死ニ至ル病 ── 汚染拡大 outbreak 1  




 事務所代わりの倉庫は、窓も扉もきっちり閉じられました。元々そう広くない倉庫ですが、事務所兼仮眠室として机やら何やらが無理やり詰め込まれています。そんな窮屈なところに、大の大人が5人も詰めています。下手に座れないので、全員立っています。
 ジョシュア医術師とヤン診療所医、ロウウェンにロウウェンの助手としてのレイシン。そしてアレクシア。秘密の会合にフードを目深にかぶった怪しい白ローブが参加することに医師二人は難色を見せましたが、ロウウェンが引かないので折れざるを得ませんでした。
 まず口を開いたのは、ジョシュアでした。
「これは、病ではないかも知れません」
 沈黙がおります。何の前置きもない、唐突な言葉。にわかには信じがたいと、誰もが同じことを思います。
「ちょ、ちょっと……待ってください」
 独特のイントネーションでヤンが言います。
「何を言ってはるんですか。病気やないなら、何やっちゅぅんです」
「…………その答えを聞くために、ロウウェン様が戻るのを待っていたんですよ」
 視線が、ロウウェンに集まります。ロウウェンはふっと短く息を吐き出します。
「面白いことを言い出しますね。確かに僕も、これは伝染病などではないと、考えていたところです。ところが先生は病ですらないかも知れないと言う。そこまでは考えつかなかった。実に興味深い発言です。では、」
 魔王の腹心と例えられる冷たい目が、ジョシュアを捉えます。
「先生がそう思う根拠は何ですか。手立てがないからとか、そんな理由ではないのでしょう?」
「もちろんです」
 きっぱりと言い切り、しかしううむと黙り込んでしまいます。
「……どうにも、上手く説明できるか自信がありませんが。そもそも、……最初から、違和感を覚えていたのですよ。罹患者の症状が、あまりにも……あまりにも、異様なんです」
 確かに、異様と言えます。他に類を見ないような、奇妙な痣。それだけで、十分。しかしジョシュアは首を横に振ります。
「確かに痣は奇妙ではありますが、では、この奇病の特徴である痣。あの痣を除いたら、病気の症状として何が残ると思いますか?」
 一瞬、何を聞かれたのか、分からなくなります。痣があまりにも特徴的すぎて、それを除いたら、などという発想自体出てこなかったのです。苦しんでいる罹患者は思い出せます。でも、さて何に苦しんでいるかと言われると、困惑してしまいます。それほど、痣は、インパクトが大きすぎる。
「……発熱、嘔吐、倦怠感」
 ややあって、ヤンが顔を強張らせて答えます。
「確かに、確かに……異様です。けど、確かに痣は……!」
「痣は、痣です」
 静かにきっぱりと。
「ヤン先生。私が遺体安置所にこもって何をしていたか、察しは付いていらっしゃるでしょう」
 言われて、ヤンはジョシュアの視線から逃げるように顔を背けました。
「……私は監察医ではありませんが、あの痣が何なのか、どこから来るのか、それを調べるために遺体を片っ端から、切りました。切り刻んだと言っても過言ではないくらい、事細かに。……切り、刻みました」
 死体の山に囲まれてのその作業は、おそらく、狂気と紙一重。
「私の出した結論は、あの痣は、病とは関係ない」
「!?」
 空気が、音もなくざわめきました。
「奇病のせいじゃ、ない?」
 アレクシアがそうつぶやきます。震えを、隠しきれないままに。
「……じゃあ、何だっていうんですか、これは。こんな、……こんなに、じわじわ、ぞわぞわ、這い上るみたいに広がっていくこの、アザは……!?」
 言葉に滲むのは、嫌悪。そして、恐怖。平静を装っていても、心の内には迫り来る死への恐怖が積み上がっているのです。
「落ち着きなさい。今私の推測を口にしても、到底、信用できるものではない」
 いいですか、と、ジョシュアは一同に向き直る。
「そもそも、病気による症状というのは、人間の体内でその病原菌に対抗している証と言えるんですよ。例えば高熱。大抵の病原菌は高温で死滅しますから、人体が耐えうるぎりぎりまで熱を作り出して抵抗する。例えば下痢。体内の異物をとにかく外に出そうとする作用。発疹などもそうです。病気によって引き起こされるのではなく、人体の抵抗によって、結果として引き起こされるものなのです。痣も、発疹の一面だと言えます。ただ、」
