City legend
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2003/06/29 22:18)
神崎 真


 発端は、定期メンテナンス前のごく些細な出来事だった。
「ジェット……それはいったいなんの真似だ」
 低い声でそう問いかけたのは、午前の便で到着し、ようやく荷物を片付けて階下へと降りてきた死神だった。
 一方問いかけられた相手は、たったいまギルモア邸にたどり着いたばかりの、赤毛のアメリカ人である。
「なにって?」
 長い脚を組んでダイニングの椅子へと腰掛けた彼は、きょとんとしたようにハインリヒを見上げた。着替えの詰まっているのだろうボストンバッグは、無造作に床へと放り出されたままだ。ぶらぶらと手持ち無沙汰げに膝から先を揺らし、お茶が出てくるのを待っている。
 そんな彼へとハインリヒは大股に歩み寄っていった。そうしておもむろに手を伸ばし、髪の合間からのぞく耳をつまみ上げる。
「こ・れ・は・な・ん・だ、と訊いているんだ」
「って、うわ、いてててッ!?」
 容赦なく引っ張られて、ジェットは悲鳴を上げた。じたばたと手足を振りまわし、なんとか逃れようとする。
「な、なにすんだよ、いきなり!」
 どうにかその手をもぎ離し、涙目になって抗議した。かばうように押さえた耳が真っ赤になっている。冗談抜きでちぎれるかと思われたほどだ。
「なにすんだじゃねえ。しばらく見ない間になにつけてやがる」
「……あ、なんだ。これのことかよ?」
 眉をひそめるハインリヒに、ようやく何を言われているのか理解したらしい。
 覆っていた手をどけた耳たぶには、シンプルな銀のイヤーカフがはめられていた。その横に並んで、小さな青いピアスが二つ。
「へへ、格好いいだろ」
 得意げに笑う。
 お盆にカップを載せてやってきたジョーが、もの珍しげにのぞき込んだ。
「へえ、穴開けたんだ」
「ああ。NYの仲間内でいまはやっててよ。最近は簡単な道具があるのな」
 昔は火であぶった針などを突き刺していたものだが、このごろは穴を開けると同時にピアスを装着するような、手軽な道具が安価で出回っている。仲間のひとりがピアシングしたのをきっかけに、我も我もと何人かが後へと続いた。ジェットもそのうちのひとりだ。
「はっ、男がそんなものつけてなにが格好いいんだか」
 嘆かわしいとでも言わんばかりのハインリヒに、対するこちらも理解に苦しむと唇を尖らせる。
「古臭いこと言ってんじゃねーよ。これだからおっさんはよ」
「……なんだと」
 底光りする目で再び手を伸ばしてくるハインリヒに、ジェットは慌てて席を立った。これ以上引っ張られてはたまったものではない。ジョーを盾にするように、その背後へまわりこむ。
「別にいーじゃねえかよ! あんたに迷惑かけてる訳でなし」
「男のくせにちゃらちゃらしてるのは、見てるだけで不愉快なんだよ!」
「ちゃらちゃらってのはなんだよ。正直に言えばいいだろ。洒落っけのねーおっさんに、この格好良さは理解できないんだって」
「なにをっ!?」
 お盆を持ったままのジョーを挟み、じょじょに言い合いがエスカレートしてゆく。
 耳元でわめかれて迷惑そうに顔をしかめていたジョーだったが、ふと何かを思い出したように愁眉を解いた。
「そう言えば ―― 」
 急に口を開いたジョーに、二人は一時口論を中断した。
「どした?」
 肩越しに訊いてくるジェットを、ジョーは首を曲げて振り返る。
「うん、昔聞いたことがある話なんだけどね」
 そう前置きして話し出した。
「なんでもね、ピアス穴を開けたばかりのある女の子の耳から、白い糸みたいなものがのぞいてたんだって。友達が取ってあげるよってつまんで引っ張ったら、するすると抜けてくるんだ。で、どんどん引っ張っていったら、なにかに引っかかるような手応えがして、プチって切れたんだって」
「……で?」
「そうしたらその女の子が「誰か電気消したの?」って訊くんだ。もちろん誰も電気なんか消してないのに」
 実はその糸って言うのは視神経に繋がっていて、それを切っちゃったから女の子は目が見えなくなっちゃったんだって。
「……………………しつめい?」
「そう、こう」
 言いながらジョーは耳元に手をやった。そうして引っ張る真似をしながら、
「ぷつんって」
 妙ににこやかに言う。
「…………」
「それがひょろっとした白っぽい糸でね、視神け ―― 」
「言うな、それ以上」
 真っ青な顔色で、ハインリヒがさえぎった。
 きょとんとした表情で向き直ったジョーの後ろでは、ジェットがピアスを外し始めている。それに気づいたジョーは、首をかしげて問いかけた。
「あれ、はずしちゃうのかい? よく似合ってたのに」
「……い、いい、もう」
 ぶんぶんとかぶりを振るジェットの面からは、すっかり血の気が引いていた。
「ふーん」
 ジョーの方はといえば、勿体ないと言わんばかりの風情だ。
 そもそも耳に視神経など通っているはずがないし、針で穴を開けた程度でそんなものが出てくるはずもない。
 いやそれ以前に、肉体を人工の物に置き換えられたサイボーグの彼らが、こんな逸話を恐れる必要など、最初からないのだが。
 しかし、


 ―― 本当に、他意はなかったのか、ジョーよ。


 冷めちゃったね、などと言いながらテーブルへお茶を並べてゆく00ナンバー最強の男を、ハインリヒは畏怖とともに改めて見直したのだった。



※ 斗波様より、同テーマで素敵なイラストを戴きました ※

(2003/06/30 10:09)


この話、今でも語られているんでしょうか<ピアスの白い糸
元ネタは、チャット中に出た『平ゼロジェットにピアス(イヤーカフ)は似合うにちがいない』というものなのですが。
4スキーな斗波さんが描いて下さったイラストはあんなに格好いいのに、なんで2ファンの私が書いたのはこうなるかな(苦笑)

素敵なイラストを下さった斗波さんに、謹んで進呈させていただきます。

あ、ちなみにタイトルはまんま『都市伝説』です(笑)


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