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 安息の場所(2)
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
 
神崎 真


 動くものの姿などひとつも見うけられない廃墟で、ゼロゼロメンバー達は懸命に瓦礫を掘りおこしていた。
「どうだ、いたか!?」
「いや、服の切れっ端ひとつ見つからねえ。006、そっちはどうだ」
「駄目アルよ。わての炎で掘り返せたら良いんやけど」
「おいおい、004まで溶かしちまうぜ」
「せめて、003を連れてきていたら……」
 工場を破壊した戦闘で疲労の激しかったフランソワーズは、ドルフィン号へと残してきていた。索敵専門の彼女は、こういった混戦にはあまりむいていない。イワンが夜の時間中であることも考え、博士とイワンの護衛を兼ねて、待機させていたのだが。
 彼女であれば、積み上がった瓦礫の間を見通せるし、その下にいる人間の鼓動や呼吸音を聞き取ることもできるはずだ。脳波通信機で004へと呼びかけても、いっこうに返答がないだけに、みなの表情には焦りの色が濃くなり始めていた。
「オレが飛んで、彼女を連れてくる」
 ジェットがそう言ってジョーを振り返る。まだ敵が残っている可能性もある中で、長距離飛行は危険が大きかった。特に他人を連れて飛ぶことは、旋回能力をいちじるしく削がれる分、撃墜されるおそれも高くなる。
 だが……
「頼むよ」
 うなずいたジョーに背を向けて、ジェットはエンジンに点火した。
 そのまま一直線に飛び立とうとした彼を、しかし突然あがった歓声が引き留める。
「いたぞ!」
 膝をついて瓦礫をかき分けるピュンマの手元から、赤い色がのぞいている。間違いない。彼らのまとう防護服だ。
 慌てて着地したジェットとジョーが、争うように走り寄る。
「ちくしょう、生きてるんだろうな」
「大丈夫さ。この程度で潰れるような、ヤワな身体じゃないだろうからね」
「俺がやる」
 ピュンマを押しのけたジェロニモが、太い指を隙間へと突っ込んだ。慎重に足場を定め、少しずつ力をこめてゆく。パラパラと細かい欠片が滑り落ちていった。
「ム……ゥ……」
 軋むような音を立て、太い腕の筋肉が張りつめる。
 じょじょに持ち上がってゆく瓦礫の下に、待ちかねたようにグレートが首を突っ込んだ。
「腕だ。腕が見えてる」
 その言葉が終わるより早く、みなの目にも、崩れた壁に挟まれた白い手首が映る。その亀裂の向こうには、いくぶん空間が残されているようだ。
「おいおっさん、生きてるか?」
 呼びかけるジェットの声は、かなり明るいものになっていた。
 腕を伸ばし、力無く垂れた手のひらへと触れる。気を失っているにせよ、せめて反応が返らないものかと、力をこめて腕を引く。


 ―― 返ってきた手応えは、ひどく軽いものだった。


 赤い袖に包まれた腕が、あっさりと動く。
 引いたジェットの動きのままに、ずるりとそれは引き抜かれた。


 上腕の半ばからぶら下がる、引きちぎられたケーブルと人工筋肉と神経の束。
 裂けた防護服と人工皮膚の切れ端が、循環液に濡れて、貼りついている。
 その先に続くはずの、肉体は ――


 ジェットの喉が、奇妙な音をたてた。
 とっさに力の緩んだ指から、腕の落ちるさまが、スローモーションのように感じられる。


 ごとり


 無機質な音が、あたりへと、響きわたった ――


*  *  *


 暗い……


 最初に彼の意識にのぼったのは、そんな言葉だった。
 そこは、見わたす限りの常闇とこやみ
 一片の光だに存在しない、漆黒に塗り潰された空間。


 ここは、どこだ……


 疑問に思う思考すらも、どこか緩慢なそれで。
 強化された彼の両目は、たとえ灯りなどなくとも、ものの輪郭ぐらいは捉えられるはずだった。耳もまた、空気の流れるかすかな音さえ、拾う精度をそなえている。
 だが、いまはなにも見えない。なにも、聞こえない。
 上下の感覚すらなく、己が立っているのか座っているのかさえ判らない。
 腕も足も、その存在すら感じられず。
 ただぼんやりとした意識だけが、闇をたゆとうている。
 そんな、感覚 ――


 おぼろげなイメージが脳裏へと浮かぶ。
 恐怖に満ちた目で自分を見る、兵士達の表情。
 バケモノと叫び、銃をむけてくるその姿へと、容赦なくマシンガンを叩き込む自分。
 既にいつのものかすらはっきりしないそれらのイメージは、特定する気さえ起きぬほど、繰り返されてきたもので。
 ただ、わずかに引っかかる記憶といえば。


