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 楽園の守護者  第六話
  ―― 風の吹く谷 ――  終 章
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
 
神崎 真


 黙々と書類に目を通していたエドウィネルは、きりの良いところでいったん顔を上げ、小さくため息をついた。持っていたペンを卓へと置き、あいた手の親指と人差し指で、目の間を丹念に揉む。
「少しお休みになられた方がよろしいのでは」
 天幕テントの仕切り布を持ち上げ入ってきたフォルティスが、気遣うようにそう言ってくる。
「いや、大丈夫だ」
 エドウィネルはかぶりを振ると、フォルティスに笑いかけた。その顔には疲労の色が滲んでいたが、それでも笑みを浮かべてみせるだけの余力は残っている。
「たかが二日の山歩きと四人分の癒しで、弱音など吐いてはおれんよ」
「しかし、このように不自由な滞在では……」
 フォルティスは眉をひそめてあたりを見まわした。
 王太子付きの侍従である彼は、己の主人を天幕住まいさせていることに、強い不服を感じているらしい。だが、この村に一国の王子を滞在させられるような、しっかりとした建物が存在しないこともまた事実で。
 毒虫や雑菌など、衛生上おおいに問題のありそうなあばら屋へとエドウィネルを近づけるぐらいであれば、かえって手入れのゆき届いた幕舎の方がよほど安心できるというものだ。しかし……
 つきつめてゆくと、そもそもこんな山奥の貧村にまでエドウィネルの足を運ばせるという、その状況そのものから腹立たしくなってくる。
 フォルティスの表情が不機嫌なものになってきたのに気が付いて、エドウィネルは話を変えることにした。この忠実な側仕そばづかえは、険しい山道を歩いていた時から、たびたび愚痴をこぼしていたのだ。もっともその内容は全て、エドウィネルを気遣うが故ものであったから、誰にも眉をひそめられるようなことはなかったのだが。
「当座の食料は足りているか?」
 問いかけに青年はようやく己の務めを思い出したようだった。はいとうなずき、詳しい報告にはいる。
「元々予定していたのは村民百名として一週間分でしたが、一食分を少々多めに見積もっていたようで、十日は保つものと思われます。その代わり風車が破壊されたので、妖獣が滅した現在も食料の自給を再開できずにいます。幸い収穫した穀物は備蓄されているので、手まわしの石臼を数個と追加の食料を手配しておきました。遅くとも五日後には届くでしょう」
「うむ」
 申し分ない報告に、浮かべていた笑みが偽りではなくなった。
 たとえどれほど気にくわない状況下にあっても、この青年の有能さはけしてそこなわれることがない。エドウィネルと大差ない年若さでありながら、王太子の側近くに仕えることを許されているのも、この優秀さがあってこそである。
「技師の方はどうだ」
「とりあえず、一名。設計を専門にしている者を寄こすよう、伝えてあります」
「やはり一から作り直さねばならぬか」
「おそらく」
 フォルティスはそう答えたが、いささか控えめな表現だった。
 アーティルト達からの応援を要請する書状を受け取ったエドウィネルは、持ち前の責任感と行動力を発揮し、即座に王都を出発した。その素早さは、必要な物資などはアスギルに早馬を走らせ、街道を進む間に整えさせておくという徹底ぶりである。簡潔にまとめられた報告書の記述は、状況がかなり厳しいことを示していた。村人達の避難を促せず、妖獣の打倒も断言できぬという。しばし思案したエドウィネルは、王都に残る全てのセフィアールと、街道警備を任とする歩兵の一団を率いて村へと向かうことにした。
 妖獣の出没が数多いこの国では、整備された街道であってもけして安全だとは言いきれない。また町や村から遠く離れたあたりには、賊という名の人の姿をしたけだものが巣くっていたりする。旅人達の安全を守るためそれらを相手取る兵達は、セフィアールのような特殊な力こそ持っていないものの、厳しい訓練を受けた優秀な戦士だった。