 ぎりっと、握りしめる拳に、爪が食い込みます。
「……今回のこの騒動たる症状、とくにこの痣は、人体の抵抗によるものではないのです。ただ、黒く変色しているんです。変色していること以外、異常は見られない。なにより、……皮膚だけでなく、その下の筋肉、脂肪、内臓にまで、その痣はあるんですよ。表に現れた、そのままの形で!」
 何を思いだしたか、それを封じるように、両手が頭を押さえます。
「あれは、病などではない……!」
 ヤンが、声をかけようとして躊躇っています。ジョシュアの発する、狂気に似た何かが、そうさせているのです。
 ジョシュアが、震える息を吐き出しました。数回深呼吸して、どうにか、冷静さを取り戻します。
「すみません。失礼しました。……とにかく、痣は病に対する身体の反応とは思えない。しかし、熱はある。これは、何かに対する対抗措置ですよね。では、何に対して? 通常は、他の症状を見て、総合的に判断するんです。病原菌が何か、推測するんです。病原菌によって、作用する場所、しない場所、抵抗する箇所、しない箇所が出てきますから。しかし、症状が発熱のみ。……これは、どう考えたらいいか。喉が腫れる、関節が痛むと言った症状もなし。ヤン先生が異様だと言ったのは、このことです。発熱のみ。あり得ないんですよ」
「でも、」
 とアレクシアが言います。
「実際、めまいがするし、気持ち悪いし」
「……それは、熱があるからやな」
 ジョシュアではなく、ヤンが答えます。憂鬱そうな表情は、疲れた顔色を際立たせます。
「熱が下がれば、どっちも治まることや。せやから、ほんまに、熱しかあらへんねや」
 ロウウェンが首を傾げます。
「……では、それがジョシュア先生が病ではないと言い切る根拠ですか? 発熱だけだからだと?」
 確かに、ジョシュアの言う状況は異様だと言えますが、さすがにそれだけでは納得できようはずがありません。
「それは、きっかけです。そして多分、……ヤン先生も、一度は私と同じ結論に達したはずです。違いますか?」
 ヤンが弾かれたように顔を上げる。愕然とするその鼻先に、ジョシュアは一枚の紙を広げて見せます。
「そ、……それを、どこから……?」
「ゴミの中から。……ヤン先生、あなたは私よりずっと早くこの異常に気付き、そしてこの図の発見に至った。けれど、あなたはそれを否定した。当然です、医療関係者としては。当然の、行動だと思います」
 ロウウェンが首を傾げます。その紙に描かれたものが見えるのは、位置的にヤンだけです。
「……? それは?」
「これは、罹患者に浮かんだ痣を写し取ったものです。間延びしていたり歪んでいたりでかなり分かり辛いのですが、かろうじて、読み取れたものです」
 ジョシュアはその紙をロウウェンに向ける。奇妙な図。曲線ばかりが使われた、図形とも文字とも判断が付かない。ロウウェンはしばらく眉をひそめてそれを見詰め、突然それを指差し、
「アキツ語だ。かなり古い、アキツ語だ。しかも、相当アレンジされてる」
「やはりそうですか。だとしたら、これは強い憎しみとか、恨みとか、そういった意味ではありませんでしたか?」
「そうですね。これは、アキツ語の中でも、一番強い憎しみの感情を意味しますね」
「ぁぁ……アキツ語やったんかぁ……」
 アキツ語という単語を理解しているのは魔術師と二人の医師だけです。アレクシアもレイシンもきょとんとしています。
「ロウウェン、ごめん、アキツ語って、何?」
「うん、ログ大陸の東南東に位置する島国の言葉。ミスル国って言えば、分かるよね?」
「白銀鉱石が採れる国だ」
「そうそう。彼らは自国をアキツ島って呼んでるんだ。だから、アキツ語。でね、そのミスル国には古い因習みたいなものがあってね、言葉は、チカラを持つと考えている。だから、ミスル式の魔術は、全てにアキツ語が絡んでくるんだ」
「……え、……っと……」
 アレクシアは困り果てた顔をします。
「アキツ語が、アザになって身体に浮かんで、熱が出て……?」
