それは、ある年のギルモア邸。
いつものように、仲間達全てが集まって、楽しくも騒がしい年明けを過ごした朝のこと。
普段は新聞の取り込みなど、面倒がって絶対にやらないジェットが、妙にいそいそと郵便受けを見に行った。
そして……複雑な表情と共に、部屋へと戻ってきた。
その両手には、白地に赤いインクでプリントされた、この時期この国独特のポストカードが束になって握られている。
「年賀状か。これはまた……ずいぶんたくさん来たもんじゃのう」
朝食の席に着いていたギルモア博士が、そう言って目をしばたたいた。
博士には研究者仲間など連絡を取り合う相手こそ多かったが、それらの人々は、こういった時事の挨拶などあまり意識しない人物がほとんどだった。故に例年、年賀状やニューイヤーカードなどほとんど舞い込むことはなく、昨年などもそれでみんなして苦笑いしていたぐらいだったのだが。
しかしいまジェットが手にしている量は、ざっと見積もっても100枚近くある。
「っていうかさ……これ……」
ジェットの顔は、なんとも形容しにくいものだ。
いや、彼だけではない。
何故だか室内にいる仲間達全員が、微妙な表情を浮かべて年賀状の山を眺めている。
「……なんでオレ宛のがここに届いてるんだ」
アルベルトが手を伸ばし、一枚を取り上げた。確かにその宛名は“Albert Heinrich”となっている。
彼が現在ギルモア邸に滞在しているのは、あくまで休暇中だからであり、普段の起居はドイツのアパートで行っている。年末年始に旅行へゆくと、勤務先には告げてあったが、それでも住所まで言い置いてきたわけではない。まして日本の葉書で来るとなると。
いったい誰からだ、と眉をひそめてひっくり返す。目に飛び込んできたのは下手くそな羊の絵と、ミミズがのたくったかのようなサイン。
その横では、ジェットがやはり自分宛に届いた年賀状に目を通していた。差出人の署名は ――
「……なんで、同じ家に泊まってるのに、わざわざ年賀状出すんだよ」
ジェットはジト目で隣に立つ男を見た。
そしてその相手は、ため息をついてひらひらと葉書を揺らす。“Jet”の文字が、その動きにつれてひらめいた。
「お前こそ」
テーブルの上に広げられた年賀状に、ほかのメンバーも次々と手を伸ばした。
イワン・ウィスキー。
ジェット・リンク。
フランソワーズ・アルヌール。
アルベルト・ハインリヒ。
ジェロニモ・ジュニア。
張々湖。
グレート・ブリテン。
ピュンマ。
島村ジョー。
アイザック・ギルモア。
それぞれの名前が日本語で、あるいはそれぞれの母国の文字で、宛名となり、差出人となり幾枚もの葉書に記されている。
一人から九人へ。九人から一人へ。
仲間から仲間へと送られた、新年の挨拶たち。
やがて、皆は互いに顔を見合わせると、誰からともなく笑い始めた。
「みんな考えることは同じネ」
張々湖がそう言って肩をすくめれば、
「おどかそうと思ったんだけどなぁ」
ジョーが頭を掻きながら照れ臭そうにうつむいた。
“……セッカクじぇっとニ投函シテキテモラッタノニ”
ちょっと拗ねたようなイワンは、念動力を使ってがんばったらしい。
「あら、いいじゃない。私は嬉しいわ」
自分に宛てられたものを集めて、フランソワーズは大切そうに抱きしめた。
その仕草に、一同が柔らかな微笑みを浮かべる。
「……うん、いいよね。こういうのも」
「ウム」
ピュンマが言う横で、ジェロニモもうなずいた。
「我々らしいではないか!」
両手を広げて天を仰ぎ、グレートが朗々とした声を上げる。
「……そうじゃのう」
目を細めて年賀状の束を眺めるギルモア博士は、実に、実に嬉しそうだ。
―― これ以降。
新年を迎えるたびに、彼らの間ではメッセージを贈り合うことが慣例となった。
用事があって、集まることのできなかった相手にも、同じ屋根の下、共に時を過ごしている相手にも。
時には葉書で、時には電話で。時には走り書きに過ぎないメモ紙一枚であったりもしたけれど。
それでも、そんなただ一言のメッセージは、仲間達にとってとても温かく、優しい気持ちを思い出させてくれるものであった。
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A HAPPY NEW YEAR...
―― 明けましておめでとうございます ――
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