++お礼SS キラー・ビィ


 ふわふわとした、淡いピンクと薔薇色を重ねたオーガンジーのドレスは、十二三とおぼしきその少女を、実に可愛らしく見せていた。
 大きく広がる、煙るように柔らかな金髪や水色の瞳。薄く施された化粧とも相まって、まるできれいに包装ラッピングされた砂糖菓子かなにかを思わせる姿だ。
 彼女に手を引かれながら後をついてゆくもう一人の少女もまた、周囲の大人達を思わず微笑ませてしまうような、いとけない愛らしさを備えていた。
 先を行く少女より幾分か年若いその姿は、少女というよりもまだ子供と表現した方が近いだろうか。少女よりは濃い蜂蜜色の髪を形良く後頭部に結い上げ、濃淡のある薄荷緑ミントグリーンのドレスを身にまとっている。少女を見返す両目は、鮮やかな碧精エメラルドだ。大理石のような白い肌にほんのり血の色がのぼって上気している様など、抱きしめたいほどに愛らしい。
「ねえ、やっぱりやめようよ。お父さまたちに怒られちゃう」
 引っぱられている少女がそんなふうに言ってみるが、相手はまるで気に止める様子もない。むしろ悪戯っぽそうに微笑んで、唇の前に指など立ててみせる。
「大丈夫よ。だいたい護衛だなんて、あんないかめしい人達に囲まれていたら、ゆっくり楽しむこともできないじゃない」
 そう言って、暗い庭を人気のない方へと向かう少女は、今宵開かれているパーティーの開催者ホスト役を務める、某大企業会長オーナーの孫娘であったりした。
 会長の誕生日を祝して、と銘打たれたそのパーティーは、惑星内でも屈指の豪華なホテルを借り切って行われており、あたりには多くの客ときらびやかな催しとが溢れんばかりに存在している。
 年若い少女達にしてみれば、自由にあちこち見て歩いては、心ゆくまで楽しみたい大イベントなことだろう。
 しかし ――
 企業も大きくなれば、当然それだけしがらみも多くなる。心ならずも敵対することとなる輩とて増えてくる。
 その結果、主役である会長の縁者には、みな護衛ボディガードがつけられることとなっていた。大部分の者達は自分の立場を理解しているが故に、それを厭うことはなかったのだが……しかしまだ年若いこの少女には、どこへ行くにもついてくる、厳つい男達の存在が気に入らなかったらしい。
 会場でたまたま知り合った少女と言葉を交わしている間に、彼女は護衛を置き去りにして、その少女といっしょに遊びにいこうと思いついたのである。
 小さな身体を生かして人混みの間を抜けた後は、意表をついていったん人の少ない裏庭を抜け、それから目を引く様々な催しを順繰りに楽しもう、と。
 自分より頭ひとつは小さな少女の手を強引に引っぱり、彼女は嬉々としてこれからの計画を口にしている。
 実際、三名いたはずの護衛の男達は、ふり返っても既に姿が見えなくなってしまっていた。ただでさえ大柄な彼らが、人の隙間を縫うように動く子供を追いかけるというのは、どう足掻いたところで無理がある。そもそも守られる意志のない護衛ガード対象ほど厄介なものはないというのが、その業界での共通認識だ。
「ほら、もうすぐ会場にもどれるわ」
 薄暗い裏庭を抜けた先、建物の向こうから明るい光と喧噪とが洩れてきている。
 小走りからなおも足を早くしようとした少女だったが、急に目の前に現れた人影に、驚いたように立ち止まった。
「きゃっ」
 思わず洩れたといった、悲鳴のような声がその唇から発せられる。
「失礼、お嬢さん」
 そう告げてくる男の声は、その内容とは裏腹に、少しも失礼だとは思っていない傲慢さを備えていた。
 逆光になって良くは見えないその男の後ろから、さらに数名が続いて姿を現す。
 その手に構えられているものを目にして、少女は今度こそ押し殺した悲鳴を洩らしていた。
 彼らが手にしていたのは、手のひらに収まるような小さなものながら ―― れっきとした小型光線銃ハンドレーザーだったのだ。
「貴女に直接の怨みはないんですがね。ちょーっと、お祖父様に聞いていただきたい、個人的なお願い事がありましてね。どうにか御招待申し上げたいと考えていたんですよ」
 お誘いしやすいところへ出てきて下さって、実に助かった、と。
 どこか嬲るような物言いで、男達は少女へと丁寧に告げてくる。
 そこは彼女も、大企業で生まれ育った人間だ。自分がいま、敵対する人間に誘拐されようとしているということは、すぐに理解できていた。だが、理解できるということと、それに相応しい対応ができるかということは、まったく別次元の問題である。
「い、いや……い……ッ」
 水色の目にうっすらと涙を浮かべかぶりを振った彼女は、反射的に甲高い声を上げようとした。
 それに反応した男は、ちっと舌を打つと大きくその手を振りあげる。
 バシッという激しい音と共に吹っ飛んだのは、緑のドレスを着た子供の方だった。
 怯えのあまり足元がおぼつかなくなったのか。ふらふらと男と少女の間に割り込んでしまったらしい。
 小さな身体とぶつかりもろともにはじき飛ばされた少女は、二人もつれるようにして芝生へと倒れ込んでしまった。
「ひ……ッ!」
 引きつけたように声も出せなくなった少女と、折り重なって倒れる子供とを、男達は下卑た笑みを浮かべながら見下ろしている。
「あまり手を掛けさせないでもらいましょうか。なんなら眠っていてもらった方が、こちらとしても楽でありがたいんですがね」
 ことさら銃を見せびらかすようにしながら、そんなふうに脅しをかけてくる。
 最早こらえようもなく、ぼろぼろと涙を流し始めた少女だったが、次の瞬間 ――

