楽園の守護者  番外編
 ― 迷 子 ―
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2003/1/31 13:15)
神崎 真


 視界は一面、乳白色に閉ざされていた。
 右を見ても、左を向いても、目に映るのはただゆるやかに流れる、霧の渦ばかりだ。
「おーい、誰かっ、聞こえないのか!?」
 口元に手を当てて呼びかけるが、すます耳に届くのは、吹く風に揺れる葦のざわめきがせいぜい。
 カルセストは立ち止まると、深くため息をついた。
「ああもう、どうすりゃいいんだ……」
 力無く肩を落とし、うつむく。
 視界に入る地面は、じっとりと湿っていた。乗馬靴の踏む場所から水がしみ出し、じわじわとあたりに広がっている。羽織った外套も湿気を含み、重く垂れ下がっていた。
「みんなはどうしてるかなぁ」
 ぽつりと呟いて、カルセストはもう一度息を吐いた。


 えあるセフィアール騎士団の一員である彼が、なにゆえこのような場所で馬もなく一人さまよっているのかというと、そこにはいささか情けない、いきさつがあった。
 ここは王都からみて南東、連なる緑の丘陵を越えた先にある、広い盆地である。
 これより先に広がる平原は、穏やかな気候と豊富な雨量とに恵まれた、セイヴァン屈指の穀倉地帯だった。まっすぐ二日も馬を進めれば、王太子エドウィネルの生家、アルス公爵家の所領へと入る。その青々とした草原は、畑の他に放牧にも利用されていた。広い平野に、家畜を追いつつ移動する遊牧の民達が住まっているのである。
 そんな遊牧民の家族が、妖獣に襲われたらしいとの知らせが届いたのは、数日前のことだった。
 最初に報をもたらしたのは、その家族と懇意にしていた行商人だ。その男は生活に必要なもろもろを持って、町を離れて暮らす遊牧民の間をわたり歩いていた。遊牧民達は、一年のほとんどを広大な平原で、家族達とのみ顔を合わせて暮らす。それゆえに、時おり訪れる行商人は、単に生活必需品をもたらしてくれる相手だという以上に歓迎される存在だった。彼らは普段耳にすることのない町の噂や、他の同じような暮らしをしている仲間達の近況をももたらしてくれるからである。それらを聞くために、遊牧民達は旨い茶と料理をふるまい、数日の間は出立を引き止めるのが慣例だった。そしてそんなことを幾度か繰り返せば、両者はもはや家族同然のつきあいといえる。
 今回も、いつもの通り多くの商売道具とよもやま話を用意して、商人は平原をわたっていった。今度の目玉は、奥さんの妹が嫁ぎ先で子供を産んだという話題だ。この知らせをもたらせば、さぞや彼らは喜ぶだろう。夕食もきっとにぎやかで、豪勢なものとなるに違いない。
 そんなふうに思いながら向かった先で ―― しかし、数ヶ月ぶりにおとずれた天幕に、生きて迎えてくれる者の姿はなかった。
 季節ごとに住処を移動する彼らは、組立式の天幕で生活している。天幕と言っても、太い柱をそなえ、分厚い毛織物で内部をいくつにも仕切った、常設の建物にも遜色ないそれである。その頑丈な天幕は、長いあいだ放置されていたのにも関わらず、かたむくこともなく、しっかりと建っていた。それ故に、商人はすぐ近くにゆくまで異常に気づかなかった。
 普段であれば、視力の良い彼らはとうに迎えに出ているはずなのだが。
 そう思いながら、商人は天幕内部へと声を掛けた。そして返答がないことをいぶかしみ、あたりを見まわしたところで、飼われている家畜が一頭もいないことに気づいた。
 人もおらず、家畜もいない。残されているのは、吹く風に時おりぱたぱたと音を立てる天幕と、放置された囲いの柵ばかり。
 この段階で商人は、家族が盗賊にでも襲撃されたのかと考えたらしい。
 だが、もしかしたら単に逃げだした家畜を追って、総出で捕らえに行っているだけという可能性もある。せめて誰か一人ぐらいは残っていまいかと入口の垂れ幕をめくり、天幕へと頭を突っ込んだ。
 後日 ―― セフィアールへと通報するため、三日をかけて町へと戻った商人は、この先当分、肉を口にする気は起きないと、沈鬱な面もちで語っていた。
 既に時が経ち、生臭い凄惨さこそ失われていたものの、天幕中を染めた血と肉片は、だからこそいっそうにむごたらしいものだったという。家族全員が喰い殺される災禍にあいながら、助けが訪れるどころか、飛び散った血肉が乾ききるほどの長い時間、彼らは発見されることもなく放置され続けていたのだ。


