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 雨 月 露 宿あめのつきつゆのやどり  骨董品店 日月堂 第十六話
 第四章
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
 
神崎 真


 秋月家の息がかかった、術者御用達の病院。
 おおやけにはしにくい負傷でも、裏事情を詮索することなく治療してくれるそこの一室で。
 和馬はギプスで固められた右足を吊りあげた体勢で、ベッドに横になっていた。
 ちなみに肋骨は幸いにも無事だったが、ひどい打撲のせいで呼吸をするたびに痛みを訴えてきている。熱はもう平常にまで下がってくれた。他には多少の擦り傷と打ち身と、軽い脱水症状。しかし十二月の山中で一週間を過ごしたにしては、ごくごく軽傷だったと言えるだろう。
 一通りの診察と治療が終わり、生命に別状がないと判明したところで、和馬は秋月家からみっちりと取り調べ ―― といっても過言ではないほどの、事情の聞き取りを行われていた。
 その結果、厳重な注意と叱責を受けてへこんでいたところへ持ってきて、見舞いに訪れた沙也香によって、さらなる追い討ちがかけられている。

「……ったく、ほんとにもう。馬鹿? っていうか間抜け? アンタほんとにプロの術者!?」

 腰に手を当てて、仁王立ちになって見下ろしてくる沙也香に、和馬はベッドの上で身を小さくするしかできなかった。
「こっちは、組織的な誘拐かとまで考えたのよ。どれだけまわりが振り回されたと思ってるの。それがまさか、身の程知らずの同情あげくに、ドジ踏んだ自爆だったなんて ―― 」
 呆れを隠せないと強調するように、芝居がかった仕草でため息をついてみせる。
「……申し訳ない」
 多くの人間に迷惑をかけたのは紛れもない事実なので、和馬としてはひたすら謝罪することしかできない。


 実は。
 和馬が人里離れた山奥へと向かっていたのは、人間ひとには見せられないものを隠すためであった。
 もっと具体的に言うならば、秋月家を通して退治を依頼された妖物を、殺さず生け捕りにして、人のいない場所へ解き放とうとしていたのである。
 今回排除を命じられた妖物は、住んでいた山林の開発によって、住処を追われようとしている存在であった。行き場を失い狂暴化こそしていたが、それも元をたどれば人間側の、勝手な事情が引き起こした結果である。
 もちろんのこと、和馬は人間だ。
 その行動理念は人間ひとの生活を守ることにあり、人間ひとを傷つける存在がいれば、それを排除することが当然の努めである。
 しかし……
 和馬は昔から、どこかやりきれないものを感じていたのだ。
 ひっそりと平穏に暮らしていたあやかし達が、人とは相容れないからと、一方的な都合によって生命を奪われてゆく。人間の居住空間は時と共にどんどん広がりを見せ、夜の闇もまた、明るい光によってその範囲を狭められていた。かつては人間と関わることなく、彼らだけの世界で生きてきた人ならぬモノ達は、現代科学の発達と共に、次々とその実在すら認められなくなってきていて ――
 風使いである和馬は、彼らが実際に存在していることを知っている。しかしそうであるが故に、むしろ彼らを排除するために、その手を汚さなければならない。
 それを、厭うわけではないけれど。
 人間のために、秋月家のために、血にまみれることから逃げたいと言うのではないけれど。
 けれど、それでも。
 中には奪わずにすむ生命も、あるのではないか。
 殺さずにすむ道も、どこかにあるのではないか、と。
 心の奥底で、その思いはくすぶり続けていたのだ。