「ぐっ……」
「ぎゃぁ……っ!?」
「ッ……!!」

 くぐもった声と共に、ばたばたと男達が倒れていった。
 ほぼ同時に全員が地面に崩れた直後、さらに幾つもの人影がどこからともなくわき出してくる。
 倒れていた男達の一人が、最後の力を振り絞ったかのように肘をつき、どうにか半身を起こそうとした。
 が、現れた男の一人 ―― 黒髪に浅黒い肌を持つ、鋼色の瞳をした青年が、それを無造作に踏み潰す。その服装は、漆黒の礼服タキシードに白絹のドレスシャツ、黒いボウタイとカマーバンドを組み合わせた、夜間礼装ブラックタイだ。

「遅い!!」

 入れ替わりに起き上がり一同を怒鳴りつけたのは、薄荷緑のドレスを身につけた、蜂蜜色の髪の少女だった。
「……無茶を言わないでくれよ。女王様クイーン
 ため息混じりに答えたのは、やはり礼服をまとった一人の青年だった。純白の髪に明るい空色の瞳を持つ彼は、白皙の優男こと、傭兵団長デューク=アルシャインだ。こちらは瞳の色に合わせて、ボウタイとカマーバンドに濃藍ネイビーブルーを選択している。
 立ちあがる少女 ―― トラブル・コンダクター、殺人蜂キラー・ビィのジーンに手を貸しながら、彼は優雅な手つきでドレスの乱れを整えた。
「そりゃあ、こいつらを殺すだけなら、すぐにだってできたけどさ。いくらなんでも、こんな子供の目の前で、そんなことするわけにもいかないじゃないか。下手を打って人質にとられたりとか、そんな目に遭わせるのも可哀想だし」
 全員撃ち殺すだけであれば、相手が武器を出した瞬間にでも可能であった。だが、それではさすがに少女に対する刺激が強すぎる。おまけに全員同時に倒さなければ、まず少女を人質に取ろうとする輩が出てきた可能性は否めない。
 たとえそうなったところで、小さな子供一人避けて相手を射殺するのは簡単なことだが、やはりそれでは少女の心に大きなトラウマを残しかねない。
 故に全員同時に、急所を外して仕留められる機会チャンスを窺っていたのだというデュークに、ジーンは深々とため息を落とした。
「……こんなワガママ娘、それぐらいしてやったって良い薬だ」
 ドレスからむき出しになっている小さな肩をすくめて、子供にしか見えない専門家プロフェッショナルは厳しい言葉を吐き捨てる。
 うずくまったまま震えている少女には、もはや視線すら向けようとしていなかった。
 そんな彼女ジーンの装いは、見事なまでに普段のそれとはおもむきを変えている。
 いつもであれば、幼児体型の線が出る飾り気のないノーマルスーツに、ベビーピンクの髪を邪魔にならないというだけの理由で団子状にまとめているのだが、今宵は微笑ましいまでに愛らしいドレスアップ姿だ。
 蜂蜜色に染めた髪を後頭部で形良く結い上げ、花飾りの付いたヘアピンを何本も刺して留めている。同じく鮮やかな碧精色に変えた目の色に合わせ、膝丈のドレスは艶のある生地で仕立てた薄荷緑ミントグリーン
