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 八 かくれんぼ 3
 特殊次元・特殊生物対策処理委員会特殊処理実働課
 創作小説を書く人に十のテーマより】
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2003/12/22 16:53)
神崎 真


 お前がいれば、それでいい。
 お前が生きていけるのなら、エサなど幾らでも探してこよう。
 【妖物】を狩ろうか。それとも人を殺そうか。
 そんな行為が人でなしだというのなら、別にオレは人間ヒトでなくなったって構いやしない。
 たとえお前が化け物と呼ばれても、オレが人間でなくなっても。
 そんなことは、どうだって良いんだ。


 どこにいたって、どんな姿になったって、オレはお前を見つけてやる。
 天国でも地獄でも、人間でも化け物でも。
 お前がお前でさえありさえすれば、オレはそれで良いんだ。


 ―― ごめんな。
 オレは本当に、どうだって良いんだ。
 お前が化け物と呼ばれても、オレが人間でなくなっても。


 たとえそのことで、
 お前自身がどれだけ苦しむのだとしても ――


◆  ◇  ◆


 その男は、ある日突然やってきた。
「悪い話じゃ、ないと思うんだけど?」
 いつもの通りに、化け物を狩って。
 異臭を放つ体液と死骸のただ中で、そいつは顔色ひとつ変えようとせず、提案してきたものだった。
 自分達の組織に専属する気はないか、と。
 はっきり言って、めんどうだった。規律だの義務だの、そんなものを押しつけられるのは御免だったし、いざその場に身を置けば、欲しくもない同僚あたりとも、それなりにつきあっていかなければならないだろう。考えるだけでも、うんざりだった。
 結論だけ言えば、否と即答するつもりでいたのだ。
 だが ――
「興味があるみたいだね」
 にこやかな、底の見えない微笑みを浮かべ、そいつは断言した。
 笑顔の向けられる先は、自分ではなく相棒の方。
 そう。
 相棒は明らかにその言葉に興味をそそられているようだった。たとえ口にしては出さずとも、表情にはあらわさずとも、自分にははっきりそれが判る。この目とこの耳には、それがはっきりととらえられる。
 奴は、人間ひととつきあうことが好きだった。
 自分は化け物一歩手前の、そんな生き物でしかないくせに、それでも人間の側にいたいと、いつもそんなふうに望んでいた。
 だから、
 男の言う組織とやらへの勧誘に、ひどく心が動き、内心で思案しているのがよく判る。


 ―― きっと、面倒なことになるだろう。
 自分達が組織だったものに関われば、いずれ必ず悶着が起こるに違いない。そして実際にそうなった時に、きっと奴は傷つく。けして表には見せようとしないままに、ひどく傷つき、苦しむだろう。
 それは予想とすら言えない、いつか来る確実な未来だった。
 けれど、それでも。
「悪くないって言うからには、もちろんメリットってもんがあるんだよな」
 まさか給料払いが良いって、それっぱかりの話じゃあるまい?
 ようやく口を開いたこちらの態度に、食いついたと判断したのか。
 男の表情がいっそうにこやかなものへと変わっていた。