 そしてその考えは、晴明という異形達と共同生活を営む人物と出会ったことで、ますますはっきりと形を取っていったように思う。

 ―― 自分に、もっと力があったならば。
 ―― 問答無用で捕まえて、気絶させて。人間など訪れることのない、深い深い山中にでも放り出せれば。

 そうできたならば、と……

 それを実行するためには、相手との間に圧倒的な実力差を必要とした。
 全力で抵抗してくる、言葉もろくに通じない相手を、致命傷を与えないよう力ずくでねじ伏せて、拘束する。うかつに手加減などすれば、自分の方が危うくなるギリギリの戦いの中では、そんな真似などできようはずもなかった。
 故に和馬は地道に修行を重ね、技を磨き ―― 少しずつ少しずつ力を付けてきた。それは単純な『術力ちから』の強さだけに留まらず。様々な知識や経験によって裏打ちされた、とっさの判断や駆け引きをも含む、厚みと深さを兼ね備えた『地力ちから』の底上げである。
 そうして、今回。
 ようやく彼は、ほぼ無傷で妖物を捕らえることができたのだ。
 秋月家から命じられたのは、開発工事を妨害する妖物の『排除』だ。その方法は言及されていない。『殺せ』と明言されてはいなかった。
 だから和馬は、ひと抱えもある巨大な狼に似た四足獣の身体を、人目に付かぬよう毛布で包み、車の後部座席へと運び込んだ。そうして依頼人には『もうあの妖物が現れることはない』と報告し、急ぎもっとも近い山を目指したのだ。
 一刻でも早く解き放たなければ、いつ目を覚ますか判らない。もしも運転中の車内で暴れ出しでもされては、自分はもちろん、周囲をも巻き込んだ大事故に繋がりかねなかった。なのでとにかく急いだ。天候が回復するのを待つ余裕など、まったくなく。
 うねる細い林道を、行けるところまで車で進んだ。そこから先は、毛布で包んだ巨体を抱え上げ、みぞれ混じりの雨の中を森の奥へと踏み込んでいった。
 とにかく早く、遠くへと。
 それだけで頭が一杯だったのだ。


 ―― ただでさえ疲労している、心身をすり減らした戦闘の直後。
 天気の良い日に、充分な装備を整えていても辛いだろう冬の登山を、着のみ着のまま、そんな精神状態でやっていたのだ。しかも腕に抱えていたのは、危険な大荷物。冷静になってみれば、無茶が過ぎたとつくづく実感できた。
 しかし、その時は必死だったのだ。
 そしてだからこそ、その危険な大荷物を下ろせた時に、どっと気が抜けてしまったのだろう。
 手ぶらになった帰り道で、足を滑らせるとはあまりにも間抜けだった。
 あげく別の化け物に生命を救われて、いわば軟禁されていたなどと……迂闊にも程がある恥さらしぶりに、秋月家からの事情聴取の間も、和馬は満足に顔も上げられなかった。


