<<Back  Next>>


 殺人鬼 収録:殺人鬼

以前に読んだことがあったのですが、事件もトリックも犯人も忘れているのに、オチだけ覚えていたちょっと悲しいお話。

語り手は探偵小説家八代竜介。
ある晩、会合で帰りが遅くなった八代竜介は、駅で美しい女性から同道を頼まれる。6人もの女性を殺した連続殺人鬼が未だ捕まっていない昨今、夜道の一人歩きは不安だということで、その女性を自宅まで送り届けた八代竜介だったが、彼らはその犯人像に良く似た風体を持つ、黒眼鏡に義足の男に後をつけられていたようだった。
女性、賀川加奈子の話によれば、その男は彼女の夫、亀井淳吉であり、出征前に一晩限り共に過ごしただけの相手だという。ただ一晩の夫よりも、現実そばにいてくれた現在の夫を選んだ彼女は、復員した亀井を退けたのだが、亀井は諦めることなく彼女につきまとい続けているらしい。
そんなある日、加奈子の現在の夫が自宅で殺されているのが発見された。加奈子もまた首を絞められた状態で失神しており、犯人は義足の男 ―― 亀井淳吉だと証言した。
しかし後日、粗末なお釜帽によれよれの袷(あわせ)、折り目のたるんだ袴を着た男が、近在のゴミためから義足の男がついていたステッキと、偽の義足を掘り出した。金田一耕助と名乗るその男の発見により、義足の男は亀井ではなかったという疑いが出てきて ――

横溝正史もので語り手がいつもの人間ではない場合は要注意。
……なんですが、この話の場合、本筋にはあんまり関係なかったですね。金田一さんも、あれは虚栄心と自尊心からくるブラッフではなかったかと言ってますし。
ああでも、そういう行動をとるという心理状態そのものが、あの結末を導いたわけで……うーん(悩)
まあついその部分が一番印象に残って、実際の犯人とか動機とかはすぐに忘れてしまっちゃってるあたり、おもしろい趣向ではあります。




 黒蘭姫 収録:殺人鬼

なんと金田一さん、京橋裏の三角ビルに「金田一耕助探偵事務所」を構えております。これがあれでしょうか? 割烹旅館松月に転がり込む以前、三ヶ月だけ構えていたという探偵事務所。
いわく「部屋全体が三角になっていて、おまけに天井も外に向かってしだいに低くなっているから、まるで表現派のお芝居の舞台装置みたいであった。椅子やデスクが三角でないのが不思議なくらいであった。椅子やデスク、 ―― さよう、この部屋にあるのは、二脚の椅子とデスクがひとつ、ほかに書棚がひとつあるきりである。もっとも、これ以上道具をおけば部屋の外へはみ出すおそれがある」というから、そうとうみすぼらしい事務所だった模様(苦笑)

事件はエビス屋百貨店の宝石売場で起こった。
この百貨店には以前からしばしば、黒いベールで顔を隠した黒蘭姫と呼ばれる婦人が現れていた。万引き常習犯の彼女だが、なぜか店では彼女をとがめてはならぬことになっており、ただ万引きされた品物を支配人に届け出ておけば、後日支配人がどこからか代金を受け取ってくることになっているのだという。
だがそのシステムを知らなかった新任の主任は、黒いベールの婦人が宝石を持ち去ろうとしたのを引き留めようとし、その場で刺し殺されてしまった。
殺人事件ともなれば、なかったことですませる訳にはいかない。警察は黒蘭姫の身元を支配人に問いただすが、しかし支配人は黒蘭姫と殺人を犯したベールの女は別人だと主張した。
昨今、黒蘭姫が持ち帰り保管している品物と、売場からベールの女に万引きされた品物との間に食い違いが生じている。どうも黒蘭姫を装った、別の万引き犯が現れているように思われるのだ、と。
しかしその偽物の存在について相談されていた唯一の人物、宮武謹二という男は、同日同じ百貨店内にある喫茶店で殺されていたのである。

犯人には同情するべくもないですが、罪を着せられていた黒蘭姫にも同情できないです、私は。いくら反省しているからって、彼女になんの制裁もないのはずるいなあと。お金持ちで、美人で、無実を信じてくれる婚約者もいて、万引き癖を家族ぐるみ婚約者ぐるみでかばってくれてるんだから、そりゃ妬まれても仕方ないと思いませんか?