◆  ◇  ◆


 彼らが互いに出会ったのは、二人ともまだ子供の域を出ることのない、少年の頃であった。
 一方は、闇の中で時に青く光る、異形の瞳を持つ少年。
 常人の目には映らぬものを見つけ出し、聞こえぬものを耳にする。そんな彼に与えられた【マオ】の名は、実に判りやすくその能力を表現していた。
 もちろんのこと、生まれた時につけられた、両親からのそれではあり得ない。
 幼少時から余人には理解できぬものを見聞きする子供を、産みの親は疎み恐れていた。もともとさほど裕福な家庭ではなかっただけに、わずかばかりの金銭と引き替えに手放すことをも、あっけないほど簡単に了承した。
 そうしてもらわれていった先が、道教的な色合いを持つ秘密結社だったことは、むしろ異能を持つ子供にとって恵まれていたことだったかもしれない。少なくとも誰からの理解も得られない中で、変人や精神病患者として排斥されたり、あるいは孤独故に真実心を病んでいくよりは、よほど幸せなことだったろう。
 そうしてそこで非日常的なものを見る能力 ―― 見鬼けんきとしての才を認められた彼は、その能力を磨きつつ符呪士としての修行を積むことになった。マオという名を与えられたのもそこでのことで、既に自身でも持って生まれた本来の名など、記憶に残っていないというのが正直なところだった。
 そもそも不幸の度合いで計るならば、もう一方の少年 ―― フォンの方がよほど悲惨な経緯をたどっている。
 彼自身は、ごく普通の家に生まれた、ごくごく普通の子供でしかなかったのだ。しかしやはり似たような秘密結社の手によって拉致された彼は、あやしげな儀式のにえとして捧げられたのである。
 そのような非人道的な儀式を行う結社は、当然ほかの組織から激しい非難と排斥を受けていた。該当の儀式もまた、突入した他の術者達の手により妨害され、不完全なままに中断し ―― しかし救出されたフォンは、既に元通りの生活に復帰できぬだけの変化を遂げてしまっていたのである。
 そんな彼を哀れんだ術者達は、彼を処分したり、また親元に帰すことを選びはせず、代わりに自分達の結社の中で養育することを決めた。その結社こそが、マオが引き取られたそれと同じ組織だったというわけである。
 年齢の近い、共に身よりも持たぬ二人の少年はそうして出会い ――
 数年の時と紆余曲折を経た現在、既に当の結社はどこにも存在せず、彼らは二人ともに故郷を離れ、異国の地にその身を置いている。
 依頼を受けて化け物を狩る、フリーの退魔士として生活していた彼らをスカウトしたのは、政府に所属する公的機関、特殊次元・特殊生物対策処理委員会特殊処理実働課。
 密入国の不法滞在者だった二人にとって、日本国籍の取得と定住できる家、安定した収入はかなりの魅力を持っていた。なによりも、あえてこちらから探さずとも、フォンの糧となる【妖物】にまみえられること。たとえ飢えに負け目の前で【妖物】を引き裂き喰らったとしても、人間に害さえ与えなければ、無かったこととして隠蔽工作される権力の庇護。それらは化け物として追われる危険と背中合わせで生きてきた彼らにとって、ひどくありがたいものではあった。
 だがそれは同時に、ひとたびその庇護を失えば ―― すなわち人間に対し危害を及ぼす存在だとそう判断されたならば、即座に処分に回される、そんな諸刃の剣でもあって。
 そして彼らは ―― いや『彼』は。
 けして他人を傷つけることなどしない、と。
 そう断言することなど、どうしてもできなかったのである。


