キメラ居住区に拠点を持つ、獣人種で構成された裏組織、【
Famille】。
見た目はそれなりに小綺麗とは言え、そんな組織の事務所に、
人間種の子供達がいる。それもこんな真夜中に怯えた様子で、保護者と思しき大人すらいないままに。
ここで通常の感性を持つ者であれば、いったいどこから攫って来たのかと糾弾するところであろう。あるいは早く親元に返せと、苦言を呈したかもしれない。
実際、リュウなどはかすかに眉を
顰めていた。
しかしシルバーは、壁際で小さくなっている子供達の体型や服装をざっと確認し、続いて存在を無視されているテーブルの方へと視線を向けた。
会議用のシンプルなそれは、うずくまっている子供達 ―― 男女合わせて6名ほど ―― であれば、全員余裕をもって座れるだけの広さがある。椅子の数もきちんと足りているし、何よりもその上には大鍋に満たされたスープらしきものと、籠に盛った大量のパンが置かれていた。もちろん取り皿や水差し、コップなども用意されている。
ただし温かかっただろうスープはすっかり冷え切り、表面に白く油が浮いていた。作られてから相当な時間が経っているようだ。
戸口からひと通りの状況を見て取ったシルバーは、室内へゆっくりと足を踏み込んだ。
右手で杖をつき、左足を引きずりながら、一歩一歩、少しずつ子供達に近づいてゆく。
そんな彼女の姿に、子供達は小さく悲鳴を漏らし、ますます身を寄せ合った。まるでそうすればこの場から消えてなくなれるとでも信じるかのように、必死に小さくなろうとし……それでも誰かを押しのけようとはけしてせず、互いの身体へと懸命に腕を回している。
「…………」
そんな彼らの三歩ほど手前で、シルバーは腕から杖を外し、その場に座り込んだ。
不自由な足を投げ出すようにして、床に直接腰を落としている。そうすると、視線の高さがだいぶ子供達と近づいた。
丸い耳と、白目の比率が多い、
人間種の特徴を見せつけるように髪をかきあげる。そうしてしばらく無言で待ち、痺れを切らした子供達がおそるおそる視線を向けてくるのを確認してから、彼女は口を開いた。
「手洗いは、大丈夫か」
「え……」
予想外のことを訊かれたというように、子供の一人が目をぱちくりとさせる。
一方で背後にいたうちの二人 ―― ニックとリリは、「あ」という表情になった。
「輸送車両に潜んでいたならば、最後の休憩はだいぶ前だったはずだ。ここに来てからも、数時間が過ぎているだろう。空腹や脱水もだが、我慢のしすぎは身体を壊……病気になるぞ」
彼女の言葉に、もっとも手前にいた一人が身体をもぞつかせた。耳を真っ赤にしているのは女の子だからだろうか。一人がそうすると、他の者も忘れていた生理現象を思い出したらしく、次々と落ち着かない表情で下腹を押さえたり、これまでとは違った意味で震えたりし始める。
「ここから一番近い手洗いか ―― シャワールームでも良いだろう。連れて行ってやるといい」
リリに向かってそう告げてから、シルバーは再び子供達へと向き直る。
「詳しい話は、それからにしよう。ちゃんと、行けるな?」
シルバーの問いかけに、子供達はためらいがちにだったが、やがて小さくうなずいたのだった。
§ § §
子供達が別室で用を足している間に、シルバーはニックに指示して卓上で使用する加熱調理器を用意させた。完全に冷たくなっているスープを温め直しつつ、改めて現状を確認する。
「あの子供らは、正規の手順を踏まず他都市からやって来た、密航者という認識で相違ないか」
「んー……コンテナに無断で隠れてたのは確かっぽいけど、どこから来たかってのは、まだちゃんと訊けてないんだ」
鍋をかき混ぜながら、ニックが歯切れ悪く答える。
「おれらみたいにさ、どっか途中で紛れ込んだのかもしれねーじゃん。そういうのとか含めて、メシでも食いながら、ゆっくり話そうと思ってたんだよ」
別の調理器で、こちらは乾いて固くなったパンに焼き目をつけていたリュウが、首を傾げる。
「そもそも、なぜそんな子供達が、このキメラ居住区までやってこられたんですか。普通なら、
駅でそのまま捕縛されるでしょう?」
もっともな疑問に、ニックは歯をむき出して笑った。
「そこはほら。おれとリリでこう、ひょいっと」