 みなは、無事か……


 落ちてくる瓦礫の塊。
 爆発音と、黒煙。舞い上がる粉塵と炎。
 圧倒的な質量でのしかかってくる破壊されたビルの残骸は、はたして自分以外の者の上にも、降りそそいだのだろうか。
 いや、大丈夫だったはずだ。
 あのあたりにいたのは、自分とBGの兵達だけだったはずだ。


 ならば、いい……


 不安は、なかった。
 いまの自分が、どんな状態にあるのかなど、彼にはどうでも良かった。
 すべての感覚がおぼろな現状は、むしろどこか安らぎすら感じさせる、心地よさをももたらしていて。
 この闇の中、全てを忘れてひとりたゆとうのも、悪くはない。
 そんなふうに、思う。


 ここにはなにも存在しない。
 己のいとわしい機械の肉体も、それを怖れ罵倒する兵士達も。
 あるのはただ、この間延びしたような思考、ただそれだけで。


 目を閉ざし、小さく、ため息をつく。
 それすらも、本当にできたのかどうかは判らなかったけれど。


 この心地よい闇の中、いつかは思考すらも呑み込まれ。
 いっそこのまま消えていってしまえたら。
 どんなにか自分は幸せになれるだろうか。


 天国に行けることなど、あるはずがないと判っている。
 死神の異名を持つ己が、行き着く先は地獄の底に違いないと、そんなふうに思っていた。
 だが、この無明の常闇に、朽ち果てるまで漂い続けていられるならば。
 それも悪くはないのだと、心から思う。
 むしろ望外の幸せとさえ呼べるのではないか。
 苦しみもなく、なにかを失う恐怖すら感じる必要もなく。


 ただこの思考の消滅するその時まで、なにをするでもなく漂っていられるのであれば、それ以上の幸せなど、ありはしないのではないか、と。


 けれど……


*  *  *


 ごとり

 無機質な音をたてて、何かが動く気配。
 しびれたように、ほとんど聞こえることのない耳へと、はるか遠くからのように思えるざわめきが届く。
 暗黒に差し込む、一条の光。
 それを背に、ふわりと飛び降りてくるひとりの影。
 崩れるように地に膝をついて、震える両手をこちらへと伸ばしてくる。
「ゼロ、ゼロ……フォー?」
 掠れたささやきがその唇から洩れた。
 せばまった視界は、人工眼球に罅でも入っているのか、ほとんど焦点も合わず。
 ただ見えるのは、東洋人にしては白かったその肌が塵埃に汚れ、長い指が傷つき、形良かった爪さえもが、無惨に割れてしまっていること。
 よく眺めれば、指先の人工皮膚が剥がれ、内部の金属機構がのぞいている。そんな両手で、彼はそっと触れてくる。
 真紅の防護服に包まれたその腕は、感覚を失った身体にも、ふわりとした温かさを感じさせた。
「生きてる、かい……?」
 問いかけに、抱きしめられた腕の中で、かすかにうなずいてみせた。
 切断された己の左腕からは、透明な循環液と、砕けた金属の破片がこぼれ落ちていたけれど。
 全身は、ほとんど動かすことができぬほどに、破壊され尽くしていたけれど。
 それでも、彼は抱きしめてくる仲間の腕の中で、小さく笑んだ。

「うっしゃぁぁあああッ!」
「いやっほぉぉおおうッ!」

 地上で他の仲間達の上げる歓声が、暗く狭い瓦礫の底にまで、にぎやかに届いてくる ――


*  *  *


 ―― ただこの思考の消滅するその時まで、なにをするでもなく無明の闇の中へと漂っていられるのであれば、それ以上の幸せなど、ありはしないのではないか。


 そんなふうに思うことは、自分にとって、紛れもない真実。
 けれど……


 たとえどれほど深く濃い闇の底に、この身を沈めたとしても。
 おのが身を傷つけてすら、探しあててくれるだろう仲間達が、自分にはいるから。
 抱きしめてくれるその腕の中で、安らいでしまう自分が、確かに存在しているのだから。


 だから、この場所こそが。
 闇に惹かれる自分をひきとどめる、この腕の中こそが ――


挿し絵2 ぬえ様


(2002/4/21 19:43)
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……書き上がってみれば、どこか『Metallic Heart』とネタが被っているきらいもあったりして(苦笑)
以前から書きたい書きたいと言いつつ、オチを思いつかなくて書けずにいたバリバリの戦闘シーン。そこに加わった、某所で拝見した壊れ004イラストによる、破壊された004を書きたいという衝動。その結果がこんなんなってしまったのですが……
最近、ちょっとやばいぐらいに痛いネタへと驀進しつつあります。読後感は幸せなものを、がモットーの私としては、ここらで軌道修正をかけなければと思ってはいるのですが。です、が……(汗)

なお、この作品は『壊れ004同盟』様に投稿させていただきました。

※なんと『某所の壊れ004イラスト』を描かれたぬえ様が、この話用に別イラストを描き下ろしてくださいました! ぬえ様、美麗なイラストをありがとうございます〜〜(感涙)


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