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 子供の時間(5)
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
 
神崎 真


「起きてるならそう言えよ」
 独り言めかしてそう口にし、002はボクの身体を抱き上げた。
 ひょいと身体を入れ替えて、ベビーベッドの縁へと腰を乗せる。そうしてあやすように何度か上体を揺らした。
“……ソンナコトヲシテモ、ボクハ眠ラナイヨ”
『あ、そうだな。でもまあ、気分みたいなもんだ』
 会話をテレパシーに切り替えても、彼の心理状態は穏やかに落ち着いている。
“逃ゲダスツモリダト、ソウ言ッタネ”
 問いかけた。
『ああ』
 返答は、変わらず迷いのないそれだった。
“失敗スルトハ思ワナイノ”
『思うな』
“後悔スルンジャナイノカイ”
『するかもな』
 うなずきながらも、ボクを見下ろすその目はまっすぐに輝いている。
 どこまでも青い、鮮やかな色合い。
 鉄の壁に囲まれたBG基地の奥深く。実験室と部屋とを行き来するだけのボクは、空というものを実際に見たことがなかった。けれど、もしかしたらそれは、こんな色合いをしているのだろうか。
 ―― 見てみたい、と。
 一瞬、そんな思いが心をよぎった。
 だがすぐにその考えを振り払い、なおもボクは問う。
“ソレデモキミハ行クノカ”
『ああ』 
“何故ダ。後悔シテモ良イノカ”
 失敗するかもしれない。後悔するかもしれない。それが判っていて、なぜこの青年はあえて行動しようとするのか。
 理解できずにいるボクを、彼は不思議な表情で見つめ返す。
『後悔、してるからさ』
 何のことを言っているのか、しばらく判らなかった。
『あの時オレは、間違えた。人を刺して、逃げだそうとして、そこで間違った手をとっちまった』
 そう言われてようやく、彼がBGの人狩りに連れてこられた時のことを話しているのだと悟る。
“……後悔、シテルノカイ”
『当たり前だ。あん時もうちっとまともな選択をしていれば、オレは少なくとも人間のままではいられたんだからな』
 産着ごしに感じる手のひらに、ぐっと力がこめられる。
“ナラ……”
 もう二度と、同じような後悔を繰り返したくないのではないか。
『だから』
 言いかけた言葉を遮って、そうして彼は先を続けた。
『今度は、うまくやってみせるんだ』
 真っ青なその瞳で、ボクを見つめる。
『また間違えて、そんで後悔するかもしれねえさ。失敗して、そのまま殺されるかもしれねえ。けど、それはこのままここにいたって同じことだろう? どうせいつか死ぬんなら ―― 後悔するのなら、オレはオレの意志で後悔したいんだ』
 語る思念はどこまでも静かで。
 けれどその言葉を聞くうちに、ボクの鼓動は少しづつ早くなっていった。
 流れ込んでくる、明確な形にはなっていない、彼の感情。それがボクの胸を熱くしてゆく。

 ―― もしもこのままここで飼い殺しにされるのなら、なんでオレはあのとき人を殺したんだ? なんでその場から逃げだそうとしたんだ?

 自らに向けて、繰り返し問いかける想い。

 ―― それは、オレが幸せになりたかったからだ。いまよりももっと幸せになりたかったから、オレは人を刺した。そして追っ手から逃げた。幸せになりたいと願って、そのために他人を犠牲にして、踏みつけにして今まで生きてきたんだ。
 ―― だからオレは、あきらめない。失敗するかもしれないし、後悔だってするかもしれない。それでもオレはやれることをやる。
 ―― そうしなければ……今までオレがそうやって生きてきた理由そのものが、無くなっちまうじゃねえか……

『今はまだ、力が足りないからな。だから一応おとなしくしてるけどよ。その内チャンスを見つけて、いつか、絶対に、逃げてやるんだ』
“…………”
 そう結んで、彼は立ち上がった。
 元通りベビーベッドへとボクを寝かせ、上掛けをかけてくれる。
「そろそろ訓練の時間だ」
 二三度軽く上掛けの胸元を叩いて、身体を起こした。くるりと背をむけ、見張りの兵達が待つ扉へと向かう。
 首を曲げて見送ったボクへと、その背越しに思念が届けられた。
『……だから、よ』
 呟きにも似た、独り言のような呼びかけ。
『お前も行こうぜ』
“002……ボクは……”
『判ってるさ。苦労するかもしんねえ。誰にも世話してもらえず、どっかでのたれ死にするかもしんねえ』
 ―― それでも、さ。
 彼の姿が扉の向こうへと消える。
 
『がんばってみりゃぁ、今よりも幸せにだって、なれるかもしれないじゃねえか』

 最後に残されたのは、そんな言葉で ――

*  *  *

『聞いたか? 次の実験体が連れてこられたって』
“知ッテルヨ。女ノ子ト大人ノ男ガ一人ズツダ”
『女の方はまだ十九だってよ。ったく、この組織ってやつぁ、何考えてやがるんだ』
“……003ダネ。手術ガ終ワッテカラ、ズット泣イテイル”
『無理もねえさ。訳も判らずさらわれて、目が覚めてみりゃこんな身体にされちまってて。そりゃ、泣きたくもなるだろうよ』
“行ッテアゲルノカイ?”
『ほっとく訳にはいかねえだろ』
“……ソウダネ。ソレジャア男ノ方ハ、ボクニマカセテクレ”
『お前が?』
“ヒドク心ガ傷ツイテイルヨ。放ッテオケバ、コノママ死ンデシマイカネナイホドニ”
『へぇ。ま、男なんざどうでもいいけどよ』
“ソウナノカイ?”
『いい年した大の男を、どうして気にかけてやらなきゃなんねえんだよ』
“フフ、女子供ニハ優シイクセニ”
『女子供を守るのは、男の義務だぜ』
“フゥン……覚エテオクヨ”

*  *  *

“003ハダイブ落チ着イテキタヨウダネ”
『ああ。そっちはどうなんだ?』
“カナリ難シカッタケレド、ヒトマズ生キヨウトイウ意志ハ、取リ戻セタヨウニ思ウ”
『そっか。男手はありがたいからな。うまく話を持ちかけてくれよ』
“判ッテル。ソウダ、男手ト言エバ、科学者達ノ中ニネ……”

*  *  *

 ―― チャンスをうかがうのは、けして短い時間ではすまされなかった。
 長い時間を、ボク達は息をひそめながら、ひたすらに待ち続けた。
 そして……ついにボク達は……


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