 ―― 口を極めてさんざんこき下ろし、ようやく気が済んだのか。
 沙也香はベッド脇に置かれていたパイプ椅子へと、その腰を落ち着けた。それから声の調子を落として、少し真面目な口調になる。
「ほんとにさ。あんたまで晴明の真似してどうするのよ」
「ああ……うん……」
 思いのほか真剣な表情でそう言われて、和馬はまたも返す言葉が見つけられなかった。
 多くの化け物達へと平等に接し、言葉だけで荒れ狂う彼らをも説得してしまえるような晴明とは異なり、和馬はあくまで単なる風使いなのだ。無論その事自体に優劣とか、上下関係があるわけではない。しかし客観的に見ても晴明は、規格外に特別な存在なのであって、あれと同じことができる人間など、そうそういるものではなかった。
 そこの所を忘れてはいけないのだと、和馬も判ってはいたのだが。
 それにあそこまで無茶をするつもりでも、なかったのではあるのだが。
「晴明には、しっかりお礼しとくのよ。あと由良ゆら達なんかにもね」
 念を押す沙也香に、これははっきりとうなずきを返す。
「判ってる」
 救出されたあの場では、鬼女の見せた哀れな最期のせいで、とてもそんな事を口にできる雰囲気ではなかった。そして秋月家の者達が駆けつけてからは、もうてんやわんやになってしまい、結局助けに来てくれた礼をちゃんと言いそびれていた。
「まさか臭いを追うなんて、原始的な方法で行くとは思わなかったわ」
 沙也香がしみじみと嘆息する。ここまで無言で脇に控えていた譲も、深くうなずいて同意した。
「なまじこの世界に長く身を置いているだけに、我々は視野が狭くなっていたのかもしれませんね」
 まあさすがに、一週間も前の雨ざらしになっていた臭跡を嗅ぎ分けることが、通常の警察犬などに可能だとは思えなかったが。そのあたりはやはり、異形達の持つ尋常でない力があってこそ、成し得たと言えるだろう。
 なんでも晴明は和馬が放置していた車の中を確認すると、いつものように腕釧の勾玉の中にいる異形達に助力を乞うた。応じて姿を現したのが、人に酷似した前脚を持つ大型犬のシルエットに、丸い三つの目を備えた鬼獣、由良で。
 『彼』はしばらく車内を嗅ぎまわっていたが、やがて地面に鼻面をこすり付けるようにして歩み始めたのだという。そうしてその後ろへ晴明が続き、呆然と見送る術者らに軽く会釈して、森の中へと消えていったらしい。
 和馬が見つかったというメモを携えたかがりが、木々の梢を越えて戻ってきたのは、それから一時間ほど後のことだったと聞いた。
 まさかあんなに近くにいたとは……と。風霊を使って何日も広い範囲を捜索していた風使いのひとりは、そんなふうにこぼしていた。
 一般人の足を考えれば、それなりに奥ではあったそうだ。しかし尾根をも越えて、次の山のそのまた向こうまで術力ちからを振り絞って探していた彼らにしてみれば、どうして見つけられなかったのかとショックを受けるほど、近場であったらしい。
 ここまで来ればと、雨のなか必死に遠くまで歩いたと思っていた和馬にとっても、それはやはり、いささか複雑なものがあったりした。
 とはいえそれは、さておいて。
 沙也香はシーツの上に遠慮なく肘を乗せて、右の手のひらで小さな顎を支えた。その体重でマットレスが沈み、身体が傾いたせいで傷めたあばらが苦痛を訴える。しかし文句など言える空気ではなく、和馬は無言で耐えた。