お玉でスープをすくってみせる。
やー、ちっちゃいから簡単だったよ、と。再びお玉を沈めて、ぐるぐる回す。
確かにニックのこの体格であれば、あの年頃の子供ぐらいまとめて数人抱えられるはずだ。リリもああ見えて、細身でも獣人種。2人はいけるだろう。
「……やっぱり、攫ったんじゃないですか」
「人聞き悪ぃこと言うなって。ちゃんと最初に、助けてほしいか? って訊いたぜ」
「意思確認は大切だな」
一人椅子に座り、持ち込んだキーボード付きの携帯端末を開いていたシルバーが、画面から目を離さぬままうなずく。
「だがそれなら、彼らは何故ああも怯えている。何か怖がらせるような真似をしたのか」
「うーん……おれもリリも、最初はフード被って顔とか隠してたからかな。ここまで連れてきて、コート脱いだ途端、『キメラだ!』とか『だまされた!』とか『殺さないで!』って、パニック起こされちまってさ……」
目的地へ着いたは良いものの、密航していたことが発覚してしまい、追われていたところへ突然に差し伸べられた救いの手。後がない極限状態にあった子供達は、とっさに縋りつくより他なかったのだろう。その相手が
人間種ではなく、
獣人種だなどとは気が付きもせず。
「顔を隠した状態で、たまたま不法侵入者に行きあったと? ずいぶん出来すぎた話だな」
「ああ、それは ―― 」
説明しようとしたところで、ちょうど扉がノックされた。続いて子供達を連れたリリが戻って来る。
出すものを出して多少は落ち着いたのか。子供達の様子は、先ほどよりもややましに見えた。少なくとも、恐怖のあまり何も目に入らないといった状態ではなくなっている。どうやらついでに顔や手も洗わせたようで、いくらかなりと身奇麗にもなっていた。
それでもまだおどおどとし、固く手を握り合っていた彼らだったが、その視線がテーブル上の料理へと向いた途端、釘付けとなる。
折しも温まったスープと、焼き直されたパンのかぐわしい香りが、空っぽだろう胃袋を直撃したのは
傍目からもはっきりと見て取れた。
どの子のものかは判らぬが、腹の虫が室内に鳴り響く。そしてそれは一回では収まらず、次々と連続した。
それを聞いたニックが、さも嬉しそうに破顔する。
「よっしゃ! まずはメシにすんぞっ」
「お代わりならいくらでも作らせるから、遠慮しなくて良いのよ。いっぱい食べなさい」
リリが慈母のごとく微笑み、子供達を優しく促す。
それでもまだ躊躇している彼らの前で、シルバーが音を立てて端末の蓋を閉じた。それにびくりと肩を揺らす子供達をよそに、端末を脇へ寄せ、ニックの方へと手のひらを上にした腕を伸ばす。
「私にもくれ」
「え? あ、うん。どーぞ、ねーちゃん」
持ち手付きのカップにスープを注いで、ニックはシルバーへと手渡した。
どうやら具材はほとんど摺りおろしてあるようで、濃厚な香りを放つ割に、目立った固形物は浮いていない。おそらくはろくなものを食べてこなかっただろう子供達の、弱った胃腸に配慮したのだろう。
それを、シルバーは両手で包むように持った。鍋肌に泡が浮かび始めたばかりのスープは、器が手のひらを焼くこともなく、むしろほど良い加減に温めてくれる。
ゆっくりと口をつけ、喉が飲み込む動きをした。満足げな、小さい息が漏らされる。
「……妙なものは、入っていない。お前達も、食べると良い。早くしないと、そこの」
器を下ろしたシルバーは、一度意味ありげに言葉を切り、顔をお玉を持ったままのニックの方へと向ける。
「大男に、すべて食べられてしまうぞ」
「あら大変。わたくしも、先にいただいておかないと」
「……そうですね、私のものも、お願いできますか?」
心得たようにリリと、一拍遅れてリュウが話を合わせる。
ひっでー、などと口唇を尖らせながら、ニックは二人の分もスープをよそった。そのまま次々と空いた器を満たしては、テーブルに並んだ椅子の前へと置いてゆく。リュウもまた、パンを載せた皿を手早く配膳し、それぞれの横に水の入ったグラスを添えた。
リリがそっと背を押すと、ついに彼らは陥落したようだった。ふらふらと、吸い寄せられるような足取りでテーブルへ近づき、椅子に座るより先にその両手が出る。
「ほら、落ち着いて。ちゃんと噛んで食べるのよ」
