広げしかいなのその内に
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2001/12/24 16:07)
神崎 真


 もしも、あんたが死んでしまったら、俺が葬ってやるから ――


*  *  *


「桜の下には、死体が埋まってるんだってな」
「はぁ?」
 窓の外に揺れる、薄紅色の花びら。柔らかく降り注ぐ陽ざしのぬくもり。
 戦いと戦いの合間に訪れる、ゆったりとした穏やかな時間。
 ガラス越しに散りゆく花弁を眺めていた004が、不意にそんなことを呟いて。
 ソファで週刊誌を眺めていた002は、間の抜けた声を上げて相手を見返していた。
「なんだよ、そりゃ」
「日本のことわざだ。いや……言いまわしかな。よく見かけるフレーズさ」
 これでかなりの読書家なこの男は、暇さえあればジェットには理解もできないような、小難しい本を何冊も読んでいた。最近は日本語の読み書きなども覚えたらしく、近代文学だの古典だのにまで手を出しているらしい。
「桜の下には死体が埋まっている……その血を吸い上げているから、桜の花は薄紅色をしているのだ、とさ」
「ふ〜ん。吸血『樹』って訳かい? 薄っ気味ワリィ話だな」
 ジェットは鼻を鳴らして視線を週刊誌へと戻した。
 文学だかなんだか知らないが、彼にしてみればそんなものはどうでもいいことだった。
 そんな非科学的な空想より、グラビアのキレイな姉ちゃんの方がなんぼか興味をそそられる。
 だが、次に聞こえた呟きに、ジェットは再び顔を上げた。
「俺では、とうてい無理だな」
 低く押さえられた、感情の色などまるで伺えない、穏やかな声音。
 桜を眺めるその横顔にも、苦痛や悲哀を感じさせるようなかげりは存在していない。
 しかし、ジェットは声をかけずにはいられなかった。
「 ―― アルベルト?」
「うん?」
 振り返った004は、どうしたというように首を傾げた。
 逆光になったその表情がよく見えなくて、ジェットはソファから立ち上がる。
「なにが……あんたには無理なんだって」
 歩み寄りながら問いかけたジェットに、アルベルトはああ、と口元に笑みをにじませた。
「桜を紅く染めることさ」
 そう言って、窓ガラスをこつこつと指で叩いた。
 桜の樹を指し示すその指は、鈍い光を放つ金属で覆われている。
「俺の身体には、血なんかほとんど流れちゃいないからな。俺を埋めても、桜は紅くはならない。それどころか……この身体は土に還ることすらできやしない。金属と、ゴムとプラスチックの固まり。土葬どころか、火葬も無理だな」
 こんなもん燃やそうとしたら、焼却炉の方が壊れっちまう。
「まあ、それ以前に大騒ぎになるか」
 呟かれる言葉は、どこまでも静かで。


 金属とゴムと、プラスチックで作られたサイボーグの身体。
 ほとんどを人工物に置き換えられた肉体は、けして自然に還ることなどなかった。
 たとえ死んで土に埋められたとしても、この身体は何十年でも腐ることなく、形を保ち続けるだろう。
 たとえ火で焼き骨にしようとしても、強化された皮膚の表面すら、焦がすことはできまい。
 未来を、肉体を、生きることを奪ったブラックゴーストは、自分たちから死ぬことさえも奪っていったのか。
 いつかは死に、そうして土に還るという望みすらも、この身体は許してくれない。


 ―― 気がついてみると、既に陽はかげり始めていた。
 明るい陽光でピンク色に見えていた花びらも、黄昏の薄暗さの中では、ほの白く浮かび上がって見えるだけだ。
 その白さは、どこか傍らに立つ男をも思わせるそれで ――
「もしも……」
 口を開いたジェットに、アルベルトが振り返った。
 ジェットも彼の方へと向き直り、まっすぐにその瞳を見つめ返す。
「もしもあんたが死んだら、俺が葬ってやるよ」
 その言葉に、アルベルトが目を見開く。
 ジェットはにやりと口の端を上げて見せた。人差し指を立てて、上の方を指さす。
「成層圏からダイブすれば、いくらあんたでも燃え尽きちまうだろう?」
 そう言って、ぱちりと片目を閉じた。
 かつて実際にそれを経験した、自分が言うのだから間違いはない。
 どうだと言わんばかりに胸を張るジェットに、アルベルトは吹き出した。
「うぁ、なんだよ。笑うところかそれ!」
「……ック……ハハッ、いや、なんだ」
 どうにか笑いを押さえ込んで、アルベルトはジェットの肩を叩いた。
「そのときにはよろしく頼むぜ。鳥人さんよ」
「お、おお、まかせな」
 うなずく。
 と ――
 階下から、そんな彼らを呼ぶ声が聞こえてきた。
 どうやら夕食の準備を手伝えということらしい。とりあえず声を張り上げて答えを返した。
「さっさと行かないと、フランソワーズにメシを減らされるぜ」
 そう言って、アルベルトが先へ立って歩きだす。
 一歩遅れて続こうとしたジェットは、その背中越しに、小さな呟きを聞いた気がした。


「それじゃあ、俺より先には死んでくれるなよ?」


 はっと顔を上げたときには、もうその姿は、扉の向こうへと消えていた。


*  *  *


 ……もしも、あんたが死んでしまったら、俺が葬ってやるから。
 抱きしめて、どこまでも高く、高く飛んでいってやろう。
 そうして成層圏の彼方に達したら、二人で蒼い星を見つめよう。俺達が、あんたが守り続けてきた、美しく蒼いこの惑星ほしを。
 そうして、この手を放すから。


 地球があんたの身体を抱きしめてくれる。
 大気があんたを抱いて、熱く、赤く、燃やしてくれるだろう。
 そうしてあんたは、地球に還る。
 体内に埋め込まれた金属も、ゴムもプラスチックも、最後の一片まで燃やし尽くされて。
 風になって大気へと溶け込むだろう。


 だから、安心すればいい。
 あんたは……俺達は、ちゃんと自然に還ることができるのだから。
 こんな人工物まみれの身体でも、それでも俺達はけして生きることを、死ぬことを許されないわけじゃないのだから。
 この惑星に、受け入れてもらえない訳じゃないのだから ――


(2001/12/24 17:19)


ははははは(乾笑)
書いてしまいました、009もの。しかもいきなり思いついてワードパッドを開き、下書き完成まで一時間半かかってないっつ〜あたり(汗)

桜の下には ―― (中略) ―― でも、彼らに流れるのは人工体液だから、桜を染めることはできない、と言うところからおっそろしい勢いで妄想が回転しまして。とにかくメモをとれ〜〜と書き始めたのが最後のジェットの独白。でもって、そこから最初にさかのぼってぱちぱちと書き進め、その夜にはNBGへと投稿しておりましたとさ。(そちらでのタイトルは『鳥葬』でしたが、あまりにもあまりなので改題しました/苦笑)
前回『再生』を書いて「きっと最初で最後の009〜♪」とかほざいてから、二週間とたたないうちのことでございました……
ちなみに「桜の下には〜」の原典については、有栖川パロ『桜闇』の後書きをどうぞ。


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