 もしいまだ妖獣が健在だった場合は、彼らに村人達の保護を任せ、残る騎士達で妖獣を倒す。それがエドウィネルの立てた計画だったのだが。
 しかし……
 幸いなことに、妖獣は既に倒されていた。
 アスギルで手紙を届けた老人と会い、その案内で山を越えた彼らは、やつれ殺気立った村人達に出迎えられた。そして村はずれのあばら屋にいた、アーティルト達を見つけ、詳しい報告を訊き ――
「まったく。粉塵爆発とは、よくもまぁとっさに思いついたものだ」
 しみじみと歎息した。フォルティスもまた、卓に広げられた報告書に目をやり、大きくうなずく。
 粉塵爆発とは、かつて石炭の採掘現場でしばしば発生した、落盤事故の原因ともなった現象である。
 可燃物が酸素と結合し、二酸化炭素と水蒸気と灰に変わる。これが物が燃えるということだ。固体、あるいは液状だった可燃物は、燃焼することにより大部分が気体へと化学変化を起こし、その質量を数百倍から数千倍に膨張させる。ひらけた空間でゆっくりとこの変化が起きた場合は、特にどうという問題もなかった。薪やろうそくが燃えていたところで、特に危険がないのはその為だ。
 だが、もし閉鎖された場所で急激に膨張が起きたならどうだろうか。
 物質は小さくなればなるだけ、あっという間に燃え尽きることとなる。細かい粒子になった場合は、それこそ一瞬で燃えてしまう。たとえ一粒の粉が燃えたところで、生まれる気体は微々たるものだったが、しかしもし大量の粉末へ同時に点火し、燃え上がったなら、膨大な体積の二酸化炭素と水蒸気が一瞬にして発生する。そしてそれらの気体は当然、ふさわしいだけの空間を求めて一気に広がろうとするのだ。
 閉鎖空間でこれが起きた場合、瞬間的に生み出された熱と質量は、限られた空間内で圧縮され、弱い部分を破って噴出する。そのもたらす衝撃波はまさに爆発と呼ぶにふさわしい。
 ちなみに大量の粉がいちどきに燃焼するような状況とは、いったいどのようなものかというと、実はごくごく単純である。まず必要なのは充分な酸素を粉が含んでいること。すなわち空気中に濃い濃度で粉塵が舞っている状態だ。あとはそこに火種を放り込むだけでいい。密集した可燃性の粒子は、火花ひとつで連鎖反応的に燃え上がるのである。
 確かに穀物の粉末も立派な可燃物の微粒子である。見事に爆発しただろうということは、ほぼ土台しか残っていない、風車の残骸からも明らかだった。妖獣の肉体などはひとたまりもなく、ばらばらに引きちぎられ、あたりへと飛び散っていた。一歩間違えば、アーティルト達もまた、もろともに生き埋めとなっていたところである。
 それにしても、本当によくひらめいたものだ。アーティルトやロッドの発想は、どこか他の人間と違っていて、しばしば驚かされる。
「しかし村人達にとっては、たまったものではなかっただろうな」
 苦笑する。村の生命線とも呼べる、唯一の粉ひき小屋だ。妖獣の出没によりそれが使用できなくなったことが、村を窮地に陥れた原因の一つであったというのに。その妖獣を滅ぼすために、粉ひき小屋そのものを破壊してしまったのでは、まさに本末転倒である。
 エドウィネル達の到着を待っていた数日間、彼らは針のむしろに座るような状態だったようだ。怪我人の世話を頼むどころか、乏しい食料すら分けてはもらえず。かろうじて村長の妻女が届けてくれた彼ら自身のそれと、大人達の目を盗んで出入りする子供達からの差し入れで、どうにかしのいでいたらしい。もしもう何日かエドウィネル達が遅れていたら、彼らは村人達の手で袋叩きにされていたかもしれなかった。
「自業自得というものですよ。まったく、自分達は罪もない他人を犠牲にしていたくせに……」
「フォルティス」
 憤慨する青年を、エドウィネルが低い声でたしなめる。はっと彼は口元を押さえた。
