そして今宵も夜が更ける
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2003/1/29 11:50)
神崎 真


「ほら、ぐずぐずしてないでさっさと行ってやんな」
 背中を押すようにして店の外へ送り出された青年は、ちらりとグレートを振りかえると、わずかに頭を下げた。
「すまない」
「気にすんなって」
 ひらひらと手を振ってやると、相手はもう一度目礼してから走り出す。
 気が急いているのだろう。あっという間に遠ざかるその背を見送って、グレートは張々湖飯店の扉を閉めた。上部に取り付けられた鐘が、カラコロと間の抜けた音をたてる。
 店の中には、既に彼しか残っていなかった。それも当然で、時刻はもう深夜に近い。とうの昔に閉店を過ぎている時間帯だ。
「まったく……」
 肩のあたりを鳴らしながら、グレートは遅くなってしまった店内の片付けを始めた。
 あちこちの卓に並んだままの、食べ終わった食器類を、回収して歩く。
「張大人、悪かったな」
 厨房に顔を出すと、一人で片付けをしていた張々湖が、流しの前から振り返った。
「やっこさん、やっと帰ったよ。まったく、若いってのは何かと大変なようだねえ」
 そう言って、グレートはしみじみとかぶりを振った。
 いくら仲間相手とはいえ、延々何時間も愚痴につきあわされて、この男もかなり疲れたのだろう。口元に浮かべた笑みを縁取る皺も、心なしいつもより深いようだ。
「アンタもたいがい貧乏くじネ」
 張々湖がため息混じりに呟く。
 が、グレートはひょいと肩をすくめてみせた。
「……まあ、若い連中には年長者が譲ってやんなきゃでしょ」
「それもそやね」
 さらりとした口調でそう言えば、丸々とした身体つきのゼロゼロナンバー最年長者も、泡だらけのスポンジを手にしたまま、ごく自然にうなずいた。
「ん、食器はこれで最後だぜ」
「ほいな。じゃあ、あとはテーブル拭いて椅子上げといてくんなはれ」
「へいへい、っと。雑巾くれ」
 毎日のように繰り返している、息のあったやりとり。
 グレートは皿小鉢を洗い桶へ入れるのと引き替えに、台拭きを持って厨房を出ようとした。その背中へと、張々湖は思い出したように声を掛ける。
「そうそう、封の開いた紹興酒が残ってるから、後で飲まないアルか?」
「いいね。ツマミはあるかい?」
 足を止めたグレートが、肩越しに振りかえる。
「お任せあるよ。作る間に床も掃けるネ」
 胸を張って答える張々湖に、グレートは苦笑いした。がっくりわざとらしく、肩など落とす。
「ったく、人使いの荒いことで」
「なんかゆうたか?」
「いえいえ、めっそうも」
 芝居がかった口調でそう答え、彼は片付けの続きをするべく、暖簾をくぐっていった。
 残された張々湖もまた、さっさと洗い物を終わらせようと、忙しく手を動かしはじめる。
 慣れた手つきで皿を拭きながらも、その脳裏では親友が好むツマミのレシピが、あれこれ幾つも検討されていた。


(2003/1/31 11:03)


……張々湖飯店に、はたして暖簾やドアベルがあったかどうか(いや、つっこむべきはそこじゃないだろう)
とりあえず、おっさん二人が書きたかったんです。


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