パンをわし掴みにし、かじりついた途端に咳き込んだ子供の口元を、リリがハンカチで拭いてやった。その手に水の入ったグラスを持たせると、次は夢中になってスープをすすっている幼児を、静かに抱き上げて椅子へと座らせる。
そんな世話をする手付きは、先ほどまでの困惑が嘘のように手慣れたものだ。
あっという間に空となった器には、ニックがすかさずお代わりを注ぐ。リュウもまた彼らの手元に目を配り、水分が抜けたパンに苦労している子供には、バターの欠片を乗せてやった。熱で溶けた黄色い油は、多少なりとも口当たりを柔らかくしてくれる。
と、シルバーが再度手を差し出した。どうやらパンを欲しがっているようだ。
普段はあまり食に興味を示さない彼女が、こんな時間に珍しい。そう思いながらもリュウが手渡すと、シルバーは一度乾燥し、さらに焼き直されて少々固くなったそれの一部を、無造作にむしり取った。細かい欠片がテーブルやズボンの膝に散るが、気にすることなく、ちぎった部分をスープへひたす。やがて水気を吸って柔らかくなったのを確認すると、口へと運んだ。
それを見た子供の一人が、ぱっと顔を輝かせ、同じようにして食べ始める。他の子供達へもそのやり方が伝播し、彼らは貪るように次々とパンとスープを腹に収めていった。
「……やっぱり、姉さまにはかなわないわねえ」
リリが肩をすくめて苦笑した。
緊張が解け、腹がくちれば、次に来るのは眠気である。うつらうつらと船を漕ぐ子供達の手から、かじりかけのパンや中身の残ったカップをそっと取り上げる。
「このまま、ここで寝かせたほうが良いだろう。目覚めた時に場所が変わっていると、また混乱しかねない」
「なるほど。じゃあ、布団とか用意させるわ」
ニックがテーブルに置かれている内線通話装置を操作し、応答した相手に命令を出す。子供達が寝ているから、くれぐれも静かにと付け加えるのも忘れない。
指示を見越して待機していたのか。男女が数名、すぐにやってきた。もちろん全員が
獣人種だ。彼らは眠りに落ちた
人間種の子供達を複雑な表情で見やりながら、それでも言われた通り極力音を立てず、私語も交わさぬまま寝具一式を床へ配置した。そうして空になった鍋や皿、卓上調理器などを回収して退出する。
大ぶりのマットレスには、詰めれば6人をまとめて横たえることができた。
リリが全員の上から柔らかい毛布をかけてやり、ニックが部屋の明かりを一段暗いものに落とす。
二人が子供達を見る横顔は、どこまでも優しく穏やかだった。彼らがこの
人間種の子らを、庇護すべき対象と見なしているのは訊かずとも判る。
そして、それは、
再びキーボード付きの端末を引き寄せ、画面を起こしたシルバーが、手早くいくつかのキーを操作する。
「昨日到着した隊商はふたつ。うち夕方のものは、ひとつ前の停泊地であるホーフェンゲインで、荷の積み下ろしを行っていた。その後に通ったであろう周辺は、起伏の少ない荒野が続く。規模の小さな町や開拓村はもちろん、旧世界の廃墟や山岳といった、無宿の者が拠点にできそうな場所も確認されていないようだ」
相変わらず、どこからどうやって入手しているのか。画面に表示されているのは複数の都市が含まれる、かなり広域の
地図だった。各都市といくつかの小さな集落、そしてそれぞれを繋ぐ
経路の他は、ほとんど情報が書き込まれておらず、空白になっている部分も多い。それでも今の時代ではかなり精密と言える、ごく一部の者達しか手にできず、また必要ともしないだろうそれだ。
そんな地図には、赤い線と文字で、問題の
隊商がどの道を通り、いつどこで休止したのかが細かく
描画されている。
「衣服も汚れてこそいるが、傷みは少ない。栄養状態といい、それなりの環境で生活していたことは間違いないだろう」
「ってこたあ、やっぱホーフェンゲインで潜り込んだ浮浪児ってとこか」
「世間的には商業都市としての豊かさが評判だけれど、裏では治安が良くないって聞くものね。たぶん、
この都市よりもずっと、親のいない子供は多いんじゃないかしら」
ニックとリリがうなずきあう。
ちなみにシルバーを含めた彼ら三人の共通認識では、都市部で路上生活をする孤児達は、『それなりの環境にある』という分類になっている。
