか。
 誰かを愛すること、平和を望むこと。
 かつて持っていたそれらの心を保ち続けることで、自分達は人間としてあり続けるのだ、と ――


 祈りにも似たそれらの想いを、ボクはずっと見つめ続けてきた。
 その想い故に、彼らは時に傷つき、また傷つけられ。
 それでもなお、懸命に前を向いて生き続けていた。


 ―― ネエ、ミンナ。


 ボクの身体は、元々みなほど多くの改造が施されているわけではなかった。
 脳組織の未使用領域を解放するための生体手術と、それを補助するための、幾ばくかの装置。
 当初に為された001としての改造は、実際のところその程度のものだった。


 ―― 訊イテモ、良イダロウカ。


 けれど。
 本来使用するはずのない領域まで脳を酷使することで、ボクの身体はじょじょに蝕まれていった。
 赤子の肉体とは、比較的丈夫にできているという。それに自分で身動きすることのないボクは、逆に肉体の制御に必要とする力が少なかったから、かえってそれが長く保った原因だったらしい。
 それでも、やがては限界がやってきた。


 ―― 人間ヒトトハ、何?


 もっとも負担のかかっていた、心臓の代わり。
 それを動かす為の人工神経、動力部ジェネレーター
 人工神経と脳組織とを繋ぐ中継装置ジョイント
 それらのものを次々と埋め込んでいかなければ、ボクの命は009達と出会う前に失われていただろう。


 ―― 身体ガ生身デナクテモ、人間デハイラレルノ?


 死にたくない。
 ボクはそう思っていた。
 そのままそこで死んでしまうのは、絶対に嫌だった。


 ―― ネエ、ミンナ。


 そう思うことは、間違っていない。
 たぶんキミ達は、そんなふうに言ってくれると思うよ。
 なぜならキミ達もまた、今を懸命に生きているのだから。
 機械の身体と人間の心を共存させて、それでも人間であろうとがんばっている。
 そんなキミ達が、どうしてボクを否定などするだろう。


 ―― 訊イテモ、良イダロウカ。


 でもね、みんな。
 ボクにはどうしても判らないことがあるんだ。


 ―― 人間トハ、何?


 ボクは、脳改造を施されることで高い知能を得ることができた。
 改造手術を受けることで、年齢に似合わぬ知能を目覚めさせられた。
 だからボクは、改造前の ―― まったくの生身だった頃のことなど、覚えてはいない。
 ボクが『ボク』として、今の『心』を手に入れたのは、父の手で改造された、それ故になのだ。
 ならば、ボクは、


 ―― ボクノ、心ハ、


 肉体の機械化を、自らも望んだボク。
 死にたくないからと。そのためであれば、人工臓器を埋め込まれることにも、さほどの抵抗を覚えなかったボク。
 そんなボクは、ボクの、心は……


 ―― 果タシテ人間ヒトノソレト、言エルノ?


*  *  *


 永い眠りから目覚めると、そこではみなが笑っていた。
 温かな、ギルモア邸のリビング。
 柔らかな陽射しが差し込めるそこで、みなはそれぞれにお茶のカップを手にしながら、楽しそうに言葉を交わしていた。
「あ、起きたのね。イワン」
 一番最初に、003が気付く。
 そんな彼女の言葉に、他の仲間達もこちらへと視線を投げかけてきた。
「おう、我が家のねぼすけ王子様は、ようやっとお目覚めかい」
 ボクのバスケットは、ソファの上に置かれていた。横に並ぶように座っていた002が、ひょいと上からのぞき込んでくる。
“……オハヨウ、ミンナ”
「おはよう、イワン。よく眠れたかい?」
「今日は17日だぞ。時間は ―― 三時半だ」
「新聞読むか?」
「ミルク作るアルか?」
 長時間眠り続けていたボクに、みなが口々に声をかけてくれる。


 今日の目覚めも、悪くはない。
 ここは戦場ではなく、仲間達も誰一人として辛そうな顔はしていない。
 ボクの知らない15日間は、特に何事もなく過ぎていったようだ。


 ―― アア、良カッタ。


 心の中で、ため息をつく。
 ボクが眠りについている間、新たな戦いが始まることもなく、誰かが辛い目に遭うこともなく。
 長い強制的な眠りにつく前に、いつも覚える不安が、今度もゆっくりと溶けてゆく。


「イワン?」
 003が、ボクの身体を抱き上げた。
 そうしてそのすんだ瞳で、まじまじとボクを眺めてくる。
“オ腹ガスイタヨ。みるくガ欲シイナ”
 ボクがそう言うと、彼女はにこりと笑って006を振り返った。
「ですって」
「ホイホイ。すぐに用意するヨ」
 006は、飲みかけのカップを置いて、すぐに立ち上がってくれる。
 そんな彼とボク達を、微笑みながら見守っている、みなの眼差し ――


*  *  *


 死にたくない。
 ボクは心からそう思っている。
 それはきっと、人間としてとても大切なことなのだろう。
 そう思うことこそが、ボクが人間であるという、数少ない証拠となっているのだから。
 でも……


 それと同じぐらいの気持ちで、ボクはこの仲間達をも失いたくないと思っている。
 それは、彼らがボクと同じ、サイボーグだからだ。
 この世でたった九人の、代わりなどいない存在だからだ。


 ならば、
 ボクのこの願いは、人間としては失格なのかもしれない。
 それはボク達は人間ではないという、その認識こそが、根底にある願いなのだから。


 けれど……この願いを捨てることは、ボクにはできない。
 この仲間達と共に、ボクは日々を生きていきたい。
 そして彼らが、こうして幸せに笑っていて欲しい。
 その願いを捨て去ることなど、ボクには断じてできないのだ。


 ならば、ボクは。
 その願いをかなえるために、この能力が、この高い知能が必要であるというのなら。


 ―― 答エナンテ、無クテモ良イ。


 この心が、人間のものなのかそうではないのか。
 そんなことなど、もうどうでも良い。
 ボクが、他でもない『ボク』で、あるのなら。


 解けない問いの、その答えなど……


 ―― モウ見ツカラナクテモ、構イナドシナイ ――


(2002/3/17 20:51)


く、暗い……
最近、めちゃくちゃ1番にはまりこんでいるんですが……それにしても今回はまた暗い(汗)
オリジナルでもその傾向があるんですが、私の好きなタイプに『ものすごく有能だけれど、どこか精神的に欠けてる人』と言うのがありまして。イワンはこれにジャストミート! と言うことに、最近気がついたんですよね……まずい、はまりすぎてる……

一応個人的には、このお話も『前向き』で終わっているという点で、ハッピーエンドなんですが……嫌な想いをされちゃった方がおられたら、申し訳ないです(−_−;)


本を閉じる

Copyright (C) 2002 Makoto.Kanzaki, All rights reserved.