 その事実は、あくまで彼らしか知らないことであった。率いてきた兵達や、騎士団の人間にさえも伝えてはいない。三人から直接に報告を受けたエドウィネルと、それに同席したフォルティスだけが話を聞いており、エドウィネルは当面の口外無用を命じたのだ。
 もちろんこのような報告を握りつぶすつもりはない。正式な報告書をしたため、国王陛下と騎士団長に提出する予定だ。実際、今もその草稿を作成していたところである。だが、現在のように一般の兵達と村人達が混在し、妖獣の死骸や瓦礫の始末などを共同して行っている場では、そういった情報を安易に垂れ流しては、よけいな混乱やいさかいを招く原因になりかねなかった。
 正確な被害状況を調査し、村人達の罪を問うにしても、それを行うのは事態が落ち着いてから専門職の手で為すべきである。いまいたずらに村人達を刺激することは、ただ状況を悪化させるだけであった。
「……それでも、彼らが訪れてからは死者も出なかったし、生け贄にされていた人間も少なくとも一人は助かったわけだ。四人も無事だったし、村人達の所行は結局我々の知るところとなった。まぁ、めでたしと言うところで良いではないか」
 これからの事後処理は何かと面倒だが、それもこれも命あってのことである。
 とにかく、手遅れにならずにすんで何よりだった。
 ひとりうなずくエドウィネルに、フォルティスはため息をつく。おそらく人が良すぎるとでも言いたいのだろう。そもそもこの破邪は、国王から正式に命を下されたそれではないのだ。いかに副団長の命令書があるとはいえ、事実上命令違反にも等しいというのに、エドウィネルは非難するどころかむしろ被害が少なくすんだと喜んでいるのだから。
「殿下は彼らにお甘すぎませんか」
 仮にも命令違反をされておいて、一言のとがめもないとは、他に対するしめしがつかない。エドウィネルがロッドやアーティルトを高くかっていると知っているだけに、あえて進言せずにはいられなかった。あまり公然と扱いに差をつけては、なにかと面倒が起きやすくなるものだ。
「ああ、判っている。だがな、あれらほど優秀で勤勉な騎士は、他に誰もおるまい?」
 それはお前も認めるであろう。
 問いかけられて、フォルティスは一瞬答えに詰まった。その言葉の対象がアーティルトだけだったなら、それは迷わずうなずくところであった。しかし、あの男の場合は……
 この青年もまた、しばしばロッドの毒舌にさらされ、気分を逆撫でられている者のひとりだった。もっとも、彼がそれほど頻繁に意識して暴言を吐く相手は、実はけっこう限られていたりするのだが。
「化け物と言うんですよ、あれは……」
 エドウィネルの治療を受けるなり、もうここに用はないと断言した男を、かろうじてそんなふうに批評する。
 彼は今頃ガリアスに向かった騎士団と合流するべく、山道を進んでいるはずだった。同じくエドウィネルに術力を回復してもらったアーティルトとカルセストが、共に同道している。
 レドリックなどはいまだ寝台から起きあがることもできぬというのに、もう次の破邪へおもむこうというのだから、やはりあの男は化け物だ。
「 ―― 理想家なのだよ、彼は」
 エドウィネルが、ぽつりと呟いた。
 卓へと手を伸ばし、再び報告書を取り上げて目を落とす。
「目に映る全てを、何とかして救おうとする。そんなことなど、できるはずがないのにな」
「殿下……」
 意外なその評に、フォルティスは言葉を失った。
 その前でエドウィネルが浮かべた笑みは、ひどく寂しげな、複雑なそれで。
「自分でも無理だとは判っているのだろう。それでも、あがかずにはいられない。……そういう男なんだ」
 人はけして理想だけでは生きてゆけない。どんなに努力したところで出来ることには限りがあるのだし、欲張り手を広げすぎれば、かえって全てをふいにしてしまいかねない。何かを為そうと願う者は夢見るだけでは駄目なのだ。足元をしっかりと見つめ、できることとできないことを見極め、確実にひとつひとつをこなしていくべきで。
