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 華やかな野獣 収録:華やかな野獣

本牧の吉田御殿との異名をとる、豪奢な洋館の女あるじ高杉奈々子は、その噂通りの奔放な女性だった。機略にとみ、胆力もすわり、そしてすばらしい美貌にも恵まれている彼女がベッドの相手として選ぶ男達は、みなそれぞれの方面で活躍する敏腕家ばかりである。すなわち彼女は淫蕩であると同時に、それらの男達を利用することで、父から譲られた財産を効果的に運用する、それだけの才覚をも持っていたのだった。
そんな彼女は月に一度、自宅で会員制のパーティーを開く習慣があった。それはずいぶん享楽的な催しで、招かれた男女はマスクで顔を隠し、互いに好きな相手を選んでは別室でベッドを共にするのである。
その日も洋館 ―― 臨海荘では恒例のパーティーが開かれていた。マスクをかけていても、常連同士であれば、互いが何者かであるのか察することができる。様々な相手から誘いがかけられる中、主人である奈々子は誰も見覚えのない、白いセーターを着た男と共に別室へと向かった。そして数時間後、いつまでもホールに戻ってこない彼女をいぶかしんだ人々が様子を見に行ったとき、彼女はベッドの上で無惨にも殺されていたのである。
彼女はなぜかスカートも靴もきちんとはいているにもかかわらず、上半身が裸で、しかも細い紐で絞殺された上にナイフで心臓をえぐられていた。
そして室内のどこからも彼女が着ていたセーターは発見されず、また彼女と交渉を持ったはずの白いセーターの男も、忽然と姿を消していた。

「雌蛭」に引き続き(というのは、あくまで私が読んだ順番に過ぎませんが)、金田一さんが変装しております。しかも今回はボーイです(笑)
パーティーに出席するボーイと言ったら、制服姿も颯爽として、さぞやストイックでかっこいいものと思わず妄想をたくましくしてしまうのがファンとしての正しい姿でしょう(おいおい)が、そこは金田一さん、そうはいきません。
「ボーイとしてはあまり身だしなみのよろしくない男で縁のない金文字入りの赤い制帽の下から、くし目のないもじゃもじゃとした髪の毛がはみだしている。制帽には横に臨海荘と入っており、制服はズボンが青で、上は真っ赤な詰襟に、金ボタンが五つついているが、そのボタンのひとつがはずれているのがだらしがない」
あまりの似合ってなさに、想像するだけで笑えてしまいます。せめて髪ぐらいとかせばいいものを、それをしないところが金田一さんの金田一さんたるゆえんというか。いやもう、この話はこのエピソードだけでおなかいっぱいです。しかもこの話、現場から出ないままに解決がついてしまうので、話が終わるまでずっとこの格好のままなんですよね……さぞ場違いだったことでしょう(笑)

被害者の設定が設定だけに、全編通じて色っぽい展開です。わりと下卑たところもあるだけに、純真な中高生あたりが読まれたら、眉をひそめてしまうかもしれません(純真でない腐女子な面々にはなんてことないでしょうけれど/苦笑)




 暗闇の中の猫 収録:華やかな野獣

案外金田一さん、変装や潜入を頻繁にこなしているのかも……

終戦後、金田一耕助が東京に腰を落ち着けて間もない、昭和二十二年春のこと、東銀座のキャバレー・ランターンに不思議な客が現れた。
その男はどこかうつろな目で店内を見わたしつつふらふらと歩いていたが、店内の灯りが突然消え、訪れた暗闇の中でこう叫んだ。「暗闇の中に何かいる。猫だ! 猫がこっちをねらっている」、と。
次の瞬間ピストルが鳴り、男は心臓を打ち抜かれて絶命した。
彼はその前年、ランターンの近くにある銀行へと押し入り、七十万円という大金を強奪して逃げた犯人の一人であった。二人組だった犯人達は警官の追跡を受けて、当時改装工事中だったランターンの内部へと逃げ込んでいた。そこで何事が起きたのかは明らかでなかったが、警官達が後を追って踏み込んだとき、犯人の一人はピストルで撃たれて死亡しており、もう一人も瀕死の重傷を負って倒れていた。警察は当初、彼らが仲間割れを起こし互いに撃ちあって相打ちになったのだと考えていたが、しかしなぜか現場には盗まれたはずの現金が残っておらず、その場にはもう一人何者かが存在していたのではないかと予測された。
生き残った犯人はどうにか無事に快癒したものの、以前の記憶を完全に失ってしまっていた。そこで警察側は、現場に彼を連れてゆくことで、失われた記憶を取り戻させようとしていたのだが ―― 唯一の手がかりとなるその男は、謎の言葉を残して殺されてしまった。
暗闇の中の猫とはいったいなんなのか。殺人者はいったいどうやって、闇の中で狙った相手の心臓を撃ち抜くことができたのか。
頭を悩ませる等々力警部に助言したのは、ランターンの入り口脇に店を出している、大道易者の天運堂だった。

