(四)
獰猛な面相
茲まで孃の事を話して居ると、桃子は突然何物かに打たれた樣に、椅子から飛上つてワナ/\と身を
戰わし、見る/\
面色は土の如くに成つて仕舞つた。
「アレツ!あゝ
妾、
何う
仕たら
好いでせう、あれ、あれ、惡漢が、御覽なさい、
彼の惡黨が
未だ付き纒つて居るんですよ、今話した男、それ、それ
其處に居る!」
と鋭く低く叫ぶ。僕は
慄とした。座敷の窓から見ると、今しも
鬚の濃い、色の淺黒い
巨大漢が、
軒を並べた家々の樣子を
※[#「執/れんが」、U+24360、13-11]心に覗き乍ら街路の中央を靜かに歩んで居るではないか、
「ハヽア、僕と同じく召使の跡を追つて、
此家を探してるんだな」
と思つたので、直ぐに家を飛出して、突然其の男に挨拶した。
「一寸
伺ひます。
若しか
貴下は英國人では
居られませんでせうか」
僕が
恁う云ひ掛けると、彼の惡黨は、見るから
獰惡な面上に不審の眉をひそめ乍ら、
「フム、
私が英國人なら
何うすると云ふのぢや」
「イヤ、
甚だ失禮ですが、貴下の御名前を
承りたいのです」
「名前?
否止しませう、名前は云はれませんな」
と彼は冷笑を
浮べた。實は僕の態度も隨分不作法千萬だつたが、
恁云ふ場合には何でも單刀直入に限る。
「河野楠子孃は目下何所に居るだらうね」
突然に僕の敵の
肺肝を
目蒐けて奇襲した。彼の驚きは非常なもので、
將に昏倒せん
斗りであつた。僕は直ぐ
疊み掛けて、
「貴樣は全体孃を
何うしたんだ。
何故跡を
尾ける?サア返答を仕給へ」
巨大漢の面色には見る/\朱を
濺いで來たが、
忽ち猛虎の如き
勢で僕に飛掛つて來た。僕も渾身の力を
揮つて格鬪した。
然れども荒れ狂ふ
猛獅の樣な敵の
鐵腕には
到底敵はない。忽ち僕は
咽喉を
緊め付けられて仕舞つた。僕は最う息も
絶/\に
成たと思つた一刹那、誰とも解らぬが、青い
仕事服を着けた一人が、
路傍の居酒屋から飛込んで來て、
突然携へ
來つた棍棒で、敵の
前膊を
[#「敵の前膊を」は底本では「敵の前搏を」]發矢とばかり
打据た。敵も驚いてハツと手を引いた。見れば彼は猶も怒りの形相物凄く、
暫くは其所へ棒立ちになつて、僕等を睨み付けて居たが、再び攻撃して來ることも無く、悠々と去つて、僕が出て來た其の家へ入つた。
仍で僕は兎も角も
傍に立つて居た仕事着の人に、お禮を述べやうと、フト振り向くと、反對に向ふから、
「ハツハツハツ、渡邊君どうした!隨分お見事な腕前だつたぜ…………ま
可いから今夜の急行で、吾輩と一緒に東京へ歸らうよ、
其方が
何うも
宜ささうだよ」