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 安息の場所(1)
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2002/4/20 17:13)
神崎 真


 ―― ただこの思考の消滅するその時まで、なにをするでもなく無明の闇の中へと漂っていられるのであれば、それ以上の幸せなど、ありはしないのではないか。

 そんなふうに思うことは、彼にとって、紛れもない真実で……


挿し絵1 ぬえ様


 ごとり

 無機質な音をたてて、『それ』はみなの足下へと転がり落ちた。
 凍りついたような沈黙が、あたりに落ちる。
 誰もが目をうたがい、凝然と立ち尽くした。
 そんな中で、ふらりと動いたひとりの影。
 崩れるように地に膝をつき、震える両手を『それ』へと伸ばす。
「ゼロ、ゼロ……フォー?」
 乾いた呟きがその唇から洩れた。
 白い肌。長い指。綺麗に整えられた歪みのない爪。
 よく眺めれば、小指の根元から手首まで、細いスリットが入っている。電磁ナイフの内臓部分だ。そんな左腕を、彼はそっと持ち上げる。
 真紅の防護服に包まれた左腕は、ずしりとした重たさを感じさせた。
「そん、な……」
 抱きしめた腕の中で、揺れる幾本ものコード。
 破壊された切断面から、透明な循環液と砕けた金属の破片がこぼれ落ちてくる。
 きらきらと光るそれらが防護服を汚すのにも気付くことなく。
 肘から先だけとなった、仲間の腕を抱きしめる。

「うわぁぁぁああああッ!」

 ジョーの絶叫が廃墟の街へと響きわたった。


*  *  *


 内戦中のその国に、復活したBGが介入している恐れがあると。
 もたらされた情報はいささか信憑性の低いものだったが、それでも彼らゼロゼロメンバーは、集まれるだけの顔ぶれで、早急に現地へと向かった。可能性があれば、どこへでも行こう。そんなふうに彼らが思うようになったのは、けして世界平和を望むからといった、綺麗な感情からばかりではなく。
 自分達から生身の肉体と平凡な人生を奪ったブラックゴーストに対する、私怨にも似たこだわり。そしてその手で世界に平和をもたらすことを望みながら、かなうことなく海に沈んでいった者達に対する、感傷のような想い。それらが渾然一体となって、サイボーグ達を戦闘へと駆り立てていた。
 日本で暮らしているジョーとフランソワーズ。イワン、張々湖、グレート、そして定期点検の関係で来日していたハインリヒにギルモア博士を加えた7人が、ドルフィン号で出立した。ピュンマとジェロニモは途中で拾い上げることにし、ジェットは自前の足で現地へと飛んでくる。
 結論から言えば、情報は正しかった。例によって、争う双方の陣営に最新鋭の異なる武器を売りつける形で、BGは戦闘の長期化と需要の拡大をはかっていた。
 戦争である以上、そこにあるのは単純な正義と悪などではなく、また部外者である彼らがいたずらに介入する権利など、どこにもなかった。彼らができるのは、本来その場に有るべきではなかった兵器類の破壊と、それを供給するBGの輸送ルート及び兵器工場を叩くことぐらいで。