 それが何を意味するか、全く分かりません。分かっているらしいジョシュアは歯噛みでもしそうな面持ちです。
「私は、……医師として匙を投げるわけではないのですが、それでもこれは、……甚だ非科学的ではありますが、呪いか何かではないかと、思うのです。魔術の類ではないかと。だからこそ、」
 なるほど、とロウウェンから洩れるつぶやき。
「だからこそ、僕の意見を聞きたい、と。医学の領域なのか、魔術の領域なのか、……ヤン先生は? やっぱり、そう思ったんですか?」
 ヤンはうつむいたままぼそぼそと答えます。
「それは……もしかして、とは思いました。すぐに……思い過ごしやと、否定しましたけど。今までの自分の人生で、魔法は、ほんまに縁遠いものでしたさかい。正直、そんなわけあるかい、と。……実際、どないですか、魔術師様。これは、呪いでっか? 魔術でっか?」
 ヤンのすがるような目は、否定を、期待している。けれど。
「恐らく、それで間違いないと。少なくとも、病ではないと、思いますよ。ジョシュア先生が言うように。よく気付いたものですよ」
 ロウウェンの言葉にも、ジョシュアは陰気に首を振るだけです。
「いえ、ヤン先生が描き写していた図があったからですよ。それがなければ、未だ迷路のまっただ中だったでしょう」
 病ではない。それが何かは分からなくとも、少なくとも、病原菌があるわけではない。
 レイシンが首を傾げます。
「……これが呪いとか魔術とかの類だとしたら……」
 切れ長の瞳が困惑気味にしかめられます。
「……一体、これからどうしたらいいんですか?」
「そう悲観したものでもないだろう。病原菌を見つけて対抗措置を講じるより、これを仕掛けたヤツを捕まえる方が分かり易いし、簡単だ」
「仕掛けたヤツって……あ、地下水路」
「そうだ。病原菌じゃなくて、悪意を持つヤツがいる」
 ロウウェンは机に図面を広げます。古い地下水路の写しです。事情を知らないジョシュアが首を傾げます。
「ロウウェン様、それは?」
「……調査の過程で入手しました。説明は省きますが、罹患者発生の密集地と、この地下水路とは、重なっているのではと、思うんです。つまり、ここに、原因があるのでは、と」
 ヤンも覗き込み、途方に暮れる。
「はぁ……しかし、魔術師殿、……こんなん、見たことないし、……どうやってそこに行かはるつもりですか」
「それを、これから見つけるんですよ。ヤン先生、町の地図、ありますか? できれば、詳細図がいい」
「あ、はい、え〜……どこにやったかな……なんもかんもテキトーに突っ込みよったから……」
 ヤンはしばらく棚や机をがさがさと探ります。やがて積み重なった書類の下から四つ折りの紙を引っ張り出します。
「これちゃうかな……あ、合うてた。どうぞ」
 広げられた地図は、地下水路の図面より随分大きいサイズでした。
「すんません、いいサイズのものがすぐには出てきませんで」
「構いませんよ。そもそも、この図面の縮尺がどうなっているのか、そこがまず分かりませんから」
 机には、地図と図面と、ロウウェンとレイシン二人による書き込みが満載の簡略図とが並べられます。
「少なくとも、」
 と、ロウウェンは地図の一箇所を指差します。
「この辺りが、水路の分岐点で間違いないと思います。ここまではほぼ一直線に罹患発生多発地があるのに対し、ここから先は二方向に、分かれていますから」
 同じように地図を覗くジョシュアがこくこくと頷きます。
「ぁぁ……なるほど、方向としては合致していますね」
「見てもらったら分かると思いますが、罹患者はシュイに、井戸の周辺に集まる傾向があります。つまり、僕が思うに、地下水路との距離が関係してくるのではないか、と」
「距離? ですか?」
「一番罹患者が多いのが、この、スラムに近いシュイですが、この井戸、極端に水位が下がっています。つまり、物理的障害がないに等しいと言える」
「なるほど……地下水路に近いから、シュイに……井戸の周辺に、罹患者が増えるんですね」
「そうなると。……シュイに関係ない、罹患者が多い場所は、どう考えたらええんでしょうね。ほら、例えば、ここ。住宅街ど真ん中」
「そこも、物理的障害が薄いと、考えた方がいいでしょうね。例えば、…………メンテナンス通路とか」
