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 Metallic Heart (前編)
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2002/1/14 14:19)
神崎 真


 もしも、時間を戻すことができたなら。もう一度、あの場面をやり直すことができたならば。ぼくはけっしてためらうことなどしないだろう。
 もう一度、きみをこの手に抱きしめ、優しく微笑むきみと共に、幸せな未来を築いてゆくことができるのならば、ぼくはいま持っているすべてのものをなげうってもかまわないと思う。
 けれど ―― それは、叶わぬ夢なのだ。
 ならば、ヒルダ。許されないことだと思うかい?

*  *  *

 戦況は、かなり苦しい状況だった。
 いつしか仲間達はバラバラになり、互い同士の距離がひどく大きなものとなっている。物量に任せ激しい攻撃を仕掛けてくる相手に、一瞬たりとも気を抜くことができなかった。みながそれぞれに、迫る追っ手をかわわしつつ、なんとか逃走と反撃を繰り返しているような状態だ。
『004! 後ろッ』
 脳波通信機が叫ぶような警告を伝えたときには、既に遅かった。
 振り向いた視界に捉えたのは、己に対して照準を合わせ終えた、移動砲座の姿。反射的に体重を移動するが、それはただ直撃を避けるという結果にしかならず。
 逃げ遅れた右腕へと、放たれた熱線が命中する。次の瞬間、予測以上の衝撃が004を襲った。
 ―― 閃光と、爆発音。
 ぶわりと身体が浮き上がり、意識が真っ白になる。
 崖から落下してゆく己へと、再び銃口を向ける砲座を見たのが最後の記憶で ――

*  *  *

 雨の音が、聞こえていた。
 耳を打つ断続的な水音は、いつも同じ光景を彼に思い出させる。
 横転したトラックの、虚しく宙を噛み空転するタイヤ。アスファルトに散らばった、何であったのかもはっきりしない金属片。被弾したエンジンから立ちのぼる黒煙が、たえがたい異臭をあたりに漂わせている。
 そして ――


「……ッ」
 息を吸い込むようにして、004は閉じていた目を開いた。
 作り物の心臓が、胸郭きょうかくの内で激しく脈打っているのが感じられる。
 呼吸を止め、しばし呆然と虚空を眺めた。それから、少しずつ息を吐いてゆく。
 夢を、見ていたのだ、と。把握するのに時間はかからなかった。それは、彼にとってごく慣れ親しんだ作業で。
 一度目蓋を閉ざし、口の中で小さくかの人の名を呟いた。
 そうして彼は、改めて目を開ける。
 空を見上げる瞳に、雫が飛び込んできた。思わず眉を寄せて顔をそむける。仰向けに横たわった身体を、天から降り注ぐ雨がまともに濡らしていた。起きあがろうと、無意識に力を入れたが、わずかに身じろぎができただけで、身体はまったく言うことをきこうとしない。
 いぶかしく思い、記憶をたどった。
 そうして自分が、攻撃を受け崖から落ちたことを思い出す。思うように動かない身体をひねり、右腕のあたりへと視線を向けた。
 そこにあったのは ―― 否、無かったのは、と言うべきだろうか。
 半ばから先を失い、焦げたコードやらチューブがむき出しになった上腕が目に入る。
 まるで内部からはじけたかのようなその破壊痕からして、おそらく内蔵していたマシンガンの機構が、熱線を受けて誘爆したのだろう。余波を受けたのか、防護服もところどころが裂け、内部から鋼色の地肌をのぞかせていた。
 ―― 足でなかっただけ、まだマシだったな。
 そんなことを思い、再び頭を地面へと落とした。それだけの仕草で、あちこちが軋みをあげるような心地がする。
 もしもこれが足だったならば、ミサイルが爆発して、もっとひどいことになっていただろう。いや、それどころか体内の原爆が作動していたら ―― 仲間達すらも巻き込んだ、大惨事となるところだった。
 まったく、物騒な身体だ。
 口の端に失笑を刻む。
 幸いに、と言うべきか。苦痛は感じていなかった。もともと、ほとんどを機械に置き換えられた彼の肉体は、さほど繊細な神経回路を備えていない。痛覚が全くないという訳ではなかったが、それでも他のゼロゼロメンバーに比べれば、はっきり鈍いと呼べる程度の代物だ。そしてそんなお粗末なものさえも、今はまともに機能していないらしい。
 左腕、右足、左足、胴体。順番に意識を向けてみる。どうやらちゃんとくっついてはいるようだ。だが動かそうと試みても、ほとんど反応はなかった。
 どうも、このまま転がっているしかないらしい。
 小さくため息をついた。
 皆は、どうしただろうか。もう戦闘は終わったのだろうか。
 再び見上げた空は、既に暗くなっていた。004に覆い被さるかのように、生い茂る樹々が枝葉を広げている。低く雨雲が垂れ込めていることもあって、視界はほとんどないに等しかった。
 耳を澄ましてみても、爆発音や飛行機械のたてる轟音などは聞こえてこない。耳に届くのは、ただしとしとと降り続ける雨の音ばかりで。ならば、戦闘は当面収束しているのだろう。その理由が陽が暮れたからなのか、あるいは敵味方のどちらかが戦闘能力を失ったからなのかは判らなかったが……
 どちらにせよ、仲間達と連絡を取る必要があった。
 もしも皆が無事ならば、きっと自分のことを心配しているはずだ。状況が許していれば、懸命に探してくれていることだろう。
 脳波通信機のスイッチを入れ、仲間達へと呼びかけた。
『誰か聞こえるか。俺だ。004だ』
 幾度か繰り返すが、誰からも応答は返ってこない。
 腹の底に、ひやりとするものを感じた。


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