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 ぬえの集う街でVIII  ―― The past cannot be changed.
 プロローグ
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
 
神崎 真


 昼なお薄暗い、廃ビルの中。
 コンクリートが打ちっぱなしになった粗末な床には、様々なゴミや瓦礫などが散乱している。壁や天井には猥雑な落書きが描かれているし、窓のガラスはすべて割れてしまっている。そんな、どう見ても居住には適さない廃墟に、しかし多くの気配が存在していた。
 邪魔なものを適当に押しやり、できた空間へと薄汚れた毛布や中身のはみ出したマットレスを置いて、思い思いの場所へと座り込んでいる者達。
 十代後半から、中にはまだ五六歳程度だろう年頃まで、若い ―― というよりほぼ子供ばかりの集団だ。髪や肌、目など様々な色合いをしているようだが、やはり汚れたそれらは人工の灯りひとつないこともあって、本来の色などほとんど判別できぬほどにくすんでしまっている。

「バッカでーー!!」

 唐突に上がった声を皮切りに、一同がどっと声を上げた。
 ゲラゲラと、お世辞にも上品とは言えない笑いとともに、十歳になるかどうかという幼い少女が乱暴に小突き回される。

「そんなユメみたいなこと、できるわけねーじゃん」
「これだからお子ちゃまはよぅ」
「オレたちはこのクソみてえな場所で、一生クソみてえにやってくしかねえんだよ」
「もっと現実ってのを見なきゃねえ?」

 残飯のようなものを手づかみで食べながら、比較的年かさの少年少女らが口々に嘲笑する。
 しかし小突かれた少女は、片方の手で頭部をかばいつつも、上目遣いに彼らをにらみつけた。薄暗い中でも茶系だとは判別できる虹彩の中、縦に長いその瞳孔が、感情の色を映してかきゅうっと細くなる。

「なによ! そんなのわかんないじゃないっ」

 鋭い眼差しで叫ぶその顔やむき出しになった手足には、無数の生傷が刻まれていた。この貧民街スラムを徘徊する、ろくでもない大人どもの暴力によるものであり、また時にこうして年長者達の気晴らしにされるからでもある。
 そんな少女の腰には、やはり傷だらけの、さらに幼い子供がしがみついていた。彼女のもう一方の手は、その背中へと回されている。

「いつかぜったい、もっとつよくなって、えらくなって、こんなところ出ていってやるんだから! そのとき、なめられたりしないように、ちゃんとカッコよくするんだから!」

 そうして腰にしがみつく少年を、少女は精一杯の力で抱きしめる。

「ぜったい、ぜったい……っ!」

 甲高い子供の声がコンクリートの壁へと反響し、そして少年達の笑い声にかき消されていった ――


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