盗むことが可能な金銭や物資が手の届く場所に存在し、たとえ捕らえられたところで生命には関わらぬ程度の暴力だけで放り出されるか、施設という名の衣食が保証された場へと収容される。そんな状況をして『恵まれている』と口を揃える程度には、かつて無法地帯や資源の乏しい田舎町に開拓村、果ては水すらもろくに見つからぬ荒野などを転々とした経験を持つ彼らの基準は、一種
歪なものとなっていた。
「それに関しては、ここで話していても憶測の域を出ない。あとで本人達に確認を取るほうが早いはずだ。それよりも……」
一度言葉を切り、シルバーがニックの方を見やる。
「どう言う
経緯で、あの子らを拾った。偶然ではないのだろう」
先ほど中断された疑問を、再度口にする。
ニックも、ああ……と改めて頭をかく。先端の欠けた左耳が、その指に触れて小さく跳ねた。
「駅をさ、見張ってたんだよ。いつもじゃねえけど、身体が空いた時にはさ。だってこう、どうにもほっとけねえような奴が、たまに来るじゃん?」
その隣で、リリもうなずく。
「いきなり市民権だけ取得させられて、右も左も判らない状態で放り出された
獣人種が、ああいう隊商といっしょにやってくることがあるの。自由になれたって前向きな希望を持ってたり、ある程度の金銭を持たされてるとかならまだしも……中にはもう、路頭に迷うのが目に見えてるような、ひどい状態の者もいるわ」
目に全く光のないやせ細った男や、傷だらけの少年少女。あるいは大きくなった腹を抱えた妊婦や、歩くのがやっとと言った老人などなど……たとえ市民権を持っていたとしても、都市へ入ったその瞬間から、どう行動すれば良いのかも判断できずに立ち尽くすであろう、そんな者達。
獣人種にも人権を認めようという風潮が見られる昨今。法改正により彼らに市民権を取得させる都市も、少ないながら生まれ始めている。しかし市民権を与え、最低水準であれ同じ都市の住民として認める以上、労働させるには対価が必要となってくる。ならば労働力としての価値が低い、
疵物や女子供といった者はどうなるのか。法で定められた以上、市民権は与える必要がある。しかしその後、同じ賃金を支払うのであれば、より役に立つ方を選ぶのが合理的考えと言えるのだろう。
しかし邪魔になった存在を、ただ放り出す訳にもいかない。そのまま野垂れ死ぬならまだ良いが、犯罪にでも走られた際の責任は、保証人である元飼い主にかかってくるのだから。
故に元飼い主は、不要となった獣人種を、そのまま他都市へと送り出す場合がままある。道中の労働を対価として、適当な隊商に押し付けるのだ。過酷な旅の途中で死ぬなり、治安などあってないような開拓村にでも居着いて、安価な労働力として使い潰されるならば御の字。仮に別の都市まで辿り着いたとしても、多少の問題 ―― ちょっとした窃盗や獣人種同士での傷害致死など ―― 程度では、わざわざ都市を跨いでの責任追及にまで発展することは少ないからだ。
これぞ文字通りの厄介払いだろう。
「だからね、あんまり目に余る状態の者がいたら、できるだけ保護するようにしてるの」
「そりゃ、全員の面倒見るのは無理だって、おれらも判ってるよ。でも、見つけちまったやつぐらいは、さ。傷が治って稼げるようになるまで、治療代立て替えたり。向いてそうな仕事の斡旋とか、子供欲しがってる奴に引き合わせたりとか、その程度でもだいぶ違うだろ?」
保護を必要とする全ての者を、見つけ出せているとは思っていない。それだけの人数を、守り切る力も持ってなどいない。
それに保護した全員を、家族として ―― 【Famille】の構成員として引き取っている訳でもなかった。
むしろほとんどの者は、
堅気としてそれなりにやっていけそうだと判断した時点で、こちらから接触を断っているぐらいだ。それは厄介事を際限なく引き受ける危険性を減らすためであり、同時に裏社会との繋がりなど、平穏な生活を望む一市民にとっては、害にしかならないからでもある。
それでも、
「おれらももう、いい大人だしさ。昔ねーちゃんに守ってもらったみたいに、今度はおれらが守る側になんなきゃなって」
ニックの笑みは、いつになく苦いものだった。
それはけして、己の行動を誇るものではなく。