 ともあれ、その通報を受けた王都では、即座に破邪騎士セフィアールを妖獣討伐へと送り出した。
 とはいえ既に時間が経ちすぎている。見晴らしの良い平原を行きながら、当の商人さえも妖獣の姿を見ることはなかった以上、もはや遊牧民を襲った当の妖獣は、遙か遠くへと去った可能性が高かった。
 それでも、民からの要請があり、犠牲者が出ている以上、放置はしておけない。とりあえず現場の確認と、叶うものであれば妖獣の種類の特定。そしてその追跡を為すべし、と。王太子の命を受け、カルセストを含む五人の騎士達がこの平原へと足を踏み入れた。
 そして ――


*  *  *


「まさかこのだだっ広いところで、はぐれるだなんて……」
 肩を落として、カルセストは悄然と呟いた。
 なだらかな丘陵が点在し、いくばくかの起伏こそあったものの、あたりは木立ひとつない、開けた平原である。地面を覆う緑の草葉が風に揺れ、ゆるやかに波立つ水面を思わせる、そんな土地だ。晴れた日に地平線を見はるかせば、遠く北には麓に森林地帯を擁する山脈が淡く霞んで見えるだろう。
 近づく者がいれば一時間も前から気がつくだろう、そんな場所で、どうして彼が一人取り残される羽目になったのかというと、霧の発生が原因であった。
 王都とパルディウム湾を結ぶ大河にほど近いこのあたりは、水分の豊富な潤った土地で、普段はさほどでもなかったが、朝夕の気温差が激しい季節などにしばしば霧を生じることがあった。もっとも、それもたいてい陽が昇る頃には、陽光と風とに吹き散らされてしまうものだが。今回はいささか条件が悪かったようだ。
 丘と丘の間に位置する、低い盆地になった土地で野営していた一行は、目覚めたとき、濃い霧溜まりのまっただ中にいた。もや越しにかすむ顔を見合わせた彼らは、このようなこともあるのかと、驚嘆したものだ。
 それでも互いの顔を確認できる程度の視界は確保されていたし、ならば出来るだけ馬を寄せ合い、早々に盆地から出てしまった方がよいだろうと、彼らは昼を待たずに出発したのだが ――
 中途半端に姿が見えていたために、かえって油断してしまっていたのだろう。
 視界の効かない中、馬がなにかに蹄を取られたため、カルセストはいったん鞍から下りて足まわりを調べようとした。その時には仲間達の背が見えていたので、すぐ追いつくつもりで特に声はかけなかったのだ。
 しかし落ち着かない馬をなだめ、蹄を確認するまでに思ったよりも時間がかかってしまった。蹄鉄にはまりこんだ石を取り出すのには、さらに手間取り ―― そうして、蹄と石の間に突っ込んでいた短剣の刃が、まずい所に当たったのか。突然暴れ出した乗馬は、止める間もなく走り出した。
 慌てて追いかけ伸ばした手も、その馬体に届くことはなく。
 気がつけば、カルセストは濃い霧の中に、荷物もなく一人取り残されていたのである。


