ともりし
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2002/2/22 6:49)
神崎 真


 ―― たまにはお前もうちにも来い!
 暇を見つけてはアルコール持参で人の部屋にやってくる年上の友人が、ある日いきなりそんなことを言い出した。
 陽気でおおらかなこの男は、一度言い出したら人の話など聞かないところが、どこか懐かしい仲間達に通ずるものを感じさせる。
「どうだ、旨いだろう! うちの女房が作る料理は絶品だからな!」
「……グスタフ」
 でかい手のひらで背中をどやされて、ハインリヒは思わず咳き込みそうになった。
 いかに彼がサイボーグだとはいえ、タイミングというものがある。どうにか口の中の物を呑み込んで、じろりと相手の顔をにらみ返した。
 そんなハインリヒへと、卓の向かいに座る女性が申し訳なさそうに声をかける。
「粗末なものばかりで、申し訳ないですけど……」
 見事な金髪を背中に垂らしたその美人は、一体この男がどうやってと、新しい職場でもひそかに噂されている、グスタフ自慢の妻だった。ほっそりとしたはかなげな雰囲気をまとっていて、実際あまり身体が丈夫な方ではないらしい。
「いえ、とてもおいしいです」
 お世辞ではなくそう言うと、彼女はほっとしたように微笑んだ。
「よろしければお代わりはいかがかしら。量だけはありますから、遠慮なくおっしゃって下さいね」
「ありがとうございます。それじゃあ」
 うなずくと、水仕事に荒れた手を伸ばし、ハインリヒの皿を取り上げる。
「おかーさん、アタシもおかわり!」
 グスタフの娘が元気良く言った。
 こちらはまだ5、6才の可愛い盛りである。母親似のブロンドと大きな青い瞳が、まるで人形を思わせる少女だった。もっともこのお人形さんは、口のまわりをソースでべとべとに汚していたが。それでもなお愛らしく見えるのは、やはりその目が生き生きと輝いているからだろう。
「そいつがすんだら、俺にも頼む」
「はい、あなた」
 夫の言葉にも、彼女は優しく応じる。
 視線を交わすその二人の、穏やかな表情。
 そこにあるのは、互いを深く想いあい、幸せに生きる家族の姿だった。
 彼らの生活は、お世辞にも裕福なそれとは言えない。この国の就業率は相変わらず地を這う低さだったし、なんとか再就職が叶った彼らの賃金も、ごくごくわずかなものである。
 今宵振る舞われたこの夕食にしても、素朴と言えば聞こえは良かったが、貧しさは隠しようもなかった。
 ―― それでも。
 彼らを眺める己の目が、羨望の光をたたえていることを、ハインリヒは自覚していた。
 狭い、賃貸住宅の一室。家具も少なく、火の気すら最低のものしかありはしない。それでもこの部屋の暖かさはどうだろうか。
 子供の口元を拭いてやる母親。ビールを片手にそれを見守る父親。二人の間で楽しげに笑う子供。

 もしも、あのとき亡命に成功していたら……

 己もまた、得ることができたかもしれない光景がそこにある。
 そんなふうに考えることは、いまも変わらぬ痛みを胸にもたらしたけれど。
 この家族が失われなくて、本当に良かったと。
 あの雪山で彼を救うことができたのを、ハインリヒは心から嬉しいと思っていた。
 たとえそれが、この身に与えられた忌まわしい能力あってこそのものだとしても……


*  *  *


 玄関から安アパートの廊下へ出ると、凍りつくような冷気が足下からはい上がってきた。
 グスタフがうなりながら襟元をかき合わせる。 
「風邪ひくとまずいからここで良い」
「お前こそ、そんな薄着で大丈夫なのか」
「ああ、寒さにゃ強いのはお前も知ってるだろう」
 小さく肩をすくめ、相手の胸を叩いてみせる。
「じゃあ、おやすみ。夕飯ごちそうさん」
「気をつけて帰れよ」
 と、言い交わすグスタフの後ろから、彼の娘が顔を出した。
 おや? と見下ろした二人の前で、少女はにこりと笑って手を振る。
「お前もお別れ言いたいのか」
「うん」
 うなずいた少女に、ハインリヒは穏やかに目を細めた。
「おやすみ、小さなお嬢さんフロイライン
 手袋をはめた手で頭を撫でられた彼女は、嬉しそうにハインリヒを見上げる。
「うん。おやすみなさい。またごはん食べにきてね、アルおじちゃん!」
 元気良く口にされたその呼称に、ハインリヒはしばし言葉が返せなかった。
「あ、ああ……」
 かろうじてうなずいた彼の横で、グスタフがにやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。
 ちなみに彼は、三十代の男からおっさん呼ばわりされたことを、ひそかに根に持っていたりした。
 おじさん……おじさんなのか俺は。いや俺はまだ三十だぞ。そうか、子供にとっては大人なんてみな同じに見えるからな。
 そんなことをぐるぐると考えていたハインリヒに、無邪気な少女は追い打ちをかける。
「おじちゃん、どうかしたの?」
「 ―― いや」
 なんでもない、とかぶりを振って、ようやく彼はいとまを告げた。 

 ……今度ジョーかジェットが訪ねてきたら、絶対あの子に引き合わせてやるとしよう。

 彼女の目にはきっと、彼らのこともおじさんに映るに相違ないのだから。
 夜道を帰途につくハインリヒの胸中に、そんな決意が宿っていたとかいないとか。
 だがその真偽は、彼にしか知るよしもないことであった ――

(2002/2/23 2:48)


 平成版十八話「張々湖飯店奮闘記」で、話題の的となったグスタフさんのお話でした(笑)
 全国の004ファンがTVの前で『代わってくれ〜〜ッ!!』と絶叫したであろうこの人は、ラストにいたっては004を『アル』呼ばわりするという快挙まで成し遂げてくれました。
 いや、私的にはけっこうあの人いい味だしてるなと思いまして。
 やはりゼロゼロナンバーのみんなには幸せになって欲しいですし、それには同じ戦いを共有した仲間達とはまた別に、ごく普通の日常を共にする友人とかも必要になって来ると思うのですよ
 そんなわけで個人的にグスタフさんお気に入りですvv

 ……それにしても、この話の下書き書いたのは↑の通り十九話放送の前日だった訳なのですが…… お、お兄さま? なんであなた日本にいらっしゃいますの……(汗)
 


「ひとり暮しリンク」こと、ひとり暮らしをしているゼロゼロナンバー達を書いた小説と、 リンクを張らせていただきました。どれもとても素敵なお話ですので、是非どうぞvv



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