いつか語られた遠き日の
ちなつとも様
巨大な蜘蛛が暴れている。 出動先で見た光景を一言で表すなら、そうとしか言いようがない。 足が20本近くある時点で、蜘蛛とは言えなかったりするのだが。 ともあれ、それはセフィアールが殲滅すべき魔獣であり、刻々と被害が広がっている今、早急に片をつけなければならない。 「――を使うぞ! 囲め!」 命令一下、仮称大蜘蛛をぐるりと取り囲む。 セフィアールの象徴たる細剣を構え、一斉に唱和する。 ぴたりと重なり合う乱れのない言霊に、細剣から迸る銀の光が大蜘蛛を絡めとる。 「――!」 光が収束する。大蜘蛛に集まった巨大な力は、次の瞬間、周囲を影も作らぬほど照らし、魔獣を跡形もなく消し去った。 珍しくそれに加わっていたロッドは、細剣をしまいつつ、ぶらぶらと歩き出す。後方では、同じ制服を着たものが後片付けを始めているというのに。 あれは、メスだった。だから、卵があるかもしれない。 そう一言言えばいいものを、自分で気づくべきだと、彼は切り捨てる。 珍しく切り捨てられなかったカルセストが小走りで追いついてきた。 「アートさんは向こうを見てくるみたいだ」 それに対する返事はない。ただ、小ばかにしたように鼻を鳴らすだけ。 それにしても、とカルセストは口を開く。その目は、卵がないか、その痕跡はないかと周囲を油断なく見回している。 「いつも思うんだが、あの呪文、どこの言葉なんだろうな。不思議な響きだ。一体、どんなことを言っているんだろう」 「…………」 ロッドは答えない。答えがあるわけではないが、手がかりは持っている。 あれは、この大地の言葉ではない。 狭い部屋で、男はコンソールに向かって一心にキーボードを打っていた。 部屋は暗く、手元を照らす小さなライトがあるだけ。 ぼんやりした明かりの中、男は嗤っていた。かすかに、くぐもった声が漏れる。 シュイン スライドドアが開くのに一泊遅れて、部屋に明かりがあふれた。振り返れば、険しい顔をした同僚が、そこにいた。 「……何を、している」 表情と同じきびしい声。それを余裕たっぷりに見ながら、男はエンターキーを押下した。 「残念、少し、遅かった」 同僚は男を押しのけ、コマンドを入れる。 次々と目の前に開かれるウィンドウ。 あせる同僚を嗤いながら、男はコマンドに割り込む。 「そこじゃない。ここだ」 そして開かれた画面に、同僚は凍りつく。 「何を、した」 男は答えない。ニヤニヤ嗤いに殺意が募のる。 「……これはっ あの失敗作を消し去る重要なプログラムだ! それを、改竄したのか!?」 くくく、と低い嗤い声が漏れた。くくく、くくく、…… 「く、く……ぶわーーーーははは!」 大爆笑。 呆然とする同僚に、男はひいひいと苦しそうに腹を抑えている。 「か、改竄、……ああ、したとも。ここだ」 そして開かれるファイル。には。 『くじけるな! こんなところで心折られるわけにはいかないんだ! みんなの希望を、俺たちは背負っているんだ! さあ、立ち上がれ! 敵は目の前だ、心を合わせろ!』 「……なんだ、これは」 「まあ、全部読めって。傑作だから」 『風の光よ、水のきらめきよ! 今こそ、俺たちの声にこたえてくれ! 聡明なる声を鋭き棘に、優しき呟きを凍える刃に! 顕現せよ! ウィンドブリザードハレーション!!』 「なんだこれは〜〜〜〜〜!!!」 同僚は顔を真っ赤にして男を見た。痙攣しながら笑う男を。 「なんでプログラムを発動させるキーがこんなふざけたものになってるんだ!?」 「書き換えたからだよ、当然だろ!」 同僚は怒りで茹りそうになりながら他のプログラムキーを開いていく。 『お前は、死を知っているか? 死を、すぐ隣に感じたことはあるか? 俺は、ある。こんなにも生きていることは偶然で、生命が仮初に過ぎないと、全ては死に至るその過程に過ぎないんだ』 『ちょっと! こんなことしてただで済むと思ってんの!? みんなを苦しめたこと、許さないんだから! マジカルハリケーン、いっちゃうわよ!?』 『俺を! この俺を! 呼んだか!? この、天上天下唯我独尊ミラクルトリッキー超☆はいぱぁ弩級スペシャリスト魔獣ハンターの、この俺様を!!』 わなわなと震えながらキー変更のコマンドを入れる。が、弾かれる。 「だから、遅いって言ったろ?」 やりきった感まんまんの男に、同僚は一言、つぶやいた。 「お前、馬鹿だろ」 暗がりに見つけた卵を、一つ残らずつぶして燃やす。 ひどい臭いに顔を歪めながらも、ロッドは一息ついた。おそらく、これが最後の卵だ。 火の始末をしながら、彼はふと、カルセストの言葉を思い出した。 一体、どんなことを言っているのか。 自嘲気味に嗤い、踵を返す。 それを知るものは、すでにいないのだから。 終わり
リアル友達ちなつともより、二次小説第三段を頂きました! 楽園シリーズ再びですよ!! しかも今回はパラレルではなく舞台設定そのまんまですよvv 最初に読み始めた時、我がキャラながら「おおお、なんだか格好良い!」とワクワクしながら読んでいて、いきなり時系列が過去へと飛んで、さらにドキドキしながら読んでいたら、オチが、オチが……っっ(悶絶) ナイスちなつっ(サムズアップ) なまじラストがシリアスなままだけに、楽しすぎます(笑) ……ロッドはどこまで事情を把握した上で、呪文を省略してるんだろうvv |