―― あれはね、神様の使いの鳥が、羽を休める場所なんだって。
―― だから、鳥が居るって書くんだよ。
* * *
古来から伝わる伝統的な建造物というのは、えてしてその国その国で、独特の形をしているものだ。
特にそれが宗教に関わるものであれば、それはもう外国人の目から見れば、突拍子もない造形に見受けられることもしばしばだ。
ぼくの国……アフリカは、ことさらよくそういった評価を受けたものだ。
伝統的な仮面やトーテムポール、ぼく達にとってはそれなりに深い意味を持つ様々な意匠を、欧米人達は単なる滑稽な工芸品としてしか見ず、馬鹿にしたり面白がって笑ったりする。そういった心ない仕打ちを受けるたびに、ぼく達は胸の内でやりきれない悔しさを感じていた。
それが迷信だとか、まじないの効果など本当はないのだとか、そんな問題ではないのだ。
ぼく達が、ぼく達自身の文化として、長い時をかけて作り上げてきたものを、ないがしろにされる。そのこと自体が悔しかったのだ。
けれど……
極東の、これまでまったく縁などないと思っていた日本という国にやってきて、ぼくは時々……ほんの時々ではあるけれど、あの欧米人達の気持ちが判るような気のすることがあった。
この『トリイ』という構造物を初めて見たときも、そんなふうに思ったものだ。
『ジンジャ』という、この国における祀殿の入口に立てられているその物体は、それぐらい奇異な姿をしていた。おおざっぱに言って柱を二本両脇に立て、その上部にもう二本の柱を横に串刺しにしたような形をしている。
門なのだと言われれば、なるほど確かにそうも見えるが、なんとも妙てきりんではないかい?
コズミ博士の家に仮の居を定め、交代でパトロールをしていた頃。近くの雑木林で最初にそれを見たとき、ぼくはおもわずまじまじと見上げてしまっていた。そんなぼくの様子があんまりおかしかったのだろう。その時いっしょに歩いていた009
―― ジョーが、苦笑いしながら教えてくれた。
この構造物、鳥居がこんな形をしているのは、鳥の止まり木を模しているからなのだと。
古代の日本では、鳥を神の言葉を伝える
御使いとしてあがめていた。だから神社には、その鳥が羽を休めるために、こうして止まり木を用意しているのだ、と。
「ぼくもうろ覚えだから、ちゃんとした話とは違うかもしれないけれど」
あの当時はまだぼく達とあまり打ち解けていなかった彼が、ちょっとぎこちない微笑みを見せてくれたのを、とてもくすぐったく思ったっけ。
―― 昇る朝陽に、夜空の一角が茜色に染まり始めている。
けれど澄んだ夜の空気は、いまだ凍るような冷たさを持って、残された体温を奪おうと容赦なく吹きつけてくる。
そんな
暁の空を見上げながら、ぼくはふとかつて聞いた言葉を思い出していた。
視界に入るのは、同じように、どこか遠く見つめるジェットの姿。
もうすぐ見張りの交代だからと探していたのだけれど。予定の場所に見あたらないから、こうしてあちこち足を運ぶ羽目になってしまった。彼はまだ、ぼくが来たことには気がついていないようだ。
夜風に黄色いマフラーをなびかせながら、彼はただひたすら彼方を眺めている。
岬の突端。もはや訪れる人もいない、朽ち寂れた小さい祠がひとつ、ぽつんと建っている。その前にある、粗末な鳥居の上に腰を下ろして。
元々は赤かったのだろう鳥居は、とっくに色などはげてしまっている。どこかいびつに歪んで、今にも倒れてしまいそうだ。
彼は、身じろぎもせず、無言で座っている。
片方の足を上げ、その膝に、レイガンを握った腕を無造作に引っかけて。
マフラーが、身体にまとわりつくように揺れている。
赤みを帯びた金髪が、朝の光を受けて鮮やかに輝いていた。
―― あれはね、神様の使いの鳥が、羽を休める場所なんだって。
いつか聞かされた言葉が、ぼくの脳裏をよぎってゆく。
―― だから、鳥が居るって書くんだよ。
じょじょに眩しくなる朝陽に、ぼくは目を細めた。
かざした手の平のむこうで、ジェットの姿が光に埋もれ、シルエットとなる。
ああ、うん。なんとなく判る気がするよ、ジョー。
ぼくは、胸の内でそう呟く。
* * *
「002! 交代の時間だよ」
真下から声をかけると、ジェットはようやくぼくの存在に気付いたというように、慌ててこちらを見下ろしてきた。
「え、もうそんな時間か? 008」
「おいおい、ちゃんと見張ってたんだろうね。居眠りしてたんだったら、承知しないよ」
「いや、そんなこたねえって。うん」
そう言って、ひょいと身軽に飛び降りてくる。
「まったく……」
悪戯っぽい表情で肩をすくめてみせるその雰囲気は、既にいつもの軽々しい彼のものだった。
先刻までの、物憂い眼差しで水平線を見つめていた名残など、どこにも残ってはいない。
ま、いいけどね。
ぼくもまた、彼をまねて同じように肩をすくめてみせた。
「じゃ、後は頼んだぜ」
「ああ。おやすみ」
手を振って、歩いてゆく後ろ姿を見送る。
そうしてぼくは、自分の任務へと意識を集中することにした ――
(2002/11/04 22:53)
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