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 子供の時間(3)
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
 
神崎 真


 実験体ナンバー002。
 彼に初めて会った時のことは、今でもはっきりと記憶している。
 無機質な鉄板に囲まれた、BG基地の一角。超能力を通さないよう幾重にも張り巡らされたシールドの中で、ボク達は引き合わされた。
 当時のボクに施された改造は、ほとんどが脳とそれに付随する器官の潜在能力を引き出すことを目的とした、有機的なものだった。だから機械と生身の融合という観点で制作されたサイボーグは、彼が最初と言って良い。
 事前に聞かされていたのは、彼が十八才だということ。スラム出身だと言うこと。そして人を刺し殺して逃げている途中を、BGの人狩りに上手く言いくるめられ、連れてこられたと言うことだった。けれど、そんな話から想像していた人物像と目の前の彼は、ひどく食い違っていて。
 最初に目に入ったのは、長く伸びた髪の赤っぽい色。それからベビーベッドにかがみ込むようにしてのぞき込んできた、真っ青な瞳。
「……Jesue」
 第一声は、しぼり出すかのような呟きだった。
「マジかよ。こいつが……001だって?」
 間近から落とされる言葉は、はじめてボクの姿を目にする人間の、誰もが口にするものだ。
 けれど聞き慣れた ―― 聞き飽きたとさえ言えるそれが、その時はひどく心に響いたことを覚えている。
 その理由が、自分を見つめるその瞳に、たたえられた光ゆえだったのだと。
 そう理解できたのは、ずいぶん後になってからだったけれど。


 BGにいた頃のボクにとっては、あの基地が世界のすべてだった。
 改造手術を受けることで知能を発達させたボクは、手術を受ける以前のことなど、当然ながら記憶にない。ボクが『ボク』として目覚めたのはあの基地であり、そこから一歩たりとも外へ出たことなどなかったが故に、ボクはそこ以外の場所について何も知りはしなかった。
 ―― もちろん、知識はあった。むしろありすぎるほどに。
 ボクの記憶力や理解力を計測したがる研究員達は、毎日のようにあらゆるデーターを押しつけてきたし、またボクはそれらをすべて吸収し蓄積できる能力を有していた。だから、知らなかったという言い方は語弊があるだろう。
 だが当時のボクは、肥大した知識と能力を持ち合わせてはいても、結局のところ実際の経験などまるで積むことのない、未熟な赤子でしかなく。
 それを教えてくれたのが、ほかでもない002だった。

 ―― お前は、逃げ出したいと思わないのか。

 ボク達は、監視装置に引っかからないように、テレパシーを使って言葉を交わしていた。
 002は自由を奪われているわけでもなく、ある程度は基地内を歩きまわることを許されていた。もちろん監視の目は常に厳しく光っていて、少しでも不審な素振りを見せたならば、即座に拘束され独房へと放り込まれる手はずになっていたが。それでも彼は、一度そういった目に遭わされてのちは、比較的おとなしく日々を過ごしていた。
 そうして戦闘訓練の合間を縫って、ボクの元へと訪れる。
 横たわるボクを見下ろし、一方的に語りかけては去ってゆく彼と、言葉を交わしてみたい。ボクはけして無力な子供ではないのだと、そう証明してやりたい。そんなふうに思ったボクは、実験の隙をついてシールド発生装置に干渉した。見つかればただではすまないだろう賭にも似た冒険は、幸いにも成功し、ボクは密かな話し相手を得ることができた。
 002との会話から得た知識は、それまでBGの研究者達から与えられたそれとは、観点も質も大きく異なっていた。見知らぬ国、見知らぬ人間の物語でしかなかった無機質な言葉の羅列が、002という青年の目を通し、その感情の修飾を施されることで、まったく異なった意味合いを持ってくる。
 いつしかボクは、彼の話を聞くことに夢中になっていた。
 しかし ――
 毎日のように繰り返される戦闘訓練と実験。得られたデーターは即座にフィードバックされ、新たな機能として、より高度な改造手術へと繋がってゆく。
 ぷつりと彼の訪れが途絶えて、数日が過ぎた。なにがあったのかと探ろうにも、ボクの身体はベビーベッドの上から動くこともできず。弱めたシールドの隙間を縫ってのテレパシーでは、何も判らないに等しかった。
 それでも少しずつ意識の網を広げ、シールド発生装置へとさらに手を加え。
 なんとか彼の姿をとらえたとき、ボクは慄然とした。
“002!”
 叫ぶようなテレパシーに、002はうっすらと目蓋を押し上げた。
『ゼロ……ゼロ、ワン……?』
 返ってくる思念さえも途切れがちで。ボクは鼓動が早くなるのを感じた。
“002……キミ、ハ……”
『見えてんの、か? ……みっともねえな』
 どこか笑いさえ滲んだその思念に、どう答えればいいのかすら判断できなかった。
 狭く暗い独房の中、上半身を拘束具で壁に固定され、下肢を投げ出すようにして床に腰を下ろした姿。実物と寸分変わらぬだろう脳裏に描き出された映像の中、彼の両脚は太股の半ばから先が失われていた。
『……新エンジンとやらを、搭載されたは、良いが……飛んでる途中で、いきなりフッ飛びやがった。代わりの脚ができるまで、このままでいろとよ……』
 さすがにひと騒ぎしたら、このザマさ。
 何らかの薬物も投与されているのだろう。どこか虚ろに濁った目を動かし、拘束具を鳴らしてみせる。
 両脚の切断面からは、ケーブルやパイプ、端子類が顔をのぞかせている。修復不能なほど破壊された部分は既に除去されているのだろうが、それでも機械部分がむき出しになったそこは、肉体の欠損という事実を、むごたらしいほどに突きつけてきた。
 気がつけば、彼は喉の奥を鳴らして笑っていた。
 ボクは腹の底が冷たくなるような、いい知れない感覚をおぼえ、懸命に呼びかけた。
“002……002!”
  今にして思えば ―― その感情は恐怖だったのだろう。
 この青年が正気を失ってしまうのではないかと。自分を置いて、このままどこか遠くへ行ってしまうのではないかと。ボクはそれを怖れ、幾度も彼に呼びかけた。
 だが……


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