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 磨き上げた石材を敷き詰めた床に、ねっとりと広がる濁った粘液。血とも妖獣の体液とも知れぬそのただ中に、『それ』は転がっていた。
 熟しきった果実のようにはぜ割れ、変形した肉塊。赤黒く臓腑をまき散らした中から、折れた骨が幾本も突き出している。不自然にねじ曲がった四肢が、いまだ痙攣するように動いていた。ごろりとどこか無造作に転がった頭は、濁った目を見開いてこちらを向いている。
「 ―― ッ」
 それらを間近から見て、少女は動けなくなっていた。
 足に力が入らない。がくがくと全身が震えているが、そんなことは意識にすら昇らない。凄惨な光景から目をそらすことさえできず、ぺったりと床へへたり込んで。
 凝視するその目の前で、死体の右腕が突如跳ね上がった。力仕事に従事していた男なのだろう。筋肉の発達した太い腕をしている。その皮膚の下、血管が網の目のように浮き出し、そして ―― 破裂した。
 噴き上がる血煙の中から、何本もの触手がうねるように飛び出してくる。
 周囲から、恐怖と嫌悪の声がわき上がった。
 肉色の触手はすさまじい勢いで伸び、動けずにいる少女へと向かう。
 少女に、それを避けるすべはなかった。



 楽園の守護者  第九話
 ―― 宴の夕べ ――  第三章
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2001/12/22 15:52)
神崎 真


「危ない!」
 叫びと共に飛来した短剣が、リリアの目前で触手を断ち切った。
 続いて飛び込んできた人影が、剣を振るって残りを切り払う。
「立て! 早く逃げるんだッ」
 リリアと妖獣の間に立ちはだかった青年は、なおも襲ってくる触手を相手しつつ叫んだ。
「あ……」
 リリアはその背中を見上げたが、言われたことを理解できなかったのか、なおも立ち上がれずにいる。亜麻色の癖っ毛を首の後ろで束ねた青年 ―― カルセストは、舌打ちすると周囲をかこむ人垣へと声をかけた。
「誰かっ、その人を安全な場所に!」
 彼自身は妖獣を相手するだけで精一杯だ。だから誰か手を貸してくれ、と願う。
 だがその言葉に応じる者は、ひとりとしていなかった。無理もない。王宮の兵士や貴人の警護を生業なりわいとするような人間ならともかく、いまこの場にいるのは、ほとんどが無力な一般市民達だ。妖獣の姿を間近にして、怯えて動けなくなるのが当然である。
 歯噛みして剣を横に薙いだカルセストの耳を、高い悲鳴がつんざいた。それはごく間近から発せられたもので。はっと振り返った彼の目に、腕に触手の巻き付いたリリアの姿が映る。
「そんなっ」
 すべて防いでいたはずだ。驚くカルセストをあざ笑うかのように、さらにもう一本がリリアを襲う。それは彼が切り捨てた触手の先端だった。本体から切り離されたはずの末端が、蛇のように床を這い、獲物へと向かってゆく。
「いやぁぁあッ!」
 半狂乱になっているリリアに急いでかがみ込み、からみつく肉紐を引き剥がそうとした。だが細さの割に強靱なそれは、渾身の力をこめてもほどけず、切れもしない。それどころか手間取っているうちに、カルセストにまで巻き付いてきた。あせって手を振り回すが、その腕を背後から伸びた。まだ妖獣本体に繋がる触手が絡め取ってしまう。
「ち、くしょ……」
 首を締め上げられたカルセストは、息苦しさに呻いた。血液が顔面に集まり、どくどくと脈打ち始める。
 耳の奥で血液の流れる音がした。急速に視界が狭まってゆく。
 このまま意識を失うわけには行かない。
 懸命に目を見開き、右手に握る細剣へと、神経を集中する。もはや触手に邪魔され振り上げることもできなかったが、それでも術を行使することは可能だった。