 香水心中 収録:殺人鬼

等々力警部と、今度は最初からいっしょに出かけております。いっそ何回いっしょに旅行に行っているか、拾い出して集計してみましょうか(笑)

軽井沢に住む化粧品会社「トキワ商会」の女社長、常磐松代より出張の要請を受けた金田一耕助は、この猛暑の折、費用は自分が出すからいっしょに避暑といかないかと等々力警部に誘いをかけ、二人で出かけることにした。当初は電車で向かう予定だったが、土砂崩れのために線路が不通となり、迎えの自動車で軽井沢へ向かうことに。
しかし軽井沢に着いた彼らに対し、常磐松代は依頼したかった件は思い違いであったから、このまま手を引いてほしいと告げる。
いささか面白くない気分でホテルに滞在した二人だったが、依頼取り下げから半日としない内に、再び常磐松代から力をお借りしたいとの連絡が入る。
常磐松代の長男松樹が心中死体で発見されたという。とあるバンガローで女を絞め殺し、自らも首をつったとおぼしき松樹の身体には、なぜか大量の香水がふりかけられていた。

黒蘭姫とは逆に犯人に同情してしまうお話です。
松樹が馬鹿な真似やら早とちりを繰り返さなければ、何もかもが違っていただろうに、と。
そして金田一さんのヒューマニズムがよく現れています。金田一作品では犯人が自殺することが多いですが、それはなにも金田一さんの手抜かりがあるからばかりではないのだと、犯人からの手記によって語られています。
このあたりが、金田一ものの味わいなんだろうなあと思います。

しかし毎度のことではありますが、旅先での金田一さんと等々力さん、本当に無邪気というかなんというか(苦笑)
依頼を取り下げられて、もしや警官である自分がついてきたためにそんなことになったのではと、申し訳なく思う等々力さんとそれを否定する金田一さんの会話ときたら、
「 ―― だから、警部さん、そんなにくよくよするこたあありませんや」
「ところがねえ、金田一先生、こっちはそれだからこそ心配してるんでさあ」
「え?」
「だって、わたしゃあんたのふところだけが頼りなんですからな」
「こ、こん畜生!」
「わっはっは」

これ原文そのまんまですよ。
こん畜生って、あんたらいったい幾つなんですかと思いませんか(笑)




 百日紅の下で 収録:殺人鬼

金田一耕助さんが復員してきて最初に解いた事件。まだ復員服着て雑嚢背負っていたり。和服以外を着ているのは非常に珍しいです。

終戦一年後のまだまだ復興には遠い東京都下。あたり一面焼け野原となった市ヶ谷の廃墟で、一人の男が追憶にふけっていた。焼けただれ、それでも美しく花を咲かせる百日紅の木の下で。
思い出に一人涙を流す男に、声をかけてきたのは復員してきたばかりと思しき貧相な男。彼は男の友人である川地謙三の訃報と、ことづけをたずさえてきていた。
川地謙三という青年は、兵隊にとられる前に殺人事件の嫌疑をかけられていた。殺されたのは男との共通の友人である五味謹之助。彼ら三人を含めた複数名での酒盛り中、五味謹之助に対し確実に毒を盛ることができたのは、川地青年しか存在しなかったという。
証拠不十分で結局五味謹之助の自殺だと判断された事件だったが、しかし男は川地青年の犯行だと譲らずにいた。
なぜなら男は川地青年を憎んでいたからである。その事件の一年前に自殺した、妻の仇として ――

アームチェアーディティクティブというのでしょうか?
戦場で川地青年に聞いた話と、この場で男に聞いた情報だけを手がかりに、すらすらと謎を解いてゆく金田一さんがかっこいいです。
ずっと「復員者ふうの男」で通されていて、一番最後に名を問われ一言名乗っていくのがまたかっこよいのです。
一人の男の心を救うためだけに謎を解く、実に金田一さんらしいお話ではないでしょうか。












<<Back  Next>>


金田一耕助覚書

その他書架へ戻る