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 悪魔の寵児 収録:悪魔の寵児

金田一シリーズの中でも、指折りのえげつない作品ではないかと。

昭和三十六年六月二十八日、西銀座にある高級酒場カステロには三人の女が集まっていた。
一人はカステロのママ城妙子、あとの二人は池袋で洋裁店「からたち」を営む宮武益枝と、渋谷で美容院「ブーケ・ダムール」を経営する保坂君代。彼女らは、みな実業家風間欣吾の愛人である。
三人はみな同じ挨拶状を受けとっていた。黒枠のついたそれに書かれていたのは、風間欣吾の正妻美樹子と、カステロの従業員早苗の兄との情死を連想させる文面だった。不審に思った三人は集まって話し合っていたのだが、このままでは埒があかぬと早苗に案内させ、彼女の自宅へとおもむくことにする。そしてそこで見つかったのは、半裸でからみあい、ひとつの布団にくるまっている二人の姿だった。強い薬を打っているらしく、美樹子は既に死んでいたが、早苗の兄、石川宏にはまだわずかに息があった。一同の後をつけてきたカステロの常連、新聞記者の水上三太と同様の挨拶状を受けとって駆けつけた風間欣吾とは、しばらくこの事件を秘す代わりに時期が来たら三太にスクープを許すという条件で協定を結ぶ。そうして宏を病院へと運び、美樹子の死体は風間邸へと運ばれたのだった。
しかし ―― 翌日、協定に従い風間邸を訪れた三太は、欣吾から美樹子の死体が消えたことを知らされる。あとには二人の人間の足跡が残されていたが、はたしてその足跡の主が死体を盗んだのか、それとも美樹子は死んでおらず息を吹き返し、自ら姿を消したのか。そもそもこの心中未遂事件は、何者かによる偽装だったのではなかったか。
疑い出せばきりはなかった。欣吾に恨みを持っている人間は数多い。そもそも彼がいったいなにをもって財をなしたのか、詳しいことを知っているものは一人としていなかった。終戦のどさくさに紛れ、横流しや密輸を行っていたのだとか様々な説は流れていたが、とにかく昭和二十二年、インフレが絶頂に達した頃には、彼は既に巨富を積んでいたのである。
欣吾の正妻美樹子は、彼が中学生だった頃、書生として勤めていた五島伯爵家のひとり娘だった。彼女はかつて同族の有島子爵家へ嫁いでいたのだが、戦後はおさだまりの斜陽族。食べるものにもことかく始末になっていたところへ、風間欣吾が彼らの邸宅を買い取りたいと申し出 ―― そして法外な値で買い取られたその邸宅には、美樹子がそのまま主婦としていのこっていた。つまり有島子爵忠弘は金で妻を売ったのである。これは当時かなりのスキャンダルとしておおいに騒がれていた。しかも生活無能者だった忠弘は、欣吾から支払われた大金をとうに使い果たし、現在の妻にたかる生活をしているというのだが、その妻、ミュージカルの女王とうたわれる売れっ子ダンサー湯浅朱美もまた、欣吾の隠れた愛人の一人なのだという。
さらに欣吾が美樹子を娶る前に、彼は先妻を離縁していた。その先妻種子もまた、欣吾に対し執念深い憎悪をあたためている。現在彼女が経営する蝋人形館には欣吾の顔を模した生き人形の死体や生首が幾つも転がっているという話だった。
とはいえその後しばらくはなにも起きぬまま ―― しかし水面下では恐るべき犯罪が着々と準備を整えていたのである。
一月後、七月二十五日の午後六時から、ブーケ・ダムールの丸の内進出記念パーティーが行われた。欣吾の愛人の一人、保坂君代が主催するそこには、欣吾に雇われた金田一耕助をはじめとして、関係者のすべてが顔をそろえていた。その一部、三太や種子、その下僕である人形師猿丸猿太夫や有島忠弘などの招待状は、何者かが紛れ込ませた偽物であったのだが……
そしてパーティーの途上で、悪魔の寵児はその熱狂的な女狩りの幕を切って落としたのだった。
舞台上に置かれた木箱から姿を現したのは、ブーケ・ダムールの経営者保坂君代の死体だった。その死体は全裸に剥かれたうえ、風間欣吾の姿を模した生き人形に犯されていたのである。