闇夜の猫=目が光る=義眼というネタは、横溝ものでは定番かと。
ちょっと話はそれますが、私はずっと義眼というのを丸い物だと信じていました。しかし「湖泥」などで貝殻のような形をしていると形容されていて、どうにも想像ができずにいたのですよね。この話を読んだ直後、ふと思い立ってネットで検索したら、実物の写真を見ることができました。なるほど貝殻の形かとおおいに納得です。

この話は金田一さんが戦後東京に住み始めてから、最初に手がけた事件だそうです。しかも等々力警部と初邂逅した事件でもあるというのだから、ファンとしては見逃せない ―― と、本文でもしっかりそう書かれているあたり、横溝先生も判っていらっしゃったようで(笑)
今回の金田一さんは、大道易者に化けております。しかも眼鏡はかけるわ、つけ髭するわで相当に念のいった変装ぶり。しゃべり方まで変えているものですから、正体が判ってから読み返すと、なんだかおかしくてなりません。
それにしてもこの当時、金田一さんはほとんど名前を知られていなかったはずです。にもかかわらず、あっという間に警察関係者 ―― というか等々力警部の心をつかんでしまうのが、さすがは金田一耕助かと(笑)




 睡れる花嫁 収録:華やかな野獣

ご飯食べながら読んでしまい、ちょっと後悔しました(−_−;)

山内巡査の受持区域には、世にも陰惨な歴史を持つアトリエがあった。
数年前、そのアトリエに住んでいた樋口邦彦という男が若い細君をもらったのだが、胸を患っているその女は、いつしか近所の人間にまったく姿を見せなくなっていた。その様子をいぶかしんだご用聞きの少年がこっそり忍び込んでみたところ、寝室には腐乱し相好の区別もつかなくなった細君の死骸が横たわっていたのだという。
病死した細君を愛するあまり、死後も手放すことなく手元に置き、なおかつ愛撫を行っていた樋口は、起訴され刑務所へと収容された。そして現場であるアトリエは、無人のままに放置されていたのである。
そんな歴史を思い浮かべつつ夜間パトロールを行っていた山内巡査は、アトリエの内部から不審な男が出てくるのに行き会った。顔を隠し空き家から出てくる男に不審尋問を行った山内巡査に、男は樋口邦彦だと名乗る。彼は一ヶ月ほど前に刑務所から出所したということだった。
そして詳しい話を聞こうと同行を要請する山内巡査に、男は隠し持ったナイフでその腹をえぐりそのまま逃走した。病院で息をひきとる前にそれらの事情を語った山内巡査の証言を受けて、警察がアトリエへと足を踏み込んだところ、そこで彼らは金屏風の前に横たわった花嫁御寮を発見する。高島田に結い、紅白粉も濃厚に化粧したその女は、すでに死後相当がたった、腐敗し始めた死体だった。

話の始まりは「生ける死仮面」と良く似通っています。巡査の名前も山内と山下ですし(笑)
ですが話の展開はまるで違っていて、とりあえず最初に死骸をどうこうしていた樋口邦彦という男は、まあ同情できなくもない……こともないというか、ええとその、いちおう悪人ではなかった、のかな……? ←ストレートに同情するには、ちょっと気持ちが悪すぎ
顔のない死体も出てきますが、これはさすがにちょっとわざとらしいかと。
ところでこの時代、チャイナドレスで銀行に行くのって普通だったんでしょうか? いくら水商売だからって朝っぱらからチャイナドレスって……




 毒の矢 収録:毒の矢

横溝ものの傾向として、犯人はこいつかな? と根拠無しに予測していたら、見事に当てがはずされてちょっと反省(−_−;)