 たとえその結果、見捨てざるをえないものが出てきたとしても、それは仕方のないことだ。人はどうしたところで、しょせん万能になどなりえないのだから。
 エドウィネルは人の上に立つ者として、現実から目をそらすことを許されない。彼が理想にうつつを抜かし、強引に無理を通そうとすることは、即王国の荒廃へと繋がる。たとえ願ったのが、どれほど素晴らしく、立派な目標であったとしてもだ。
 だから、エドウィネルに夢見ることは許されない。
 けれど、だからこそ彼は憧れてやまない。不可能だと判っていながらも、理想を追わずにはいられない、彼の姿に。
 もしや彼であれば、本当に全てを守り抜いてしまうかもしれない、と。そんなふうに感じて。
 ―― たとえ他の誰にも不可能だったとしても、彼が、彼の一生において出会った全てを救うことができたなら、それはきっと真実になるのだ。少なくとも、彼と、それを見守る何人かの人間にとっては ――
「あの勢いなら、三日もあればガリアスにたどりつくな。一週間程度の遅れなら、活躍の場は充分残されているだろう」
 そうして彼は、きっと存分に戦うことだろう。たとえ騎士団の公式記録には残らぬ形であれ。彼なりのやり方で国民達を守ろうと力を尽くす。
 それをこの目で見られぬことが、いささか心残りだったが。
「とにかく私は、この報告書を仕上げてしまおう。フォルティス」
 呼びかけられて、青年ははっと背筋をただした。直立して言葉を待つ彼を、エドウィネルは座ったままで見上げる。
「お茶を淹れてくれるか。できればペジナ地方の二番摘みに蜂蜜を入れたものがいい」
「ああ、はい。持ってきております。ただいま用意いたしましょう」
 一礼して天幕を出て行く。
 その背中を見送ってから、エドウィネルは再び手元へと視線を戻した。しかしその瞳は、文字を追うのではなく、どこか遠くを眺めるようにいっとき揺らぐ。
 が、すぐに彼は気を取り直した。そうしてペンをとり上げ、紙面へと走らせはじめる。ペン先が紙を引っ掻くかりかりという音が途切れなく続いた。
 間もなく、仕切り布の向こうから淹れたての茶の香りが漂ってくる ――


*  *  *


「ぐずぐずしてんじゃねえぞ、このクソガキがッ」
「うるせえよ! えらそうにわめくな、バーカ!」
「んだと、てめえタダ飯くらう気かっ。そういうのをいけ図々しいっつうんだよ!」
「うわっ、はなせ! このッ!」
 他に通る者とてない山間に、騒々しいわめき声が響きわたっていた。
 既に日暮れが近く、今宵の寝床を決めて野営の準備にとりかかった一行だったが、その作業は遅々として進んでいない。
 アーティルトに教わりながら木の実と芋を採ってきたカルセストは、いっこうに組み上がっていない薪の状態に、思わずため息をついていた。
「なんだってあんなに元気なんですか、あの二人……」
 ぼやく声はげんなりとしている。
 どちらもほんの数日前にはボロボロになっていたはずなのだが。
 早朝村を発ってからこっち、まったく勢いが衰えていないのだから恐ろしい。
 暴れる少年を押さえ込み、こめかみを拳で挟んでぐりぐりやっていたロッドは、二人が戻ってきたことに気が付いて、いっそう両手に力を込めた。
「そらみろ。帰ってきちまったじゃねえか。俺達に生の芋かじれってのか?」
「いでででででッ」
 じたばたと暴れる少年の手が、偶然ロッドの目に当たった。途端に盛大な唸り声が上がる。
「…………」
 いっそう激しさを増した二人のつかみ合いを、しばらく黙って眺めていたアーティルトだったが、やがてぶらさげていた山鳥をカルセストに押しつけ、足を踏み出した。つかつかと二人の元へと歩み寄ってゆく。
 無造作に振り下ろされたその拳が、ロッドと少年の頭に炸裂した。
 めちゃくちゃ痛そうな鈍い音があたりに響く。
「……ッ」
 頭を押さえて悶絶した二人を置いて、アーティルトは散らばった薪の方へと向かった。そうしてちょいちょいとカルセストを手招きする。