この話の犯人は、とにかく意外性に尽きますね。
そしてこれでもかというほど殺されては死体を辱められる愛人達に、彼女らと対を為すためだけに殺されたんじゃないかと思える男達(いや、ちゃんとした理由はそれぞれあるんですが)。またトリックの肝となる注射器が……昨今のミステリ小説でも似たようなトリックは何度か見かけたことあるのですが、こういう書かれかたするとひときわえげつないというかなんというか(汗)
横溝作品には、凄惨な中にも寒気のするような美しさを持つ、主として田舎が舞台のお話と、都会を舞台にした猟奇的エログロなお話とがあると思うのですが、この話は後者の中でも代表格なんじゃないでしょうか。
そもそも風間欣吾、正妻+愛人四人+αを抱え込んで、ようやく精神の安定を保てるってどんな五十代ですか……

そうそう金田一さんは今回も犯人に襲われております。
しかも車の窓から狙撃された銃弾が、しっかり当たっております。たいてい転んで難を逃れたり、捻挫程度ですまされているこの方でも、こういうことはあるのですな。

ところで風間さんが金田一さんを紹介していわく「おれと同姓の風間俊六という土建屋の紹介で、以前からしってる男だがね」ってことは、風間俊六と同じ姓を横溝先生、あえておつけになったということで……し、親戚とか考えるのは……深読みしすぎですか?



 悪魔の百唇譜 収録:悪魔の百唇譜

金田一耕助はいささか疲労していた。事件を片付けたあと彼は、いつも相当ひどいメランコリーにとりつかれる。救いようのない孤独感に包まれ、どうかすると自己嫌悪すら覚えてしまうらしい。今回もそうして心身共に疲れ果てた彼は、しばらく当てのない旅行をしようと考え、留守にする挨拶をするべく警視庁の等々力警部を訪ねたのだった。が、そこで新たな事件の発生を告げられた彼は、そのまま事件現場へと強引に連れてゆかれることとなる。
時は昭和三十五年六月二十二日未明。東京都世田谷区成城の高級住宅地で、路上駐車されていた車のトランクから女の死体が発見された。車はエンジントラブルのため乗り捨てられたものらしく、不審に思ったパトロール中の警官がトランクを開けてみたところ、そのすぐ近所に住む中国人実業家李泰順の内妻、本郷朱美の刺殺体が詰め込まれていたのである。
トランクに溜まった血溜まりの中には、刃物で貫かれたらしきハートのクイーンが浮かんでいた。どうやら犯人はトランプを被害者の胸に置き、もろともに刺し貫いたのち、死体を車で運ぼうとしたが、故障のため放置せざるをえなくなったらしい。
殺害現場とみなされた朱美の部屋には、占い途中とおぼしきトランプが広げられていたが、そこからはクイーンの他にハートのジャックが持ち去られていた。クイーンが死体と共に発見されたのなら、ジャックもまた死体と共に出てくるのではないか。捜査陣がふざけまじりに言っていた矢先、弦巻町に路上駐車されていた車から男の死体が発見される。その胸に刺さったままの短剣には、死体にぬい止めるかのような形でハートのジャックが貫かれていた。
殺されていた男の名は園部隆治。彼は昨年都築克彦というもと流行歌手が殺されたおりの第一発見者であった。そしてその都築克彦は、かつて朱美を脅迫していたらしいのである。
都築克彦は生前多くの女と関係を持ち、その様を克明に記録した「百唇譜」を作成、女達を脅迫する材料としていた。都築の死後「百唇譜」は警察に押収されていたが、それ以外にも脅迫のタネとなりうるものが存在しており、それを第一発見者である園部が持ち去っていたとしたら、彼が新たなる脅迫者となることも可能だったろう。事実朱美には「ソの字」と名乗る人物から接触があった。
だがそれならば、なぜ脅迫者と被脅迫者とが、ほぼ同時に同様の殺され方をしなければならなかったのか ――