救いきれない多くの存在を取りこぼしながら、それでもせめて目に映る範囲だけはと、手を伸ばしてみる。そんな一種、自己満足めいた行為なのだと自覚したその上で。やらない善行よりも、やる偽善によって救われるものが、この世には確かに存在している。そう、彼らはその身をもって知っているのだからと。
「……姉さま以外にも、良くしてくれた大人は、少しだけれどいたもの。純粋な親切ばかりじゃない、打算や見栄に裏打ちされたものが、ほとんどだったけれど……それでも恩に、変わりはないから」
リリが、眼鏡のブリッジを指で押さえ、わずかにうつむく。
受けた恩を、直接その相手に返すのではなく、別の相手へと送る。それはすでに返すべき相手を失ってしまった彼らにできる、精一杯の形だったのかもしれない。
「特に今回は、あの子達の姿が、とても他人事とは思えなくって……」
手をおろしたリリは、痛ましげな眼差しで固まって眠る子供達を見やる。
ニックもまた、同じような表情をしていた。
かつて暮らしていた無法地帯に、たまたま迷い込んできたまっとうな
隊商。人買いや闇組織が運営する非合法なそれとは異なる、見つかっても殺されたり売り物とされる危険性が低いそこへと、当時まだ10歳前後の子供ばかりだった彼ら【ファミーユ】は、密かに潜り込んだ。そうしてあのどことも知れぬ旧世界の廃墟から抜け出し、かろうじて法が機能している小さな町までたどり着くことができたのだ。
血の繋がりこそなかったものの、互いを【
家族】と呼ぶ、かけがえのない仲間達。小さな身体を寄せ合い、かすかな希望にすがってコンテナに身を潜めていた当時を思い返すと、どうしても目の前の子供達の姿と重なってしまう。
そこに子供達が
人間種であるという要素は、なんの影響ももたらさなかった。
当時の【ファミーユ】には、獣人種もいれば人間種もいた。それは何も、彼らのグループだけが特殊だった訳ではない。
単にあの無法地帯においては、人種の違いなど、何の意味も持っていなかっただけなのだ。
確かに獣人種の方が、身体能力に関しては優れていただろう。しかしそれも、ある程度まで成長しなければ、誤差範疇にすぎなかった。それこそ五歳の
人間種と三歳の
獣人種に、果たしてどれほどの違いがあるというのか。
しかも繁殖能力においては、圧倒的に人間種の方が優れている。
獣人種は元々が人工的に作られた生命であるためか、近縁種同士でもめったに子ができないほど出生率が低い。一方で人間種は ―― 倫理的にはともかくとして ―― 人間同士でさえあれば、十歳を過ぎる頃には子を成すことが可能となる。それも一度の行為で受胎することも、けして珍しくはない。
結果として、頑健ではあるが生まれる数が少ない獣人種と、ひ弱ではあるが生まれる数がはるかに多い人間種。あの無法地帯における両者の力関係は、それなりにバランスがとれていたのだ。
獣人種と人間種。どちらも変わらず年長者に暴力を振るわれ、弱い者、運が悪い者から死ぬか、売られるかして消えてゆく。大人になるまで生き延びられるのは、ごくわずかな一握りだけ。
そういった意味で、あそこでの両者は完全に『平等』だったと言えた。
そんな場所で幼少期を過ごしたニックとリリは、この弱者の保護に関しても、最初から人種の区別など条件づけてはいなかった。たまたま、これまで見つけた相手がみな獣人種だっただけのこと。だから今回も、迷いの欠片すらなく、この
人間種の子らを拾ってきたのだが。
「おれらって、そんなに怖いかなあ? こいつら、おれらの顔見た途端、怯えて全然話にならなくなっちまってさ」
ニックが肩を落として小さくなれば、その横でリリもため息を落とす。
「それにうちの子達もね……孤児を連れてきたのは別に初めてでもないのに、
人間種だって知った途端、みんな世話を嫌がって……しかもそれがこの子達にも伝わったのか、余計頑なにさせてしまう始末で」
悪循環って、こういう状態を指すのかと思ったわ。
と、こめかみを押さえて
頭を振っている。
「なるほど……おおよその状況は把握した」
シルバーが、指先で口唇をなぞりながら黙考に入った。
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