きたるそのとき選ぶ道
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2002/10/27 18:12)
神崎 真


 地平線の向こうに太陽が没してから、果たしてどれほどの時間が過ぎただろうか。
 時刻を確認できるものなど、既に手元には残っていなかった。それでも普段であれば、体内に組み込まれた機械が大体の時刻を教えてくれるものだ。だが、それらの機能もまた、とうにあてになどならない状態となっている。
 あたりは見わたす限り、生き物の姿ひとつ見えない、荒涼たる岩砂漠だった。
 所々にぽつぽつとわだかまる黒い盛り上がりは、点在する岩山の影。まるで巨大な視点を持つ何者かが、無造作にばらまいたかのようにも思える。
 そんな内のひとつに、002と004は傷ついた身をひそめていた。
 わずかにくぼんだ岩陰は、洞窟と呼ぶにはあまりにもささやかな代物だ。それでも遮るもののない地べたよりは、幾分役に立ってくれる。
 目だけを出すようにして、004はあたりの様子をうかがった。その足元で、002が直接地面へと座り込んでいる。
「……なんか、見えるか」
「いや ―― まだ追いついてはこないようだ」
「そっか」
 追っ手の気配は、まだ遠いということか。
 その答えに、002が小さく息を吐き、身体の力を抜いた。それはあくまで『未だ』ということでしかないと、判ってはいたけれど、しばし得られた静かな時間に、身体が勝手に休息を求める。
 ぐったりと岩に背を預ける002を、004は気遣わしげに見下ろした。
「……大丈夫か」
「一応、まだくたばりそうには、ねえよ」
 荒い息を押し殺すように、強がりの言葉が返される。
「…………」
 004は眉をひそめ、投げ出されたその足へと視線を落とした。
 右の太腿部に、細く裂いたマフラーが巻きつけられている。その布の下には、無惨な貫通孔が存在した。断ち切られたエネルギーパイプから循環液が漏れ、防護服の真紅をよりいっそう濃いものへと変じている。
 既にこの場でできる限りの処置はしてあった。乱暴にではあるが液漏れする箇所をふさぎ、液体の流出も止まっている。破損部分にバイパスを設けたおかげで、どうやら循環にも問題はないようだ。だが既に失われてしまったものを、補うすべはなく。
 飛行中に被弾した002は、それでもなお、飛び続けた。抱えていた004が敵戦闘機の全てを撃墜し、追っ手を振り切ったと確信できるまで、噴射を緩めようとはしなかった。
 もちろん、そうしなければ、彼らは二人とも死んでいただろう。故に004は、それについて感謝しこそすれ、咎める気などは毛頭なかった。
 だがその結果、彼の傷が悪化したのは事実だ。この岩山に身を隠し、手当てを終えてからこちら、この意地っ張りな青年が立ち上がろうともせず、座り込んだままでいる。それだけで彼の身体状態がうかがえた。
「なにかあったら起こしてやる。少し休め」
「……けど、あんただって」
「俺は大丈夫だ。いいから眠れ」
 今はただ、少しでも体力を回復させるべきだ。
 そう主張する004の足元で、002は再び息をついた。その両目が、諦めたように閉ざされる。


