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 夜歩く 収録:夜歩く

思い切りネタバレで語りますので要注意です。

売れない三文小説小説家である屋代寅太は、ある晩のこと大学時代からの友人仙石直記から相談を受けた。直記と屋代は同郷の出身で、直記は土地の領主古神家の家老の血筋、屋代はごく普通の農民の出である。たまたま大学で知り合った彼らだったが、直記は同郷の出身ということから、屋代に好意を示し、物質的にもなにかと援助をしてくれていた。もっともその援助にはどこか勘定高い部分があり、屋代はしばしば横柄で我が儘でそのくせ小心者の直記の尻拭いをさせられていたのだが。彼らは互いに軽蔑しあっていることを知っていたし、その上でそれぞれの便利な部分を利用しあっていたのである。
その日、直記が屋代に対して相談したのは、古神家の娘八千代のことだった。
なんでも昨年の十月に起きたキャバレー『花』における狙撃事件、その犯人が八千代だったというのである。
その狙撃事件で撃たれたのは、蜂屋小市という佝僂画家だった。佝僂とはいえなかなかの美男子で金も持っている蜂屋は、有名な女たらしである。その日も蜂屋は友人達と遊び歩いていたのだが、そんな彼が『花』に入った途端、客の一人だった女が急に顔色を変え、蜂屋の足を撃ち抜いて逃走した。蜂屋はしばらくの入院で全快したが、犯人の女は未だ捕まっていない。直記もそんな事件のことなど気にも止めていなかったが、最近になって八千代が蜂屋と結婚すると言い出したので、気がつき問いつめたところ、白状したというのである。
八千代の家、古神家は直記にとって主家にあたるのだが、先代当主古神織部は数年前に亡くなっており、現在はその未亡人であるお柳さまと、直記の父である鉄之進が実質上の切り盛りを行っている。そしてお柳さまと鉄之進は織部の死以前から関係があり、八千代は鉄之進のタネ、すなわち直記の異母妹だということだった。
そんな八千代は、生まれたばかりの頃、女占い師から予言を受けていた。いわく、彼女は丈夫に健やかに成長するが、将来の婿は佝僂であろう、と。
古神家は代々佝僂が多く生まれる血筋であった。先代織部の息子で八千代の兄である守衛は典型的な佝僂である。その守衛は八千代の異母兄ということになっているが、八千代が織部の血を引いていないことは半ば公然の秘密となっている。すなわち八千代と守衛の間に血のつながりはない。そして守衛は八千代に惚れ、激しく執着していたし、八千代は逆に守衛を嫌っていた。
守衛と蜂屋は佝僂という身体的特徴もそうだが、全体的な体格といい服装といい雰囲気が良く似ている。酒に酔っていたこともあり、八千代は蜂屋を守衛と見誤り、精神的に追いつめられた状態でとっさに蜂屋を撃ったということだった。
だが後日、新聞を見て人違いに気づいた八千代は、蜂屋自身に興味を覚え改めて接触を図ったらしい。そこには八千代の無軌道な好奇心の他に、守衛に対するあてつけのようなものもあったのだという。現在蜂屋は八千代に招かれ、古神邸に滞在していた。傍若無人な態度で八千代を情婦扱いする蜂屋と、嫉妬にとらわれた守衛との間には、不穏な空気が漂っている。そのあまりの険悪さに、さすがの八千代も不安を覚え始めたが、まだなにが起こっているというわけでもないので、警察へ持ち出すというのも話がおかしい。そこで探偵小説家である屋代へと相談が持ちかけられたと、そういうことだった。
ともあれ、屋代は古神家の家へ招かれ、しばらく滞在することになった。訪れるなり、酒乱で日本刀を振りまわす鉄之進に遭遇するなど、確かに屋敷の空気はただならぬものになっていた。
そして、惨劇はその晩に起こった。
深夜、直記と屋代が夢中遊行を起こして庭をさまよう八千代を見た翌朝、庭の向こうにある洋館の中で、血まみれの死体が発見されたのだった。ベッドの上で大の字になって死んでいたその死体は、確かに佝僂の特徴を備えていた。しかしそれが蜂屋なのか守衛なのかは、誰にもとっさに判断がつきかねたのである。
なぜならその死骸からは首が失われていたのだった。

