Think of you キラー・ビィシリーズ 第五話 外伝
〜 Kaine 〜
― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
「アンタ、ほんっと強いわよねえ」
金属鞭の手入れをするカインをのぞき込むようにして、リュイリカはしみじみとそう言った。
豪奢な輝きを放つ黄金の髪をかき上げ、じっくりとその横顔を鑑賞している。
カインは眉一つ動かさず、ひたすら武器を分解することに専念していた。小さな部品のひとつひとつを丁寧に取り外し、結合部分を専用の工具で掃除してゆく。
相手にされていないことを気にも止めず、リュイリカはひたすら上機嫌に先を続けた。
「アタシさぁ、あんま細っこい男って好みじゃなかったんだけど、アンタ別だなァ」
ね、ね、と上目遣いになって肩口をつつく。
「どう、今度の作戦が終わったら、一発つきあってくんない?」
一発、という単語は、どう聞いても食事とかデートとかいった可愛らしいものを示すそれではなかった。だが卑猥なはずのその誘いは、あっけらかんとした彼女の物言いのせいか、ひどく健康的なものに聞こえる。
隣のテーブルで専用端末をいじっていたバールが、長い首を揺らめかせて苦笑した。
ようやく目を上げてリュイリカを見返したカインは、しかしやはり無言のままかぶりを振っただけだ。
「なぁに? たくましい女は好みじゃないってこと」
気を悪くした様子もなく、頬杖をついて尋ねてくるリュイリカに、やっと彼は口を開いた。
「いや。女は ―― 強い方が、良い」
その言葉に、リュイリカは嬉しそうに破顔する。
「話わかるじゃん! ますます好きになっちゃうな」
うふふ、と肉感的な唇を歪めて笑った。
それから、視線をカインの手元へと落とす。
「珍しい武器つかってるよね。それ、あれだろ? エスレイルの内戦でえらくはやった」
「……あの星に、いたのか」
その問いには、ぱたぱたと手を振って答えた。
「あはは、何年前の話だと思ってんのさ。話で聞いただけだよ。ひっでぇ戦いだったんだって、有名じゃん。なんかしまいにゃろくな武器弾薬も無くなって、弾切れになった銃で殴りあったりとかしてたって?」
ふと、肉食獣のような琥珀色の双眸が、すごみのある輝きを放った。
もしもアタシがそこにいたら、殺して殺して殺しまくったのに、と続ける。
カストル星人は、体内に出し入れ自在な鋭い鎌状の攻撃器官を有している。それに加えて、筋力・体力・瞬発力などが極めて発達しており、非常に肉弾戦に卓越した種族として知られていた。
そしてリュイリカの好戦的な性格もまた、典型的なカストル星人としてのそれである。
赤い舌でちろりと唇を舐め、くすくす笑う女を、カインは底の見えない鋼色の瞳で見つめ返した。
やがてまた作業へと戻り、慣れた手つきで部品を組み立ててゆく。
最後のひとつを音を立ててはめこみ、あたりに広げていた工具を片づけはじめた。
機を見計らったかのように、リストバンドの通信機からジーンの声が発せられる。
『そろそろ時間だぜ』
「ああ」
椅子から立ち上がり、組み上がったばかりの武器を手になじませるカインを、リュイリカはまだ座ったままで眺め上げた。
「……なんかさぁ……もしかしてアタシ、気ィさわること言っちゃった?」
組んだ足をぶらぶらさせて問いかける。カインはちらりと一瞥した。
「 ―― ハニカムの船籍は、エスレイルだ」
数十年前、長く凄惨な戦いの末に統一政権をうち立てたかの星こそ、自分達の持ち船が最後に還るべき、母港なのだと。
それだけ告げて部屋を出てゆく背中を、リュイリカは納得したように見送った。
“ふられちゃったね”
顎で端末の蓋を閉じたバールが、椅子からのたくり降りる。
「なんだって、良い男ってのはみぃんなこう、どっかに傷持ってんだろうねえ」
ため息をついてかぶりを振る相棒に、バールは首を傾げてまばたきしてみせた。
“そりゃぁ ―― リュイリカの好みが、そんな男ばっかりだからだろ?”