 詰まる息をなんとか吐き、呪文をつづってゆく。
「 ―――― 」
 かすむ目に、細剣が燐光を帯びてゆく様が映った。
 柔らかく明滅する青白い光が、じょじょに輝きを増していく。
 そうして最後の一言を口にしようと息を吸った、その瞬間 ――
「馬鹿野郎!!」
 怒鳴り声とともに、細剣をはじき飛ばされた。
 予想だにしなかったそれに、剣はあっさりと手から離れる。
 驚愕する間もなく、呼吸が楽になった。乱暴に襟首を捕まれ、床へと投げ出される。
「な……」
 咳き込みながら身を起こすカルセストに、罵声が浴びせられた。
「その女まで殺す気か、てめえはッ!」
 彼にとってのそれは、常日頃から聞き慣れた罵りだった。だが、いつもとは比べものにならぬ、背筋が凍るような怒気を感じ、抗議しようとした舌が凍りつく。
 先ほどまでカルセストがいた位置で触手を切り捨てているのは、ロッド=ラグレーだった。
 ようやく巻き込まれた人混みから脱し、駆けつけることができたのだろう。セフィアールの細剣ではなく、脇に差していた短剣をふるっては、リリアに絡みつく触手を除いてゆく。
 訳は判らないが、とりあえず彼が少女を救うのであれば、自分は本体を叩こう。
 そう思って飛ばされた細剣を探す。
 離れた位置に転がっていたそれを見つけ、立ち上がったとき、ロッドが彼を呼んだ。
「おい!」
 振り返った途端、まだところどころに触手の断片をまとわりつかせた、少女の身体が投げつけられた。ぎょっとして反射的に腕を広げる。幸いにもとり落とすことなく受け止められたが、体重を支えきれずよろめいて膝をついた。
「あ、危な……」
 ばくばくと心臓が脈打つ。まったく無茶をするにも程があった。もしもあの勢いで石床に倒れていたら、怪我どころではすまされない。
 文句をつけたいのは山々だったが、それでも今のところは後まわしである。引きずるようにして人垣のそばまで運び、まだ残っている触手をはがしにかかった。独立して動くそいつを放っておく訳にはいかないが、かと言って他の者達は怖がって手を出そうとしない。早く加勢にゆきたい気持ちを抑え、手を動かした。
「う……」
 はやる気持ちが手つきを乱暴にしたのか。半ば気を失うように身を預けていたリリアが呻いた。その声に、カルセストははっと己を省みる。
「も、申し訳ない」
 努めて声を和らげ、顔をのぞき込むようにして声をかける。
 まだ十代とおぼしき、か弱い少女が妖獣に襲われたのだ。その受けた衝撃は察してあまりある。
「大丈夫ですか。お嬢さん」
 震えている手にそっとてのひらを重ね、呼びかける。
 と、ようやく彼女はカルセストの存在に気付いたのか、伏せていた顔を起こし、彼の方を見返した。
「わ、たし……」
 硝子玉のような瞳が、間近からカルセストの姿を映した。
 どこまでも澄んだ、水の色をたたえた両目だった。いまは薄く涙を浮かべており、そのおかげかいっそう鮮やかにきらめいている。血の気を失った不自然なまでに白い肌が、いっそ透き通るかのようで。彼女の印象をひどく儚げなものに見せていた。虹色の光沢を帯びた銀の髪など、今まで彼が見たこともないような色合いだ。
 乱れた髪の一房が、肩から滑り落ちてカルセストの指に触れる。しなやかで冷たいその手触りに、収まったはずの鼓動が、再び乱れるのを感じた。
「あ、あのっ」
 思わず口ごもる。
 言葉を探して逡巡した彼の後ろで、まばゆい輝きが生じた。
 振り返ると、細剣をかざすアーティルトの姿。
「やれ!」
 全身を触手に絡め取られ、宙高く吊り下げられたロッドが、叫んだ。間をおかず、アーティルトが細剣を手につっこんでゆく。その切っ先に描き出される、見事な光の魔法陣。
 空間を埋めていたおびただしい数の触手が、ひとたまりもなく灼き滅ぼされてゆく。
