4.睡蓮。 穢れなき強さと孤独
 花から連想5のお題より】
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
 
神崎 真


 アーティルトがその花を目にするたびに、いつも心に浮かぶ人物がいる。
 そして同時に、思い出される言葉があった。
 それは、氏より育ち。
 そして、氏素性は争われぬ。
 まったく真逆の意味を持つ二つの言葉が、あの青年の中には矛盾することなく混在していると、彼にはいつもそんなふうに思われてならない。


 その育ちは、きっと今その周囲にいる者達の中でも、もっとも過酷なそれであっただろう。幼き頃に庇護者を失い、文字通り泥にまみれ、飢えに苦しみ、地を這いずるような思いで生きながらえてきたであろう、その半生。
 それを思えば、彼がどれほど残忍な性質を備えていても不思議はなかった。
 山賊や盗人、弱者を虐げては罪を犯すような、どこにでもいる破落戸ごろつきどものほとんどが、同じ言い訳をするはずだった。
 自分達は誰にも守られることなく生きてきた。ならばどうして、今さら誰かを守らなければならないのだと。
 最低最悪の環境で育ってきた自分達は、ならば最低最悪の生き方しか選べないのだと。
 胸すら張り、すべての責任を他者へと転嫁して、彼らはそううそぶくことだろう。
 それはある意味、間違いではない。
 みずからも虐げられた過去を持つアーティルトは、そんなふうにも思っていた。
 自分には、幸運にも差し伸べられた手があった。優しく温かな村人に囲まれて、飢えることのない生活を得ることができた。だからこそ、こうしてまがりなりにも『善人』と他者に評される立場にあることができる。


 けれど、あの青年は。


 王太子と国王陛下とに見出みいだされるまでの彼は、庇護者も、差し伸べられる手もないままに、自らの手で自らの運命を切り開き、最悪の環境から抜け出していた。
 用心棒という、自らの技を金で売るその稼業は、王宮に出入りする者達からすれば、眉をひそめるような下賤の職に過ぎなかったけれど。
 それでもそれは、彼が自身の手で勝ち取った自ら立つべき場所であり ―― そうして、たとえ金と引き替えであったとしても、何かを『守る』という行為に他ならなかった。


 そうして破邪騎士という名を得て、飢えることも路頭に迷う心配も失った彼は。
 口でこそ汚く他者を罵り、粗暴な態度を装ってみせながら。
 それでも自分より弱いと判断した相手には、無条件とも呼べる率直さでその手を差し伸べてみせる。


 その、優しさは。
 純粋とさえ呼べる、高潔な有りようは。


 濁りよどんだどぶ泥の中にその根を張り、それでも水面に美しく清らかな花を咲かせるあの姿に、ひどく似てはいやしないかと。


 彼の相棒を自認するアーティルトは、いつもそう思ってやまないのだった。


 睡蓮 ―― 泥の中に花開く、信仰の象徴。花言葉は「優しさ」、「純粋」、そして「清純な心」。




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