 ―― いくらなんでも、これはまずくないか。
 そう思い始めたのは、しばらく歩みを進めてからだった。
 馬を追って走ったのは、そうたいした距離ではなかった。疾走する馬に徒歩で追いつけるはずがないと、焦った頭でも判っていたのだろう。我ながら諦めるのは早かった。あれでも優秀な軍馬だから、落ち着きを取り戻せば後を追ってくるなり、近くの町へ自力で戻るぐらいするだろう。それよりも自分こそが早く仲間達へ追いつかなければと、そちらの方に気が向いた。
 だいたいの方向は判っている……つもりだった。仲間達も自分がいなくなっていることに気がつけば、歩みを止めて待っているだろう。あるいは少しぐらい後戻りだってしてくれるかもしれない。追いつくのはたやすいはずだ。
 そう思って懸命に歩き続けていたのだが、どうも様子がおかしかった。既に一時間以上進んでいるというのに、先を行く姿は影も形も見あたらない。霧に遮られているのかと時おり声を上げて呼ばわってみるが、すました耳に届くのは、風に揺れる草葉のすれる音ばかりだ。
 途方に暮れ、しばしその場へ立ち尽くす。
 実際のところその時のカルセストは、すっかり道を外れてしまっていたのだった。人間の方向感覚とは案外いい加減なもので、まっすぐに歩いているつもりでも、たいていは左右のどちらかに偏って進んでいるものである。旅慣れた人間はそれを知っているからこそ、視界のきかない間は動かずじっとその場に留まるのだが、カルセストはそういった知識を持っていなかった。その結果闇雲に歩きまわり、完全に迷ってしまったのである。
 そろそろ晴れても良いはずの霧は、いまだ視界を覆い続けている。
 カルセストは立ち止まると、深くため息をついた。
「ああもう、どうすりゃいいんだ……」
 弱々しげなその呟きを、耳にする者は誰ひとりいない。口を離れた声はそのまま霧の中へと吸い込まれるようで、自分自身でさえ、いま発した声が現実に存在していたのか疑ってしまうほどだ。
 かすかに聞こえる葦のざわめきと水音も、どこか遠く、薄い膜を通したむこうのもののようにたよりない。かすかに規則正しい足音を耳にしたような気がしてはっと息を呑んだが、よく注意してみれば、それは己自身の心臓の音だった。その存在を意識してみると、鼓動はやけに大きく、そして早い。
「…………」
 気がつくと、胸を押さえていた。
 衣服と手のひらを通して、規則正しい心音が伝わってくる。
 誰もいない、霧の草原。
 視界は乳白色のもやに遮られ、あたりの様子を窺うこともできない。
 最寄りの町まで馬でも一日、徒歩なら倍はかかるだろうか。それもまっすぐ正しい道筋を行けばの話である。
 荷物はすべて、逃げた馬の背に積んでいた。食料もなければ毛布もない。財布だけは身につけていたが、金など使う相手がいなければただの金属片だ。
「……っ」
 手のひらに感じる鼓動がどんどん大きくなってゆく。せわしなく打ち続けるその感触は、さらなる焦燥を誘発した。
 そもそも自分達は、妖獣に襲われた一家の元へと向かっていたのだった。
 彼らの天幕は遮るものなどなにもない、広々とした草原のただ中に建てられていたという。にもかかわらず、一家は全滅し、しかもその惨劇は長いあいだ誰にも発見されることなく放置されていた。飛び散った血は色褪せ、肉片はひからび、骨は乾いて軽い音をたてていたという。
 もしもいま、自分がここで命を落としたならば、やはりその死体は発見されることなく、うち捨てられたままひからびていくのだろうか。否、この沼地ならばそうはならないだろう。誰にも見つからぬままに、腐り、虫がわき、そうして泥の中へと沈んでいくのかもしれない。