 食材を置いて近づいてきたカルセストに、短剣を抜くように指示した。己も鞘を払い、薪を組み合わせるのに具合がいいよう、刻み目を付けてゆく。それを見ながらカルセストも枝を拾い、同じように刃を当てた。手元がよく見えるよう、アーティルトは角度を変えてみせる。のぞき込んだカルセストは、ふむふむとうなずいた。
「……ところであの子供、どこまで連れて行くんですか」
 一本目を削り終え二本目を手に取ったカルセストは、小さな声でそう訊いた。ちらりと目をやってみれば、いつの間にかロッドと向かい合わせになり、山鳥の羽根をむしっている。まだ互いにぶつぶつ言い合っているようだったが、さっきまでよりはずっとおとなしい。
 アーティルトに目を戻すと、彼はちょっと肩をすくめてみせた。
「さぁって、そんな」
 困惑する彼に、短剣の先で地面を引っ掻く。
『大丈夫。ロッドが決める』
 きっと悪いようにはしない。
 断言して、もう一度肩をすくめる。その仕草に込められているのは、呆れではなく、むしろ心配することはないという信頼の意で。
「…………」
 そもそも村に居場所がなかったよそ者の少年を、この一週間ひとつ屋根の下へと住まわせ、食料を分け与えてやったのは、みなロッドが差配してのことである。さすがに子供だけあって、きちんとした食事と休息さえとれば、少年の回復は非常に早かった。そうして今朝方彼らが村を発つ時、ロッドが少年を促したのだ。タダ飯喰らった借りを返せ、と。
 言葉の上では荷物持ちと下働きをしろとのことだったが、実際はいつまでも村にいるわけにはいかないだろう少年を、連れだしてやるための口実に近かった。年端もいかぬ彼を一人で山越えさせるのは危険だったし、かと言ってこれまで掏摸すりやかっぱらいなど、ろくな暮らしはしてこなかっただろう少年が、兵達の中に混じってうまくやっていけるはずもなかった。
 普通についてこいと言ったところで少年は素直に従いなどしそうにないし、借り云々という利害のはっきりした理由があった方が、むしろ安心するだろうということはカルセストにも予測がついた。それにロッドは恩着せがましく食料のことは口にしても、妖獣の牙から身をもってかばったことに関しては、一言も言及しようとしなかった。
 その点については、カルセストも評価せざるを得ない。
 ……とりあえずアスギルまでは同道するとして、果たしてその先をどうするつもりでいるのか。里親を捜すか、それとも施設にはいれるよう手配するか。あの年頃であれば、どこかの商家に下働きとして住み込むという手もある。どれにせよ、破邪騎士の紹介があれば行く先には困るまい。
 だが一番の問題は、あの少年が連れて行かれた先で、おとなしくやっていくかどうかということで ――
 一週間を共に過ごして、カルセストもそれなりに少年へと情が移っている。少年のこの先が少しでも良いものになるよう、できるだけのことはしてやりたいと思っていた。
 いっそのこと、これからも目の届く王都まで連れていくとか……
 そんなことを考えていたカルセストは、いきなり背後で持ち上がった騒ぎに、思わず手元を狂わせた。ずるりと滑った短剣の刃で、危うく指を切りそうになる。
「な……」
 振り返った目に映ったのは、再び大声で罵りあいはじめた二人の姿だ。腹を割り、内臓を取り出しかけた状態の山鳥は、横の方にほったらかされている。
「ああ、また……」
 肩を落とすカルセストの横で、アーティルトがこめかみを押さえながらため息をつく。
 前言撤回。
 当面の問題は、けして少年のゆく末などではなかった。

 とりあえず、今晩の食事がいつになったらできあがるのか。
 それこそが、彼らにとって現在もっとも頭を悩ませるべき、最大最高の問題であった ――


― 了 ―

(2001/05/06 14:27)
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