「……晴明が、さあ」

 記憶をたどるように、沙也香は視線を天井近くへと向けていた。
「なんか、すごくせっぱ詰まった感じで、あんたが行方不明になった場所に連れてって欲しいって、そう頼んできたのよ」
「せっぱ、詰まった……」
「そう。その前に勾玉が光ってたから、由良達が行こうよーとか言ったのかなとも思うんだけど」
 いったいどういう仕組みになっているのかは不明だが、腕釧の翡翠に宿っている異形達と、晴明は意志を交わすことができるらしい。彼からなにかを頼むこともあったが、むしろ異形達から働きかけてくる場合の方が、実は多いことを和馬などは知っている。
 しかし ―― 今回の晴明は最初、どこかためらうような態度を見せていたという。それはわずかな間で、すぐにうなずきを返しはしたのだが……
「向かってる途中でいきなり、商店街の中で車を停めてくれって言い出したと思ったら、あのだっさい伊達眼鏡とマフラーなんか買ってきて。髪もまとめて服ん中入れちゃったし……あれじゃあまるで、変装でもしようとしてたみたいじゃない」
 術者の世界では、世間一般からすればコスプレとしか表現のしようがない、珍妙な身なりをしている者も数多い。その点では晴明も、普段の長髪にスーツ姿の方が、よっぽど目立っていると言えた。なので逆にあまりおかしな格好にはなっていなかったが、それでもいつもの彼を知っている者の目から見れば、あれは不自然にも程があった。
「おまけに現場に着いてからも、妙に様子がおかしかったのよね。声はちっさいわ、やけに及び腰だわ」
 ほんとにらしくなかったったら、とひとりごちる。
 そうして視線を落とし、和馬の反応を確かめるように、つんと顎を上げて見下ろしてくる。
「あの子、秋月家との付き合いはないって前に言ってたけど……本当はなにか、はばかるような事があるんじゃないの」
 たとえば所属する風使いとトラブルを起こしたとか、あるいは秋月家そのものに、何かしら物思うところがあるのだとか。
「……それは……」
 和馬は追求から逃れるように、目をそらして言葉を濁した。
 人脈も影響力も強い高位術者の一人とはいえ、沙也香はしょせん個人フリーの存在である。家や流派に縛られる事がない代わりに、その間で流れている内部の情報や絡み合ったしがらみについても、関わりを持つことはないだろう。それでも彼女が本腰を入れて調べにかかれば、ある程度の事情はつかめるかもしれない。だが問題の存在、それそのものを知ることがなければ、最初から調査することさえ思いつけないはずだ。
 沙也香を含めて、日月堂に出入りする術者の数こそ増えてきているものの、店主である青年の『安倍晴明』という名乗りを、単なるビジネスネームだと思っている者が、今でもそのほとんどを占めている。実際、術者の世界では他者の呪術から身を守るため本名を秘する場合が多く、偽名や通称、二つ名を使うことはごく日常的に行われていた。故に明らかに本名ではないと思っても、誰もことさら取り沙汰したりなどしない。
 だいそれた偽名ではあるが、店名の『日月』と、そして『雑鬼おに使い』と呼ばれる彼の有りようからすれば、かつて『鬼使い』の異名を誇っていた大陰陽師にあやかることも、気が効いていると言えなくもない、と。多くの者がそう考えているはずだ。
 しかし……その名が持って生まれた本当の姓名なのだと、和馬だけは知っている。
 陰陽道の宗家たる、京都の安倍家。
 多くの分家、分流の頂点に立つ、この国の陰陽道の正統なる継承者。
 その安倍本家の先代当主の嫡男が、他でもない晴明であった。
 本来であれば、先代亡き後、安倍家を ―― 日本全体の陰陽道すべてを背負って立つ、当主となっていたはずの青 ―― いや、少年。
 しかし彼は、その力を認められなかった。陰陽師としての術力を持たず、自身ひとりの力では霊の姿を見ることさえできない彼は、当主として相応しくないと、安倍家を逐われたのだ。
 現在、安倍家の当主は晴明の双生児ふたごの弟、清明きよあきが継いでいる。
 一見しただけでは、兄とほとんど見分けのつかない瓜二つの容姿を持つその弟は、晴明とは真逆に百年……否、千年に一度の天才と称され、若輩ながらも立派に一家の長を務めている。
 暦に従って執り行われる陰陽道の儀式の中には、各流派の代表を招待するものも多く、精霊使いの四大家は、当然いつも誰かを列席させていた。秋月家当主自身やその信任を受けた者は、故に若き現安倍家当主の顔を、実際に見て知っている。
 和馬も例外ではなく、間近でその姿を目にしたことがあった。
 ―― いくら双子と言っても、あれは似すぎているだろう。
 それが驚愕を通り越してから、まず最初に覚えた感想だった。
 晴明とはそれなりに親しく付き合いを続けてきた和馬の目を持ってしても、二人を並べて見分けろと言われたら、正解できる自信がなかったのだ。
 そんなふうに、弟と酷似した姿をしている晴明だ。もしも秋月家の人間がいる場所に足を運んで、安倍家当主を見たことがある者と鉢合わせたりなどしたならば。一目でその出自がばれてしまいかねない。
 現安倍家当主が兄を押しのけて当主の座に付いたことは、ある程度の力を持つ家や流派の間ではそれなりに知られた事実だ。だが廃嫡された兄が、今どこでどうしているのかまでは、情報も流れていない。それでも関係者が晴明の顔を目にすれば、安倍家当主との血縁を真っ先に思い浮かべるに違いなかった。
 まるで息を潜めるかのように、安倍家との関係を断ち、少しでも悪印象を ―― 叶うことなら、その存在そのものさえをも ―― 忘れてもらいたいと願っている晴明にとって、それはできうる限り避けたい事態であるはずだった。

 だから。
 本来ならば、晴明は何があろうとも秋月家の者が ―― 清明の顔を知る可能性のある人物が ―― いる場所に、訪れようとはしないだろう。たとえそこに、自身の生命がかかっていようともだ。
 しかし……かかっているのが他者のそれであったならば。
 他でもない、和馬の生命であったのならば。