このところ作中年代が昭和三十年ぐらいのものを続けて読んでいるのですが、この頃になるともう金田一さんすっかり世間に名前を知られているし、警察関係者の古株達からは裏も表も知りつくされてる感じがして、微笑ましいというか、いくらなんでもこれはと苦笑いしたくなるというか。
そもそもやっかいな事件を片付けた後、ひどく落ち込んでいる金田一さんを励まそうとする等々力警部達、と言うととても聞こえは良いんですけれど、その励まし方が「新たな事件を紹介する」っていうものなあたり、気持ちは判りますがなんかどっかまちがってませんか。旅行に出ようとする金田一さんから寄ってたかってスーツケースを取り上げるくだりなど、遊んでるようにしか見えません(笑)

で、事件の方はというと二つの車と二つの死体、しかも私は東京方面の土地勘がさっぱりないので、途中でなんだかよく判らなくなってしまいました。警察関係者の面々も、いつもの等々力警部や新井刑事に加え、成城署の山川警部補と江馬刑事、志村刑事に世田谷署の宮崎警部補と須藤刑事、高輪署からは加納警部補、辰野刑事といったぐあいで、もう誰がどれやら……
あと作中では容疑者の友人として神戸在住の中国人、王文詳さんが登場しています。昭和二十五年に起きた事件であやうく冤罪を着せられそうになったところを、金田一さんに救われたとのこと。昭和二十五年というと「迷路荘の惨劇」あたりの頃ですけど、これははたして語られた話なのか、それとも語られていない事件なのか。

金田一ファン的ポイントとしては、やはり前述の事件を解決したあと、ひどい自己嫌悪に陥ってしまう点について触れられていることと、あと日常のうかがえる部分がちょこちょこ出てくるところでしょうか。
なんでも朝はたいてい八時に目を覚まし、牛乳は三本取ってるらしいです。ちなみに六月二十四日の朝食は
真っ黒焦げのトースト二枚、
 みごとに煮えかたまった卵二個、
 アスパラガスのかんづめ半分。
 牛乳一本。
うーむ、まずそう(笑)
しかし朝起きてこれだけのご飯作って食べて、新聞の見出しに目を通し、髭剃って着替えて計十分だそうです。なんて無茶な……



 仮面舞踏会 収録:仮面舞踏会

今回のタイトル「仮面舞踏会」は、わりと即物的な題名の多いこのシリーズでは、異色なものではないでしょうか。
人生は仮面舞踏会みたいなもんだ。男も女もみんな仮面をかぶって生きている」という言葉から始まるエピローグで、次々と明かされてゆくみなの素顔が、なんとも感慨深いです。

昭和三十四年八月十六日、軽井沢の離山でひとりの男女が心中を試みていた。発見が早かったため男の方は命を取りとめたが、この事件がのちに起こる連続殺人事件に関わりを持ってくることなど、当時はだれも想像だにしなかったのである。
翌年、八月十四日、軽井沢は大型台風の直撃を受け、そこここで大きな被害をうけていた。あちこちで沢が溢れ、樹木が倒れ、夜間からずっと停電が続いた状態である。
神門産業の社長飛鳥忠煕は、風雨が収まってきた昼近くになって、槙恭吾が自宅のアトリエで死亡しているという知らせを受けとった。画家である槙恭吾は、映画界の大スター鳳千代子の三番目の夫である。これまでに四回の離婚歴を持つ鳳千代子は、目下忠煕の交際相手であり、つい昨夜、事実上のプロポーズを行っていた女性でもあった。そして彼女の一番目の夫だった笛小路泰弘は、昨年八月十五日に事故死とも自殺とも他殺ともつかぬ、不審な死を遂げており、また二番目の夫だった阿久津謙三もまた、年の暮れ車にはねられ死亡していた。
鳳千代子の前夫達の相次ぐ変死に、警察が不審を抱き始めていたところへ、今回の槙恭吾の変死である。彼は鍵のかかった暗いアトリエの中で、青酸加里を飲んで死亡していた。一見すると自殺ともとれる状況だったが、台風でガラスの割れたアトリエは密室とは言えなかったし、毒を飲んだ際に利用したグラスが存在しないなど、不審な点が多く見受けられた。
やがて忠煕の依頼により現場に駆けつけた金田一耕助によって、槙の遺体が死後移動されていたことが判明する。
やはり彼は自殺ではなく、どこか別の場所で何者かにより殺害されていたのだった。