 そうしてそれは、あり得ないことではないのだ。なぜならこの地には、確かに恐るべき妖獣が棲んでいるのだから。仮に飲まず食わずで数日を過ごすことができるとしても、そんな無防備な状態で妖獣に遭遇してしまったならば、おそらくはひとたまりもなくやられてしまうことだろう。
 いま彼の身を守るのは、脆く細い一本のレピアと、身のまわりの用事に使う小さな短剣ばかり。こんな装備で、ただひとり。たとえ相手が妖獣ではなく、ただの獣だったとしても、あまりにも心許ない状況だ。
 もしも、もしもこのまま ――
 一人立ち尽くし、次々と浮かぶ不安材料に気を取られていたカルセストは、突然背後に物音を聞いて、呼吸が止まるほど驚いた。
 巨大な生き物が、茂みを掻き分けてくる気配。ぞっと全身総毛立つ。
 とっさに細剣レピアを引き抜き、一挙動で振り返った。大きく足を開き、重心を落として剣を構える。が、焦っていたせいか、その動きにはあまりにも無駄が多すぎた。後ろに引いた足が厚い地衣類を踏んで滑り、重心が崩れる。そしていきなりがくりと力が抜けた
「 ―― う、わぁッ!?」
 盛大に泥を跳ね上げて、カルセストは半身ぬかるみへとはまりこんでいた。なんとか手をつき立ち上がろうとするのだが、伸ばす腕はどこまでも泥の中へ沈むばかりだ。
 それでも懸命に細剣をかざし、近づく生き物に対して身構えた。その気配を察したのか、霧の向こうの影は勢い良く大地を蹴り、まわりこむような動きでカルセストのそばへと着地する。
 高い笛のような音が発せられた。
 聞き覚えのあるその響きに、カルセストはきょとんとして巨大な影を見上げる。
「 ―――― 」
 馬上から見下ろしてきていたのは、あまりに見慣れた姿だった。
 栗色の毛並みの軍馬にまたがり、青藍の外套をなびかせた破邪騎士セフィアール。片方を黒革の眼帯で覆われたその瞳が、真摯な光をたたえてカルセストの姿を捕らえている。
 乱暴な仕草で手綱を放り出した彼は、素早く鞍から滑り降りると、ためらいなくぬかるみの中へと飛び込んできた。勢いで膝近くまで泥に沈むが、そんなことなど気に止める様子もなく、両手を伸ばしカルセストの顔を引き寄せる。
「……えっ、ちょ……アートさん!?」
 息がかかるほど近くからのぞき込まれて、カルセストは狼狽した。鋭い光をたたえる隻眼が、まっすぐにカルセストを映している。凝視は一瞬のことで、その顔はすぐに遠ざかった。が、ほっと息をつくまもなく、頬から離れた両手が全身をまさぐりはじめる。
 意味不明の行動に混乱しかけたカルセストだったが、数秒おいてようやく相手の意図するところを理解した。
「だ、大丈夫です、からッ、怪我はしてないです!」
 既に足の方まで点検の手を伸ばしていたアーティルトは、その言葉に動きを止め、カルセストを見直した。どうやら泥の中にへたり込んでいたのを見て、なにかがあったのだと勘違いしたらしい。
 誤解を解くべく、もう一度念を押すように繰り返す。
「ちょっとびっくりして転んだだけで、怪我とかはないです」
「…………」
 確認するように目線に力を込めてくるアーティルトに、ちょっと笑いかけてみる。
 それを受けて彼は、言われた内容を吟味するかのように、わずかに首をかしげた。それから持ち上げていた乗馬靴の足を、まじまじと見下ろしてくる。
「……アーティルト、さん?」
 常になく反応の鈍いその様子に、カルセストはおそるおそる問いかけた。どちらかといえば頭の回転は早いだろう彼なのに、なぜか妙に理解が遅いようだ。
 と ―― なにを思ったのか、彼はおもむろに乗馬靴のつま先をつかんだ。
 そうして無造作に足首を回転させる。
 途端にカルセストの口から、あられもない悲鳴が発せられた。