緑ヶ丘町二○五番地に住む三芳欣造あてに、黄金の矢と名乗る人物から活字を貼り合わせた手紙が届けられた。妻の不倫、しかも同性愛関係を密告するその手紙は、しかし実際には三○七番地の三芳新造あてに書かれたものであった。以前からしばしば手紙の誤配があったのだが、欣造あてにも以前同じような密告状が届いたことがあったため、開封してから初めて新造あてのものだと気がついたのだという。
以前欣造宅に届いた密告状は、愚にもつかぬ内容であったのだが、金銭を要求するものだったので、一応警察には届けてあった。だが警察側の指導により、金銭を要求された場所へ隠しておいても、犯人はいっこうに取りにくる様子を見せずにいた。同様の密告状は他にも何件か報告されており、犯人は金銭を目当てとするのではなく、単に他人の秘密を暴露しては楽しむ愉快犯ではないかと目されていた。
新造の奥方の不倫相手は、彼らの隣に住む的場奈津子夫人だと名指しされていた。その的場夫人の娘星子は欣造の娘和子の友人であり、星子の主治医沢村に対し、和子はほのかな好意を寄せているようだった。また欣造の妻である恭子の前夫、佐伯達人は、星子の家庭教師三津木節子を好いているらしい。それだけに的場夫人にかかわるこの密告状は、欣造達にとっても見過ごしにできないものであった。そこで金田一耕助に相談を持ちかけた欣造達だったが、間もなくそれまで単なる家庭の破壊者に過ぎなかった黄金の矢事件が、血生臭いものに発展していった。
的場夫人宅で行われたパーティーの最中、的場夫人自身が自室で殺害されたのである。麻酔薬をかがされ首を絞められた上に、さらに矢で突き殺されるという念の入った殺され方も異様だったが、さらに一同の目を引いたのは、裸にされた夫人の背中だった。彼女の背には一面にトランプ散らしの刺青が施されており、矢はそのうちの一枚、ハートのクイーンを貫いていたのである。

活字貼り混ぜ手紙の矛盾について指摘する金田一さんがすごいです。
この当時だって新聞はけっこうな数があったでしょうし、しかもそれが何日も前のものなのに、内容と日付をきちんと覚えてる金田一さんに脱帽です。
……「刺青美人」という謳い文句につられて映画見てる様子を思い浮かべると、なんかちょっと微笑ましいですけど(笑)

この話では「スペードの女王」でもいろいろ協力願っていた、緑ヶ丘署の島田警部補と初顔合わせしています。「ふかし饅頭のようにかわいくふとった」とか「小羊のような感じのするやさしいまなざし」とか書かれているのを見ると、上川金田一での等々力警部を思い出しました。  ……ってか、「獄門島」で等々力さん出しちゃ駄目ですよねえ<上川金田一




 黒い翼 収録:毒の矢

不幸の手紙の発生源って、果たして本当に特定可能なんでしょうか。

その当時、世間では黒い翼と呼ばれる不幸の手紙が流行していた。墨で真っ黒に塗り潰した上に、鉛筆で書かれたその葉書は、同様の文面の葉書を七名に出さなければ、あなたの秘密が暴露され、流血の惨事が持ち上がるだろうと告げるものだった。
こういった場合にもっとも被害が大きいのは、世間に名の知れわたった有名人で、緑ヶ丘に住まいする女優、原緋紗子の元にも、日々大量に黒い翼が舞い込んでいた。
緋紗子はこの一年ほどで急激に売り出した女優だった。そのきっかけとなったのは謎の自殺を遂げた女優、藤田蓉子の役を受け継いだことであり、それが彼女の当たり役となったのである。いまの緋紗子は、かつて蓉子が住んでいた緑ヶ丘の屋敷を買い取り、彼女の妹をひきとって共に暮らしていた。
蓉子の自殺には多くの謎が残っていた。自宅でのパーティーの途中、カクテルを飲んだ途端に苦しみだした彼女は、別室で医者の治療を受けたが、その甲斐なく、臨終の床に緋紗子とその恋人である梶原修二を呼んだのち死亡した。彼女の遺言は、緋紗子に自分がやりかけていた役を受け継いで欲しいという内容だったが、それを証言するのは緋紗子と梶原修二、そして医者の三人ばかり。後日、蓉子を死亡に至らしめた毒物を入手したのは、他でもない蓉子自身だったと判明し、事件は自殺だったと結論づけられたが、関係者一同の間ではなにかしら釈然としないものが残っていた。
そして一年の後、蓉子の一周忌の場で再び事件が起きた。
蓉子の死に対して秘密など持っていないことを明らかにするためにもと、一同はこれまで緋紗子や、その他仲間内に届いた黒い翼を焼き捨てるという催しを行った。TV報道も行われたそれは盛況のうちに終わり、一同は夜になって仲間内だけの慰労会を行っていた。
そこで再び毒に倒れたのは、かつての蓉子のマネージャー土屋順造と、彼女の臨終に立ち会っていた主治医の小泉医師だったのである。