例によって入り乱れる人間関係を把握するまでにしばらくかかりましたが、それぞれ個性的な面々だったのでさほど混乱はせずにすみました。冒頭に人物紹介ものっていますし。ただこの話はその他にも、それぞれのサブキャラが非常に細かく書き込まれていて、かなり分厚いのはそのせいもあるのではないかと。そして木の葉を隠すなら森の中にということで、その中にさらりと重要人物が入り混じっているわけなのですね。

……って、それよりなにより今回は、むしろ警察関係の顔ぶれが面白かったんですが(笑)
特になんだかもはや好々爺の域に達している等々力・山本両警部にあたたかい目で見守られつつ、空まわりしながら金田一さんを認めてゆく日々野警部補が非常に微笑ましく。
あと潜入捜査中の金田一さんのごとく、重要関係者を相手になに喰わぬ顔で歓談している等々力さんとか。またこの等々力さんが、いつのまにやらすっかり金田一さんのコンビ役として名を知られちゃってるんですよね。だいたい今回だって仕事じゃなく、例によって休養中の金田一さんの所へ遊びに来てのご登場ですし(苦笑)
ところで山本警部補って他の話に出てましたっけ?

さて、最後にひとつ。
今回の話のポイントに、死体の側に並べられたマッチのメッセージ(?)があるのですが、しかしこれ、並んでいるのを見て何の手がかりもなく解くのはまず不可能だろうという点はさておくとして、どうにもしっくりこない部分があるのは私だけでしょうか。
……だって赤緑色盲の人に対して色盲の遺伝法則について説明をする ―― つまり相手が色盲だと二重にも三重にも認識している状態においてですよ、朱色と緑のマッチで色分けした図を使うって、すごく不自然だと思いませんか? しかも蝋燭の火という非常に視認性の悪いだろう明かりのもとで。
その色のマッチを使っている時点で、私はその場にいただろう人物から色盲の人を除外してしまったんですが、実際のところどんなもんなんでしょうかね。そりゃあ色の明るさとか、微妙なところで見分けはつくかもしれませんが、それにしたって不親切な行為だと思うのですが……



 白と黒 収録:白と黒

女性の同性愛を白、男性の場合を黒と呼ぶって、それ当時は普通の言い回しだったんでしょうか?

日の出団地は、ついこの数ヶ月ほどの間にできたばかりの新しい団地だった。一階十室、五階建ての団地が十八棟建ち並び、現在も十九、二十号棟が建設されつつある途中である。そこに入居する人々は、ほんの少し前まで互いに見も知らぬ相手だった者達ばかり。いきおいそこでは様々な人間関係が新たに生まれ、錯綜していた。
そんな日の出団地の一角に住まう主婦、緒方順子は、昨日から夫が帰らないことに困惑していた。夫が家を出た原因は、無記名で届けられた活字の切り貼りされた怪文書のせいらしい。そこには順子の浮気についての事柄が、ふざけた文章で書き散らされていた。
順子は以前、同じ団地に住む岡部京美に対して届いた、同じような怪文書を見たことがあった。かつて京美はその文書のために、自殺未遂を引き起こすほど追いつめられたのである。
その怪文書の主を、二人の勤め先 ―― 洋裁店タンポポのマダム、片桐恒子ではないかとにらんだ順子は、マダムの元へと直談判に訪れたが、しかし彼女は当然それを否定した。釈然としないまでもいったんは引き下がった順子だったが、町中で偶然、金田一耕助に出会い、相談を持ちかける。金田一耕助は、かつて順子がバーで働いていた折りの常連客であった。
順子は金田一耕助を自宅に招き、詳しい説明をしていたのだが、その折りもおり、順子の部屋の真正面で死体が発見される。建設途中の二十号館のダスター・シュートに身体をつっこまれた女の死体は、その上半身を熱いタールで覆われていた。屋上で塗装作業をしていた業者のタール窯に穴があいており、ダスター・シュートを通して煮えたタールがしたたり落ちていたのである。
服装から死体はタンポポのマダムだと判断されたが、しかし死体の顔は完全に焼けてしまっており、またマダムの写真もなぜか一枚も見つからず、彼女の前身なども知る者は一人として存在していなかった。
死んだ女は果たして本当にマダムなのか、そして犯人は失踪したままの順子の夫なのか ―― ?

