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「こいつは、蟲の仕業です」
土間の暗がりの中で、薄い唇が動く。 作り物のような白い顔の中で、やはり色のない唇が淡々と言葉を形作る。 その口元から、指先から、白い煙が立ちのぼり、まるで妖しのもののようにあたりを漂っていた。
「……蟲?」
そう呼ばれるものの存在は知っていた。 好事家として名を知られるようになってからこちら、自分の方から求めなくても、珍奇なものや情報が自然と集まるようになってきていた。その中には、蟲という存在にまつわるそれもずいぶんな割合で含まれていたものだ。そしてそれらはなかなかに興味深く、自身の蒐集欲をかなり刺激してくれていた。 だが ―― 真贋の定かならぬそれらの品や、嘘か真やも知れぬ噂話の他に、『それ』と接したことなどありはしなかった。
「ええ。ただの治療だけでは、いくぶん症状を抑えられる程度。このままではその患者 ―― 命に関わります」
ひっ、という息を呑む気配がした。 振り向かずとも判る。部屋の奥からおそるおそるといった風情でのぞいていた患者の家族達が、その言葉を耳にしたのだ。 内心、思わず舌打ちする。同時に激しい怒りが胸の内にわき起こった。 いったい、なんという言葉を口にするのだ、この男は。 たとえそれが事実であったとしても、患者と、その家族の耳に入る場所で。
出て行け!
(……そう口にできたなら、どんなにか胸がすくだろう)
肩が揺れぬよう、注意して深く息を吸った。
「お前なら、治せるというのか」
低く問いかける。 相手の反応をわずかも見逃さぬよう、真っ直ぐに見すえて。 白髪の男は、ただ無言でうなずいた。 深緑のその瞳が、静かな光をたたえてこちらを見上げている。どんな気負いも、焦りも浮かんでいない、硝子玉のような目。 まるでその男そのものが、無機物でできたまがい物でしかないような、そんな雰囲気を身にまとっていて。
「 ―― あがってくれ」
顎をしゃくって、背中を向けた。 そうすると、柱の影からのぞく顔が目にはいる。
「せ、先生……」
不安げに見つめてくる彼らに、笑いかけた。
「大丈夫だ。おかしな事をしようとするなら、私が止める」
そう言ってうなずいてみせると、彼らは困惑したように顔を見合わせ、それから蟲師と名乗った男の方を見、おずおずと頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします」
男は、やはり表情を変えぬまま、小さくうなずいただけだった。
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No.686
(創作)
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プロフィール |
神崎 真(かんざき まこと)
小説とマンガと電子小物をこよなく愛する、昭和生まれのネットジャンキー。
ちなみに当覚え書きでは、
ゼロさん= W-ZERO3(WS004)
スマホ= 003P(Android端末)
シグ3= SigmarionIII です。
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