 ああ、と、誰ともなく頷く気配。
「……でしたら、この集中域は、このメンテナンス通路になるのでしょうね」
 レイシンが指差すのは、他から一つだけ離れた罹患者多発区域。地下水路の図面にも、一つ、本流から離れた場所まで線が引かれています。
「おそらく。で、これで、おおよその縮尺がつかめるだろう。この図面の、この記号、これが通用口と思われる。これらを手がかりに、実際の地下水路を予測する」
 これがここじゃないか、それはどこになる、そんな言葉が交わされます。その、中で。ロウウェンは、ふと、アレクシアの声が聞こえないことに気付きました。隣を見る。相変わらず目深にフードをかぶったアレクシアが、壁にもたれています。
「アレクシア、大丈夫? しんどいなら、無理しない方がいいよ?」
 会話が止まります。4人の視線が、白ローブに集まります。返事はありませんでした。身じろぎ一つ、ない。
「……アレクシア? 本当に、大丈夫?」
 ぽんと、肩を叩くと、アレクシアの身体がぐらりと傾きます。そのまま、慌てて広げられたロウウェンの腕の中に、ぱたりと、倒れ込みます。フードが外れ、蒼白になった横顔があらわになります。それから、
「──!!」
 くっきりとした、痣。黒と言うより、濃い、赤。凝縮された血の色のような。それが、頬から首筋にかけて、浮かび上がっています。袖をめくってみれば、腕の痣も、同じような状態。おそらく、全身。
「な、……何故だ? ついさっきまでは、こんな状態じゃなかったはず……なのに……」
 明らかな異常事態に呆然とするロウウェンの耳に、かろうじてヤンのつぶやきが届きました。
「……3人目か」
 と。
 聞き逃せないその言葉に、かみつきます。
「3人目って、どういうことですか、ヤン先生!?」
「え!? あの、すんません!」
「すみませんじゃなくて! どういうことかと聞いているんですよ!」
「え、はい、あの、え……えぇ!?」
 冷酷魔術師にすごまれてひたすら混乱するヤン医師に、ロウウェンは怒りを爆発させ、
「落ち着いてください、ロウウェン様。冷静さを失えば、事態は混乱する一方です」
 と、レイシンに諭されます。
 怒りと共に短く息を吐き出し、ヤンに向き直ります。
「で、アレクシアが3人目って、どういうことですか? 先生は、この症状を知っているのですか?」
「あの、……知ってるっちゅうか、その、昨日と、今朝と、見たんです。入院中の患者でしたけど、いきなり痣が濃ぅなりだして、あっちゅう間に血ぃみたいな色に。せやから、3人目……」
 理不尽な怒りの視線は、医術師にも向けられます。
「……ジョシュア先生も? 見たんですか?」
「あ、はい、今朝報告を受けて、確認しました。今の彼と、同じ状態です」
「原因は? ぁ、……病気じゃ、ないから……」
 そもそもが原因不明なら、それ以上のことは分かりようもありません。ロウウェンはぎりりと唇を噛む。
「……彼らは、今はどんな状況に?」
 医師二人は一瞬顔を見合わせ、気まずそうに視線を落とします。
「先生!?」
 ロウウェンに促され、しぶしぶ、ヤンが口を開きます。
「良く、ないですわ。昨日こうなった患者は、ついさっき、意識不明になりました。今は小康状態ですけど、あと、……正直、どれだけ保つか……」
 ぐらりと、ロウウェンの頭が揺れました。
「猶予は、1日も、ないのか。早く、早く地下水路に潜って、犯人を、元凶を、……消し去らないと……!」
 冷静さを失った瞳は焦点さえも合っていないように見えます。
 独り、やけに冷静なレイシンが首を傾げます。
「妙な、呪いだと思いませんか?」
 ロウウェンが、声も出さずに射殺しそうな視線だけを向けます。
「……落ち着いてください。自分に凄まれても、どうにもなりませんよ」
「……うるさいな。何が妙だ。言ってみろ」
 レイシンは、呆れたようなため息を一つ、落とします。
「……自分は、かなり初期の段階から診療所に出入りしていたのですが、初期と比べて、痣が、濃くなっている気がするんです。あと、……増えているような気が」
「増える? ……先生方は? 先生達は、気付いてましたか?」