い、いつものこととはいえ、前提条件だけでややこしすぎ……
このあともさらに二人殺され、舞台は岡山の鬼首村へ移ったりとさらに二転三転します。
首を切ることによって被害者が別人と入れ替わっているわけですが、そうして入れ替わりを示唆しておいて、次の殺人では入れ替わっていると見せかけて実は入れ替わっていないことを演出しようとしていたというあたり、ひとひねりされています。
しかしこの話、実は全編の八割近くが、小説家である犯人が書き記した捏造された作中作だったという、ものすごい構成なんですよね。
いえまあ、基本的に犯人の心理以外は嘘は書かれていないんですけど。でも正直言って、ありなのかそれは……と、はじめて読んだときちょっと呆然としてしまいました。しかし作中作の部分から、現実の記録にシフトする部分のインパクトはかなりのもの。
犯行発覚後、金田一さんに言われるまま、続きを書き続ける屋代さんがちょっとばかり気の毒です(苦笑)

作中に詳しい年代は書かれていませんが、「女怪」によると「その年の初夏から夏へかけて、かれは岡山県の山奥で、やつぎばやに「夜歩く」と「八つ墓村」の二つの事件を解決している」とのことですので、八つ墓村直前、昭和二十年代の話のようです。
ところで作中に出てくる「鬼首村」は、「悪魔の手毬唄」の鬼首村と同じ場所なんでしょうか……



 迷路荘の惨劇 収録:迷路荘の惨劇

明治の権臣、古館伯爵が別荘として建てた名琅荘には、数々の仕掛けが施されていた。明治維新によって功成った古舘伯爵は、暗殺や刺客の侵入を恐れ、その屋敷に抜け穴や隠し扉をいくつも作らせたのである。また色を好んだ伯爵は、廊下で繋がる数多くの別棟に、後宮のごとく寵姫を蓄えていたという。ゆえに名琅荘の内部は激しく入り組んだ作りになっており、いつしか迷路荘と訛って呼ばれるようになっていた。
やがて時代が下り、名琅荘を買い取った篠崎慎吾は、建物をそのままホテルとして利用するべく手配を行っていた。篠崎慎吾の現在の妻は倭文子といい、以前は古館辰人氏の妻だった女である。篠崎は名琅荘を買い取った折りに古館氏と面識ができ、倭文子と関係を持つようになったので、話し合いの末、多額の金と引き替えに倭文子を譲り受けたのだという。
名琅荘の持ち主篠崎慎吾と金田一耕助は、土建屋の風間俊六を通じて面識があった。
ホテル開業を翌年に控えた昭和二十五年の秋、名琅荘から至急来て欲しいとの呼び出しを受けた金田一耕助は、そこで篠崎から怪しい客の来訪と失踪を告げられた。篠崎の名刺を持って現れたその客は、黒眼鏡とマスクで顔を隠しており、肩の付け根から左腕がなかったという。そして彼は内側から鍵の掛かった部屋より忽然と姿を消したのだが、その部屋には一部の者しか知らぬ抜け道が存在していた。
かつて名琅荘に住んでいた先代古館伯爵は、二十年前妻加奈子と使用人尾形静馬の間に不倫関係があるのではないかと疑いを抱き、日本刀で妻を斬り殺していた。そして尾形静馬の左腕をも斬り落としたのだが、そこで逆に刀を奪われ返り討ちにあい、尾形静馬の方はそのまま敷地内にある底なしの洞窟へと姿を消したまま、消息不明になっていた。そんな惨劇があったため、関係者の間では片腕の男イコール尾形静馬であり、彼が復讐にやってきたのではないかという不安が抱かれたのである。
その日、名琅荘には古館辰人と辰人の実母方の叔父である天坊元子爵、そして辰人の義理の母親加奈子の弟、柳町善衛が招かれていた。なんでもこの屋敷をホテルとして開業するにあたり、縁の深い人間に名残を惜しんでもらうため集まってもらったのだという。
そして金田一耕助が事情を聞いていたまさにそこへ、惨劇の第一報がもたらされた。後頭部を殴られたうえ、首を絞められた辰人の死骸が発見されたのである。
倉庫内の馬車の座席に腰を下ろした遺体は、洒落者の辰人には似つかわしくないみすぼらしい身なりをしており、そして背広の下でベルトを使い、左腕を胴体に緊縛されていた。彼はどうやら自分の意志で片腕の人間を装っていたらしいのだが……

……これだけ字数を費やして、まだしょっぱなのしょっぱなってあたり、横溝ものの長編は人間関係も過去の因縁も入り組みまくりでたまりません。もちろんそこがいいんですけど。

