もしも、あんたが死んでしまったら、俺が葬ってやるから
――
* * *
「桜の下には、死体が埋まってるんだってな」
「はぁ?」
窓の外に揺れる、薄紅色の花びら。柔らかく降り注ぐ陽ざしのぬくもり。
戦いと戦いの合間に訪れる、ゆったりとした穏やかな時間。
ガラス越しに散りゆく花弁を眺めていた004が、不意にそんなことを呟いて。
ソファで週刊誌を眺めていた002は、間の抜けた声を上げて相手を見返していた。
「なんだよ、そりゃ」
「日本のことわざだ。いや……言いまわしかな。よく見かけるフレーズさ」
これでかなりの読書家なこの男は、暇さえあればジェットには理解もできないような、小難しい本を何冊も読んでいた。最近は日本語の読み書きなども覚えたらしく、近代文学だの古典だのにまで手を出しているらしい。
「桜の下には死体が埋まっている……その血を吸い上げているから、桜の花は薄紅色をしているのだ、とさ」
「ふ〜ん。吸血『樹』って訳かい? 薄っ気味ワリィ話だな」
ジェットは鼻を鳴らして視線を週刊誌へと戻した。
文学だかなんだか知らないが、彼にしてみればそんなものはどうでもいいことだった。
そんな非科学的な空想より、グラビアのキレイな姉ちゃんの方がなんぼか興味をそそられる。
だが、次に聞こえた呟きに、ジェットは再び顔を上げた。
「俺では、とうてい無理だな」
低く押さえられた、感情の色などまるで伺えない、穏やかな声音。
桜を眺めるその横顔にも、苦痛や悲哀を感じさせるようなかげりは存在していない。
しかし、ジェットは声をかけずにはいられなかった。
「 ―― アルベルト?」
「うん?」
振り返った004は、どうしたというように首を傾げた。
逆光になったその表情がよく見えなくて、ジェットはソファから立ち上がる。
「なにが……あんたには無理なんだって」
歩み寄りながら問いかけたジェットに、アルベルトはああ、と口元に笑みをにじませた。
「桜を紅く染めることさ」
そう言って、窓ガラスをこつこつと指で叩いた。
桜の樹を指し示すその指は、鈍い光を放つ金属で覆われている。
「俺の身体には、血なんかほとんど流れちゃいないからな。俺を埋めても、桜は紅くはならない。それどころか……この身体は土に還ることすらできやしない。金属と、ゴムとプラスチックの固まり。土葬どころか、火葬も無理だな」
こんなもん燃やそうとしたら、焼却炉の方が壊れっちまう。
「まあ、それ以前に大騒ぎになるか」
呟かれる言葉は、どこまでも静かで。
金属とゴムと、プラスチックで作られたサイボーグの身体。
ほとんどを人工物に置き換えられた肉体は、けして自然に還ることなどなかった。
たとえ死んで土に埋められたとしても、この身体は何十年でも腐ることなく、形を保ち続けるだろう。
たとえ火で焼き骨にしようとしても、強化された皮膚の表面すら、焦がすことはできまい。
未来を、肉体を、生きることを奪ったブラックゴーストは、自分たちから死ぬことさえも奪っていったのか。
いつかは死に、そうして土に還るという望みすらも、この身体は許してくれない。
―― 気がついてみると、既に陽はかげり始めていた。
明るい陽光でピンク色に見えていた花びらも、黄昏の薄暗さの中では、ほの白く浮かび上がって見えるだけだ。
その白さは、どこか傍らに立つ男をも思わせるそれで
――
「もしも……」
口を開いたジェットに、アルベルトが振り返った。
ジェットも彼の方へと向き直り、まっすぐにその瞳を見つめ返す。
「もしもあんたが死んだら、俺が葬ってやるよ」
その言葉に、アルベルトが目を見開く。
ジェットはにやりと口の端を上げて見せた。人差し指を立てて、上の方を指さす。
「成層圏からダイブすれば、いくらあんたでも燃え尽きちまうだろう?」
そう言って、ぱちりと片目を閉じた。
かつて実際にそれを経験した、自分が言うのだから間違いはない。
どうだと言わんばかりに胸を張るジェットに、アルベルトは吹き出した。
「うぁ、なんだよ。笑うところかそれ!」
「……ック……ハハッ、いや、なんだ」
どうにか笑いを押さえ込んで、アルベルトはジェットの肩を叩いた。
「そのときにはよろしく頼むぜ。鳥人さんよ」
「お、おお、まかせな」
うなずく。
と ――
階下から、そんな彼らを呼ぶ声が聞こえてきた。
どうやら夕食の準備を手伝えということらしい。とりあえず声を張り上げて答えを返した。
「さっさと行かないと、フランソワーズにメシを減らされるぜ」
そう言って、アルベルトが先へ立って歩きだす。
一歩遅れて続こうとしたジェットは、その背中越しに、小さな呟きを聞いた気がした。
「それじゃあ、俺より先には死んでくれるなよ?」
はっと顔を上げたときには、もうその姿は、扉の向こうへと消えていた。
* * *
……もしも、あんたが死んでしまったら、俺が葬ってやるから。
抱きしめて、どこまでも高く、高く飛んでいってやろう。
そうして成層圏の彼方に達したら、二人で蒼い星を見つめよう。俺達が、あんたが守り続けてきた、美しく蒼いこの
惑星を。
そうして、この手を放すから。
地球があんたの身体を抱きしめてくれる。
大気があんたを抱いて、熱く、赤く、燃やしてくれるだろう。
そうしてあんたは、地球に還る。
体内に埋め込まれた金属も、ゴムもプラスチックも、最後の一片まで燃やし尽くされて。
風になって大気へと溶け込むだろう。
だから、安心すればいい。
あんたは……俺達は、ちゃんと自然に還ることができるのだから。
こんな人工物まみれの身体でも、それでも俺達はけして生きることを、死ぬことを許されないわけじゃないのだから。
この惑星に、受け入れてもらえない訳じゃないのだから
――
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