 ようやく見つかった乾いた地面で、カルセストは所在なく足を投げ出していた。
 そのそばでは、アーティルトが手際よく立ち働き、焚き火の準備をしている。
「 ―― あのう、みんなの後を追わなくていいんですか?」
「…………」
 無言のまま返されるうなずきひとつ。
「け、けど、早く追いつかないと、迷惑が……」
「…………」
 言葉を継ぎ足すが、アーティルトは困ったように小さく笑うだけで、再び手元の作業へと目を落としてしまう。
 転んだはずみにくじいていたカルセストの足は、幸いそうひどいものではなさそうだった。乗馬靴を脱ぎ、絞った手拭いで冷やしているのだが、少し休めば歩けるようになるだろう。それにアーティルトが乗っていた馬がいるのだから、先へ進むのはそう難しいことでもなかった。それでもアーティルトは、少し行ったところで乾いた地面を見つけると、そこに腰を据えてしまったのである。
 おそらく彼なりにその方がいいと考えての行動なのだろう。だがその裏付けとなる説明がなにもないだけに、カルセストは今ひとつ落ち着くことができずにいた。
 拾い集めた灌木の枝は、湿っていてなかなか火がつかないようだ。荷物から角灯用の油を取り出し、それでどうにか焚火としての体裁を整えようとしている。ぱちぱちと音をたてながら炎があがりはじめると、アーティルトは安堵したようにひとつ息を吐いた。
 あたりに散らばっていた枝や道具を簡単にまとめ、カルセストのそばへと腰を下ろす。
「…………」
 伸ばした足首を指さされ、カルセストはこくりとうなずいてみせた。
「大丈夫です。もう痛みもほとんどないし」
 ほら、と動かそうとするのを、アーティルトは身振りでとどめる。
「…………」
「…………」
 あたりには再び沈黙がおりた。
 カルセストはなおも言葉を続けようとしたが、なにを言えば良いのか判断がつかず、中途半端に口を動かしただけで、結局口を閉ざしてしまう。
 普段であれば、アーティルトは意志疎通の手段として、携帯用の石板と白墨を使用している。必要充分とまではいかないものの、最低限のやりとりぐらいは、それでなんとかなるものだった。実際、騎士団に属する者達はみなそれでさほどの不自由も感じることなく、日々をすごしているのだが。
 しかし生憎のところ、現在それは使用不能になってしまっていた。カルセストを助け起こす際、アーティルトもまた泥水まみれになっており、隠しの中に入れていた石板と白墨も、水に浸かってしまったのである。石板は乾かせばまた使えるようになるだろうが、白墨の方は水を吸って脆くなり、わずかに力を入れただけであっけなく崩れてしまった。
 故に今の彼らは、わずかな身振り手振りを交わす他は、居心地の悪い沈黙を味わう羽目になっていたのである。
 いつまでここにいるつもりなのか、みなと合流できるあてはあるのか、尋ねたいことは山ほどあるのだが、答えてもらえてもそれを理解できないことが明らかな以上、わざわざ問いかけることもできない。それならそれで、相づちだけですむ適当な世間話でもすればいいのかもしれないが、こういう時に限って良い話題も浮かんできてくれない。
「…………」
「…………」
 どこまでも落ち着けない空気に、カルセストは思わずため息をつきそうになった。が、そんな行為さえも、さらに気まずさを助長してしまうことになりそうで。
 先ほどまでの一人さまよっていた時間に比べれば、ずっと恵まれた安心できる状況であるはずなのに、何故にこうもいたたまれない気持ちでいなければならないのか。
「……………………勘弁してよ」
 相手には聞こえないように落とされた呟きは、なかなかに切実な響きを帯びていて ――


*  *  *


 ようやく霧が吹き払われた数時間ののち、焚き火の煙を目にした一行が姿を現し、彼らはどうにか無事仲間達と合流を果たすことができた。
 だが沼地で過ごしたその数時間は、カルセストにとってあらゆる意味で良い経験となったらしい。
 ちなみに破邪の任務を終え王都に戻ったカルセストは、その日から本腰を入れて指文字を学び始め、なかなかに素早い習得を果たすこととなるのだが ―― その熱意のきっかけとなった詳しい動機を知るものは、誰一人としていなかったということである。


(2004/07/12 09:55)


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