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 ぬえの集う街でVI  ―― Nightmare.
 プロローグ
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
 
神崎 真


 全身が燃えるような熱さに苛まれる中で、左足だけが、まるで凍りついたかのように冷たく、そして重く感じられた。
 もはや慣れたその感覚が本当に冷気なのか、それとも過ぎた痛みなのかすら、とうに判断などつかなくなっている。
 夢ともうつつともなく聞こえてくるのは、かつて漏れ聞いた、遺伝子上の両親と呼ばれる存在と、白衣の男達の会話で。

 ―― 本体オリジナルが見つかって、本当に良かった。
 ―― あの予備スペアはもう不要ですね。
 ―― しかし、ずいぶんと見栄えが悪くなっていませんか。精神状態も不安定なようですし、いっそこのまま入れ替えてしまっても良いのでは。
 ―― 馬鹿なことを。予備スペアはしょせん予備スペアだ。
 ―― そうね。今さら教育し直したところで、本体オリジナルには到底及ばないわ。
 ―― そもそもこういう時のための予備スペアだろう。早急に移植手術の手配を。
 ―― かしこまりました。
 ―― ではまず、一番損傷の激しい部位から……

 彼らがどのような表情を浮かべていたのかは、影のようになっていて、どうしても思い出すことができない。
 ただ淡々と事務的に交わされる、情を感じさせないやり取りが、総毛立つほどに恐ろしく。なんとか遮ろうとしてみても、言葉のひとつも発することができない。

 ―― お前さえ、いなければ……ッ!!

 声の主が変わる。
 振り絞るかのように発せられるその糾弾は、熱に浮かされた脳内で幾重にも反響した。
 そちらの声には、いつも射抜くが如き鋭い視線が伴っている。
 解けかけた包帯の間から覗くそのまなこは、激しい憎悪と憤怒にぎらついていて。

 口を開いた自身は、果たしてあの時、なにを言おうとしたのだろう。

 しかしあの時も、そして今も、
 半開きになった口唇から漏れるのは、笛のように耳障りな音を立てる呼気ばかりだ。
 生理的な涙に歪んだ視界には、自室の天井と重なって、『彼女』の姿が浮かぶ。

 鏡の中に見る己とよく似た、黒い髪と黒い瞳を持つ少女。

 こんなにも呼吸ができないのは、あの時のように、首を絞められているからだろうか。
 喉元をかきむしってみても、息苦しさは少しも減じず。

 ―― お前なんかに……は、渡さない……!!

 脳裏に繰り返しこだまするその叫びこそが、呪詛と呼ばれるものかもしれない。

 虚空へと伸ばした指の先に幻視するのは、最後に見た『彼女』の笑顔だ。

 どれほど伸ばしても、伸ばしても、今さらこの手が届くことなどありはしない。
 それぐらい、判りきっていたけれど。
 どんな謝罪も、制止も、希求も、遅すぎると判ってはいたけれど。

 それでも、あの時あの場所へ戻ることが、できたなら ――

「……な、い……か……ら……」

 かろうじて絞り出した、その瞬間。
 包帯の間から覗く目が、一際嘲るよう弧を描いたのを見た気がした。

 ―― お前も死ねば良いんだ。

 息苦しさが、急速に増す。
 ひぅ、と。
 狭まった気道から音が漏れた。

 暗くなってゆく視界には、広がる血溜まりの中へと倒れ伏す、壊れた人形のような『彼女』だけが残る。

 それは、現実にこの目で見た訳でもないのに、強く記憶に焼き付けられた、けして消えることない光景で ――


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