 宙に持ち上げられていたロッドが、支えを失って落下した。真下にあるのは、全身を妖獣に食い破られた、哀れな男の遺体。はじけた腹腔の中、内臓に混じって妖獣の本体がうごめいている。そこへ逆手に細剣を構えたロッドが、切っ先から着地した。
「 ―― !」
 叫ぶように唱えた呪文と共に、広間を圧する閃光が人々の網膜を灼き、視力を奪う ――


 立ち上がり剣を納めたロッドは、しばらくアーティルトとやりとりしていたが、やがて彼を妖獣の残骸 ―― であると同時に、犠牲者の遺体 ―― の傍らに残し、カルセストの元へと歩み寄ってきた。まだざわついている人垣をぐるりと見渡し、鼻を鳴らす。
「いつまで抱いてやがる。どさくさ紛れに良い思いしてんじゃねえぞ」
「な……ッ」
「ぐずぐずするな。とにかくこいつら外に出して、怪我人の確認と医者の手配。それから死体の始末! いくら手があっても足りやしねえんだ」
 さっさとしやがれ、とつま先でこづいてくる。
 言葉や態度に問題はあったが、言っている内容は紛れもなく正論だ。不満はあるが、とにかく動かなければならない。
「おい、立てるのか。怪我は?」
 手を差し出しながら、ロッドがリリアへ問いかける。
 これでもこの男は、弱者にむち打つような真似などしなかった。
「だ、大丈夫ですわ……」
 かろうじて答えたリリアの手を取り、多少乱暴な仕草ながらも立ち上がらせる。
 二人が並んでいるのを見て、カルセストはさっきのことを思い出した。少女の後を追って、勢いよく立ち上がる。
「おまえ!」
 思い切り怒鳴った。
「何だって邪魔したんだ。もうちょっとで術が完成するところだったんだぞっ」
 あとほんの一言だったのだ。それで二人を捕らえていた触手は一掃できたはずだった。それなのに……
 抗議するカルセストを、ロッドはすがめた目で見返した。
「馬鹿か、てめえ」
「なんだと」
「それとも何か。亜人なんざ、妖獣と一緒にぶち殺してもかまわねえって?」
「あ、じん?」
 おうむ返しに呟くと、リリアがびくりと身を震わせた。
 そうして、カルセストの視線を避けるように、深くうつむく。
 癖のない長い髪が揺れ、うなじのあたりの皮膚が覗いた。そこを覆う細かい水色の鱗を目にして、カルセストは息を呑む。さらに注視すれば、耳元にも魚のひれのようなものがかいま見えた。どちらも、普通の人間には、あるはずのないものだ。
「見りゃ判んだろうが。亜人種 ―― 有鱗人だ。あのまま薙ぎ払ってりゃ、この女も諸共に殺してたところだぜ。承知、してたんだろうな」
 知っていて、それでもかまわないと術を編んだのか。それとも知らぬままに、ひと一人その手であやめようとしていたのか。いったいどうだというのか。
「え……そ、そんなつもり、じゃ……」
 意味がよく判らず、戸惑うカルセストを、ロッドは静かな瞳で見据えた。
 そこに宿っているのは、いつものような嘲笑の色でも、罵りのそれでもなく……だが、静かに燃える蒼い炎のような、鋭く心を射抜く眼光だ。
「まあ、セフィアールにとっちゃ、亜人なんざ人間じゃねえようだし、な」
 吐き捨てて、ロッドは視線をそらした。
「さっさと馬鹿共なりエドウィネルなり呼んでこい。―― おい、おまえどっかの侍女だな。連れはいるのか」
「は、はい。その……」
 リリアはそろそろと面を上げ、あたりを見まわす。
 そんな彼女に周囲から向けられる視線は、お世辞にも良い雰囲気のものではなかった。妖獣に襲われ、危ういところを救われた美しい少女だ。普通ならばもう少し、同情や気遣いが寄せられるものだろう。だが、彼女が亜人種だと知った近くの人間は、むしろ厭わしげな目でリリアを眺めていた。
 まるで彼女こそが妖獣を呼び込んだのだと言わんばかりの、あからさまな悪意さえ感じられる、目。