金田一さんのご近所二連発。時系列的にも、ほぼ連続して起きた事件らしく、話の中で「毒の矢」事件について触れられています。
ただ気になるのが話の中で「このうち、金田一耕助をのぞいては、みんな緑ヶ丘の住人なのである」っていう一文があるのですよね。……ということはもしかすると、緑ヶ丘に引っ越してくる前ということなのでしょうか? そういえば「毒の矢」でも、緑ヶ丘のフラットについては全く触れられていないような。

毒のグラスに髪の毛が浮いていて、気持ち悪いからすり替えたというパターンは、もはや例を挙げきれないぐらいにお約束。しかし怪しい相手を脅迫するために不幸の手紙を出すというのは、さすがに意表をつかれました。ものすごい遠大な計画ですよね……




 迷路の花嫁 収録:迷路の花嫁

またしても、細かい内容すっとばして犯人だけ覚えてました(しくしくしく)

ある晩夜道を歩いていた松原浩三は、怪しい素振りで駆けてゆく女に行き会い、彼女が落としたとおぼしき血染めの手袋を拾う。そしてしばらく行った先の門前で「人殺し」という叫び声を聞いたという体の不自由な男、本堂千代吉に出会い、彼の指し示す家の中へと、パトロール中だった警官とともに踏み込んでいった。そこで彼らが発見したのは、全身を滅多切りにされた全裸の女の死体であった。その周囲には足や口元を血に染めた猫が何匹も群がっており、凄惨でありながらもどこか美しい光景を作り出していた。
駆け出しの小説家である浩三は、事件に興味を覚えたからと捜査に首を突っ込むが、やがて殺された霊媒宇賀神薬子の弟子である奈津女こと横山夏子を口説き始めた。奈津女は薬子の師である建部多聞の愛人であったのだが、浩三は彼女を連れ出し自らの元へとかくまう。
建部多聞は霊能力を売り物にするほかにも、多数の女を無理矢理食い物にし、また多くの人間を脅迫することで財を為していた男だった。

この話もかなり好きです。次はどうする? という感じで、読んでいてわくわくしてくるので。推理小説と言うよりは、浩三がいかにして建部多聞を相手に立ち向かってゆくかというお話になっています。長編ものにしては珍しく(笑)殺人も最初の一回しか起こりませんし。
最初は単なる売れない小説家と思われていた浩三が、実はものすごい人物なのだということがどんどん明かされてゆき、しまいにはとんでもない傑物状態に。本文中でも「英雄」とか言われてるし。とにかく、打つ手打つ手がこれでもかと言うほど大当たりしてゆくのですからして……でも横溝もののお約束というべきか、最後は……なんですよね(しくしく)

ちょっと気にかかるのは、最後まで読み終わって犯人やからくりを知った上でもう一度最初に戻ってみると、どうにも違和感を覚えてしまうところです。なるほどなと納得できる部分もあるのですけれど、どうにもこう、ひっかけと呼ぶには●●があまりにものんびりしすぎているように思われます。それになぜ薬子は●●に対してそんなに気を許していたのだろうかとか……
あとこれ、金田一ものの必然性がないような気が(苦笑)
金田一さんほとんどなんにもしてませんし。ただ彼は唯一、浩三と同じものを見ることができていて、彼に代わって語ることができた。そういう意味ではこの二人、もっと違う形で出会っていて欲しかったなと、そんなふうにも思いました。
そして個人的に、松葉杖の本堂千代吉がかなり好きだったり。












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金田一耕助覚書

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