time...
 ― Alice Arisugawa FanFiction ―
(H12.01.15)
神崎 真


 窓の外を枯葉が舞っていた。
 学生会館のいつもの机、いつもの席。まわりでは推理研の仲間達が、今日も熱く互いの意見を戦わせている。
 彼はそれに加わることもなく、ひとりぼんやりと外の景色を眺めていた。
 こうしてこの場所から落葉を見るのは、一体何度目だっただろうか。指折り数えようとし、すぐに面倒になった。既に他人の倍近い年月をこの大学で過ごしている。なにもはっきりとなどさせなくとも、その事実だけで充分だった。
 ポケットを探り、潰れかけたキャビンの箱を取り出す。くわえて火をつけると、長く伸びた髪をかき上げた。吐き出した紫煙がたゆとうように天井へと昇ってゆく。
「なんや、今日は元気ないですねぇ。大丈夫ですか?」
 今年入学してきたばかりの後輩が、そう言ってひょいと覗き込んできた。
 くるくるとよく動く表情と大きな目が、たった今思い出していた過去と重なった。今はもう遠くなってしまった、過去の思い出と。
「……悪い。今日は帰るわ」
 ため息をついて先に席を立った。気遣うように見上げてくる仲間達に、心配するなと手を振ってみせる。
 そのまま建物を出ると、彼はゆっくりとあてどもなく歩き始めた。
 思い出の中にその身をひたしながら。


「なぁ、あのうえ登ってみよ?」
 最初に言い出したのはどちらだっただろう。
 合宿と称した恒例の小旅行。訪れた海辺の街で、他の仲間達は水着で波とたわむれていた。自分達もさんざん遊び、疲れて砂浜へと上がってきたところだった。
 浜の右手にある、わずかに小高くなった場所。まばらながら草も生え、足を投げ出して座るのに気持ちが良さそうだ。
 仲間達に声をかけよじ登ってみると、潮風が通って気持ちがよかった。しばらく二人、無言で海を眺めていた。雲ひとつない青空の下、ぽつんと水平線に船が浮いているのが見える。
「ええ気持ちや……」
 つぶやいて細められた瞳には、一体どんな光景が映っているのだろうか。
 自分の見ているそれと同じものだとは思えなくて、いろいろと想像を巡らせてみた。
 理解など出来るはずもなかったが、それはそれでとても楽しいひとときだった。
「来年もここに来ませんか?」
「そうやな」
 かわした言葉はそれだけで。
 水遊びに飽きた仲間達が乱入してくるまで、ふたり、きらめく水面をただ見つめていた。


  ―― 彼がいなくなったのは、大阪に戻って間もなくだった。


 先日とはうって変わった土砂降りの雨の中。
 突然尋ねてきた彼の髪に、避けきれなかった雨滴が散って、キラキラと輝いていたのを覚えている。
 持ち込まれたビールを酌み交わし、たわいのないことをしゃべった。彼も自分もよく笑い、酔いも手伝っておおいにはしゃいでいた。
「楽しいなぁ、アリス」
「ええ、ほんまに。ほんまにや」
 酔っぱらって抱きついてきた彼を、自分もふざけて抱き返す。じゃれあっているうちに膝枕のような形になっていた。彼は腹に両腕をまわし、ぐりぐりと頭を押しつけてくる。
「子供みたいや」
 そう言った自分にくすくすと笑って、それでもすり寄ってくるのを止めようとはしなかった。
 思えば ―― それこそが別れを暗示していたのかもしれない。


 そのまま朝まで呑み明かし、翌朝いっしょに部屋を出た。大学へ向かう自分と別れ、いったん戻ると言って、彼は反対方向の電車に乗った。
 そして、それきりだった。


 彼の姿が大学に現れることはなかった。
 その日も、翌日も、現在に至るまで、ずっと。
 何日目かに訪ねた下宿に人気はなく、不自然なほど片付いた室内は、それが覚悟の失踪なのだと告げていた。
 当然、みなが彼の行方を探した。だが、全ては徒労に終わった。
 その時になって気が付いたのは、実家の連絡先ひとつすら、誰ひとり知る者はいなかったのだという事実。あれほど多くの時間を共有していながら、自分は彼のことを何一つ知ってはいなかったのだという現実。
 あの夜、彼は一体何を考えていたのだろう。
 いくつもの季節が巡りゆき、それでも出ることのない答え。
 彼は何を思って自分を訪ねてきたのだろう。
 穏やかな、一見悩みなどなさげな仮面の下に、どれほどの苦悩を抱えていたのか。察してはいながらも踏み込まずにいた、これが罰だったのか。
  ―― もしもあの晩、なにかを訊ねていれば、彼が消えることはなかったのかもしれない。
 繰り返してきた後悔は今もまるで色褪せることなく、襲ってきた感情の大きさに思わず息を止め、その場に立ち尽くした。閉じた眼裏まなうらがじわりと熱を帯びる。
 目蓋に浮かぶのは、最後に見た微笑み。
 閉じかけた電車のドアの向こうから、何を言おうとしたのか。唇が数度動くのだけ、この目に映った。
 あの時の言葉を聞きたかった。
 自分に何を伝えたかったのか。もう姿を消すことを決めていたのか。……そしてそれは彼にとって辛い選択であったのか、それとも幸せなそれであったのか。
 もしも時間が戻せるのならば。
 幾度も願った。講義のさなかにふと。あるいは食事の手を止めて。雨の降る街角で立ち止まり ―― 繰り返し望まずにはいられなかった。あの時に戻れたならば、何をもってしても彼を追いかけ、その真意を聞き出したのに、と。
 かなわぬ望みに胸が痛む。この痛みと彼を引き替えられるのならば、いくらでも痛めばいい。痛み、潰れ、そうして壊れた心臓を抉り出したとしても、それで彼が戻ってくるのならば構わない。

 けれど、胸はただ痛み続けるだけで、時も、彼も、けして戻ることはないのだ ――




 下宿へと向かう並木道を、彼は歩いていた。
 立ち枯れた木から枯葉が散り、風に乗って舞い上がる。
 目の前をよぎった葉に、ふと顔を上げた。
 石畳の上でつむじ風が、枯葉の渦を作っている。その、向こうに、
 人影が立っていた。
 短く刈り込んだ茶色い髪。
 あの頃よりわずかに老けた顔に、変わらぬ微笑みを浮かべ。
 片手を上げる。
 呆然と立ち尽くしていた彼は、やがてくしゃりと顔を歪め、石畳を蹴った。
 広げられた両手の中へと迷わず飛び込んでゆく。

「ただいま、アリス」
「 ―― おかえりなさい。江神さん」


(H12.01.15)


 ……これは一体何?
 訳分かんない話を書いちゃって、ごめんなさいm( _ _ )m
 ええ。単にB’zをイメージソングにした話が書きたかっただけなんです(涙)そして「長い髪を伝い落ちる滴に〜」ときたら、江神さんしかイメージできなくなっちゃったんですよ(爆)
 設定としては、過去を乗り越えるために旅立った江神さんと、それを留年し続けて待つアリス。願を掛けてアリスは髪を伸ばし、願いの叶った江神さんは髪を切った、という流れなんですが……無理は承知です。すみません(T_T)


 最後に「歌詞が聞き取れない〜」と愚痴る神崎に、わざわざ教えてくれたメルマック宇宙人。本当にありがとう!! この話は慎んで君に捧げます(どうか呆れないで受け取って。お願い(涙))

※2002/06/14 本文中に引用していた歌詞を削除しました。


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