 ―― 夜の大気が、それまでとは異なる物音を運んできた。
 腕を組み岩にもたれていた004は、閉じていた目を開き、闇の向こうへと視線を投げた。夜の空は漆黒に塗りつぶされ、月はおろか、瞬く星々の欠片さえも見うけられない。それでも彼のターゲットアイは、地平線上にうごめく影を、幾つか捉えることができた。
「……機動戦車か。またやっかいなものを」
 五台、十台と次第に数を増やしてゆくその姿に、忌々しげに舌打ちする。
 こちらの状態が万全であれば、けして倒せない敵ではなかった。だがいまの002は、戦うどころか動くことすら難しい状態だ。そして004の方も、外傷こそほとんどなかったが、身体のあちこちが軋み思うように動けない。膝のミサイルはすべて撃ち尽くしていたし、マシンガンの残弾もわずかだ。残るはやはりエネルギーの乏しくなったスーパーガンと、そして……
 身じろぎした気配を感じたのか、横になっていた002が肘をつき、上体を起こした。
「奴らか?」
 掠れた声で問いかけてくる。
「ああ。まだかなり向こうだが……動けるか?」
 訊き返した004は、答えが返ってこないことに、ふと眉をひそめた。敵をうかがう姿勢はそのままに、首から上だけで振り返る。
「ジェット」
 002はうつむいたままでその視線を受けた。返答が返るまでにしばしの間が生じる。
「……ワリィ」
 ぽつりと落とされる声。
 視線は地面へと向けられて、004を見ようとはしない。
「いざとなったら、俺を置いて、あんただけでも逃げてくれ」
「おい」
 思わず声を強める。だが、002はゆるゆるとかぶりを振ってみせた。地に着いた指の先が、ざりと砂を掻く。
「判ってる……けどもう、マジで身体が動かねぇんだ。勘弁してくれ」
 淡々と、努めて事実だけを告げようとする言葉。
「けどよ、少しぐらいの時間なら、なんとか稼ぐからさ」
 今の自分の状態では、どれだけあがいたところで逃げ延びることなどできはしない。けれどせめて、ほんのわずかでも隙を作ってみせるから。だからあんただけでも逃げてくれ、と。
「な」
 そう言って、ようやく顔を上げる。汚れてばさばさになった前髪の間から、穏やかな青い瞳が見上げてきた。
 どこか達観したような光を宿す目を、004はしばし無言で見つめ返す。
「…………」
 やがて、薄い唇からため息が洩れた。
「お前の機動力もなしに、どうやって逃げろって?」
 そう言って、ひょいと肩をすくめて見せる。
「……ハインリヒ?」
「あまり無茶を言ってくれるな」
 俺は重たいぶん、足が遅いんだ。
 そう結んで、再び顔を正面へと戻し、敵の様子を確認する。
「な、ちょっと待てよ。なにもあんたまでつきあうことはねえんだ」
 002は、どうにか立ち上がろうと、懸命にもがいた。つい今しがた見せていた、諦めにも似た落ち着きは消え、あせりの色もあらわに相手を見やる。
 思うように動かない身体に焦れ、呼びかける。
「ハインリヒ!」
 その声には、悲鳴のような響きが混じっていた。
 が、004は反応せず、ひたすら増え続ける機動戦車の動きを観察していた。
「間もなくここも見つかるな」
 冷静に分析して、身体ごと002に振り返った。勢い込んで口を開こうとするのに、手のひらを向けて制止する。
「言っとくが、俺の方ももう走るのは無理だ。しょうがねえ。いざとなったらこいつの」
 と、親指で己の胸元を示す。
「 ―― スイッチを入れる」
 静かな口調で言いきった。
 その仕草の……言葉の、示すもの。
 同じ00ナンバーサイボーグの中でも、開発初期段階から特に長い時間を共有してきた002は、詳しく説明されるまでもなく理解できた。
 死神の名を冠された戦闘サイボーグ。その体内に埋め込まれた多くの武器の中でも、もっとも強大な威力を持つのが、ヒロシマ形小型原爆だった。使えば周囲の数キロと共に、本人自身の命をも焼き尽くす、文字通りの最終兵器だ。
 顔色を変える002に、004は不敵に笑ってみせる。
「それで奴らは全滅だ。少しは009達の負担も減るだろう」
 それは分断され、いまも別の場所で戦っているだろう、仲間達のことを想う言葉だ。
 しかし、
「おい……」
「なんだ?」
 首をかしげる004は、しかし相手の言いたいことなど熟知しているようだった。
 案の定、002が言葉を思いつくよりも早く、先を続ける。
「別に、お前が言っていることと同じだろう?」
 さらりと告げられる言葉は、確かに正鵠を射ていた。
 自分はもう助かりそうにない。だから残される仲間のために、いまできる全てを為そうとする。己が命さえをも、道具と為して。
 彼らが口にしているのは、その点でまったく同じ内容である。ただひとつ違うところといえば……
「悪いが、その時はつきあってもらうからな」
 残される『仲間』の範疇に、いま目の前にいる相手を含めているのかどうか。
 それはけして、相手の命を軽んじているが故ではなく。そして同時に、己の命を価値ないものだからと切り捨てている訳ですらなく。
 共にかけがえのないものなのだと認識しながら、それでもやらねばならぬのだと、そう決めた、意志。
 仲間という、大切なものと引き替えにするのであれば、それは同等かそれ以上に価値ある存在でなければなるまい。そう思っているからこその選択で ――