◆  ◇  ◆


「俺、前から不思議に思ってたんだけどさ」
 現場へと移動する車の中で、ふと思い出したように問いかけてきたのは、アルバイトとして最近【特処】へ出入りするようになった、片桐拓也少年であった。
 まだ経験の浅い彼を仕事に慣れさせるつもりなのか、課長はさほど必要がない現場に対しても、拓也を派遣するよう指示することがあった。今回も、【歪み】を見つけるだけならばマオで充分対応できるというのに、拓也を同行するよう指示が下っている。
「なにが不思議だって? 坊主」
 首の後ろで腕を組み、シートに深々ともたれかかるという ―― 要するに退屈を持てあましている状態のマオは、暇つぶしもかねてそう問い返してやった。
 坊主呼ばわりされたことにむっと唇を尖らせかけた拓也だったが、いちいち文句をつけたところでからかわれるだけだと学習したらしく、ひとまずそれへは反論してこない。
「だからさ、なんでマオさんはフォンさんの言ってることが判るのかって」
 そう言って、マオを挟んだ反対側に座る青年へと視線を投げた。
 無口、無表情。言葉を話すどころか、その感情の色すらめったに表すことない青年は、意思表示が必要になった場合、相棒であるマオにその内容を代弁させていた。
 それがまた、二人の間でのみ通じる身振りだとか目配せとかいったものがある様子でもなく、はたから見る限りにおいては、単にマオが一人で好き勝手にしゃべっているとしか思えないのである。無口な青年につけ込んで、ちゃっかり自分の意志を二人の意見にすり替えて主張しているのではないか、と。そんなふうにも見えかねない。
 だが、どうもマオの口先だけではなく、ちゃんと代弁が為されているらしいというのは、しばらくこの二人とつきあっていれば、なんとなく察せられた。それというのもマオがフォンに叱責されているとおぼしき場面などが、実にしばしば見受けられるのである。
 マオがよほど手の込んだ芝居をして ―― そしてフォンがそれを容認しているのでもない限り、彼がそれなりにフォンの言いたいことを正確に読みとっているのは明らかだった。
 だから、
 どうやってそんなことが可能なのかと問いかけてくる拓也を、マオはしばらく無言でまじまじと見つめ返したものだった。むしろ訊いた拓也の方の居心地が悪くなるほどに。
「 ―― って、お前まさか、マジで知らなかったワケ?」
 ようやく口を開いたかと思えば、そんなふうに問いかけてくる。
「え、知らないって……」
 いったい何を。
 真面目に判らないでいるらしい拓也に、マオはあ然とした表情を向けた。
 実はこれはかなり珍しいことで、この青年がここまで『素』の反応を見せることは、そう滅多にあるものではなかった。
「いやだからさ、お前オレの能力、ちゃんと判ってる?」
 そう言われて、拓也もこれには馬鹿にするなと反論した。
「だから符呪士だろ」
 紙に書かれた呪い符を媒体として、【妖物】を封じる呪術者だ。
 これまでにも何度か仕事を共にしてきて、それぐらいは理解していると告げる拓也に、マオは小さくひとつため息をつく。
「まあそうなんだけどよ。オレの場合、もう一個っていうか……そもそもの根本が違う訳よ」
「根本?」
「そ。オレは符呪士だから【特処】に入ったんじゃねえってこと」
 首を傾げる拓也に、思わせぶりな言い方は止めて、ズバリと言ってやる。
「だからオレは、普通の奴には見えないものが見えるし、聞こえないものが聞こえるの。【歪み】や隠れてる【妖物】を見つけることもできれば、口には出してない“声”を聞くこともできるわけ」
 お判り?
 間近からのぞき込んでくるマオの両目を、拓也はきょとんと見つめ返した。
 言われた言葉の内容を、しばしじっくりと考える。それから、え、と目を見開いた。
「じゃあ、マオって人の心が読めるのか!?」
「……遅いっての」
 マオはがっくりと両肩を落とした。
 しかしどこか疲れたようなその反応など、拓也の目には入っていない。
「ええっ、イヤじゃん、そんなの!」
「ストレートだね、お前さん」
「だって考えてることが判るんだろ? 嫌だってばそんなの」
 うわー、うわー、俺変なこと考えてなかったよな。
 当人を目の前にしてわたわたとおたつく。そんなある意味おおっぴらな拓也少年に、マオはやがて腕を伸ばし、その肩へと両掌を乗せた。
「いや、大丈夫だから、お前は」
 ぽんぽんと、なだめるように軽く叩いてやる。
「え、なんで」
「だってお前……考えてること、全部口に出てるし」
「…………ああっ!」
 一声叫んで動かなくなる。
 そう。
 本人はなんだかんだと突っ張ろうとするのだが、根っこの所がとことん素直にできているらしいこの少年は、考えている内容とその行動とが完璧に一致していた。
 すなわち、心など読むまでもないというやつである。
 ここまで裏表のない人間は、そうめったにいるものではない。てっきり自分の能力を知っているが故に、意識してそうふるまっているのだとばかり思っていたマオは、改めて知らされた事実に、素であっけにとられていた。
 まさか天然だったとは。
 やがて、うつむいたマオの口元から、くつくつと笑い声が漏れてくる。
「お、おもしれー奴」
 含み笑いは少しずつ大きくなり、やがて腹を抱えての爆笑となる。
 狭い車内で笑い転げるマオの姿に、運転者が迷惑そうな視線をちらりと向けてきた。そこから発せられる不快げな“声”を確かに聞き取りながら、マオはあっさりそれを黙殺する。
 彼にとって“聞く”価値のない声など、初めから存在しないも同然であったのだから。
 代わりに反応したのは、ずっと無言で隣に座っていた相棒の方だった。
 腕組みして座席に身を沈めていたフォンは、運転手の視線に気がつくと、暴れているマオへと腕を伸ばした。じたばたと動く足を無造作に掴み、床へと強引に下ろさせる。それから笑い声を上げる口元を、鼻ごと広い掌で覆った。
「ん? む……むーッ!」
 突然呼吸を奪われたマオは、いったん抗議の声を上げたが、しかしフォンに気付くとすぐおとなしくなった。暴れるのが止んだことを確認して、フォンは手をどける。
「…………」
「はい、静かにしマス」
「…………」
 ひとつうなずいて再び前を向くフォンの隣で、マオもおとなしく座り直す。
 静かになった車内に運転手はほっとひとつ息をついた。
 そして拓也少年は未だに固まり続けたままでいたりする。


