絶えて桜の無かりせば
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2002/3/24 13:31)
神崎 真


「なあ、あれ何やってるんだ?」
 買い出しの途中、そう言って指を差したのは、目新しいものに敏感なアメリカ人だった。
「あれ? お花見だよ」
 生鮮食品の袋を手に並んで歩いていたジョーが、あっさりと答える。
「ハナミ? 花を見てるのか?」
「ああ、外国ではあまりやらないのかな。日本では桜の花って言うのは特別でね。毎年この時期になると、お弁当やお酒を持ちよって、花の下で騒ぐんだよ」
 一種のパーティーみたいなものかな?
 川沿いの土手にずらりと並んだ桜並木が、穏やかな午後の陽射しを受けて満開の花を咲きほこらせている。今年は温かかったせいか、例年より一週間も開花が早いそうで。気がついてみれば、既にちらほらと花びらが風に乗り始めていた。
「あと二三日もしたら散っちゃいそうだね」
 漂ってきた小片を手のひらに受ける。柔らかな薄い色の花弁は、そうしていても触れていることさえ感じられない。軽く手首を返すと、再びふわりと流れていってしまう。
「楽しそうだよなぁ」
 ジェットの関心は、花よりもその下で飲み食いしている人間達にあるようだった。より正確に言えば、彼らのまわりにある、弁当や酒の方にだ。
「な、ジョー」
 振り返ったその目の輝きぶりを見れば、次の言葉は想像がついた。
「僕は良いけど、みんなにもちゃんと訊いてみてよ?」
 いちおう確認を取ったジョーだったが、ジェットの耳に届いたかどうかは怪しいものだった。
 先刻までは、買い物が面倒だと鈍りがちだった足取りが、途端に軽いものへと変わっている。
 ―― ま、いいか。
 荷物を抱え直して、ジョーも足を速めた。
 彼もまた、仲間達と楽しい時間を過ごせるのであれば、なにも否やはないのである。


 さすがと言うべきなのかどうなのか。
 チームワークには定評のあるゼロゼロメンバー達は、ことこうと決めれば極めて手際が良かった。
 買い出しから帰ってくるなり「花見しようぜ花見!」と騒ぎ出したジェットに、当初は困惑の表情を見せた一同だったが、ジョーから花見の説明を受けると、まずフランソワーズが顔を輝かせた。
「花の下でのピクニックなのね。素敵!」
 ジェロニモがその横でうなずく。
「花はいい。見ていると気持ちが明るくなる」
 滅多に自己主張をしない彼が言い出せば、よほどの理由がない限り反対するような者はいなかった。まして酒が呑めるとあれば、グレートなどは二つ返事のようなものだし、張々湖はさっそく献立の検討に入っていた。桜なら裏の山に見事なのがあった、とピュンマが候補を上げ、ハインリヒと共に椅子やシートを持って先発した。
 あとは手分けして、改めて酒やつまみの買い出し、料理などに立ち働き。あっという間に準備は整った。


 それぞれ紙コップを掲げた一同を、立ち上がったグレートがぐるりと見わたした。
 何を勘違いしたのか蝶ネクタイなど結んだ彼は、皆と同じようにコップを掲げ、ひとつ咳払いをする。
「え〜それでは」
 一度言葉を切り、芝居がかった仕草でネクタイを整える。
「儚くも美しい、この桜花おうかのもとに集いて至上の甘露を得ることができる、この幸せはさながら ―― 」
「良いからさっさとするヨロシ!」
 張々湖が横からつっこみを入れた。他の面々からもいっせいにブーイングが上がる。
「ちぇ、良いじゃないかよ、これぐらい」
 がくりと肩を落としたグレートだったが、すぐに気を取り直して背筋を伸ばした。
「では、乾杯!」
「かんぱ〜いっ!」
 一同唱和して、コップに口を付ける。
「日本酒ってのも、悪くはねえな」
 さっそく一杯空けたグレートは、したり顔でうなずいた。
「貰い物の一級酒ヨ、心して呑むネ」
「へいへい」
 張々湖の言葉には生返事をかえし、一升瓶をつかんで次をそそぐ。
 その横では、クーラーボックスに顔をつっこんで、ジェットが缶ビールをあさっていた。
「誰だよ、バドワイザーなんか買ってきたのは。ここはやっぱスーパードライだろ?」
「って、ジェット何やってんだよ。きみ、未成年じゃないか」
「なに固ェこと言ってんだ! お前も呑め、ほら」
「え、けど」
「なんだよ、オレの酒が呑めないのか? お坊ちゃんはこれだからよ……」
 馬鹿にするようなジェットの口振りは、神経を逆なでして、その勢いで呑ませてやろうという魂胆からだ。
 が ――
「僕は中学で酒も煙草も卒業したんだ。大人げないきみと一緒にしないでくれるかい?」
「…………」
 にっこりと微笑むジョーに何を感じたのか。
 ジェットは沈黙するとそろそろと席を移した。
「フランソワーズはジュースにする? それとも酎ハイが良いかな」
「え、ええ。じゃあ、そっちのカクテルをもらおうかしら」
「これだね」
 はい、と優しく手渡す。
 そんな彼に礼を言うフランソワーズが、どこか微妙に引きつっていたのは、気のせいだっただろうか。
「これはなに? 和菓子かい」
 三段重ねになった弁当をつついていたピュンマが、張々湖へと問いかける。
「栗きんとんネ。裏ごししたお芋に水飴と煮た栗を入れてあるのヨ」
 どうも張々湖が作った弁当は、微妙におせち料理と混同されているようだ。
 広いシートの隅の方では、イワンを抱いたギルモア博士とハインリヒ、ジェロニモの四人が、静かに花を見上げている。
「このところ日本の文学作品を幾つか読んでみたんですが、桜の花というのは、よく題材とされているようですね」
 ハインリヒが言う。
「そうじゃな。コズミ君も言っておったよ。この国に長く住んでおると、日本人の桜に対する思い入れの深さに驚かされると」
「一度に咲いて、一度に散る。そのあたりが、日本人の気質に合うのかもしれませんね」
 小さく笑った。
「この花は、とても美しい。 ―― 怖ろしいほどに」
 ジェロニモが言葉を落とす。
 その手の中。大きな手のひらにくるまれるようにして持たれた杯の水面に、一つ二つと花びらが浮かぶ。
「桜の下には……か」
 呟いて、ハインリヒは酒に口を付けた。
 日本人は、桜の花に様々な想いを重ね合わせるらしい。それは美しいもののこともあれば、怖ろしいもののこともある。柔らかなその美しさを讃えることもあれば、見る者を狂気に惹き込むその怪しさを厭うこともある。
 では、いまこうして、仲間達の上に花びらを降り注がせる、この桜の花はどうなのだろう。そしてその下にいる、この自分達の姿は、果たして ――