雰囲気的に、かなり近代の香りがするお話です。冒頭でY先生が日本シリーズの観戦を楽しみにしていたり、また舞台そのものからして、建ち並ぶコンクリートのアパート群という具合ですし。まさに高度経済成長まっただ中というところでしょうか。
金田一ものは、割とこういう近代的な雰囲気のものも多いのですよね。特に金田一さんはあれでけっこう新しもの好きというか、先進的な考えをお持ちなので、電化製品などいち早く導入していらっしゃいますし。

この話そのものは、正直視点があちこちに飛びすぎていて、今ひとつ理解しにくかったです。推理物としては正解かもしれませんが、どうにも誰に感情移入していいのか判断がしにくくって…… ←ミステリとしてより物語として読むタチ
とりあえずポイントとしてチェックしておきたいのは、金田一耕助謹製怪文書でしょうか。いくら捜査に対する進言が聞き入れられないことに業を煮やしたからって、犯人のふりして偽怪文書を送りつけるって、それは下手すると公務執行妨害ですよ、金田一さん(苦笑)
あと気になるのが、結局由起子は助かったのかどうなのかということ。蘇生する可能性はあると書かれてはいましたけれど、もしこれ蘇生していなかったら、張り込み中に居眠りしたあげく、同じ室内で人一人殺されてしまった志村刑事は、とてもただではすまされなかったと思うんですが……




 悪霊島 収録:悪霊島(上下巻)

なんでも書かれたのはシリーズ中で最後の作品だとか。時系列もかなり後の方になるお話です。

昭和四十二年六月。金田一耕助は磯川警部から、不思議なテープを聞かされた。
それは彼が依頼を受け探していた青木という人物らしき男の、いまわの際の言葉だった。
腰のところで骨のくっついたふたご……あの島には悪霊が取り憑いている……鵺のなく夜に気をつけろ……
忌まわしくも意味不明なそれらの言葉は、どこかの崖から滑落して瀬戸内海を漂っていた、瀕死の男が言い残したのだという。
遺留品や背格好から、その人物が探していた青木だと判断した金田一耕助は、依頼人である越智竜平に捜索相手の死亡を報告した。越智竜平はアメリカ帰りの大富豪で、日本とアメリカを股にかけているやり手の男である。探していた青木は彼の腹心であり、竜平の故郷である刑部島を訪れたまま、行方が判らなくなっていたのだった。
報告を受けた竜平は、引き続き青木の死の真相を探ることを依頼してくる。
快諾した金田一耕助は、実際に刑部島へ向かうにあたり、事前情報を仕入れることにした。磯川警部に連絡を取ると、彼は岡山で起きた産婆殺しを捜査しているところだった。なんでもその産婆、浅井はるは殺される寸前に磯川警部へ名指しで手紙を出し、なんらかの罪を告白しようとしていたのだという。一足違いで殺人犯に先を越された磯川警部は歯噛みしていたのだが、なんとその浅井はるの遺品から、刑部神社の古いお神籤と、錆びた古銭が出てきたのである。
浅井はるの事件と刑部島とはなんらかの関係があるのか。
そもそも刑部島とは、壇ノ浦の合戦があった時代に、逃げ込んできた平家の落人の末裔が暮らす島だった。その末裔である刑部家と、古くから島にいた網元の越智家、今もその二つしか島には名字がない。
越智の本家あととりであった竜平は、戦後まもなく石もて追われるようにして島を出て、アメリカに渡ったという。そして財を為して日本に戻った彼は、故郷に錦を飾るかの如く刑部島に一大レジャーランドを作ろうとさかんに資本を投下し、島一番の名家である刑部神社にも、莫大な寄進を行っているらしい。
昨今、瀬戸内海の工業化のあおりで漁業ができなくなり、島はさびれる一方だった。そこへ現れた救世主のような竜平に、島の人間は感謝する者と、なにか魂胆があるのではと疑う者とに別れている。
七月七日に行われる祭礼を前に、一度は島を離れた人々も竜平の援助を受けて帰島し、刑部島はいつにないにぎわいを見せていた。
そんな島を訪れる人々の中には、多くの観光客や訳ありの人物も含まれている。
数年前、父がこの近辺で行方不明になったという薬売りの青年、やはり同じくこの島で消息を絶ったと思われる神楽太夫の息子達、そして浅井はるが殺害されたおり近くで目撃されたヒッピー風の青年 三津木五郎 ―― 彼らはみな刑部神社の奥方である巴御寮人に近付き、さまざまに情報を得ようとしていた。
巴はもともと刑部神社の家付き娘で、現在は入り婿である守衛との間に真帆と片帆という双児の娘をもうけている。その美貌は四十近い今でも神々しいばかりだ。
そんな彼女は二十年前、越智竜平と駆け落ち騒ぎを起こしたことがあった。平家公達の末裔である巴と、網元とはいえ漁師の息子である竜平との仲は到底認められるものではなかったのだ。無理矢理連れ戻された二人は仲を裂かれ、竜平が島を出たのも、それが原因であった。
そんな複雑な過去と人間関係をはらみつつ、島は祭りに向けて興奮を高めてゆく。
そして祭りの当夜、ついに事件は起こった。刑部神社の神主である守衛が、竜平の寄進した黄金の矢で刺し殺されたのである ――