そして今回の見どころキャラは、やはり混血児の譲治くんでしょう。もともとは風間俊六に拾われた浮浪児で、金田一さんの所へも何度かお使いに来たことがあるそうですが、今は風間の紹介で名琅荘のボーイに収まっています。金ボタンに燃えるような臙脂色の制服、颯爽と馬車を操り金田一さんを迎えに現れた彼は、その後も女の子は口説くわ、馬に乗って駅まで全力疾走するわ、人目もはばからずに大泣きするわと元気の良いこと。現在のボスである篠崎さんへの傾倒ぶりも微笑ましいです。

ところでこの話は、犯人の末路がどうにも無惨で、思わず眉をひそめてしまいます。横溝ものに猟奇的な話は数多けれど、この話は特に惨たらしいというか。ほんと、こういう死に方だけはしたくないなと心底思います(怖)



 女王蜂 収録:女王蜂

「アカイケイトノタマ」のくだりで、金田一さん手ずから編み物してらっしゃったのは、確か石坂浩二版ではなかったかと。

昭和二十六年五月二十五日、大道寺智子は十八才の誕生日を迎える。そしてその日をもって彼女は住みなれた月琴島を離れ、父の住む東京へと居を移すことになっていた。
大道寺家は源頼朝の流れを汲むと伝えられる、月琴島屈指の名家である。かつて大陸との密貿易で財を為したその屋敷には、唐風の豪華な離れが隣接しており、当時の栄華を現代にも伝えていた。その家の一人娘であり智子の母であった琴絵は、十九年前、島を訪れた学生のひとりと契りを結び、智子を産み落としたのである。しかしその学生 ―― 日下部達哉は智子が産まれるよりも以前、琴絵と結婚することなく崖から足を滑らせ転落死していた。そして日下部青年の友人である速水欣造は、産まれてくる子が私生児となることを哀れんだ周囲の説得により、大道寺家へ婿養子に入り、智子を実子として届け出たのであった。琴絵が島を出るのを拒んだため、実業家として東京に暮らす欣造と琴絵とは、名目上の夫婦でしかありえぬまま、欣造は大道寺家公認の妾を迎えることとなる。やがて琴絵は智子がまだ幼いうちに病死し、智子はそのまま現在まで義父と離ればなれのまま月琴島で成長したのだった。
智子が十八になったならば、東京へ引き取られることは、前々から決まっていたことだった。東京へ出て ―― そしてふさわしい配偶者を捜すこと。それは亡き母の遺言でもあったのだ。
しかしその日を間近にして、東京の欣造と、そしてもうひとりある人物のもとへ不気味な手紙が届けられていた。ありふれた便箋に切り抜いた活字を貼りつけたその手紙は、智子を島から出さぬよう警告するものだった。智子を島から出せば、十九年前に日下部青年が死んだように、多くの男の血が流されるであろう、と。智子とそのある人物との関係を知る者は、その当人と顧問弁護士、欣造の三人しかいないはずだった。にもかかわらず警告状が届けられたことを重く見たその人物は、顧問弁護士加納辰五郎を間にたて、金田一耕助に調査を依頼する。
いっぽうその頃、修善寺にあるホテル松籟荘では、多聞連太郎なる人物が取るべき行動を決めかねていた。キャバレー赤い梟(レッド・オウル)を根城にするジゴロである彼のもとへ、数日前不思議な手紙が送られて来たのである。その手紙はいますぐ松籟荘へおもむき、そこに滞在するよう告げるものだった。しかも支度金として十万円もの大金が届けられたのだ。指示に従えば絶世の佳人と巡り会えるだろう。競争者と戦い、これを獲得せよという手紙の内容だったが、差出人すら書かれていないそれをどう判断するべきか、彼は迷っていたのである。
そして五月二十二日、松籟荘にすべての役者がそろった。
金田一耕助らのむかえをうけ月琴島を発った智子の一行と、配偶者候補である三人の青年達、大道寺欣造と妾の蔦代、その息子で智子にとっては血の繋がらない弟の文彦、そして多聞連太郎ともうひとり、変装しているらしい謎の老人。
最初に犠牲となったのは、配偶者候補のひとり、遊佐三郎であった。名家の生まれでありながらも遊び人で、多聞連太郎とも顔見知りであった彼は、時計台の中で殴り殺されたのである。
智子と琴絵の親子二代にまたがる邪恋の末に、悲劇はその幕を開けたのだった。