 医師二人はこくりと頷きます。
「確かに。伝染病やったら、感染するごとに毒性を強めることもありますから、そない特別やとは思うとりませんでしたが……」
「伝染病でないなら、考え直した方がいいでしょうね」
 医師二人の言葉に、ロウウェンは低く唸ります。
「んん……同じかもな。毒性を強めるといった意味では、伝染病も呪いも、同じかも知れない」
 と、ロウウェンの両腕の中で、アレクシアが身じろぎしました。うっすらと、目が開く。
「アレクシア! 気がついた? 気分は? 苦しいところは?」
 矢継ぎ早なロウウェンの言葉に、アレクシアは虚ろな瞳のまま、けだるげに首を傾げます。
「ぁぁ、ロウウェン……そうか、夢か……」
 アレクシアは再び目を閉じ、深く、ため息をつきます。
「声が、聞こえるんだよ」
「……声? 誰の?」
「知らない。……わからない。気味の悪い、声。それが、苦しいだろうって、言うんだ。苦しいだろう、ねたましいだろう、うらやましいだろう、腹立たしいだろう、欲しいだろう、壊したいだろう、切り裂きたいだろう、……って」
 それは、ありとあらゆる欲望を提示する。そして、言う。妬めばいい。羨めばいい。怒ればいい。奪えばいい。壊せばいい。切り刻めばいい。全て欲望のままにすればいい。禁じるから、押さえるから、苦しいのだ。だから、
「……だから、壊せ、踏みつぶせ、殺せ。何もかも、ぐちゃぐちゃにしろ。そう、ボクに迫るんだ。そうしたら、苦しみは消えるから、って」
 疲れる夢だよ、と、かろうじてロウウェンの耳に届く不明瞭なため息。アレクシアを抱えるロウウェンの手が、微かに、震えている。
 ふぅん、とレイシンは随分と軽く受け止めているように思えます。
「ずいぶん、暗示的な夢ですよね」
「まぁ……そういう呪いなんだろうな」
 吐き捨てるような言葉。
「一つ、……仮説を立ててみたんですけど。聞いてもらえますか?」
「仮説?」
 この上なく不機嫌なロウウェンの視線にも、レイシンは全く動じる様子もありません。淡々と、話し始めます。
「これが呪いで、毒性が強まる傾向にあるなら、その毒は、死と共に消えるのではなく、他の罹患者に託されているのかも知れないと思うのです。患者から患者へ、そうして毒はどんどん凝縮され、最終的には独りに集まるのではないでしょうか。猛毒に耐えうるただ独りが現れたとき、その者がこの呪いの体現者となる。つまり、アレクシアの言う夢の暗示のように、壊して、殺して、全てを蹂躙する、そんな、……体現者に」
「……待て。そう簡単に言うが、どれだけの人数感染していると思ってるんだ? 人一人死に至らしめる呪いが、ただ独りに? 何百と命を奪うモノが……!?」
 部屋の温度が一気に下がりました。とっさに、誰も、口を開けません。
 ヤンも、無意味に口を開閉し、かすれた音がこぼれます。
「なんや、それ。そんなぎょうさんの命……怨念を背負ったもんは、人とはよう言わん。そりゃ、祟り神や」
 祟り神。祟るものを生み出す呪い。それがどれほどのものか、想像しようもないけれど、今の惨状から見ても、おぞましいものに違いなく。
「ねぇ、ロウウェン」
 小さな声。びくりと我に返ってみれば、アレクシアが見上げている。明確な意志を持って、状況を理解して。
 狼狽するロウウェン。アレクシアの視線は外れない。
「ボクは、ソレになるの?」
「何を……」
「ボクが、……ボクは、化け物になるの?」
「……いいや!」
 ロウウェンはアレクシアを抱きしめる。消えてしまわない、ように。
「ならない! 絶対に! この僕が絶対と言うんだ、例え空が消えても、僕の言葉は消えない。君は助かる。化け物になんかならない。僕が! そんなこと、させない!」
「…………そう、か」
 アレクシアの顔が、和らぐ。
「君が絶対だというなら、……信じるよ。……うん、ボクは、あの声に抵抗するよ。ボクだって、化け物になんて、なりたくないよ」
「ああ、信じてくれ。君が信じてくれるなら、僕に不可能はない」
 ふっと、アレクシアに笑みが浮かぶ。
「……いつかと、同じセリフだね」
 痣。血のような痣。そんな、呪い。


<<Back  List  Next>>


本を閉じる