夜明け前
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2002/5/6 2:01)
神崎 真


 リビングの扉を押し開けると、ソファに座っていた人影が、よぅと片手を挙げてきた。
「眠れないのかい?」
「あんたもな」
 問いかけてくるのに短く返し、室内へと足を踏みいれる。
 歩み寄ってローテーブルの上を見下ろすと、ウィスキーの瓶と山盛りの氷が無造作に置かれていた。みなの寝静まった真夜中に酒盛りとは、またずいぶんと寂しいことをしているものだ。
 だが……気持ちは判らなくもない。
「呑むかね」
「ああ」
 うなずくと、ブリテンはさっさと立ち上がって新たなグラスを取ってきた。手づかみで氷を放り込み、その上から酒をそそぐ。
「つまみはないが」
「Danke」
 ハインリヒは短く礼を言ってグラスを受け取った。
 向かいのソファへと腰を下ろし、しばし無言で杯を傾ける。
 二人とも酒には強い方だ。封を切ったばかりだったとおぼしき上質のウィスキーは、目に見える早さでその量を減らしてゆく。


 やがて、先に口を開いたのはブリテンの方だった。
「お前さん、なにを気にしてるんだい?」
 問いかけに視線を向ければ、彼はこちらを見るでもなく、二人の間にあるテーブルの表面へと目を落としている。
 電灯の明かりが陰影を落とす、その面差しに宿る表情。どこか物憂げなものを感じさせるそれは、おそらくいま自分がたたえているのと、同じ種類のものなのだろう。
「あんたも見ただろう? 最後にパルが、したことを」
 低く言葉を落とす。
 伏せた目蓋の裏に浮かぶのは、異世界へ帰ろうとする少年によって、無惨に踏みつぶされた野草の姿。
 ごくごくありふれたその小さな花は、しかし精一杯に葉を広げていた、紛れもないひとつの命で。
 それを、なんのためらいもなく足蹴にし、なおそれに気づくことすら無かった少年。その彼がつい先刻まで、自分達の生命と引き替えにしてすら攻撃をためらっていた子供達と、同じ存在だとはにわかに信じられず。
「言うなって」
「しかし、ジェットが……いや俺達がしたことは、もしかしたら……」
 ハインリヒはうつむいて言葉を濁した。
 途切れがちな、迷いを色濃く滲ませた声音。
 それを口にしてしまうことは、自分達の行為を否定することに他ならない。判っては、いたけれど。それでも懸念する想いは消えてくれず。
 強大な超能力を持ちながらも、侵略者達に抵抗するすべを知らず、異世界から逃げてきた子供達。そんな彼らに、自分達は闘う方法を教えた。生きることは、闘うこと。そして自らとその大切なものを護り抜くためには、結果として他のものを傷つけるしかないこともあるのだと。それは哀しくはあるけれど、どうしようもなく仕方のないことなのだから、と。
 だが……
 こうして、去り際の彼らの様子を思い返して、ふと疑念を覚えずにはいられないのだ。
 自分達がしたことは、あるいは無垢であったあの少年達に、ただ残酷な衝動ばかりを植えつけてしまったのではないだろうか、と ――

 からん

 澄んだ音が夜の空気に響いた。
 はっと顔を上げれば、ブリテンの手元で、氷を浮かべたグラスが揺れている。
 ほとんど飲み干された琥珀色の液体が、照明の光を受けて美しく輝いた。
「あれで良かったのさ」
 低い声が、穏やかに告げた。
「しかしだな」
 反駁はんぱくしようとするハインリヒを、ブリテンは小さくかぶりを振ってとどめる。
「なにもかも手取り足取りしてやってちゃあ、結局のところはいままでと同じさ。ジェットは彼らに自分達の力で生きる方法を教えた。だが、その方法を使ってこれからどういうふうに生きていくのかは、あの子達が自身で決めることなんだよ」
「む……」
「俺達が何もかもしてやれるなんて思うな。俺達は、できることをやったんだ」
 自分達は、けして万能の存在などではないのだから。
 人間ヒト他人ヒトにしてやれることなど、ごくごく限られたことでしかない。そうして、自分達はいま自分達がしてやれる精一杯をやったのだ。
 だから、
 今になってそれを否定することは、自分達自身さえも否定することにしかならないのだ、と。
「…………」
 そういえばブリテンは、子供達を見送るときに、不自然なほどに明るい言葉ばかりを口にしていた。人の心の機微に聡いこの男が、あの一瞬みなの心にきざしただろう不安に、気づかなかったはずもないのに。
 あるいは気がついていて、あえてそれを払拭ふっしょくしようとしたのだろうか。みずから道化じみた素振りをしてみせてまで。
「……そう、だな」
 ややあってから呟いたハインリヒに、ブリテンはグラスを掲げてみせた。
「信じようや。あの子達の未来を……」
 その手の中で氷が揺れ、再び澄んだ音をあたりに響かせる。
 ハインリヒもまた、応えて中身の残ったグラスを持ち上げた。


「あの子達の明るい未来あしたに」
「我等が行為の是ならんことに」


 二つのグラスが、ちんとその縁を触れ合わせる。
「 ―― 乾杯プロージット
 万感の思いを込められた声が、静かにふたつ、重なった ――


(2002/5/6 3:31)


平成版アニメ第28話「闘いの未来あした」の後日談というか、あのあとこんな会話があったらいいなぁと思って書きました。ええとまあ、もともとあの話は、原作の方もいまひとつ終わり方が痛くて、あまり好きな話ではなかったのですね。じゃあ他にどうすれば良かったんだ、としか言いようがないというか。
でもって、今回のアニメ放送後、チャットで皆さんとお話ししていて『いくらなんでもあの007は脳天気すぎないか?』とか言う話が出まして。いや腐ってもグレート・ブリテン、本当は全て判っていて、みなの戦いを無意味なものにしないために、あえてああして道化てみせたのでは? などといささか深読みし過ぎな説など出てきた次第で(苦笑)

助けを求めてきたのはパル達の方。彼らは彼らなりの方法で、それに応えたわけで。
それをどのように受け止めるのかは、結局パル達が決めることなんですよね。そこまで責任をとろうとすることは、むしろ過保護ってもんですよ。
……けれど、
願わくばパル達が00メンバー達の優しさを ―― 誰かを護るために戦い、その心の中で血を流していることを、理解しそして忘れずにいてくれることを、私は祈ってやみません ――


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