 繰り返される戦闘に、幾重にも破壊され、ゴーストタウンと化した街並み。かつては政治の中枢として機能していたであろうビル群は、もはや復旧のしようもない瓦礫の堆積と化していた。そんな中を黒塗りの飛行戦車が列を為し、キャタピラを軋ませながら驀進ばくしんしてゆく。
『飛行戦車が十台と、自走砲座がざっと五十。乗ってる兵士はどうやらBGの構成員だな。かなり強力な銃で武装してる。気をつけろ』
 上空から偵察しているジェットが、脳波通信機で仲間達に報告した。
『工場の方は、あれだけ破壊すれば当分再建できないだろう。あとは輸送中の兵器を始末すれば、それで良い。行こう!』
『おうっ』
 ジョーの言葉に、散在して身を隠している仲間達から、力強い言葉が返る。
 火薬の炸裂する音と共に、街の一角からミサイルが発射された。ハインリヒの先制攻撃だ。狙いあやまたず、先頭をゆく戦車に着弾したミサイルは、華々しい火炎と轟音をあげ、戦いの火蓋を切る。
 加速装置のスイッチを噛むと同時に、ジョーは物陰から飛び出した。
 ホルスターからスーパーガンを引き抜き、荒れひび割れた道路を駆ける。そうして鈍い動きで散開しつつある自走砲座のただ中へと、おどりこんだ。
 高揚する精神のまま雄叫びを上げ、手足をふるう。スーパーガンの引き金を引くまでもなく、その台尻の先で、蹴りつけた踵の下で、自走砲座は破片をまき散らして砕けていった。まっすぐに駆け抜け、向かいのビルの屋上へとジャンプする。空中で加速装置を解除すると同時に、連続する爆発音と熱風が背後から襲ってきた。マフラーと髪が、ぶわりと前方へたなびく。
 視界の隅を、赤い疾風がゆき過ぎた。ジェットだ。地面すれすれを猛スピードで飛行しながら放つ彼の銃弾は、的確に標的を捕らえていく。それを追って振りかえったジョーの目前を、巨大なコンクリート塊がよぎった。彼がいる場所よりさらに高い位置から投げ落とされたそれは、地面に黒々とした影を刻み、次いでその質量で飛行戦車を押し潰す。見上げれば、次の戦車を狙うべく、ジェロニモがひび割れたビルの壁をむしり取ろうとしていた。
 視界には入らないが、他の仲間達も成果を上げているらしく、そこここで火の手や銃声、破壊音が上がっていた。ジョーもまた、再び戦闘に参加するため、スーパーガンを構え引き金を絞る。
 突然の来襲に混乱を見せた輸送部隊側も、最初の驚愕が過ぎると猛然と反撃を始めた。旋回する砲座が強力な熱線ビームをまき散らし、飛行戦車の上部は離脱して空からの砲撃を行う。舌打ちしたジェットが空中戦へと向かったが、ひとりで複数の戦車を相手取るのは、いかに彼でも負担が大きかった。
『下がれ、ジェット!』
 脳波通信機ががなるように言葉を伝える。挟み撃ちになって高度を上げようとしていたジェットは、反射的にエンジン出力を絞った。一瞬高度を落とした彼をかすめ、ミサイルが空に放物線をえがく。生じた爆風に煽られながらも身をよじったジェットは、残る一台を撃ち落としてからちらりと下を見た。
『余計なことしてんじゃねえよ』
 膝の発射口を閉じているハインリヒに対して怒鳴る。
『だったら、見てる方が危なっかしいような姿は見せるな』
『へっ』
 鼻を鳴らしざま、ジェットは引き金を引いた。ハインリヒ目がけて伸びた光条は、その背後をつこうとしていた兵士を撃ち倒す。
『その台詞、まんま返すぜ!』
 言い捨てて、彼は再び飛行戦車との戦いへと戻っていった。
 ハインリヒもまた軽く肩をすくめると、右腕のマシンガンを構えあたりをなぎ払った。小銃を構えて狙っていた兵達が、悲鳴をあげて倒れてゆく。
「ち、畜生。こんな化け物ども相手に、どうしろって……ッ」
 どこからか、そんな叫びが耳へと届く。
 ハインリヒの口元が、かすかに緩んだ。
 一瞬隙でもできたのか、防護服の背を撃たれたのを感じる。だが、兵達が持つ小銃程度では、彼の身体に痛みすらもたらすことはなかった。振り向きざま、マシンガンを撃つ。それだけで周辺は静かになった。
 他の仲間達の援護に向かうべく、ハインリヒはざらつくコンクリートを踏みしめた。
 ざっと視線を巡らせて、戦場の様子を確認する。破壊された戦車の残骸と崩れた建物とで、あまり遠くまで見わたすことができなかった。前方の建物の影で、ちらりと赤いものが動く。
「007!」
 叫んでハインリヒは走り出した。右腕を構え、マシンガンの銃弾ブリッドを標的へとたたき込む。はっと振り返ったグレートの周囲で、何人もの兵士がのけぞった。
「すまん、助かったぜ」
「銃はどうした」
 素手の状態で兵士を相手取っていたグレートに、ハインリヒが問いかける。
「いやそれが、落としちまってな」
 照れたように頭を撫でる。ハインリヒは自分のスーパーガンを投げた。
「使え」
「お、いいのか」
「俺にはこいつがあるからな」
 ちゃきりと右腕を構えてみせる。
「悪いな。借りとくよ」
 そう言って、グレートはへそのボタンを押した。その姿がたちまち輪郭を失い、大形の鳥へと変身する。一声鋭く鳴いて飛びたつ翼には、借りたスーパーガンが器用に握られていた。どうやら彼はジェットの手助けをするつもりらしい。
「さてと、それじゃ俺は……」
 グレートを見送って再びあたりを眺めたハインリヒの上に、濃い影が落ちた。はっと息を呑んで顔を上げれば、黒煙を噴き出しつつこちらへと突っ込んでくる、飛行戦車の機体。
 逃れようと地を蹴ったハインリヒの目前に、いきなり銃を構えた兵士が現れる。どうやら今まで建物の陰に隠れていたらしい。奇声を上げながら銃口を向けてくる兵士の目には、既に正気の色は残されていなかった。
「バケモ ―― ッ」
 叫びと銃声とが重なって響く。反射的に足を緩めたハインリヒと兵士の頭上で、飛行戦車がビルへと激突した。地を揺るがす振動と共に、人の頭ほどもあるコンクリート塊が降りそそいでくる。とっさに腕を上げて身をかばった。
 一拍遅れて、ビルそのものを吹き飛ばす規模の爆発が生じる。
 ハインリヒと兵士の姿は、倒壊する建物に呑み込まれ、一瞬にして見えなくなった。



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