第一印象は、とにかく「長い!」です。
病院坂〜と並んでシリーズただ二つの上下巻ですが、やはり分量に相応しくなかなか話が進みません(−ー;)
金田一さんが島に渡るまでで、上巻の半分ぐらい使ったんじゃないでしょうか。犯人も下巻の半ばあたりでほぼ判明しているのですけれど、そこからがまた長い。しかも話の時系列が何度もいったりきたりするので、余計に分かりづらくって……
人間関係も上記の通りややこしく、↑では登場人物の半分も書けていません。また巴さんや竜平の従兄弟 吉太郎の人物像が掴めないったら……どうもそのあたり動機とかがしっくりこないのです。 なんで片帆は殺されなければならなかったんだろう……?
マンガや映画などのメディアミックスを見た際に「悪くない」と思えてしまうのは、かえってそのあたりをシンプル化して判りやすくしてくれたり、冗長なところを削ってくれるのがありがたいからかもしれません。
ちなみに個人的に、たまいまきこさんのマンガ版が好みだったりします。吉やんが二枚目になってるし、ラストがちょっぴりロマンチックでvv

まあそれはさておいて。
この話でなにが一番見どころと言って、それはやはり磯川警部をめぐるエピソードでしょう。
メディアミックスではほぼ必ずと言って良いほど削られてしまう部分なのですけれど、ファンとしては見逃せません。
あの磯川警部がしっかり結婚していて、しかも若いうちに奥さんを亡くして現在は兄嫁と二人暮らしという事実が語られたのも初めてなら、話が進むに従って明らかになってゆく怒濤の新事実。二十年前に流産したと思っていた子供が実は生きていた? しかもそれがひょっとしたら犯罪者!? というのはすごい展開だと思います。ここまで巻数を重ねた話のレギュラーキャラに、こんなエピソードを持ってくる横溝先生はさすがですね。
ご本人もこのシリーズをまだまだ書くつもりでおられたようですし……磯川警部と等々力警部の夢の共演とかも予定されていたとか聞くと、この先が書かれなかったのが本当に残念でなりません。

このお話も、本当のラストは切なく衝撃的で、そして金田一さんらしく寂寥感に満ちています。竜平さんはその後も島をちゃんと開発したようですが、その心の内はいかがなものだったのか……












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金田一耕助覚書

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