よしなしことを、日々徒然に……
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 脳内暴走その4
2006年08月24日(Thr) 
薬を調合する手つきは、慣れた危なげのないものだった。
物入れについた幾つもの引き出しから、迷い無く薬種を取り出し、きちんと計って混ぜる。

患者の容態は、目に見えて改善していた。

「あとはこれを、一日一包、寝る前にぬるま湯で飲んでください」

そう言って、薬包紙に包んだ薬を畳の上に並べる。

「飲み過ぎれば毒になる。必ず一日に一包だけです」

そう、念を押す。

横から見ていたところ、その言葉に誤りはなかった。
薬種はほとんどが見慣れたそれで、幾分変わった調合ではあったが、その効力を察することはできた。確かに摂取しすぎるのは禁物だろう。しかし ―― そういった薬は数多い。と、いうより、たいがいの薬はそういった側面を持ち合わせているものだ。

患者の家族は、うかがうようにこちらへと視線を投げてよこした。
うなずいてみせると、ほっとしたように表情をほころばせ、そうして薬へと手を伸ばす。



蟲師と共に患者の家を出て、しばらく共に歩いた。
特に他意はない。たまたま向かう方向が同じだっただけだ。
そうして無言のまましばし歩み続け、道が分かれたところで足を止める。
蟲師もまた、そこで足を止めていた。どちらに行こうかと迷うように、道の先を見比べている。

「……世話になった」

そう口にすると、不思議そうにこちらをふり返ってきた。

「なにか、あんたに世話をしたかね?」
「患者を救ってくれた。それ以上の『世話』はないだろう」

その言葉に、男はわずかに眉を寄せ、言葉を探すように宙へと視線をさまよわせた。
そんなふうにすると、作り物のようだった顔が、不思議と人間らしいものに見えてきて、おやと思う。

「患者を取っちまったんで、怒ってたんじゃねえのか」
「そんなふうに見えたか」
「ああ」

そうか。
そういう解釈もあったのかと、己を見返り反省する。

「俺が怒っていたのは、そんな理由じゃない」
「というと?」
「……患者やその家族に聞こえるところで、不安にさせるような言葉を口にする、その無神経さに腹を立てていたのだ」

たとえそれが掛け値なしの事実だったとしても、患者の治療に携わる立場にある者は、けしてそれを表に出してはならない。
嘘であろうとも、治ると。
大丈夫なのだと。
そう信じさせること。それが医者として最低限やり遂げなければならないことなのだ。
―― たとえ自分自身はそれは嘘なのだと判っていても、信じることができなくとも。

「そいつは……すまなかった」

沈黙の後、蟲師はそう言って頭を下げた。
あまりにもあっさりしたその仕草に、いい加減に聞き流されたのかと、別の意味で怒りがこみ上げそうになる。

だが、
再び顔を上げた蟲師は、意外なほど真摯な表情をたたえていた。
No.688 (創作)

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 プロフィール
神崎 真(かんざき まこと)
小説とマンガと電子小物をこよなく愛する、昭和生まれのネットジャンキー。
ちなみに当覚え書きでは、
ゼロさん= W-ZERO3(WS004)
スマホ= 003P(Android端末)
シグ3= SigmarionIII です。

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