◆  ◇  ◆


「ヒッ……!」
 人払いされたこの付近一帯の、果たしてどこに隠れていたのか。
 【妖物】をあらかた片づけ終えたマオの耳に、ひきつった叫び声が届いた。
 声がした方を振り返れば、浮浪者然とした汚い身なりの男が、腰を抜かしてへたりこんでいた。わなわなと震える指がまっすぐマオを指差している。
「ば、化け、化けモ……」
 その口から漏らされる言葉に、マオはむすりと唇を引き結ぶ。
 どうやらこの男は、マオが平気な顔で【妖物】を相手にする一部始終を、物陰から目撃したらしい。
「うるせえよ」
 低い声で呟いた。
「く、来るな。来るな来るな来る……」
「うるせえっての」
 しいて声を荒げるでもなく、ただ静かに吐き捨てる。
 その右手が素早い動きで一閃された。
 次の瞬間、男がびくりと硬直する。
 壊れたスピーカーのように垂れ流されていたわめき声が止まり、自らを守ろうと上げられた両手もそのままに、男はその場で動かなくなる。
 凍りついたかのように不自然に硬直した浮浪者の、その顔面を覆うように、呪い符が無造作に貼りつけられていた。
 ひらりと風にそよぐそれが、男の身の自由を奪い去っている。呪符の下で見開かれたその瞳が、恐怖の色に染まっていた。ただ一枚の紙切れで、指一本、声ひとつ意のままにならなくなった男は、唯一自由になる両目を必死に動かす。
 しかし、助けを求める視界内には、マオ以外の人物は誰一人として見受けられなかった。
 ―― いや、
 マオが男に向けていた目を、ふとその背後へと動かした。
 不快げにしかめられていた顔が、とたんに驚きに染まる。
「フォン!」
 浮浪者の存在など忘れ去ったかのように、マオは現れた相棒の元へと、足早に駆け寄っていった。
「怪我したのか!?」
 心配げに問いかけてくるマオを、フォンは軽く手を上げて制する。
 その手とは逆の腕、肩から肘のあたりにかけてが、焼けたようにただれ、破れた服の合間から剥き出しの赤い肉がのぞいていた。
 普通の人間ならば、即座に病院へとかつぎ込まねばならないだろう、ひどい状態だ。
「どうしたんだよ、お前がこんな」
 問いただしかけて、しかしマオはすぐに事情を読みとったらしい。
「そっちにも部外者がいたって? 二課の野郎ども、いったいなにやってやがるんだ」
 舌打ちして、自分が拘束している男をにらみつける。
「…………」
「隠れてたらしい、ね。勝手な真似しやがって」
 なにをどう勘違いしたのか、おそらくはどこかの施設に送り込まれることをおそれでもしたのだろう。この近辺をねぐらとする浮浪者の何人かは、【特処】による退去命令にも応じず、個々に身を隠し息を潜めていたらしい。あげく【妖物】の姿を目の当たりにして、腰を抜かしたというところか。
 それに足を引っ張られて負傷する羽目になったのだから、こちらとしては良い迷惑である。
 深々とため息をついて、マオはふと何かを思いついたように、改めて男の方を見やった。
「逃げろっつったのに逃げなかった以上、こいつが襲われるのは自業自得だよな」
「…………」
 ニヤリと口の端を上げる。
「いっそ見つけたときにはもう、くたばってたってことにしちまおうぜ」
 そう言って、マオは男の方へと足を踏み出す。持ち上げたその手には、いつの間に取り出したのか、新たな呪符が挟み込まれていた。致死性のそれを、ためらいもせず浮浪者の身体へと貼り付けようとする。
 と、一瞬早く、伸ばされた別の腕がつかみ止めた。
「…………」
 振り返れば、フォンが無表情のままかぶりを振っている。
「なんだよ。大丈夫、バレやしねえって。ちょちょっと【妖物】のせいにしてぶっ殺しちまえば、もう死んで転がってる奴は、喰ってもかまわねえってことになってるし」
 そうすりゃそんな傷ぐらいすぐ治るだろ。命令無視して居残ってた浮浪者の一人や二人、くたばったところでどうこう言う奴もいねえって。
「な?」
 名案だろうと笑うマオに、しかしフォンはもう一度大きく首を振ってみせた。
「えー、固いこと言うなよ。お前のその怪我だって、こいつらのせいじゃん。責任取らせ ―― 」
「…………」
 フォンの表情は眉ひとつ動かなかったが、しかしマオはそこでぴたりと口をつぐんだ。
「……ちぇっ」
 唇を尖らせて、それでも手首を捻り呪符を元通りしまいこむ。
 それを確認して、ようやくフォンもつかんでいた腕を解放した。
「あーあ、こんなことなら、お前が来るより先にヤッちまっとけばよかったかなあ」
 頭の後ろで腕を組んで、わざとらしくそっぽを向く。
 もう死体になってたら、お前も素直に喰ってたろ? だってもったいねえし。
 と、いっこうに悪びれないマオに、フォンはただ無表情な目を向けた。
「わーったって、やんないよ」
「…………」
「ほんとにやんないってば」
 今回は。
 内心で付け加えられた言葉に気がついているらしく、フォンはなおも視線をはずさなかった。しかしマオもまた、それ以上を口にすることはなく。代わりに続けられたのは、現在の状況には全く関係のない言葉であった。
「なあ、フォン」
「…………」
「愛してるぜ」
「…………」
 なんのてらいも脈絡もないその発言を、フォンは無言で受け止める。
 返答はなく、表情ひとつも変わることなく。それでもその言葉ゆえに動いたその心の“声”を、マオは確かに聞き取ることができた。
 だからこそ彼は、屈託ない笑顔で相棒に笑いかける。
「さって、そんじゃ坊主が戻ってくる前に、いろいろ片づけとくか」
 ぐるぐると肩から先を振りまわし、そうして彼は自らに気合いを入れていく。