身をもち崩していた若者の所へ大金が送られてきて、指示に従えば絶世の美人と結婚できるぞと持ちかけられる展開は「薔薇の別荘(七つの仮面収録)」でも使われていますが、こちらの多聞連太郎の方が好感の持てる行動をとってます。いやまあ、よく考えるとかなーり強引で、ストーカーチックだったりしなくもないのですが、そこは言わないのがお約束。衣笠宮に会った瞬間、思わず「殿下」と呼びかけてるシーンが好きだったり。

家庭教師神尾秀子さんはかなりすごいお人で、完全に犯人をくってしまってます。うちの両親なんぞ「レズの家庭教師が犯人だったんだよな?」などと、作中の名もなき一般大衆のようなことを言ってたりします(笑) やはりそれだけ神尾先生のインパクトが強かったんでしょう。
……まさか映画版では犯人違ってたりしないよな(ありうる/汗)

先日から気になっていた、金田一さんがいつ松月に転がり込んだかが、作中で詳しく語られていました。
昭和二十一年の秋、南方から復員してきた金田一耕助は、落ち着くさきがなくて弱っているところへ、偶然出遭ったのが風間俊六だった。風間は当時ハマの土建業者として、かなりよい顔になっていたが、耕助の話をきくと、二号に経営させている松月という割烹旅館の離れへつれてきた。
ということで、風間との再会は獄門島後まもなくであると判明。ということは獄門島事件時には既に三角ビルに事務所があったということになるのでしょうかね。



 幽霊男 収録:幽霊男

ボーイ金田一再び(笑)

神田神保町にある共栄美術倶楽部というのは、素人写真家などにヌードモデルを提供する仲介業者である。一月も終わりのある夕方のこと、佐川幽霊男と名乗る画家がモデルを求めて現れた。たれさがった長髪や黒眼鏡、立てた襟などでその容貌はほとんど見て取れなかったが、土色に近い顔色をしており、巾着のようにすぼまった口の中に三本だけ生えた歯が薄気味悪いものを感じさせていた。
モデルとして契約した小林恵子は、翌日男のアトリエを訪れ、そこで幽霊男に麻酔薬をかがされ意識を失ってしまう。そして彼女は聚楽ホテルの一室で発見された。バスルームの浴槽で、真っ赤に染まった湯の中にその死体を浮かべて。
さらにその後も幽霊男は、同じ倶楽部に所属するモデル宮川美津子と、その護衛としてつきそっていた菊池陽介、恵子の弟の浩吉を拉致するが、彼らはかろうじて睡眠薬をかがされただけで無事に戻った。彼らの証言から、警察は現在行方不明となっている、吸血癖のある狂人画家津村一彦が事件に関わっているものとして捜査を続ける。
捜査が進展を見せぬまま一ヶ月が過ぎた頃、共栄美術倶楽部の会員達は、伊豆の高級旅館百花園を借り切って、大々的な撮影会を行った。三十余名の会員と同数のモデル達が一堂に会し、何万坪という広い庭のそこここで撮影を行うという催しである。
多くの人間が自由に行き来する中、モデルのひとり都築貞子の姿が見えなくなった。手分けして探していた一同だったが、菊池陽介と武智マリの二人がホテルから遠く離れた一角で、花畑から突き出された美しい足を発見する。てっきりポーズをつけているのだろうと近づいた菊池が目にしたものは、太腿から切断され形良く組み上げられた二本の足であった ――

あまり期待せずに読み始めたのですが、非常に面白かったです。二転三転、また反転というぐあいに、犯人の手がかりがつかめたと思ったら、実は……という展開が連続しています。種を明かされてみると、なるほどあのキャラのあの表情はそういう意味だったのかと、納得できる描写も為されているし。
そして死体は飾るわ、精神異常に吸血癖に生き人形にと、まさしく横溝節。
犯人は、あるポイントに気がつけば一発で判ります。珍しく私でもかなり初期の段階でこいつだと名指しできました。

それにしてもこの話、やけに金田一さんがテンション高いです。
犯人に出し抜かれて、地団駄踏むわ叫ぶわ激高するわ。警察に対して指示をとばすときも、珍しくどもりもせずにものすごい勢いでしゃべっています。しまいには等々力警部になだめられたあげく、手を繋いで部屋に連れ戻されたりなんかしていたりして(笑)












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金田一耕助覚書

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