「うわっ、てめえ何しやがる!?」
「それはこっちの台詞だよ。酔っぱらい!」
「きゃぁッ、ちょっとこぼれてるわよっ」
「何やってるネ、ジェット!」
「オレのせいか、オレの!?」
「うわ〜〜、お弁当が〜〜ッ!!」


 いきなり背後で持ち上がった騒動に、ハインリヒは思わず酒を噴き出した。
 げほごほと咳き込むその背中を、逃げ出してきたジェットがご丁寧に踏んでゆく。
「……ジェ……てめ……ッ」
 人を足場にして桜の枝へと飛び乗ったジェットに、ハインリヒはシートに潰れた状態で上をにらみつけた。涙目になった薄青い瞳が、枝にしゃがんだその姿を捉える。
 なんとか息を整え怒鳴ろうとした彼のもとへ、今度はジョーが飛び込んできた。
「あ、ごめん」
 律儀に謝りはしたものの、これまたきっちりと足蹴にしてジェットの後を追う。
「ジェット、フランソワーズにあやまれよ!」
「へっ、や〜なこった」
「コラ、飛ぶなんてずるいぞッ」
「くやしかったらここまでおいで、だ」
 二人とも、枝から枝へと見事な動きで跳びまわっている。さすがはサイボーグだ。
「 ―― 大丈夫か」
「…………」
 ジェロニモの手を借りてようやく起きあがったハインリヒは、しばらく無言で下を向いていた。
 そんな彼らの上へと、ぱらぱらと花びらや折れた小枝などが降ってくる。
 やがて、ハインリヒの右手がもち上がった。外出する時には必ず身に着けている革の手袋を、ゆっくりとした仕草で外してゆく。その下から現れるのは、鋼の地肌をあらわにした、マシンガン・アームだ。
 それに気がついた者のうち、まだ理性を残していた数名は、そそくさと立ち上がってその場から退避していった。
 そして ――


*  *  *


「見事に散ったわねえ……」
「桜は散り際が見事だとはいうものじゃが」
「いくらなんでも、これは ―― 」
 すっかり花びらを落とし、丸坊主になってしまった桜の下で、一同は乾いた笑いを互いに交わしていた。
 と言うか、これはもう笑う他にどうしろというのか。
「とりあえず……」
「今後花見はしない方が良さそうアルな」
“ボクラノ為ニモ、桜ノ為ニモ、ネ”
 イワンのその言葉に、一同はしみじみとうなずいた。


*  *  *


世の中に たえてさくらの なかりせば 春の心は のどけからまし
―― 古今和歌集・在原業平より ――


(2002/3/24 15:20)


【この世にもし桜というものがなかったとしたら、春の人の心は、「いつ咲くのかなぁ」と待ち焦がれてそわそわしたり、「咲いた、咲いた」とはしゃいだり、「あぁ、桜が散っていく…」と散りゆく桜を惜しんだりと、気を揉むことがなくなって、穏やかな、のんびりしたものになるのだろうなぁ】

……と言うような解釈のこの和歌を、どこをどうひねったらこんな話にできるんだ自分(爆死)
桜というモチーフは大好きで、毎年のように何かしら書いています。今年もオリジナルで一作書いたのですが、行きつけのサイト『THE TEARS OF THE STEEL』様で実に格好いい桜と4お兄様のイラストを拝見しまして、こ、これはもう書くしかねえ〜〜〜ッッ、と速攻でワードパッドを開いたのです。……こんなお話にしちゃいましたけど。ごめんなさい(−_−;)>森本様

ええとまあ、それでもとりあえず、所帯染みお兄様万歳、ってことで(苦笑)


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