◆  ◇  ◆


 ―― ごめんな、フォン。
 オレがこの組織に入ったのも、【妖物】を狩ろうとするのも、要はお前がそうするから、ただそれだけのことで。
 別にオレは、【妖物】がそのへんをうろついてようが、それで誰かがブチ殺されようが、別にどうだって良いんだ、ほんとは。殺されるのは弱いそいつの自業自得だし、それでこっちがどうこう思う必要なんか、これっぽっちもないと思うし。


 だけど、お前は違うよな。


 もしもお前が普通の身体で、【妖物】なんか喰わなくたって生きていけるのだとしても ―― それでもお前は、きっと【妖物】を狩ろうとするだろう? 誰か襲われている人間がいたら、どうにかして助けようとするだろう?
 馬鹿馬鹿しいと、そう思ってるよ、オレは。
 なんだって見も知らねえ他人のために、オレ達が身体はんなきゃなんないわけ?
 そうやって助けて、それで相手に感謝されてなに? それどころか化け物呼ばわりまでされたりして、いったいなにが楽しいの?


 オレは、そこんところが判んねえし、正直言って判りたいとも思わない。
 だってオレは、お前が横にいれば、ほんとにそれで良いんだし。
 お前が苦しんでようと、悲しんでようと、もうそれすらもどうでもよくって。


 ただお前がいれば。
 オレのそばで、生きてさえいてくれれば、それで。


 ごめんな。
 オレはもう、お前の手を離してもやれない。
 お前がどんな姿になっても、人間でなくなっても。
 どこに行っても、どこへ逃げても。
 オレはきっとお前を見つける。
 見つけて、捕まえて、離さない。
 たとえそれでお前が苦しんでも、泣いても、オレを ―― 憎んだとしても。


 それでも、きっと、
 オレはお前を見つけてしまう。
 オレのこの目で、お前を見つけて、そばにいろと縛りつける。


 これは愛じゃない。
 オレはお前を愛してるけど、でもそれと同じぐらい、これはオレのエゴだ。
 だから、ごめん。


 ごめんな。
 フォン ――

(2003/12/31 15:47)
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 ストッパーであるのは、実はマオではなくフォンの方だと、そういうお話。


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