木漏れ日の下で
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2002/3/21 4:48)
神崎 真


 ―― いったい、何が起きたのだろうか。
 現在自分に降りかかっている状況が把握できず、ハインリヒはしばし記憶をたどった。
 確か自分は、ギルモア邸の見晴らしの良いベランダで、読書を楽しんでいたはずだ。
 そこはすぐ近くにあるポプラの木がほどよい木陰を作っていて、さやさやと葉を揺らす穏やかな風が、至極気持ちの良い場所だった。気に入っている椅子を部屋から持ち出し、膝の上で読みさしのハードカバーを開く。
 平和な昼下がりを、そんなふうにして過ごしていたはずなのだが……

 ぴぴっ ぴちゅっ

 小さなさえずりが耳に届く。
 それから肩や頭の上に感じる、幾つものくすぐったいような感触。
 ―― 多分。
 と、ハインリヒは身動きひとつできぬままに考えた。
 木漏れ日の心地よさに、自分は本を読んでいる途中で寝入ってしまったのだろう。
 戦闘中には考えられないような気の弛みぶりだ。だがこのところは差し迫った戦いの気配も感じられず、他の仲間達もしばしば、居間などでうたた寝している姿を見せることがあった。
 ―― それにしてもだ。
 ハインリヒは、小さくため息をつく。心の中で。
 これはいったい何事だというのか。
 目だけを動かして、開いたままのページに置いた右腕を見る。

 ぴぃ

 丸っこい形をした小さな鳥が、つぶらな瞳でハインリヒを見上げた。
 鳥特有のちまちました動きで、ひょいと小首をかしげてみせる。ハインリヒが動かずにいると、鳥は興味を失ったかのように頭を下ろし、黒いセーターの袖をつつくことに戻った。
 小さなくちばしでは、痛みどころか、つつかれている感触さえもほとんどしない。
 細い爪がニットの編み目を踏んでいる様を、どこか不思議な面もちで眺めた。その肩にも、髪にも、同じ小鳥が何羽も群がっている。
 別に餌になるような物を持っているわけでもなし。なぜこの鳥たちは、警戒もせず集まってきたのだろう。
 ……この鋼鉄の右腕は、その気になれば一瞬で彼らを捕らえ、握りつぶすことさえ可能だというのに。
 そんなことを考えて、思わず苦笑いが洩れた。
 こんな小さな鳥一羽、殺すのは何もサイボーグでなくても簡単なことだ。わざわざ自分の異質性を、こんなことでまで意識することもあるまいに。
 ハインリヒの動きが伝わったのか、小鳥は再び彼を見上げた。
 おっと、驚かしてしまっただろうか。
 思わず息さえもひそめて様子をうかがう。
 そうして、気がついた。
 ―― なるほど。
 ようやく彼らが自分を警戒しないわけが判った。
 ―― この鳥たちにとっては、ぼくの身体もしょせん鉄の塊。こうして動かずにいれば、ただの止まり木に等しいのだろうな。
 木や草や、石と同じ。ただそこにあるだけのものに、どうして警戒など覚えるだろう。
 だが、自分がそんなふうに自然の一部なのかと考えることは、けして不快なものではなく ――


「ハインリヒ?」
 唐突にかけられた声に、鳥達がいっせいに飛び立った。
「なにやってんだあんた。寝てたのか?」
 室内からベランダへと歩み出てきたジェットは、眩しげに片手を目の上へかざしていた。足早にハインリヒがいる木陰へと入ってくる。もう片方の手ではイワンを抱いていた。肩に乗せるようにして大きな手のひらで押さえているその仕草は、一見ひどく無造作だったが、同時に手慣れたものをも感じさせる。
「……ああ、読んでる途中でうとうとしたらしい」
「へぇ? フランが呼んでるぜ。お茶にしようってさ」
「判った。いま行く」
 ぱたりと本を閉じて、ハインリヒは椅子から立ち上がった。
“ココデ眠ルノハ気持チガ良サソウダネ”
 イワンが言う。
“オ茶ガスンダラ、連レテキテオクレヨ。昼寝ヲシヨウ”
「いいなそれ」
 ジェットもイワンを見てうなずいた。
「お前さん、こないだ起きたばかりじゃないか」
“ボクダッテ昼寝グライスルサ。キミ達モ夜ニハチャント眠ッテルジャナイカ”
「違いねえ」
 くすくすと笑うジェットと連れだって、ハインリヒは階下のリビングへと向かう。


 残された椅子の上には、ぽつりと置かれたハードカバー。
 飛び去っていった小鳥が一羽、再び舞い降りてきてその上に止まった。
 首を傾げて、一声さえずる。
 葉ずれの音が、いつまでも柔らかくさんざめいていた ――


(2002/3/21 9:36)


斗波シユ様から、掲示板に書き込みいただいたネタで書いてみました。
ちなみにその文面は『たまには心からほのぼのな004』『なーんも考えないでリラックス』『ベランダでぼけーっとしてたら小鳥にたかられて身動きできなくなり、002に爆笑されるとか(笑)』でした(笑)
けっきょく、なーんも考えない、というあたりはクリアできませんでしたね。なんていうかこの方、何をどうしてみても、色々と考えちゃって下さるんです……(哀)
でもまあ今回は、鬱にはまることもなくさらりと流しているあたり、いちおう吹っ切っちゃってると言うことで(ああでも、切ないなぁ/涙)


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