 あの青年ならば、自分にできることなど、何もありはしないと考えただろう。
 自分には何の力も存在しない。多くの術者が手をつかねているその状況で、自分になどなにができるだろうと、心底からそう思ったことだろう。
 それでも ――
 彼の腕釧に宿る異形達が、なにか手伝えるかもしれないと言ったなら。
 だから行こう。そこまで連れて行ってくれと、そう願ったなら。

 暴かれるかもしれない秘密に怯え、向けられるかもしれない驚愕と侮蔑に恐怖しながらも。
 それでも彼は、懸命に一歩を踏み出したのだろう。
 伊達眼鏡をかけ、マフラーで顔を隠し。そうして決死の思いであの場所へと足を運んでくれたのだ。


 その内心にあっただろう覚悟に思いを馳せて、和馬は固く拳を握りしめた。
 いつもと違うあの格好の意味に、どうしてすぐその場で気付けなかったのか。
 どれだけの思いで自分を探しに来てくれたのか、察することができなかった己の巡りの悪さに、悔恨ばかりがこみ上げてくる。

「……和馬?」

 黙って歯を食いしばっている和馬に、沙也香はいぶかしげに問いかけてきた。
「どうしたの。傷が痛むの?」
 気遣うように言葉を重ねる沙也香に、和馬はかぶりを振る。
「あいつの事情は……俺からは、口にできません」
 そう言って、眼を閉じる。
 頭の中では、形になり切らない様々な感情が、ぐるぐると渦を巻いていた。
 晴明の背負うしがらみと葛藤を、和馬が勝手にべらべらとしゃべる訳にはいかない。
 そんな権利など和馬にはなかったし、うかつにそれらを話すことで、彼の立場をかえって悪くするかもしれない可能性を考えれば、無責任な真似などできるはずもなかった。
 それでも ――
「ただ……あいつはなにも、悪くないんです。あいつがなにかを、した訳じゃ、ない……」
 術力を持って生まれなかったのは、晴明の責任ではなかった。
 弟ではなく兄として生まれてしまったのも、けして彼のせいではない。
 努力をしなかった訳でもなかった。むしろ誰よりも、二倍も三倍も、血の滲むような努力を重ねてきたはずだ。
 けれど、それは実を結ばなかった。少なくとも、晴明と安倍家が望むような形では。
 ただ、それだけの事なのに……


 ただならぬ和馬の様子に、沙也香は触れてはならない事情があるのだと、察したようだった。
 片手で目元を覆っているその姿をしばし見つめて、それから立ち上がってその手を伸ばす。

 ぽん ぽん

 普段の彼女らしからぬ、優しい手つきで肩を叩いた。
 慰めるように、落ち着かせるように。
 そうして、明るい声で、茶化すかのように言葉を紡ぐ。

「まあとにかく ―― こんな騒ぎは、これ限りにするのよ」
 判ったわね、坊や、と。
 駄々っ子に言い聞かせる口調に、和馬はようやく強張っていた身体から力を抜いた。
「……善処する」
 返答は、微妙に曖昧なそれであった。
 晴明に危険な橋を渡らせるような真似は二度とさせたくないし、自分としても再びこんな無様を晒すのは御免こうむるところだ。
 ……とは言え、確約できないのがなんとも苦しかったりするのだが。
 しかしそれが、晴明という存在を知ってしまった自分の、もはや堪えようもない願望の表れであるのならば、しかたがないだろう。
 今回は力及ばず、最後で詰めをあやまり各方面へ多大な迷惑を掛けてしまった。
 ならば次回は、こんなことになどならないようにすればいい。
 もっと、さらにずっと、修行を積んで、力をつけて。今度こそ願いを実現させるのだ。

 そのためにも、今は終わったことを後悔などしている場合ではない。
 過去を悔やむのであれば、今度はその経験を、次の成功へと活かすべく努力するべきなのだ。

 そうすることこそが、晴明が自分にしてくれた行為を無駄にしない道であるのだと。
 今はそう、信じて……


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