「……そうなんだよねぇ」
身も蓋もない物言いに、リュイリカは喉の奥で笑った。
そうして、勢いよく足を振って床へと降り立つ。
「ま、良いさ。なにも男はあいつだけって訳でもないんだし」
口説くチャンスもまだまだ残ってるしね。
こたえた様子のないリュイリカに、バールはただ尻尾を揺らめかせるばかりだ。
コンピュータールームで端末を操作していたジーンは、背後で扉が開く音を耳にして、一瞬だけ振り返った。
すべるような足取りで近づいてくる相棒を認め、再び視線を画面へと戻す。
「エアロックに向かったんじゃなかったのか」
「ああ」
カインは短く言って、ジーンが座る席のすぐ傍らで足を止めた。
「……どうかしたのか?」
口を開くでもなく、無言でたたずむ彼に、ジーンは操作を続けつつ問いかける。
その声音に滲む、ほのかな気遣いの響き。
「ジーン ―― 」
カインが小さく名を呼ぶ。
「なんだ」
今度こそ顔を上げたジーンは、シートの中から相棒を見かえした。
きっちりとまとめられたベビーピンクの髪。首飾りをはずし、あらわになった細い首筋から、幾本も伸びるとりどりのケーブル。
カインを見かえす睫毛の長い瞳に浮かぶのは、どこまでも硬質な鋭い光だ。
肉体こそ子供でありながら、カインにとっては見事なほどに『女』だった少女とは ―― まるで似ても似つかない、その姿。
一瞥しただけではっきりと判る、その、違いこそが ――
「…………」
小さく呟かれた単語を聞き取りそこね、ジーンが細い眉をしかめる。
「カイン?」
「……いや」
カインはかぶりを振ると、人差し指でジーンの生え際を指さした。
「髪が、おかしくなってる」
かまったのかと問いかけられて、ジーンはちょっと首を傾げた。
「そういや……かき回したかも。さっき」
戦闘訓練中のカイン達を眺めながら、無意識に頭をいじっていたような覚えがある。
「とりあえず下ろしとくか」
無造作にピンをはずしていく彼女を、カインは無言で眺めていた。
ローズは、他人に頭をかまわせることを好いてはいなかった。そもそも彼女は、髪を結い上げること自体、ほとんどしなかったのだから。また、いつも身体の線が隠れるような、裾の長い衣服を好み、電子機器などは必要最低限使用するだけであった。
もしもこの少女が、もっと彼女を彷彿とさせる存在であったなら……
―― ローズが犯罪組織に拉致されたことを知り、死力を尽くして助け出した時には、既に全てが遅かった。
意識を取り戻した彼女が自分を見る目は、既に見知らぬ他人の意志をたたえたそれでしかなく。
彼女が彼女ではないのだと確信した時に覚えた、あの凶暴な衝動は、今も記憶に鮮明だった。
贋物など、欲しくはない。
イミテーションは、けして真物ではありえず。そして彼女の他に、彼女が存在する必要など、断じて認められはしなかった。
しかし……
伸ばしたカインの指先が、無防備にさらされたジーンの首筋へと触れる。
ごく細いそのうなじは、ツボを心得たカインの腕であれば、一瞬でへし折ることができるだろうそれだ。
「 ―――― 」
皮膚に貼り付いた後れ毛を掻き上げる指に、ジーンはくすぐったそうに肩をすくめた。
「軽くでいいから、まとめといてくれないか」
「ああ」
カインはうなずくと、長い髪を三つ編みにしはじめた。
「簡単で良いんだぜ? もう時間になるし」
「判ってる」
答えながらも手際よく編み終え、ポケットから取り出したリボンで先を結んだ。
つやのあるパールホワイトの細布は、淡い色の髪に良く映える。外見年齢の幼い彼女は、そういった装飾が実によく似合った。
ローズは、絶対にそんなものなど身につけようとはしなかったけれど。
一歩退いて満足げにうなずいたカインは、既に猶予の無くなっている残り時刻を確認して、ようやくきびすを返した。
「気ぃつけてな」
後ろからかけられる言葉を背に、自動扉をくぐる。
エアロックまでの所要時間は早足で十秒弱。
他に通る者もいない通路を、カインは大股で進んでいった。
故に、その口の中で呟かれた言葉を耳にする者は、誰もいはしない。
そして、その口元に浮かべられた、かすかな微笑みを目にするものもまた、誰ひとりとして存在しはしなかった ――
― 了 ―
(2002/3/16 14:58)
今回のお話で登場のリュイリカ姐さんですが、彼女の設定(カストル星人)については、「
APPLE BY CLOCKWORK」の栗戸くら様よりお借りしました。こころよく設定をお貸し下さった栗戸様、まことにありがとうございました。
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