++拍手お礼SS 骨董品店 日月堂


 いつものように、日月堂で茶など飲みつつ他愛のない会話を交わしていた和馬は、ふと円卓のすみに置かれているノートに目を止めた。
 それはなんの変哲もない大学ノートだった。だがむしろそれだけに、古今東西の骨董を集めた店内の雰囲気から、奇妙に浮かび上がって見える。それに晴明は几帳面な人間だったから、自身が勉強で使っているそれには必ず科目名や名前を記入しているのだが、いまそこにある表紙には、なんらそういったものは書かれていなかった。しかし新品でもないようだ。
「どうしたんだ、このノート」
 なんとはなし手を伸ばしつつ問いかけた和馬に、晴明はああ、と笑って答えた。
「凪や篝が、なんだか私が勉強しているのをおもしろそうに見ていたんで、一冊差し上げたんです」
「へーえ」
 落書きでもしてあるのだろうか。
 ぱらぱらと軽くめくってみる。
 意外にも、複数の筆跡でなにやら書かれているようだった。








 ○月×日
 きょうは、カズマがあそびにきた。
 おみやげに「どじょうすくいまんじゅう」というものをもらった。おいしかった。
 おれいにくるまにえをかいたら、ケイカにたたかれた。
 せっかくかっこよくできたのに。     かがり





 ◇月☆日
 ハルアキをお手伝いして、いっしょに地下倉庫の整理をしました。
 きれいなものがいっぱいあって、楽しかったです。特にお花の形をしたブローチがかわいくて、とてもつけてみたかったけれど「凪は服を着ていないから無理ですね」って言われて、すごく残念でした。
 しょんぼりしていたら、前に和馬さんからもらったおリボンを結んでくれました。うれしいvv      凪





 △月□日
 晴明の留守中に侵入者があった。金目の物を目当てとした盗人のようだ。
 裏口から入り店内を物色しようとしていたが、下手に傷つければ晴明が悲しむだろう。どうするべきか思案している間に、凪が出迎えに出た。
 良い具合に腰を抜かしたので、そのまま記憶を奪い、外へ放り出しておく。
 小物をいくつか壊されたのが不覚。今度から警戒を厳重にするよう、みなに徹底するべし。      由良





 ◇月◎日
 午後より美術商の田中氏が来訪。彼はいつも肩に『何か』を乗せて来る。かなり憑かれ易い男らしい。
 今回は長い髪をした女の怨念だった。とりあえず食べておいた。害はないと思う。      蛍火





 某月某日
 客人某来たり。茶碗を所望す。
 店主と共にしばし歓談せしのち帰宅、これにて十度(とたび)。
 心なしか茶碗について語るより、店主について問うことが多き傾向にあり。また手を伸ばして触れる事を好む。
 要注意なり。      九十九







「……和馬さん、和馬さん!」
「え……あっ?」
「お疲れなんですか? こんなところで眠るとお風邪を召しますよ」
 お休みになるなら、上の部屋でどうぞ、と。
 心配げにのぞき込んでくる青年をしばしまじまじと見返して、和馬は手元に目を落とした。そこにはなにもない。
「……すまん、寝てたか」
「ええ。私が席を外した、ほんの五分ぐらいの間ですが」
「そうか……そうだよな」
 どうもうたた寝をしたはずみに、妙な夢を見てしまったらしい。
 思わず額に手をあてて苦笑いした。確かに夕べは秋月家の方の仕事で、遅くまでさんざん走りまわらされていた。自覚していた以上に疲れているのかもしれない。
「ちょっと仮眠させてもらうわ」
 椅子を引いて立ち上がる。
 と ――
 ふと動いた視界のすみに、見覚えのあるものが入った。
 表には、科目名も名前も書かれていない、しかし新品ではないらしい大学ノート。
 思わず動きを止めた和馬に、晴明が首をかしげるようにして問いかけてくる。
「和馬さん?」
「…………」
「どうかなさったんですか?」
「…………」




―― さて真相はいずこ(笑)



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