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薬を調合する手つきは、慣れた危なげのないものだった。 物入れについた幾つもの引き出しから、迷い無く薬種を取り出し、きちんと計って混ぜる。
患者の容態は、目に見えて改善していた。
「あとはこれを、一日一包、寝る前にぬるま湯で飲んでください」
そう言って、薬包紙に包んだ薬を畳の上に並べる。
「飲み過ぎれば毒になる。必ず一日に一包だけです」
そう、念を押す。
横から見ていたところ、その言葉に誤りはなかった。 薬種はほとんどが見慣れたそれで、幾分変わった調合ではあったが、その効力を察することはできた。確かに摂取しすぎるのは禁物だろう。しかし ―― そういった薬は数多い。と、いうより、たいがいの薬はそういった側面を持ち合わせているものだ。
患者の家族は、うかがうようにこちらへと視線を投げてよこした。 うなずいてみせると、ほっとしたように表情をほころばせ、そうして薬へと手を伸ばす。
蟲師と共に患者の家を出て、しばらく共に歩いた。 特に他意はない。たまたま向かう方向が同じだっただけだ。 そうして無言のまましばし歩み続け、道が分かれたところで足を止める。 蟲師もまた、そこで足を止めていた。どちらに行こうかと迷うように、道の先を見比べている。
「……世話になった」
そう口にすると、不思議そうにこちらをふり返ってきた。
「なにか、あんたに世話をしたかね?」 「患者を救ってくれた。それ以上の『世話』はないだろう」
その言葉に、男はわずかに眉を寄せ、言葉を探すように宙へと視線をさまよわせた。 そんなふうにすると、作り物のようだった顔が、不思議と人間らしいものに見えてきて、おやと思う。
「患者を取っちまったんで、怒ってたんじゃねえのか」 「そんなふうに見えたか」 「ああ」
そうか。 そういう解釈もあったのかと、己を見返り反省する。
「俺が怒っていたのは、そんな理由じゃない」 「というと?」 「……患者やその家族に聞こえるところで、不安にさせるような言葉を口にする、その無神経さに腹を立てていたのだ」
たとえそれが掛け値なしの事実だったとしても、患者の治療に携わる立場にある者は、けしてそれを表に出してはならない。 嘘であろうとも、治ると。 大丈夫なのだと。 そう信じさせること。それが医者として最低限やり遂げなければならないことなのだ。 ―― たとえ自分自身はそれは嘘なのだと判っていても、信じることができなくとも。
「そいつは……すまなかった」
沈黙の後、蟲師はそう言って頭を下げた。 あまりにもあっさりしたその仕草に、いい加減に聞き流されたのかと、別の意味で怒りがこみ上げそうになる。
だが、 再び顔を上げた蟲師は、意外なほど真摯な表情をたたえていた。
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No.688
(創作)
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プロフィール |
神崎 真(かんざき まこと)
小説とマンガと電子小物をこよなく愛する、昭和生まれのネットジャンキー。
ちなみに当覚え書きでは、
ゼロさん= W-ZERO3(WS004)
スマホ= 003P(Android端末)
シグ3= SigmarionIII です。
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