 むき出しになった肩から首筋にかけてほつれかかる、濃い金髪の後れ毛が、普段とはまた一風変わった雰囲気を醸し出していて。
 ……たとえそれが両手を腰に当てた仁王立ち姿であったとしてもだ。その愛らしさには、見事に一見の価値が存在していた。
 もともと、今回の依頼を受けたのはデューク率いる傭兵団のほうである。ある程度の人数を必要とする今回のような任務こそ、彼らのような大所帯が得意とする分野なのだ。だが前述の通り、守られる意志のない護衛対象の保護ほどやっかいなものはない。
 孫娘の様子を見て、一目で護衛を撒こうとするだろうと予測したデュークは、すぐにジーンへと連絡を取り、一見同年代に見える彼女へとそのあたりのフォローを依頼したのである。
 案の定、偶然を装って接触した直後、人気のない方向へ向かおうとする彼女の行動をデューク達に知らせつつ、ジーンは密かに彼女を護衛ガードしていた。殴られそうになったとき間に割り込んだのも、もちろんわざとである。そのまま彼女と共に地面へ転がったのは、狙撃の邪魔にならないようにとの配慮からだ。
「ったく、これだからお嬢様ってやつは……ッ」
 ぼやく途中で言葉を切ったジーンは、指で無造作に唇の端を拭った。その親指の腹に、わずかながら血が付いてくる。殴られた際に切れたらしい。頬も熱を持って腫れてきている。
 顔をしかめるジーンに、カインがなにかを言おうとした。
 が、それより一瞬早く、周囲で武器や倒れた男共の始末をしていたデュークの部下達が、血相を変えて声を張りあげた。
「大丈夫ッスか!? クイーンッ」
「うわ、真っ赤になってるじゃないですか!」
「誰か冷やすモン持ってこい!!」
「救急セットどこだ!?」
 右往左往する男共は、全員カインや団長にならって礼服をまとっていたが、みな見事なまでに身についていなかった。もともとごつくて筋肉質な体格の持ち主が多い業種だ。どこからどう見ても、借り物の域を出ていない。
「あー、ちょっと切っただけだから大丈夫だって。それよりさっさと、そいつら片付けて……って、おーい、聞いてるか?」
 呆れたように声をかけるジーンだったが、その言葉通り、誰一人として耳を貸そうとする者はいなかった。
 どうぞ! と、あちこちから差し出される濡らしたハンカチや保冷剤、湿布に消毒薬などを前に、ジーンはもはや幾度目とも判らぬため息を深々とこぼした。
「あー、まあ……それだけ慕われてるんだと思って、大目に見てやっておくれよ」
 苦笑しながらそう告げるデュークに、ジーンはがっくりと両肩を落とした。
 そうしてカインの手から受けとった保冷剤のパックを、無造作に頬へと押し当てる。

 その姿はやはり、どこまでも愛らしく、微笑ましいそれだったのである ――



―― 多分、クイーン親衛隊みたいなファンクラブが存在しています(笑)<デュークの傭兵団



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