 と ――
 その頃になってようやく、入り口のあたりから騎士達の駆けつけてくる気配がした。
 やがて人混みを掻き分けるようにして、まずはセフィアール騎士団副団長、ゼルフィウム=ドライアが現れる。
「妖獣はどこだ!」
「そこで死んでる」
 ロッドが無造作に親指で指し示した。ぞんざいなその仕草に、ゼルフィウムは眉をひそめる。それから傍らに立つリリアへと目を留めた。眉間に小さく皺が寄せられる。
「なんだその……女は」
 ゼルフィウムの物言いに、カルセストは目をしばたたいた。副騎士団長というその地位にふさわしく、彼は常に模範的な騎士たる、丁寧な物腰を崩さない。ことに女性に関しては、たとえ相手が一介の侍女にすぎずとも、それなりの言葉遣いをするはずだった。それがロッドでもあるまいに、『女』などという呼び方をするとは……
「別に。単なる被害者さ」
「被害者だと? そもそもこの王宮内に妖獣が現れるなど、どういうことだ。まさかその ―― 」
「リリア!」
 澄んだ呼びかけがゼルフィウムの言葉を断ち切った。
「リリア、無事でしたのね」
 人々の間から、長い黒髪をなびかせた少女が駆け出してくる。
「……姫さま」
「良かった。離ればなれになってしまって、心配していたのですよ」
 フェシリアはリリアの手を取らんばかりにして、声を震わせた。
 突然の闖入者に、ゼルフィウムは虚をつかれたようだった。そんな彼に対し、フェシリアを追ってきたレジィが、礼儀正しく一礼してみせる。
「なんだ、あんたらは?」
 ロッドが横から声をかけた。その表情には、どこか面白がるような色がある。
 レジィは、姿勢を正して口を開いた。
「こちらはコーナ公爵家姫君、フェシリア=ミレニアナ殿下にあらせられます。このたびは当方の侍女をお救いいただき、誠に感謝いたします」
 胸元に手を当て、淡々と告げる物腰は、騎士として非の打ち所のないそれだ。
 そうして口にされた家名を耳にした途端、ゼルフィウムの顔色が変わる。
「コーナ公爵家、の……?」
「は」
 首肯するレジィの傍らで、ようやく気がついたというように、フェシリアが振り返る。
 薄墨色の瞳がうっすらと潤み、ゼルフィウムを見上げた。
「失礼いたしました。エル・ディ=コーナ、フェシリア=ミレニアナと申します。本当に、お礼の申しようもございませんわ。わたくしの大切な侍女を、よくぞお救い下さいました」
「あ、いえ、そのような……」
 軽く膝を曲げ謝意を伝えるフェシリアに、ゼルフィウムはかぶりをふって礼を返す。
「それより、いったいどういう次第で ―― 」
 一度咳払いして気を取り直したゼルフィウムは、カルセストの方を向いて問いかけた。
「すみません、我々にもはっきりとしたことは……ただ、あれは確かウェルバス ―― 生物に卵を産んで寄生するたぐいの奴だったので……」
 横からロッドが口を挟む。
「おおかた、どっかで寄生された野郎が、腹ん中に妖獣住まわせたまんま観光に来たんだろうよ」
 そうして成長した妖獣が、次世代を産み付ける相手を求め、宿主の肉体を食い破って現れたというところか。
 よりにもよってこれだけ人間が密集した場所での騒ぎ ―― 一歩間違えば大惨事となるところだった。
 と、生きたまま妖獣の喰い物にされかけたと聞いて、リリアがよろめいた。とっさにレジィが手を伸ばす。完全に血の気を失った彼女は、失神寸前だった。震える手で細い身体を抱きしめるようにしている。
「おいッ」
 少しは言葉を選べとカルセストが睨みつける。だがロッドはこたえた様子などなかった。
「 ―― とにかく、妖獣は一匹だったわけだな。判った、とにかく死骸の始末をしよう。アラヴァス、オーレルーク!」
 ゼルフィウムが後ろに続いていた騎士達を振り返った。
「は」