*  *  *


 二人の間に沈黙が下りる。
 互いへと、次に向けるべき言葉を思案する、無言の一時。
 やがて ―― 先に口を開こうとしたのは、果たしてどちらだったか。
 だが発せられた声が何らかの言葉を形作るより早く、聞き慣れた轟音があたりに響きわたった。反射的に身構えた二人の頭上へと、巨大な機影が覆い被さる。
「 ―― ドルフィン号!」
 目を疑い、思わず叫んだ。
 だがそれは夢でも幻でもなく。
 高度を下げたその機首からトルドーが離脱し、機動戦車達へと攻撃をかける。一度高度を上げたドルフィン号自体は、大きく旋回し、そのミサイルを地上へ向けて発射した。
 どうやら仲間達の誰かが無事ドルフィン号へとたどり着き、他のメンバーを救出するべく、発進させたのだろう。その桁違いな火力を前に、迫りつつあった追撃部隊はみるみるうちにその数を減らしてゆく。
 やがて見わたす範囲に動くものはなくなり、視界の中、目に映るのは破壊された戦車の残骸ばかりとなっていた。たなびく煙の向こうに、着陸しようとするドルフィン号の姿がある。既に二人の位置は確認できているのだろう。ハッチのある方をこちら側へ向け、噴射炎の影響を受けないギリギリの距離をとっている。
 004は負傷した002に肩を貸した。二人、よろめくように岩陰から歩み出る。
 吹きつける砂混じりの風に目を細めながら、高度を下げつつある機体を見上げた。
「……なぁ」
 002がぽつりと呟いた。
「ん?」
 顔を上へと向けたまま、004は短く返す。
「あんた……本気で自爆するつもりだったのか」
 低い声での問いかけに、返る答えは素っ気なかった。
「さて、な」
「おい、誤魔化すんじゃねえよ」
 002の言葉に怒りが混じる。
 耳元で唸られて、004は肩をすくめた。そうしてようやく相手を振りかえる。
「いいじゃないか。こうしてちゃんと助かったんだから」
 そう言って ―― ニヤリと口の端を持ち上げた。
 002は、しばしまじまじと004を見返していた。が、じょじょにその顔が赤くなってゆく。
「……あ、あんたって……あんたって奴はぁッ!!」
 甲高い声が響きわたった。
 乱暴に手を上げ、支える腕を振り払おうとする。が、助かったとはいえ負傷が癒えたわけでもなく、逆にバランスを崩す結果となった。腕を伸ばしてその身体を捕まえた004が、声をあげて笑う。
 それは彼にしては珍しい、ほがらかとさえ呼べる笑い声だった。しかし頭に血の上っている002は、それにも気付かず、ただ暴れるばかりだ。
 そんな二人の様子を、コックピットにいる仲間達は呆れた顔で眺めていた。が、モニター越しの視線になど、彼らが気がつくはずもなく。


 ―― 後日。
 すっかり臍を曲げた002は丸三日もの間004と口をきこうとせず、事情を聞いた仲間達もまた、それぞれのやりかたで004に非難の意志を表したのだが。
 まあそれはまた、別の話である。


(2003/11/01 10:39)


……いつもと違うパターンの話を書こうとしたら、微妙に二人とも偽物臭くなってしまいました(汗)

ええと、そもそもこの話を書き始めたきっかけは、平成版アニメのミュートス編で、かの004特攻シーンがカットされていたことなのですが。体内に原爆(平成アニメでは小型爆弾)という最終兵器を装備されたこのお方……文字通り最後の手段であるはずのそれを、なんかけっこう安易に使おうとすることがたまにありませんか? 特に原作。
いったん爆発させたら、以上終わりなんですよ? それ判ってますかお兄さま、と言いたくなることがしばしばあったりして。けれどまあ結局のところ、彼はそれを使用することなく、現在に至っているわけです。

……もしかしてお兄さま、確信犯ですか?
絶対仲間が止めてくれるとか、助けに来てくれるとか、実は心の底で確信してませんか?

ひとりMぐるぐるしてみながら、案外根っこの所で仲間達の存在に甘えまくってるんじゃないか、と。そんなふうに思って書き始めてみたのですが、なんだかジェットまで別物チックに女々しくなってしまいました(汗)
平成アニメの青いジェット、新ゼロの兄貴なジェットとは別に、原作のジェットはけっこう情けないところもあるかなあとか思ったりもするのですが、ここまでくるともはや普段書いている二人とは完全に別人ですなヽ(´〜`)/

……言い訳ながッ(汗)


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