もう何年も前に見た古谷金田一バージョンの手毬唄、未だにメロディーが耳に残ってます。
金田一耕助が鬼首村を訪れたのは、昭和三十年七月下旬のことだった。なにものにもわずらわされず、のんびりと休暇を取りたいと望んだ彼は、人里から遮断されたような田舎でゆっくりと静養したかったのである。
しかしいかにひなびた山村といえども、完全に娑婆の風を感じずにすむというわけにはいかなかった。磯川警部から紹介された亀の湯は、女主人青池リカが切り盛りする湯治場なのだが、なんでも二十数年前に彼女の夫である青池源治郎が殺害され、しかもその犯人は捕まらぬまま迷宮入りになっているのだという。
鬼首村には昔から仁礼と由良という二大勢力があった。長らく対立してきた二つの旧家だったが、その頃仁礼家はぶどう栽培を始めることで大きくその勢力を伸ばしてきていたらしい。そしてそれに危機感を覚えた由良家の方は、やはり新たな事業に手を伸ばし ―― それが悲劇のきっかけとなったのだった。恩田幾三と名乗る男が由良家に持ち込んできたモール造りの事業、その話がいささかうますぎるのではないかと疑惑を抱いたのが亀の湯の青池源治郎だった。詐欺の疑いを持った源治郎は恩田の元へと直談判に乗り込んだ結果、その場で殴り殺されてしまったのである。恩田はそのまま行方をくらました。囲炉裏に倒れ込み、相好も判らなくなった死体を放置して……
それが昭和七年のこと、そして二十三年が過ぎた現在、村は珍しい客を迎えるためおおいに沸き立っていた。グラマー・ガールとして知られる人気歌手、大空ゆかりが村に帰ってくるというのだ。彼女はかつて、母ともども石もて追われるようにして村を出ていった子供だった。なぜなら父なし子として生まれた彼女の父は、詐欺師で殺人犯の恩田幾三だったからである。
村でも年輩の者達は、いまだに彼女をどこの馬の骨とも知れぬ私生児だと蔑んでいたが、若い者達などは、出世して戻ってきた彼女を歓迎し、もてはやしていた。
由良家の泰子、仁礼家の文子、そして亀の湯の息子歌名雄と妹の里子はゆかりと幼なじみであった。歌名雄はなかなかの美男子で、村でも人気のロメオというところ。近頃では二大家の双方から、泰子、文子との縁談を持ち込まれているという具合である。青年団の団長でもある歌名雄は、若い者達の中でも先頭に立って、ゆかりの歓迎会の準備をとりしきっていた。
しかしそのにぎやかな歓迎会の裏では、ひそかに新たな悲劇が進行しつつあったのである。
大空ゆかりが村に着いたその晩、かつては一帯の地所を所有した庄屋の血筋でありながら、今や放蕩がたたってすっかり落ちぶれ果てた老人、多々羅放庵が行方不明になっていた。彼の家には血と嘔吐物の跡が残されており、卓上にあった客と共に食べたとおぼしき稲荷寿司からは毒物が検出された。放庵が殺されているのではないかと危惧し、村の人間に捜索を要請した金田一耕助だったが、村の者達はみな大空ゆかりの歓迎に気をとられ、まるで取り合おうとしない。
しかし、ゆかりの歓迎会に訪れるはずだった泰子がいつまで経っても姿を現さぬため、手分けして探しまわったところ、彼女は翌日の明け方近くになって、死体になって発見されたのだった。
なにものかの手によって縊り殺された泰子の身体は、村はずれの滝の中に沈められていた。その口に漏斗をつっこまれ、升ではかった滝の水を注がれながら。
それは手毬唄になぞらえた連続殺人事件の、凄惨な幕開けであった。
例によって休暇を求めて岡山を訪れた金田一さん、磯川警部からいわくつきの宿を紹介されております。
しかし磯川警部、今回はそれなりの下心があった模様。
それというのも、最後の最後の一文で明らかになるのですが、数年前に奥様を亡くして男やもめとなった磯川警部……どうやら宿の女将にそれなりの思いを寄せていらしたらしく。
それを思うと、あの結末がいっそうもの悲しくなってなりません。なんでこう、横溝作品の男達の恋ってやつは……
しかしそれはそれとして、休暇を取って金田一さんと二人で村を歩きまわる磯川警部は、どこか都会の洒落者っぽいイメージのある等々力さんとはまた違った味わいがありまして。既に頭なんかほとんど白くなってるようなお年の癖に、金田一さんと自転車二人乗りするのにどっちがこぐかで軽口をたたきあったりなんかしてるのが、また微笑ましいこと(笑)
あと金田一さんについては、こんな記述が。
「昭和七年といえば、ぼくは二十歳で、そのまえの年にいなかの中学を卒業して、上京してきてさる私立大学に籍だけおいて、神田の下宿にごろごろしてたじぶんなんです。」
ということは金田一さん、この話の段階で四十三才ということですな。
しかし東北の田舎から出てきてストレートで大学入って、しかも勉強せずにゴロゴロ……金田一さんって、実はけっこうお坊ちゃん育ち? 頭が良かったことは確かなのでしょうが、学費とかいったいどこから出てたんでしょう。後にあっさりアメリカに行っちゃってるあたりからも、そのへんの旅費とかどうなっていたのか気になるところです。
ちなみに旧時代的な村の対立する二家、歌になぞらえて殺される娘が三人に死体装飾といったあたり、よく獄門島とひき比べられているこの作品ですが、横溝先生もそれは百も承知だったようで、作中で何度も獄門島事件について触れられています。
さすがに後から書かれた方だけあって、人間関係や過去の因縁なども、獄門島よりもさらに複雑で練り込まれているのではないかと思われます。まあ、私としては獄門島の方が好きなんですけどね。
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