「アーティルトと協力して、死骸を始末してくれ。あとの者は人々を前庭に誘導するように。怪我人は残して壁際へ集めるんだ」
「はい」
「カルセスト、お前は医師を呼んできてくれ。しばらくこの広間は立入禁止とする。その知らせも頼む」
「判りました」
 指示に従い、一同がそれぞれの為すべきことを果たすために散ってゆく。
「あの、わたくしどもは……もし何かお手伝いできることでも、ございましたら……」
 控えめに問うてくるフェシリアに、ゼルフィウムは穏やかに微笑んでみせた。
「お心遣いは有り難く存じますが、これは我々の為すべき仕事。このような場所にいつまでもおられることはありません。どうかお気にされず、お休みになられてください」
「ですが……」
「恐ろしい思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。 ―― 誰か、公女様をお送りしてくれ!」
 手の空いている者を探して、周囲を見まわす。
 しかし誘導を受けてようやく動き出した人々に遮られ、手近に適当な騎士は見受けられなかった。
「あの、お手をわずらわせては……護衛もおりますし」
「いえ、そのような訳には」
 身分ある姫君、しかも相手はセイヴァン屈指の名門、コーナ公爵家の次期継承者だ。妖獣騒ぎに巻き込んでしまっただけでも面目が立たぬと言うのに、忙しいからと彼らだけで追い返すような真似など、できるわけがなかった。
 とにかく誰か、と視線を巡らせるゼルフィウムに、フェシリアはためらいがちにきりだす。
「それでしたら、その ―― こちらの方、は?」
 そう言って視線を向けた先にいたのは、ずっと腕組みして立ち続けていた、ロッドであった。一同の目が己の方を向いたのに、おやと眉を上げる。
 ゼルフィウムが渋面になった。彼にしてみれば、この男など完全に視野の外にいたのだ。フェシリアの世話を任せるどころか、騎士団員として仕事を割り振ることすら考えもしなかった。それが仇になるとは。
「あ、いや……この男は、その……」
 仮にも騎士団の制服をまとい、細剣をたずさえている男を、役立たずだなどと部外者に公言するわけにもいかない。かといってこの男に貴人の世話を任せるなど、言語道断だ。焦って言葉に詰まるゼルフィウムをよそに、フェシリアとロッドは互いに視線を交わす。
「 ―――― 」
 一瞬。
 両者の目に宿った鋭い光に気付いた者は、互いの他に存在しなかった。
 やがて……ロッドが、手のひらを上に右手を差し出す。
「お手をどうぞ。姫君」
 投げ遣りで抑揚のない、だが常のそれに比べれば格段に丁重な物言い。フェシリアは小さく微笑んで、細い手を重ねる。
「お名前をお伺いしても、よろしゅうございます?」
「ロッド=ラグレー」
 その名の響きに、さしものフェシリアもわずかに目を見開いた。が、すぐに何事もなかったかのようにうなずいてみせる。
「ロッドどの、ですわね。わたくしはフェシリア=エル・ディ=ミレニアナ=コーナと申します」
 もちろん先刻からずっと傍らにいた彼が、彼女の名を聞いていなかったはずはない。だがあえて、改めて名乗った。
 応じてロッドは、無言で顎を引いたのみで彼女を促す。
 その態度からは、コーナ家の名に驚きを感じた様子も、畏れを抱いているようにも見うけられない。
 大広間を出る扉へと歩き始めた二人に、ゼルフィウムは驚いて声をかけようとした。だがなんと口にすればいいか判断できぬ内に、両者の背は遠ざかってしまう。
 リリアを支えるようにしながら、レジィも後へと続いた。
 とまどい立ち尽くすゼルフィウムに、追加の指示を仰ごうと、騎士達が急ぎ足に近づいてくる ――

 
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