夜の歌
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2002/12/14 AM1:04)
神崎 真


 夜の海面が、窓から漏れる光を受けてほのかにきらめいていた。
 寄せては返し、繰り返し耳を打つ波の音。
 ちらちら揺れるさざ波と潮騒に包まれて、ハインリヒはひとりベランダへとたたずんでいた。
 背後の部屋からは、仲間達の楽しげにしゃべっている声が聞こえてくる。
 ひさしぶりに全員が集まったギルモア邸では、張々湖とフランソワーズが料理に腕を振るい、たいそうにぎわった夕食の後も、皆がリビングに残り、なごやかな時間を過ごしていた。
 テーブルにはいつしかアルコールが現れ、それぞれがそれぞれの嗜好にあった酒を手に、離れていた間のことを口々に語り合う。
 だが、ハインリヒはふとした間をついて、ひとり部屋を出ていた。自然な動きであったため、誰も見とがめた者はいないようだった。
 氷を浮かべたグラスを手に、夜の海へと視線を投げる。
 薄い唇が、かすかに動いていた。
 穏やかな夜風にすらかき消されるほどの、小さな歌声。
 遠く海へと向けられた瞳に映っているのは、けして波頭の水泡みなわなどではなく ――
 ふと、
 室内からの光がかげった。
「風邪ひくぜ」
 静かな声がかけられる。
 続いてグラスを持ったグレートが、ハインリヒの横に並んだ。同じように手摺りへと肘をつき、夜の海へ目を向ける。
「……風邪なんか、ひくような身体か?」
 ハインリヒは口ずさむのを止め、低くそう問いかけた。
 たかが潮風に吹かれた程度で、この機械の身体がどうにかなるはずもない。自らを嘲るような言葉に、しかしグレートは肩をすくめて笑って見せた。
「まだまだ青いなご同輩。風邪とは身体のみがひくにあらず。冷たい風に吹きさらされて、か弱き心こそが凍えるのだよ」
 グラスを掲げ、大げさな身振りをつけて詠ずる。
 ハインリヒは思わず失笑した。
「は、お前さんお得意の台詞まわしだな」
「ふふん、心に染みいるだろう?」
 ニヤリと口の端を上げ、グラスを傾ける。
 舞台俳優であった彼は、しばしばシェイクスピアなどの古典作品の台詞をそらんじてみせた。またそれらに似せて、芝居がかった口振りで自身の言葉を語ることもある。
 そしてそういった時に語られる言葉は、概して強く、深く、彼の抱く想いをあらわしていた。
 いまも道化たように見せかけて、ハインリヒを案じているのだと言うことは、それを向けられた彼にもよく判っていた。
 判っては、いたのだけれど。
「お前さんもせっかく良い声をしているのだ。こんな所で辛気くさく歌ってないで、どうせなら部屋の中で一曲いかがかね?」
「…………」
 問うてくるグレートに、ハインリヒは眉をしかめる。
 不機嫌さをあらわにした表情で彼はグレートを見返した。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと寝たらどうだ」
「なら、耳元で子守歌でも歌っていただこうかな」
 間髪入れずに返される言葉。
 飲み干したグラスの氷をからりと鳴らし、悪戯っぽい目で流し見てくる。
 二つの視線がしばし交わった。
 無言で睨みつけるハインリヒと、こたえた様子もなく見返すグレート。
 やがて ―― 根負けしたのはハインリヒの方だった。
 小さくため息をついて肩を落とす。
「……判った。中に入れば良いんだな」
「そのとおり」
 グレートは大げさな身振りでうなずいた。
「最初からそう言えばいいのだよ」
 ぱちりと片目を閉じる。
「……ふん」
 ハインリヒは鼻を鳴らすとグラスをあおった。
 酒精が喉を灼き、腹の底から温かいものがじわじわと這い上がってくる。
 その背を軽く叩き、グレートが促した。グラスを手摺りに置いたハインリヒは、きびすを返し、後を追って室内へと戻ってゆく。
 ―― もっとも、
 灯りに照らされた、二人の口元。
 ほのかに笑みを浮かべていたのは、はたしてどちらであったのか ――




 ++ おまけ ++

 その後、温かなリビングの片隅でのこと。
 先刻口ずさんでいた歌のタイトルを問うたグレートに、ハインリヒはさる有名な曲目を挙げた。
 グレートはしばしあんぐりと口を開けていたが、やがて小さくかぶりを振ってため息をついた。
「……お前さん、ピアノはあれだけ弾けるくせに」
「ピアノは鍵盤押せば音が出る」
「そらまあ、そうだけど」
 むっつりとした顔で答えるハインリヒの横で、天は二物を与えないってのはほんとだねえと呟くグレートがいたとか、いなかったとか……


(2003/1/5 12:32)


今回もチャットで即興したネタです。その節は皆さまお世話になりました。
……最初は確か『レクイエム』というお題だったのですが、いつの間にか『ピアノうまいけど歌うと微妙な004』ということに落ちついてしまいました(笑)
良い声の人が歌もうまいとは限らないし、ピアノ弾けても音痴な人というのは実際にもいるものなんだということで。
なんだかどんどん004ファンを敵に回していってるような気が……


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